↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『黒犬が運んできたのは、不幸ではなく恋でした』  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/70

第18話 会えない一日の前に



 土曜日の午前十時を少し過ぎたころ、天野家のリビングには掃除機の音が響いていた。


 窓から差し込む冬の日差しは明るいものの、ガラス越しに見える庭木の枝は風に細かく揺れている。暖房の効いた室内から眺めているだけなら穏やかな休日に見えるが、外へ出れば昨日より冷え込んでいるのだろう。


「ひより、そこ足上げて」


「はーい」


 ソファに座っていたひよりが両足を持ち上げると、美月がその下へ掃除機を滑らせた。


 大学が休みの美月は朝から母を手伝っており、ひよりも自室の掃除を終えて降りてきたところだった。浩介は買い物へ出かけ、悠一は午前中だけ用事があると言って外出している。


「よし、終わり」


「お疲れさま」


「ひよりも自分の部屋終わった?」


「終わったよ。ちゃんと机の上も片づけた」


「珍しい」


「失礼だなあ」


 美月が掃除機の電源を切ると、それまで機械音に隠れていた時計の針の音が聞こえるようになった。


 ひよりは何気なく壁の時計を見る。


 十時十二分。


 約束は午後二時。


 まだ四時間近くある。


 分かっているのに、朝から何度も時計を見てしまっていた。


「二時だっけ?」


 突然、美月に言われ、ひよりは肩を揺らした。


「何が?」


「北条君」


「……何で分かったの」


「さっきから時計見すぎ」


「見てないよ」


「今ので六回目くらい」


「数えてたの!?」


「適当」


「もう!」


 美月はくすくす笑いながら掃除機のコードをまとめる。


「楽しみなんだ」


「ノアに会うのは楽しみだよ」


「北条君は?」


「北条君とも話すの楽しいけど」


 以前なら、そこを誤魔化したかもしれない。


 けれど昨日、自分から真樹へ「いっぱい話そう」と言ったばかりだ。今さらノアだけを理由にするほうが不自然な気がして、ひよりは素直に答えた。


「友達だし」


「そっか」


 美月はそれ以上からかわなかった。


 ひよりは少しだけ拍子抜けして姉を見る。


「何?」


「いや、お姉ちゃん絶対何か言うと思った」


「言ってほしい?」


「言ってほしくない」


「じゃあ言わない」


「それはそれで気になる……」


「面倒くさい妹ね」


「お姉ちゃんに言われたくない」


 姉妹で笑っていると、キッチンから由美が顔を出した。


「お昼、十二時半くらいでいい?」


「うん」


「ひより、二時に出るんでしょ?」


「二時に公園だから、一時半過ぎに出る」


「じゃあ余裕あるわね」


「うん」


 由美がキッチンへ戻る。


 美月は掃除機を片づけながら、何気ない調子で尋ねた。


「そういえば、北条君の友達に会ったんだって?」


「何で知ってるの?」


「昨日の夜、千夏ちゃんと電話してたでしょ。廊下まで声聞こえてた」


「聞いてたの!?」


「盗み聞きじゃないわよ。ひよりの声が大きかっただけ」


 確かに昨夜、千夏へ蓮と会ったことを話した。


 千夏は「ついに神崎君まで出てきた」と妙に楽しそうだったが、真樹が自分と蓮の連絡先交換を嫌がった話をすると、さらに笑っていた。


「神崎君って、北条君の中学からの友達なんだって」


「へえ。どんな子?」


「北条君より話しやすい」


「本人の前で言った?」


「言った」


「強くなったね、ひより」


「何でそうなるの」


 美月は笑いながらソファへ座る。


「でも、よかったんじゃない? 友達の友達を知るのって」


「うん。なんかね、ちょっと不思議だった」


「何が?」


「北条君って、私が知らないところではちゃんと別の生活してるんだなって」


 口にしてから、当たり前のことを言っている気がして、ひよりは少し笑った。


「学校も違うんだから当然なんだけどね」


「それを実感したってこと?」


「多分」


 桜陵学園の制服を着た蓮。


 中学時代から真樹を知っている蓮。


 少し前に会った玲奈も同じだ。


 自分が知っている真樹は、放課後や休日にノアと歩いている真樹がほとんどだった。学校でどんな顔をしているのか、昔はどんな子だったのか、家ではどんなふうに過ごしているのか、自分が知らないことはいくらでもある。


