第17話 友達の友達に、会いました
金曜日の朝、ひよりが玄関でローファーを履いていると、背後から由美の声が飛んできた。
「ひより、手袋」
「あ」
振り返ると、母がリビングの入口からこちらを見ている。その視線を追った先、靴箱の上には紺色の手袋がきちんと置かれていた。
「また忘れるところだったでしょ」
「……危なかった」
ひよりはローファーを履いたまま手を伸ばし、手袋を取る。
昨日、真樹から何度も言われたことを思い出した。
『手袋明日は忘れんな』
由美に言われなければ、見事に忘れていた。
(北条君に見つかったら絶対言われる)
そんなことを考えながら手袋を鞄へしまったところで、リビングから悠一が顔を出した。
「何で笑ってる?」
「笑ってないけど」
「今笑ってた」
「朝から妹の顔観察しないでよ」
「兄だからな」
「理由になってない」
ひよりが呆れていると、その後ろから美月も姿を見せた。今日は大学の講義が遅いらしく、まだ部屋着の上にカーディガンを羽織っただけの格好をしている。
「ひより、今日も公園?」
「多分」
「北条君と?」
「ノアとも!」
「誰もノアがいないとは言ってないけど」
「……お姉ちゃん最近意地悪」
「面白いから」
美月は悪びれずに笑う。
ひよりは頬を膨らませながら鞄を肩へかけた。
「行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
由美の声に続いて浩介も「気をつけてな」と言う。
玄関の扉を開けたひよりの背後から、悠一が「暗くなる前に帰れよ!」と声を張った。
「分かってる!」
外へ出て扉を閉める。
冬の朝の空気が頬へ触れた。
昨日より少し風が弱い。
ひよりは数歩進んでから、鞄の中に手袋が入っていることをもう一度確認した。
(よし)
これなら真樹に文句を言われない。
そこまで考えたところで、自分が真樹に見せる前提で手袋を確認していることに気づいた。
「……別にいいけど」
小さく呟き、そのまま駅へ向かった。
◇ ◇ ◇
「おはよ、ひより」
「おはよう」
教室へ入ると、千夏がいつものように声をかけてきた。
ひよりは自分の席へ鞄を置きながら、少し迷った末に昨日のことを話す。
「昨日ね、北条君と会った」
「うん」
「……反応薄くない?」
「だって会うと思ってたし」
「北条君、遅くなるって言ってたじゃん」
「でも結局会ったんでしょ?」
「会ったけど」
千夏は椅子へ座ったまま、ひよりを見上げる。
「どっちから?」
「何が?」
「会おうって言ったの」
「会おうとは言ってないよ。私が公園にいたら、北条君から今どこって聞かれて、公園って言ったら来た」
千夏の眉がわずかに上がった。
「ノアは?」
「いなかった」
「へえ」
「だから、その『へえ』何?」
「別に?」
「またそれ!」
ひよりが抗議すると、千夏は笑いながら立ち上がった。
「でも北条君、わざわざ来たんだ」
「家の用事終わったあとにね。車で」
「ひよりに会うために?」
「……多分?」
口にしてから、ひよりは妙に恥ずかしくなった。
「いや、友達だし! 近く通っただけかもしれないし!」
「北条君、自分で『会いに行く』って言ったの?」
「言ってない」
「じゃあ決めつけるのやめとく」
「最初からそうしてよ」
千夏は素直に頷いた。
ただし、口元には笑みが残っている。
ひよりはそれを見なかったことにして、机の中から教科書を取り出した。
「でも、ノアいなくても普通に話せた」
「それは前からじゃない?」
「そうなんだけど……何ていうか」
言葉を探す。
最初は、ノアがいなければ真樹と話す理由なんてなかった。
黒い大きな犬が二人をつないでくれたから、名前を知り、何度も会い、友達になった。
今でもノアは大好きだ。
けれど昨日、ノアがいない公園で真樹と二人で歩いていても、会話に困ることはなかった。
「北条君だけでも、普通に楽しかった」
ひよりがそう言うと、千夏は一瞬だけ黙った。
「そっか」
「うん」
「じゃあよかったね」
「何が?」
「友達になれて」
千夏はそれ以上言わなかった。
ひよりも「うん」と笑う。
そのとき、教室の後ろの扉が開いた。
「おはよ」
海斗が入ってくる。
「おはよう、橘君」
「おはよ。天野、この前の数学マジで助かった」
「また?」
「いや、今度は昨日返ってきた小テスト。ほら」
海斗が答案用紙を見せる。
右上には八十六点。
「すごいじゃん!」
「前回六十点台だったからな。天野先生のおかげです」
「私、そんなに教えてないよ」
「途中から自力だったけど、あのとき教えてもらったとこ出たから」
海斗は嬉しそうに答案をひらひらさせる。
「また分かんないとこあったら頼むわ」
「いいよ。私で分かるところなら」
「北条先生じゃなくて?」
「何でそこで北条君出てくるの」
「この前教えてもらったって言ってたじゃん」
「ああ」
ひよりは思い出して笑う。
「北条君、教え方は分かりやすいけど厳しいよ」
「へえ。じゃあ天野のほうがいいわ」
「私もそんな優しくないけどね」
二人が笑っていると、千夏がその様子を静かに見ていた。
以前なら何とも思わなかった光景だ。
今も、ひよりと海斗の間に特別なものがあるようには見えない。
ただ。
(北条君がこれ見たら、また微妙な顔しそう)
そんな想像だけは簡単にできた。
もちろん本人へ伝えるつもりはない。
ひより自身がまだ何も気づいていないのだから、周囲が面白がって答えを押しつけるべきではない。
それに、ひよりには今も別に好きな人がいる。
「そうだ、天野」
海斗が思い出したように言う。
「今日、放課後ちょっと残れる?」
「今日?」
「来週提出の数学プリント、二問だけ分かんなくて」
「二問なら今でもいいんじゃない?」
「俺、昼は委員会」
「あ、そっか」
ひよりは少し考えた。
放課後。
今日は真樹と明確な時間を決めていない。
ただ、昨日「また明日」と言った。
「どれくらい?」
「十分とか十五分。無理ならいいよ」
「それくらいなら大丈夫」
「助かる」
海斗が自分の席へ向かう。
ひよりは何気なくスマートフォンへ目を落とした。
(北条君に言っとこうかな)
昨日、自分が学校を出たとき連絡した。
今日も少し遅れるなら、伝えておいたほうがいい。
そう考えることが、もう自然になっていた。
◇ ◇ ◇
『今日、橘君に数学教えるから十五分くらい遅くなる』
昼休み。
真樹は届いたメッセージを見て、箸を止めた。
向かいに座っていた蓮が気づく。
「どうした?」
「何でもない」
「天野さん?」
「何で分かる」
「スマホ見た瞬間、顔変わった」
「変わってない」
「じゃあ何?」
真樹は答えず、スマートフォンを伏せた。
しかし数秒後、もう一度手に取る。
『分かった』
それだけ打つ。
送ろうとして、止まる。
『また橘?』
そこまで入力して削除した。
(何で聞くんだよ。最初から橘って書いてあるだろ)
結局、
『分かった』
だけ送った。
すぐにひよりから、
『終わったら連絡するね』
と返ってくる。
真樹は画面を見つめたあと、スマートフォンを置いた。
「何て?」
「うるさい」
「橘君?」
真樹の視線が蓮へ向く。
「……何で」
「前に聞いた名前だから」
「よく覚えてんな」
「お前が分かりやすいからね」
「意味分かんねえ」
蓮は笑う。
「天野さん、橘君と何するの?」
「数学」
「教えてもらうの?」
「逆。天野が教える」
「ふうん」
蓮は箸を動かしながら少し考える。
「仲いいんだね」
「同じクラスだからな」
「俺とお前も同じクラスだよ」
「だから何だよ」
「いや、仲いいなと思って」
「……お前と一緒にすんな」
「ひどい」
蓮は大げさに肩を落とした。
真樹は無視して昼食を続ける。
だが頭の片隅には、海斗の名前が残った。
以前も数学を教えていた。
同じクラス。
学校で毎日顔を合わせる。
自分の知らない時間を、海斗は普通にひよりと過ごしている。
(……だから何だよ)
胸の奥に生まれた小さな苛立ちを、真樹は自分で打ち消した。
学校が違うのだから当たり前だ。
ひよりにはひよりの友人関係がある。
自分が口を出すことではない。
「真樹」
別の方向から声がして顔を上げる。
玲奈が立っていた。
「日曜の資料、確認した?」
「ああ」
「ちゃんと全部?」
「一応」
「一応って何よ」
玲奈は呆れたように笑い、蓮の隣へ立つ。
「叔父様から聞いたけど、今回は少し早めに集合するみたい。私も父と一緒に行くから、たぶん入口で会うわね」
「分かった」
「それと――」
玲奈が続けようとしたところで、真樹のスマートフォンが短く震えた。
反射的に視線が落ちる。
ひよりではない。
家からの連絡だった。