「知らないこといっぱいあるなって思った」


「知りたい?」


 美月の問いに、ひよりはすぐ答えようとして、少しだけ止まった。


「……知りたいかも」


「そっか」


「でも、聞きたくないことまで聞くのは違うと思う。北条君、家のこととかあんまり自分から話さないし」


「ひよりらしいね」


「そう?」


「うん」


 美月は穏やかに笑った。


 その表情を見ながら、ひよりは少し考える。


「お姉ちゃんだったら聞く?」


「相手によるかな。知りたいからって何でも聞いていいわけじゃないし」


「だよね」


「でも、相手が話したそうなのに遠慮して聞かないのも違うと思う」


「難しい」


「人付き合いなんてそんなものよ」


 美月はそう言って立ち上がると、ひよりの頭を軽く撫でた。


「まあ、ゆっくり知ればいいんじゃない?」


「……うん」


 ひよりは素直に頷いた。


 ゆっくり。


 その言葉が今の自分たちには合っている気がした。


     ◇ ◇ ◇


 午後一時四十分。


 ひよりは玄関の鏡の前でマフラーを巻き直していた。


 今日は白いニットに濃い色のパンツ、その上から淡いベージュのコートを羽織っている。昨日宣言した紺色の手袋もしっかり両手にはめた。


「よし」


「デート?」


「違う!」


 背後から聞こえた声に勢いよく振り返る。


 いつの間に帰ってきたのか、悠一が廊下に立っていた。


「びっくりした!」


「そんな驚くことか?」


「急に後ろから言うからでしょ!」


「で、デート?」


「ノアの散歩!」


「北条もいるんだろ?」


「いるよ。飼い主なんだから」


「二人で?」


「ノアもいるって言ってるでしょ」


「犬を人数に入れるな」


「ノアは家族なの!」


「北条の家族だろ!」


 声が大きくなり、リビングから美月が顔を出した。


「悠一、帰ってきて早々うるさい」


「美月、お前は心配じゃないのか?」


「何が?」


「妹が休日に男と二人で会うんだぞ」


「ノアもいるって」


「お前まで!」


 ひよりは呆れながら靴を履く。


「もう行くから」


「待て、ひより」


「何?」


 悠一は何か言いかけ、少し迷った。


 いつものように「男と二人で会うな」と言えば、ひよりが嫌がるのは分かっている。


 それでも心配なのは変わらない。


「……暗くなる前に帰ってこいよ」


 結局、それだけ言った。


 ひよりは一瞬目を丸くしたあと、小さく笑った。


「分かってる。ありがとう」


「あと何かあったら連絡しろ」


「うん」


「迎え必要なら行くからな」


「はいはい」


「返事が軽い」


「ちゃんと分かってるって」


 ひよりは玄関の扉へ手をかける。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 美月が手を振る。


 悠一も不満そうな顔のまま「気をつけろよ」と言った。


 外へ出たひよりは、冷たい空気を吸い込む。


 時刻は一時四十三分。


 普通に歩けば十分少々。


 ちょうどいい。


 スマートフォンを取り出す。


『今出たよ』


 送ってから歩き始めると、すぐに返事が来た。


『俺も』


 ひよりは画面を見ながら微笑んだ。


『今日は手袋あるからね』


『聞いてない』


『昨日見せるって言った』


『本当に見せんのかよ』


『見せる』


『好きにしろ』


「ふふ」


 思わず笑いが漏れる。


 スマートフォンをしまい、ひよりは公園へ向かった。


     ◇ ◇ ◇


 午後二時になる少し前。


 公園へ続く角を曲がったひよりは、入口近くに黒い大きな姿を見つけた。


「ノア!」


 呼んだ瞬間、ノアがこちらを向く。


 隣にいた真樹も振り返った。


 ひよりは小走りで近づき、最初に両手を持ち上げる。


「見て!」


「……何を」


「手袋!」


「本当に見せんのかよ」


「約束したから」


「約束はしてない」


「昨日見せるって言った」


「お前が勝手に言っただけだろ」


 呆れた声とは裏腹に、真樹の口元がわずかに緩んでいる。


 ひよりはそれを見逃さなかった。


「笑った」


「笑ってない」


「最近それ多いよね」


「何が」


「笑ってるのに笑ってないって言うやつ」


「気のせいだ」


「絶対違う」


 ひよりが言い返している間、ノアが鼻先を彼女の手へ寄せる。


「あ、ごめんごめん。ノアが先だよね」


 しゃがんで首元を撫でると、ノアは嬉しそうに体を寄せてきた。


「昨日も会ったけど、今日はちゃんといっぱい歩こうね」


「昨日もそれなりに歩いただろ」


「北条君と二人でね」


 真樹は一瞬だけ言葉を止めた。


「……そうだな」


「ノアいなかったから、ちょっと変な感じだった」


「嫌だった?」


「全然」


 ひよりは迷わず答えた。


「普通に楽しかったよ」


 真樹の視線がひよりへ向く。


「北条君は?」


「何が」


「昨日。ノアいなかったけど、私と歩くの嫌じゃなかった?」


「嫌なら行ってない」


「そういう言い方じゃなくて」


「じゃあ何て言えばいいんだよ」


「楽しかった、とか」


「……」


「ほら、言えない」


 ひよりが笑う。


 真樹は少しだけ眉を寄せた。


「退屈はしなかった」


「前もそれ言った!」


「なら分かるだろ」


「素直じゃないなあ」


「うるさい」


 そんなやり取りをしながら、公園を出る。


 今日はいつもの川沿いとは反対方向へ歩いてみることになった。


 住宅街を抜ける細い道には冬の日差しが斜めに落ち、軒先の植木鉢や自転車の影を長く伸ばしている。遠くでは子どもたちの声が聞こえ、ときおり車が通るたび、二人は自然に道の端へ寄った。