真樹は画面を閉じる。
玲奈はその一連の動きを見ていた。
「……誰か待ってるの?」
「何が」
「今、通知見たとき」
「家からだった」
「そう」
玲奈は笑った。
けれど胸の奥に、小さな引っかかりが残る。
以前の真樹は、誰から連絡が来たかを期待するようにスマートフォンを見ることなど、ほとんどなかった。
少なくとも玲奈の知る限りでは。
(天野さん、なのかな)
確かめることはできる。
聞けばいい。
けれど、聞きたくない気持ちもあった。
川沿いで会った少女。
明るく笑っていた。
けれど玲奈と話している間、ほんの少しだけ表情が変わった瞬間があった。
そして真樹は、それに気づいていた。
玲奈よりも先に。
「玲奈?」
蓮に呼ばれ、玲奈は我に返る。
「何?」
「ぼーっとしてた」
「ちょっと考え事」
「珍しい」
「失礼ね」
玲奈は笑って返した。
真樹はすでに昼食へ視線を戻している。
その横顔を見ながら、玲奈は胸の中に生まれた小さな不安へ、まだ名前をつけないことにした。
◇ ◇ ◇
放課後。
ひよりは約束どおり海斗と教室に残っていた。
ほとんどの生徒はすでに部活や帰宅へ向かっており、夕方の光が窓から斜めに差し込んでいる。廊下からは運動部の掛け声が遠く聞こえ、教室には二人のほかに数人の生徒が残っているだけだった。
「ここ、何でこうなるの?」
海斗がプリントを指差す。
「その前の式で符号変わってるでしょ」
「あ」
「橘君、前もそれやってたよ」
「マジ?」
「マジ」
「成長してないじゃん」
「八十六点取った人が言わないの」
ひよりは笑いながら、海斗のシャープペンを借りる。
「ここまで合ってるから、このマイナスを忘れなければ大丈夫」
「ああ、なるほど」
海斗が式を書き直す。
「天野、教えるの上手いよな」
「北条君のほうが上手いよ」
口にしてから、ひよりは自分で気づいた。
また真樹の名前を出した。
海斗も気づいたらしい。
「ほんと北条ってよく出てくるな」
「え?」
「最近、天野と話してると結構名前聞く」
「そうかな」
「うん」
海斗は悪意なく笑っている。
「仲いいんだな」
「友達だからね」
「学校違うのにすごいよな。俺だったら他校のやつとそんな頻繁に会わないかも」
「ノアがいるから」
「犬?」
「うん。最初はノアに会いたくて公園行ってたんだけど……」
ひよりはそこで少し考える。
昨日のことを思い出した。
ノアはいなかった。
それでも真樹と会えてよかったと思った。
「今は北条君と話すのも楽しいから」
「へえ」
海斗は一度だけ手を止めた。
ほんの一瞬だった。
それから、いつもと変わらない調子で笑う。
「じゃあいい友達できたんじゃん」
「うん」
ひよりも笑った。
海斗は再びプリントへ目を落としたが、なぜか先ほどより少しだけ式へ集中しづらくなっていた。
(何だろ)
自分でも分からない。
天野に他校の友達ができた。
それだけだ。
なのに、真樹という名前を聞くたびに、知らない相手の存在が少しだけ気になる。
海斗はその感覚を深く考えず、残っていた問題へ視線を戻した。
◇ ◇ ◇
「終わった!」
教室を出たひよりは、階段を下りながら真樹へメッセージを送った。
『今終わったよ』
返事はすぐに来た。
『公園いる』
「早っ」
思わず笑う。
『ノアも?』
『いる』
『今行く!』
スマートフォンを鞄へしまい、昇降口へ向かう。
途中で靴を履き替えていると、後ろから声がした。
「天野」
振り返る。
颯太だった。
「佐伯君」
「昨日の写真、ありがとな。宮田も喜んでた」
「ほんと? よかった」
「あとさ」
颯太がスマートフォンを取り出す。
「これ、天野写ってるやつあった」
画面を見せてもらう。
去年の文化祭。
教室の前で、千夏と並んで笑っている自分が写っている。
「え、これ知らない!」
「宮田から送られてきた。天野に送っとこうか?」
「欲しい!」
「じゃあ送る」
すぐに通知が届く。
「ありがとう」
「どういたしまして」
颯太は笑い、それからひよりの鞄を見る。
「今から帰り?」
「うん」
「途中まで一緒に行く?」
ひよりの心臓が大きく跳ねた。
「え?」
「俺も駅までだから」
「う、うん!」
声が少し上ずった。
颯太は気にした様子もなく歩き出す。
ひよりはその隣へ並んだ。
(え、待って。佐伯君と一緒に帰るの?)