「そういえば」


 ひよりが歩きながら真樹を見る。


「神崎君から連絡来た?」


「来た」


「何て?」


「お前と会ったって」


「それ北条君も知ってるじゃん」


「俺もそう返した」


「ふふ、何それ」


「あと、お前と連絡先交換したかったとか言ってた」


「昨日も言ってたね」


 ひよりは少し考える。


「北条君、本当に嫌なの?」


「……別に嫌じゃない」


「またそれ」


「ただ、蓮がお前に直接連絡する用事なんかないだろ」


「友達になるかもしれないじゃん」


「何で」


「北条君の友達だから」


「友達の友達が全員友達になるわけじゃないだろ」


「それはそうだけど」


 ひよりは笑いながらノアを見る。


「でも神崎君、話しやすかったし」


「……そう」


 真樹の返事が少しだけ低くなる。


 ひよりが横を見る。


「また機嫌悪くなった?」


「なってない」


「昨日も神崎君と話してるとき変だったよ」


「いつも通りだ」


「そうかなあ」


 真樹は前を向いたまま歩く。


(何で蓮と仲良くなる必要があるんだよ)


 頭に浮かんだ言葉へ、自分で疑問を持つ。


 別にいいはずだ。


 蓮は信用できる。


 ひよりと連絡先を交換したところで問題などない。


 むしろ、自分の知らない相手よりずっと安心できる。


 それなのに嫌だった。


(佐伯や橘とは違うだろ)


 颯太はひよりが好きな相手だ。


 海斗は同じクラスの男子。


 蓮は自分の親友。


 理由が違う。


 なのに、ひよりが自分以外の誰かと親しくなることを考えたとき、似たような引っかかりが生まれる。


「北条君?」


「何」


「考え事?」


「別に」


「今日『別に』多くない?」


「お前が余計なこと聞くからだろ」


「神崎君の話しただけなのに」


「……あいつの話もういい」


「はいはい」


 ひよりは笑う。


 その素直な返事に、真樹はなぜかさらに落ち着かなくなった。


 話題を終わらせたかったのは自分なのに、あっさり終わるとそれはそれで気になる。


(面倒くさすぎるだろ)


 自分に対してそう思った。


     ◇ ◇ ◇


 二十分ほど歩いたところで、二人は小さな商店街へ出た。


 休日の午後ということもあり、人通りはそこそこ多い。八百屋の店先には段ボール箱に入ったみかんが並び、パン屋からは焼きたての香りが漂っている。ノアほど大きな黒犬は目立つらしく、すれ違う子どもが何度か振り返っていた。