学校から駅まで。
ほんの十分ほど。
それでも、今のひよりには十分すぎるほど特別だった。
校門を出る。
「天野、最近よく去年の写真見てるよな」
「佐伯君が欲しいって言ったから探したんだよ」
「ああ、そっか」
「でも見てたら懐かしくなった」
「去年のクラス結構楽しかったよな」
「うん。文化祭も楽しかった」
「天野、ずっと受付やってなかった?」
「途中までね。千夏と交代した」
「あれ? そうだっけ」
「そうだよ。佐伯君、全然覚えてないじゃん」
「悪い悪い」
颯太が笑う。
ひよりも笑った。
会話が続いている。
以前なら、何を話せばいいのか考えすぎて沈黙していたかもしれない。
今は不思議と話せる。
(嬉しい)
胸の奥が軽い。
真樹と話すときとは違う。
真樹相手なら、思いついたことをそのまま口にできる。
颯太相手では、まだ少し緊張する。
それでも、その緊張さえ嬉しかった。
「じゃ、俺こっち」
分かれ道で颯太が立ち止まる。
「うん」
「またな、天野」
「またね、佐伯君」
手を振る。
颯太が離れていく。
ひよりはしばらくその背中を見ていた。
頬が熱い。
(今日、すごいかも)
向こうから教室へ来てくれたのは昨日。
今日は一緒に帰った。
少しずつ。
本当に少しずつだけれど、以前より近づいている気がする。
そのとき、スマートフォンが震えた。
『まだ?』
表示された名前を見て、ひよりは現実へ戻った。
「あ」
真樹を待たせている。
『ごめん! 今行く!』
送ってから足を速めた。
◇ ◇ ◇
公園では、ノアが何度目か分からないほど入口を見ていた。
「来るから」
真樹が言う。
ノアは尻尾を振る。
「だから来るって」
また入口を見る。
「……俺に言っても仕方ないだろ」
ベンチに座っていた真樹はスマートフォンを確認した。
『ごめん! 今行く!』
少し前に届いたまま、新しい連絡はない。
数学は十五分程度だと言っていた。
それにしては遅い。
(橘と何してんだよ)
そう思ったところで、真樹は眉を寄せる。
数学を教えている。
本人がそう言っていた。
分かっている。
それなのに気になる。
「ノア」
黒犬が振り返る。
「……帰るか?」
ノアは動かなかった。
「冗談だよ」
自分でも何をしているのか分からない。
そのとき。
「ノアー!」
聞き慣れた声がした。
ノアが勢いよく立ち上がる。
ひよりが公園の入口から走ってきた。
「ごめん、遅くなった!」
ノアが駆け寄る。
ひよりはしゃがみ込み、大きな黒い体を抱きしめた。
「会いたかった! 昨日会えなかったもんね」
ノアの尻尾が激しく揺れる。
真樹はベンチから立ち上がった。
「数学、十五分じゃなかったのか」
「あ、それは十五分くらいで終わったんだけど」
「じゃあ何してた」
「佐伯君と途中まで一緒に帰ってた」
真樹の動きが止まった。
「……は?」
「偶然昇降口で会って、駅まで一緒だったから」
ひよりは嬉しそうに笑う。
「今日、佐伯君と一緒に帰れたんだ」
胸の奥に、昨日よりはっきりした不快感が生まれた。
待っていた。
自分とノアはここで待っていた。
ひよりはそれを知っていた。
それでも颯太と一緒に帰ってきた。
(いや、何で怒るんだよ)
約束の時間は決めていない。
そもそも、ひよりが誰と帰ろうが自由だ。
「……よかったな」
声が思ったより低くなった。
ひよりが顔を上げる。
「北条君?」
「何」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「でも」
「別に」
真樹はノアのリードを持ち直す。
「行くぞ」
「……うん」
ひよりは立ち上がった。
歩き始める。
いつもの道。
けれど、今日は少しだけ空気が違う。
ひよりは真樹の横顔を見る。
やっぱり機嫌が悪そうだ。