「あ、ここ」


 ひよりが足を止めた。


「何」


「前にお母さんと来たことあるパン屋」


 木製の看板には『ブーランジェリー陽だまり』と書かれている。


「クリームパン美味しいんだよ」


「へえ」


「北条君甘いの嫌いじゃないよね?」


「嫌いじゃない」


「食べる?」


「今?」


「おやつ」


 ひよりは店内を覗く。


「ノアいるから交代で買おうか」


「俺ここで待ってる」


「北条君も選ばなくていい?」


「適当に買ってきて」


「え、責任重大」


「クリームパン美味いんだろ」


「うん」


「じゃあそれでいい」


「分かった」


 ひよりは店へ入っていった。


 真樹はノアと一緒に店先で待つ。


 ガラス越しに、トレーを持ってパンを選ぶひよりが見えた。


 クリームパンを二つ取る。


 そのあと何か別のパンの前で迷い、店員と少し話している。


 笑っている。


 ごく普通の光景だ。


 それなのに真樹は、何となく目で追っていた。


「……何だよ」


 ノアがこちらを見上げている。


「別に見てない」


 ノアは何も言わない。


「店見てただけだ」


 もちろん返事はない。


「お前まで蓮みたいな顔すんな」


 ノアが尻尾を一度振った。


「絶対分かってないだろ」


 数分後、ひよりが紙袋を抱えて出てきた。


「お待たせ」


「遅い」


「五分も経ってないよ」


「で、何買ったんだ」


「クリームパン二つと、これ」


 ひよりが袋から小さな包みを見せる。


「犬用の無添加クッキー売ってたから、お店の人に原材料聞いたの。前に北条君から聞いたノアの駄目なもの入ってなかったけど、一応見て」


 真樹は袋を受け取り、表示を確認する。


「……大丈夫そう」


「じゃあノアにもおやつあるね」


 ひよりが嬉しそうにノアを見る。


 真樹は原材料表示からひよりへ視線を移した。


「覚えてたんだな」


「何を?」


「前に言ったやつ」


「ノアのことだから覚えてるよ」


「そう」


「大事でしょ?」


「ああ」


 真樹の返事が少し柔らかくなる。


 ひよりはそれに気づき、笑った。


「北条君、ノアの話すると分かりやすいよね」


「何が」


「嬉しいとき」


「分かりやすくない」


「今ちょっと嬉しそうだった」


「気のせい」


「また!」


 二人の声に、近くを通った年配の女性が微笑ましそうに振り返った。


 ひよりはそれに気づかず、真樹へ文句を言い続けている。


 真樹は気づいたものの、何も言わなかった。


     ◇ ◇ ◇


 商店街の先には、小さな広場があった。


 中央にベンチがいくつか置かれ、冬枯れした木々の間から午後の日差しが差し込んでいる。端には水飲み場があり、犬を連れた人も何人か休んでいた。


「ここで食べる?」


「そうするか」


 二人は少し離れたベンチへ座った。


 ノアは真樹の足元で伏せる。


 ひよりが紙袋からクリームパンを取り出し、一つを真樹へ渡した。


「はい」


「ありがと」


「ちゃんと言えるんだ」


「何が」


「ありがとう」


「言うだろ普通に」


「北条君、時々言わないから」


「言ってる」


「そうかなあ」


 ひよりは包みを開く。


 まだほんのり温かい。


 一口食べると、柔らかなパンの中から甘いカスタードが広がった。


「おいしい!」


「……うん」


「でしょ?」


 真樹も一口食べる。


 甘すぎない。


 確かに美味しい。


「これならまた買ってもいい」


「上から目線だなあ」


「美味いって言ってるだろ」


「素直に『美味しい』だけでいいのに」


「お前、今日そればっかりだな」


「だって北条君が素直じゃないから」


 ひよりは笑いながらもう一口食べた。


 そのとき、少し離れた場所で、小学生くらいの女の子がノアを見ていることに気づく。


 母親らしい女性の後ろから、興味深そうに顔を出していた。


 真樹も気づいた。


 視線が合うと、女の子は慌てて母親の後ろへ隠れる。


「ノア気になるのかな」


「多分」


 ひよりが小さく手を振ると、女の子も少しだけ手を振り返した。


 母親が頭を下げる。


「すみません。この子、大きい犬が好きで」


「大丈夫ですよ」


 ひよりが答える。


 女の子が恐る恐る近づいてきた。


「触ってもいい?」


 真樹は食べかけのパンを包みに戻した。


「いいけど、急に頭から触らないで。最初に手の匂い嗅がせてやって」


「うん」


「ノア、大丈夫だからね」


 ひよりもノアの横へしゃがむ。


 女の子は教えられた通り、ゆっくり手を差し出した。


 ノアが匂いを嗅ぐ。


 それから大人しくしているのを確認し、女の子が首のあたりを撫でた。


「ふわふわ!」


 嬉しそうな声に、母親も笑う。


「よかったね」


「うん!」


 数分ほど触れ合ったあと、親子は何度も礼を言って去っていった。


 ひよりはベンチへ戻りながら笑う。


「やっぱり北条君、こういうとき優しいよね」


「普通だろ」


「知らない子にもちゃんと教えるじゃん」


「ノアが嫌な触られ方するのも困るから」


「それだけ?」


「それで十分だろ」


「そういうことにしとく」


 ひよりは再びクリームパンを食べる。


 真樹も残りを口へ運びながら、隣に座る彼女を横目で見た。


 千夏の言葉がふと蘇る。


『ひより、結構無理して笑うことあるから』


 今の笑顔は違う。


 何となく分かる。


 ノアといるとき。


 家族の話をするとき。


 千夏と話しているとき。


 自分へ遠慮なく文句を言っているとき。


 そういうときのひよりは、目元まで自然に緩んでいる。


(じゃあ、無理してるときってどんな顔なんだ)