(待たせたからかな)
それなら、自分が悪い。
「北条君」
「何」
「ごめんね」
真樹がこちらを見る。
「何が」
「待たせたから」
「別に待ってない」
「それ前にも聞いた」
「ノアが待ってただけ」
前を歩くノアの尻尾が揺れている。
ひよりは少し笑った。
「じゃあノアに謝る」
「そうしろ」
「ノア、ごめんね」
ひよりが呼ぶと、ノアが振り返った。
怒っている様子など当然なく、むしろ嬉しそうにひよりへ寄ろうとする。
「優しいねえ、ノアは」
「俺が優しくないみたいに言うな」
「北条君も優しいよ」
「……急に言うな」
「何で?」
「何でもない」
ひよりは首を傾げる。
それでも、少しだけ真樹の表情が戻った気がした。
◇ ◇ ◇
公園を出てしばらく歩いたところで、ひよりは鞄から手袋を取り出した。
「見て」
「何」
「今日は持ってきた」
真樹は手袋を見る。
「……小学生かよ」
「北条君が忘れるなって言ったんでしょ!」
「持ってくるの普通だろ」
「昨日忘れた人に言う言葉じゃないよ」
「だから言ったんだよ」
ひよりは手袋をはめる。
「これで文句ないでしょ」
「ない」
「よし」
満足そうに両手を見せるひよりを見て、真樹の口元が少し緩む。
先ほどの苛立ちが、いつの間にか薄れていた。
(……単純すぎるだろ、俺)
颯太と一緒に帰った。
その事実はまだ面白くない。
なのに、目の前でひよりがいつも通り話しているだけで、少し落ち着く。
「北条君?」
「何」
「今笑った?」
「笑ってない」
「笑ったよね?」
「気のせい」
「絶対笑った!」
ひよりが覗き込もうとする。
真樹は顔を逸らした。
「近い」
「あ、ごめん」
ひよりがすぐに離れる。
その反応が、なぜか少し物足りない。
(……本当に何なんだよ)
自分の感情が、最近やたらと面倒だ。
ノアだけが何も気にせず、二人の間を歩いていた。
◇ ◇ ◇
川沿いの遊歩道へ出たころ、前方から見覚えのある制服姿が歩いてきた。
真樹が先に気づく。
「……蓮?」
相手もこちらに気づいた。
数秒後。
神崎蓮が、はっきりと楽しそうな顔をした。
「真樹」
真樹の眉間にしわが寄る。
「何でいるんだよ」
「こっちのセリフじゃない?」
蓮は近づいてくる。
桜陵学園の制服。
真樹と同じものだ。
ひよりはすぐに察した。
「もしかして……神崎君?」
蓮がひよりを見る。
「正解。藤崎さんじゃないほうの、天野ひよりさん?」
「はい」
「初めまして。神崎蓮」
蓮は自然に笑う。
「真樹から話は聞いてる」
「え?」
ひよりの目が丸くなる。
真樹がすぐに口を挟んだ。
「余計なこと言うな」
「まだ何も言ってないけど」
「これから言うだろ」
「信用ないなあ」
ひよりは二人を見比べる。
「本当に仲いいんだね」
「どこが」
「仲いいよ」
真樹と蓮の答えが重なる。
ひよりが笑った。
「北条君、神崎君のこと『うるさい』って言ってた」
「おい」
「やっぱり話してるじゃん」
蓮が嬉しそうに真樹を見る。
「俺のこと何て?」
「うるさい奴」
「それだけ?」
「あと中学からの友達」
「ちゃんと友達って紹介してくれたんだ」
「帰れ」
「ひどいな」
蓮は笑いながら、足元のノアを見る。
「久しぶり、ノア」
ノアが蓮へ近づく。
蓮は慣れた手つきでその頭を撫でた。
ひよりはその様子を見て、少し驚く。
「神崎君もノアと仲いいんだ」
「真樹の家、何回も行ってるからね。ノアが小さいころから知ってる」
「えっ」
ひよりの表情が変わった。
「ノア、小さいころどんな感じだった?」
「今よりだいぶ小さかった」
「それは分かるよ!」
「写真見る?」
「あるの!?」
「あるよ」
蓮がスマートフォンを取り出す。
真樹が嫌そうな顔をした。
「何でお前が持ってんだよ」
「昔撮ったやつ」
「消せ」
「嫌だね」