 あの日、千夏に言われた直後、一瞬だけ違う笑い方をした。


 それ以外にも見たことがあるのだろうか。


「北条君?」


 ひよりがこちらを見ていた。


「何」


「また見てた」


「……パン食ってただけ」


「私の顔にパンないよ」


「分かってる」


「じゃあ何?」


 真樹は答えに迷った。


 ここで「お前が無理して笑うときってどんなときだ」と聞くのは違う気がした。


 千夏から聞いたことを、そのまま本人へぶつけるのも。


「クリームついてる」


「えっ」


 ひよりが慌てて口元を手袋で拭こうとする。


「待て、手袋で拭くな」


「あ」


 真樹がポケットからティッシュを出して渡す。


「右」


「こっち?」


「逆」


「え?」


「だからそっちじゃない」


 ひよりが何度か見当違いの場所を拭く。


 真樹は呆れた。


「鏡ないの?」


「スマホ出す」


「もう取れてる」


「え?」


「今ので」


 ひよりはスマートフォンを取り出し、画面を鏡代わりにして確認する。


「ほんとだ」


「何回拭いてんだよ」


「北条君の説明が悪い」


「左右くらい分かれ」


「向かいから見たら逆になるじゃん」


「今隣だろ」


「あ」


「馬鹿」


「馬鹿って言った!」


 ひよりが頬を膨らませる。


 真樹は思わず笑った。


 今度は、否定する前にひよりが指差す。


「ほら! 今は絶対笑った!」


「……笑ったな」


「認めた!」


「そんな喜ぶことか?」


「北条君が素直だから」


「うるさい」


 ひよりは満足そうに笑う。


 真樹はその顔を見ながら、先ほどの疑問を胸の奥へしまった。


 今すぐ答えを聞く必要はない。


 千夏が言った。


 そのうち分かるかもしれない、と。


 なら、自分で分かるようになればいい。


 なぜそう思うのかは、まだ深く考えなかった。


     ◇ ◇ ◇


 休憩を終えた二人は、商店街から少し離れた遊歩道へ向かった。


 途中でノアにも買ったクッキーを一枚だけ与える。


「どう?」


 ひよりが真剣な顔で尋ねる。


「ノアに聞けよ」


「ノア、美味しい?」


 ノアはもっと欲しそうにひよりを見る。


「美味しいって!」


「多分な」


「もう一枚は?」


「今日は一枚」


「厳しい」


「他にも食うから」


「じゃあ残り北条君に渡しとくね」


「お前が持っててもいいけど」


「え?」


「また会うんだろ」


 真樹が何でもないことのように言う。


 ひよりは手元のクッキーの袋を見る。


「じゃあ持ってる」


「ああ」


「次会ったときあげる」


「そうすれば」


 それだけの会話だった。


 けれど、「次」が当然のように存在している。


 少し前まで、また会えるかどうかすら分からなかった相手なのに。


 ひよりはクッキーを鞄へしまいながら、何となく嬉しくなった。


「北条君」


「何」


「私たち、結構会ってるよね」


「今さら?」


「いや、改めて思って」


「ほぼ毎日だろ」


「だよね」


 真樹は何気なく答えたが、ひよりは少し驚いた。


「北条君、数えてた?」


「数えなくても分かるだろ」


「まあそうだけど」


「学校終わったらだいたいお前いるし」


「北条君もいるじゃん」


「ノアの散歩だからな」


「私もノアに会いに行ってるから」


「最近は俺とも話すの楽しいんだろ」


 ひよりが止まりかけた。


「……覚えてたの?」


「自分で言っただろ」


「言ったけど」


 昨日も。


 今日の最初にも。


 確かに言った。


 でも、真樹の口から改めて言われると少し恥ずかしい。


「北条君も退屈しないんでしょ」


「まあな」


「じゃあ一緒じゃん」


「何が」


「私も楽しい。北条君も退屈しない。だから会ってる」


「……そうだな」


 真樹は否定しなかった。


 ひよりは少しだけ笑った。


     ◇ ◇ ◇


 午後三時半を過ぎたころ、二人は川沿いの道まで戻ってきた。


 空には薄い雲が増え、日差しが弱くなっている。風も少し冷たくなり、ひよりはマフラーへ顎を埋めた。


「寒くなってきた」


「だから手袋だけじゃなくて厚着しろって言っただろ」


「してるよ」


「寒いって言ってるじゃん」


「冬なんだから寒いでしょ」


「じゃあ帰るか」


「え」


 ひよりは反射的に声を出した。


 真樹が見る。


「何」


「……もう?」


「寒いんだろ」


「寒いけど」


 時刻を見る。


 三時三十七分。


 会ってから一時間半以上経っている。


 昨日より長い。


 それでも。


(明日は会えないんだよね)


 そのことが頭に浮かんだ。


「もうちょっと歩かない?」


 真樹が一瞬黙る。


「寒いんじゃないのか」


「歩いてれば平気」


「風邪引くぞ」


「じゃああと十五分」


「何で十五分」


「切りがいいから」


「何の切りだよ」


「分かんないけど」


 ひよりは笑った。


 真樹は少し考えてから、ノアを見る。


「ノア、どうする?」


 ノアは当然のように先へ進もうとする。


「ほら、ノアも歩きたいって」


「お前と同じだな」


「いいじゃん」


 結局、三人でそのまま川沿いを進んだ。


 真樹は理由を聞かなかった。


 ひよりも、なぜもう少し一緒にいたいと思ったのか、深く考えなかった。


 ただ明日は会えない。


 だから今日くらい、少し長くてもいい。


 それだけだった。


     ◇ ◇ ◇


「明日の交流会って何するの?」


 歩きながら、ひよりが尋ねた。


「詳しくは俺も全部知らない。家同士の付き合いもあるし、学生同士の顔合わせみたいなのもある」


「北条君も参加しないといけないの?」


「ああ」


「大変だね」


「慣れてる」


「一ノ瀬さんも行くんだよね?」


 真樹の足取りがわずかに変わった。


「……ああ」


「小さいころからそういうの一緒なの?」


「玲奈の家も付き合いあるからな。昔から顔合わせる機会は多い」


「そっか」


 ひよりは笑った。


 けれど。


 真樹は横目でその顔を見る。


 何かが少し違った。


 口元は笑っている。


 声も明るい。


 それなのに、先ほどクリームパンを食べていたときの笑顔とは違う。


(……これか?)


 千夏の言葉が頭をよぎる。


 無理して笑う。


 ただ、今のひよりが本当にそうなのかは分からない。


 玲奈の話が嫌なのか。


 交流会という自分の知らない世界の話が気になるのか。


 それとも単に何でもないのか。


「天野」


「ん?」


「何か気になる?」


「え?」


「交流会」


「ああ……」


 ひよりは少しだけ目を逸らした。


「どんな感じなのかなって思っただけ」


「退屈だぞ」


「そうなの?」


「少なくとも俺は好きじゃない」


「でも一ノ瀬さんいるなら話す相手いるじゃん」


「他にも知ってる奴はいる」


「そっか」


 また笑う。


 やはり少しだけ違う。


 真樹は黙った。


 ここで無理に聞けば、ひよりはきっと「何でもない」と言う気がした。


 自分も普段そう言うから分かる。


「写真」


「え?」


「会場、撮れそうなら送る」


 ひよりが目を丸くする。


「いいの?」


「撮影禁止じゃなければ」


「見たい!」


 今度の笑顔は、さっきより自然だった。


「すごいところなんでしょ?」


「多分お前が想像してるほどじゃない」


「北条君基準は信用できない」


「何で」


「桜陵を普通の学校みたいに言う人だから」


「学校は学校だろ」


「ほら」


 ひよりは楽しそうに笑う。


「じゃあ楽しみにしてる」


「期待すんな」


「一ノ瀬さんも写ってたりする?」


「何で玲奈を撮るんだよ」


「せっかく一緒なんだから」


「意味分かんねえ」


 真樹は呆れたように言う。


 ひよりは笑っていたが、その胸の奥には小さな引っかかりが残っていた。


 玲奈は真樹と同じ世界にいる。


 同じような家の付き合いがあり、幼いころから知っていて、明日のような場所にも自然に並んで参加する。


 自分には想像しにくい世界。


(別に、関係ないよね)


 真樹とは友達だ。


 友達の家がどれだけすごくても、幼馴染がどれだけ綺麗でも、自分には関係ない。


 そう思う。


 それなのに少しだけ胸の奥が落ち着かなかった。


 ひよりはその感覚を、玲奈への嫉妬だとは考えなかった。


 自分が好きなのは颯太なのだから。


 きっと、知らない世界を見せつけられるようで寂しいだけだ。


 友達なのに、自分が知らないことがたくさんあるから。


 そう結論づけると、少しだけ納得できた。


     ◇ ◇ ◇


 午後四時を少し回り、二人はいつもの公園へ戻った。


 ひよりはベンチの前で立ち止まり、ノアを撫でる。


「今日はいっぱい歩いたね」


 ノアが嬉しそうに鼻先を寄せる。


「明日は会えないけど、月曜ね」


 その言葉を聞き、真樹がひよりを見る。


「月曜来るの?」


「北条君は?」


「行くつもりだけど」


「じゃあ私も」


「……そう」


「何、その反応」


「別に」


「また別にって言った」


「じゃあ何て言えばいいんだよ」


「『分かった』とか?」


「分かった」


「素直すぎるとそれはそれで変」


「面倒くさいな、お前」


「北条君に言われたくない」


 ひよりは笑いながら立ち上がる。


 少しだけ沈黙が落ちた。


 いつもなら「また明日」と言える。


 けれど今日は言えない。


「じゃあ……また月曜」


「ああ」


「明日は頑張ってね」


「何を」


「交流会」


「座って話聞くだけだ」


「それでも」


「お前は?」


「私は多分、千夏と買い物行く」


「そう」


「お昼からね」


「どこ」


「まだ決めてない。駅前かな」


「……蓮には会わないよな」


「何で神崎君?」


「いや」


 真樹は自分でも分からなくなり、視線を逸らした。


「何でもない」


 ひよりは少し考え、それからいたずらっぽく笑う。


「神崎君に会ったら連絡先交換しよっかな」


「やめろ」


「即答!」


「わざわざ会いに行くな」


「行かないよ!」


 ひよりが声を上げて笑う。


 真樹も呆れながら、完全には不機嫌になれなかった。


「じゃあ帰るね」


「ああ」


「ノア、また月曜」


 ひよりがノアへ手を振る。


 数歩進んでから振り返る。


「北条君も」


「何」


「また月曜」


 真樹は少しだけ目を細めた。


「ああ。また月曜」


 今度はきちんと返ってきた。


 ひよりは満足そうに笑い、帰路へ向かった。


 真樹はその背中が角を曲がるまで見送っていた。


 ノアが隣で座っている。


「……明日は散歩、家の人に頼むからな」


 ノアが真樹を見る。


「俺も行きたいけど無理なんだよ」


 尻尾がゆっくり揺れる。


「月曜は行く」


 そこまで言って、真樹は眉を寄せた。


「……何でお前に説明してんだ、俺」


 ノアは何も答えず、ただ真樹の横へ体を寄せた。


     ◇ ◇ ◇


 帰宅したひよりを待っていたのは、リビングのソファに座る悠一だった。


「おかえり」


「ただいま」


 ひよりが時計を見る。


 四時半を少し過ぎたところ。


「暗くなる前でしょ」


「まあな」


「何その偉そうな感じ」


「兄だから」


「それ万能じゃないからね」


 ひよりはコートを脱ぎながら笑う。


 キッチンにいた由美が振り返った。


「楽しかった?」


「うん。今日は商店街のほうまで行った」


「結構歩いたのね」


「パン屋さんにも寄ったよ。陽だまり」


「あら、あそこ?」


「クリームパン食べた」


「北条君と?」


「うん」


 悠一の眉が動く。


「二人でパン食ったのか」


「ノアもおやつ食べた」


「そういう問題じゃない」


「じゃあどういう問題?」


「……」


 悠一が答えに詰まる。


 由美は笑いを堪えながら夕食の準備へ戻った。


「明日も会うのか?」


「会わないよ」


「え」


「何でお兄ちゃんが驚くの」


「いや……毎日会ってるみたいだったから」


「北条君、明日は家の用事」


「家の?」


「交流会だって」


「交流会?」


「詳しくは知らない」


 ひよりはそれ以上説明せず、手を洗いに向かう。


 悠一はその背中を見送ったあと、キッチンの由美へ小声で尋ねた。


「母さん」


「何?」


「北条って、やっぱりあの北条なのか?」


「知らないわよ」


「でも桜陵で、家の交流会とか――」


「ひよりが調べないって言ってるんだから、あなたも調べないの」


「分かってるけど」


「ならそれで終わり」


「……はい」


 由美に言われ、悠一は大人しく引き下がった。


 ただし、妹の友人に対する警戒心まで消えたわけではない。


 むしろ、少しずつ増えている。


(毎日のように会って、休日に二人で散歩して、パン食って……これ友達なのか?)


 本人たちはそう言っている。


 だから今のところ、悠一もそれ以上は言えない。


 けれど兄としては、どうしても気になる。


「……一回会ってみたいな」


 小さく呟いた声を、由美はしっかり聞いていた。


「勝手に公園へ見に行ったりしたら、ひよりに嫌われるわよ」


「行かねえよ!」


「ならいいけど」


「俺を何だと思ってるんだ」


「過保護なお兄ちゃん」


「……否定できない」


 由美は苦笑した。


     ◇ ◇ ◇


 夜。


 ひよりはベッドに寝転がりながら、千夏とメッセージをしていた。


『明日どうする?』


『駅前行かない? 新しい雑貨屋見たい』


『行く!』


『お昼食べてからでいい?』


『いいよ』


 明日の予定が決まる。


 真樹とは会わない。


 だからといって一日中暇になるわけではない。


 千夏と出かけるのも楽しみだ。


 それなのに。


 ひよりは何となく真樹とのトーク画面を開いた。


 最後のメッセージは昼前。


『今日は手袋あるからね』


 そこから先は直接会っていたから、メッセージはない。


(明日は交流会か)


 どんな服で行くのだろう。


 制服ではない気がする。


 玲奈もいる。


 蓮も参加するのだろうか。


 知らない人もたくさんいるはずだ。


 ひよりは少し迷い、


『明日って制服?』


 と送った。


 数分後。


『違う』


『スーツ?』


『そんな感じ』


『見たい』


 送ってから、少し考える。


 何を見たいのだろう。


 会場なのか。


 服なのか。


 真樹なのか。


 自分でも曖昧だった。


『何を』


 案の定聞かれた。


『北条君の服』


 素直に送る。


 しばらく既読がつかない。


「……変だったかな」


 数分後。


『何で』


『いつも制服か普通の服しか見たことないから』


『見る必要ないだろ』


『見たいだけ』


 また少し間が空く。


『撮れたら』


「やった」


 ひよりは小さく笑った。


『約束ね』


『約束してない』


『またそれ』


『撮れたらって言っただろ』


『じゃあ待ってる』


 送信する。


 画面を見つめながら、ひよりは昼間の会話を思い出した。


 真樹の知らない部分。


 少しずつ知ればいい。


 美月にそう言われた。


 明日は、自分の知らない真樹の世界を少しだけ見られるかもしれない。


 そう思うと楽しみだった。


     ◇ ◇ ◇


 北条家。


 真樹は自室の机に置かれた明日の衣服を見ていた。


 濃紺のジャケットに、白いシャツ。


 家の者が準備したものだ。


 普段なら何も思わない。


 着て行って、必要な挨拶をして、決められた時間を過ごして帰る。


 それだけだった。


 しかし今日は。


『北条君の服』


『見たいだけ』


 ひよりからのメッセージが頭に残っている。


「……何で見たいんだよ」


 呟く。


 答えなど本人しか知らない。


 スマートフォンが震えた。


 ひよりかと思ってすぐに手を伸ばす。


 蓮だった。


『明日だるい』


 真樹は画面を見て、少しだけ苛立った。


『知らん』


『冷た』


『寝ろ』


『まだ早い』


『じゃあ勝手にしろ』


『玲奈も来るって』


『知ってる』


『天野さんに言った?』


 指が止まる。


『何で言う必要ある』


『いや、何となく』


『知ってる』


『言ったんだ』


『交流会の話したときに』


 蓮から返事が来るまで少し間があった。


『天野さん何て?』


『別に』


 送ってから、真樹は今日のひよりの表情を思い出した。


『一ノ瀬さんも行くんだよね?』


 そう聞いたとき。


 笑っていた。


 でも、いつもの笑い方とは少し違った気がした。


(……俺の気のせいかもしれない)


 千夏の言葉を意識しすぎているだけかもしれない。


 真樹は蓮との画面を閉じた。


 代わりにひよりとのトーク画面を開く。


 最後は、


『じゃあ待ってる』


 だった。


 写真。


 別に送らなくてもいい。


 約束はしていない。


 それなのに、明日撮るつもりになっている自分がいる。


「……面倒」


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


 スマートフォンを置こうとしたところで、また震える。


『北条君』


 今度はひよりだった。


『何』


『明日頑張ってね』


 昼間にも言われた。


『だから頑張ることないって』


『でも知らない人いっぱいだったら疲れそう』


『慣れてる』


『そっか』


 そこで終わるかと思った。


 少しして、もう一通届く。


『疲れたらノアに癒やしてもらって』


 真樹は口元を緩めた。


『お前じゃなくて?』


 打ってから、指が止まる。


「……は?」


 自分で入力した文章を見つめる。


 送っていない。


(何打ってんだ俺)


 すぐに全部消した。


 代わりに、


『そうする』


 とだけ送る。


『私も明日ノアに会えないから残念』


『月曜会えるだろ』


『うん』


 返事はすぐだった。


『北条君にもね』


 真樹の指が止まる。


 昼間、ひよりは「また月曜」と言った。


 当然、自分にも会うつもりなのは分かっていた。


 それでも、文字として送られてくると少し違う。


『ああ』


 それだけ返す。


 ひよりから、


『おやすみ。明日写真忘れないでね』


 と届く。


『撮れたらな』


『おやすみ』


 送信したあと、真樹はスマートフォンを伏せた。


 明日は会わない。


 たった一日。


 以前なら何でもなかったはずの一日だ。


 学校が違うのだから、そもそも会わない日のほうが普通だった。


 それなのに今は、月曜日にまた公園へ行くことが、すでに予定として頭の中にある。


(ほぼ毎日会ってたから、変なだけだ)


 そう考えれば説明はつく。


 習慣になったから。


 友達だから。


 ノアがひよりに懐いているから。


 理由ならいくらでも並べられる。


 真樹はベッドへ入り、照明を落とした。


 暗くなった部屋で目を閉じる。


 けれど最後に頭へ浮かんだのは、明日の交流会でも玲奈でも蓮でもなかった。


 今日、別れ際にひよりが笑いながら言った言葉だった。


『また月曜』


 たった一日会わないだけなのに、その次に会う日を確かめている。


 それを不自然だと思わなくなっている自分に、真樹はまだ名前をつけられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。