蓮が写真を探す。
ひよりは隣から画面を覗き込んだ。
「かわいい!」
そこには、今よりずっと小さな黒い子犬が写っていた。
「ノア、こんなに小さかったの!?」
「当たり前だろ」
「北条君、これ見て!」
「知ってる。俺の犬だぞ」
「あ、そっか」
ひよりが笑う。
蓮は別の写真へ指を滑らせた。
「こっちは――」
「待て」
真樹が止める。
「何?」
「それ見せんな」
「何で?」
「いいから」
ひよりが興味を示す。
「何の写真?」
「真樹とノア」
「見たい!」
「見るな」
「何で!?」
蓮がにやりと笑う。
「中学生の真樹がノア抱いて寝てる写真」
「神崎蓮」
「見たい!」
「天野まで乗るな!」
ひよりは笑いを堪えられない。
「だって見たいよ!」
「嫌だ」
「一枚だけ!」
「駄目」
「北条君、ノアのこと大好きなんでしょ?」
「それとこれは別だろ!」
珍しく真樹の声が少し大きくなる。
蓮は完全に面白がっている。
ひよりはそんな二人を見ながら、ふと昨日まで考えていたことを思い出した。
真樹の知らない昔。
玲奈も知っている。
蓮も知っている。
自分はまだ知らない。
けれど今日は、玲奈と会ったときのような距離を感じなかった。
むしろ。
(こうやって少しずつ知っていけばいいんだ)
蓮が知っている真樹。
玲奈が知っている真樹。
家族が知っている真樹。
学校での真樹。
そして、自分が知っている真樹。
全部が同じである必要はない。
「神崎君」
「ん?」
「北条君、中学のときもこんな感じだった?」
「こんな感じって?」
「感じ悪いけど優しい」
「天野」
真樹の低い声が飛んでくる。
蓮は一瞬黙ったあと、大きく笑った。
「天野さん、すごいね」
「何が?」
「それ、かなり正確」
「おい」
「中学のころからこんな感じだよ。口悪いし、面倒くさがりだし、素直じゃない」
「お前もう帰れ」
「でも困ってる奴いたら放っとけないし、結局面倒見る」
「余計なこと言うな」
「ほらね」
蓮とひよりが顔を見合わせて笑う。
真樹は明らかに面白くなさそうだった。
(何でこいつらもう普通に話してんだよ)
会わせたら面倒だと思っていた。
その予感は当たった。
しかも、ひよりは楽しそうだ。
「神崎君って話しやすいね」
ひよりが言う。
「ほんと? じゃあ連絡先交換する?」
「え?」
「おい」
真樹の声が割り込む。
蓮が振り返る。
「何?」
「何で交換すんだよ」
「友達の友達だから?」
「理由になってない」
「天野さんが嫌ならしないけど」
ひよりは困ったように笑う。
「私は別に嫌じゃないけど……」
「ほら」
「ほら、じゃない」
真樹の眉間のしわが深くなる。
ひよりはその顔を見て、少し首を傾げた。
「北条君、神崎君と私が連絡先交換するの嫌なの?」
「……」
真樹は答えに詰まった。
嫌だ。
反射的にはそう思った。
けれど、なぜ嫌なのか説明できない。
「別に嫌じゃない」
「じゃあいいじゃん」
「でも必要ないだろ」
「どっち?」
ひよりが笑う。
蓮は隣で口元を押さえていた。
「お前笑うな」
「ごめん。無理」
「帰れ」
「じゃあ今日はやめとこうかな」
蓮がスマートフォンをしまう。
「真樹がかわいそうだから」
「何がかわいそうなんだよ」
「自分で考えたら?」
「意味分かんねえ」
蓮はそれ以上言わなかった。
ひよりも、真樹がなぜ嫌そうだったのか分からないまま、まあいいかと流した。
連絡先は必要になればそのとき交換すればいい。
「でも神崎君に会えてよかった」
ひよりが笑う。
「私も北条君の学校の友達、ちょっと知りたかったから」
「俺も天野さんに会ってみたかった」
「何で?」
「真樹が――」
「蓮」
真樹が止める。
蓮は肩をすくめた。
「よく名前出すから」
ひよりが真樹を見る。
「私の?」
「……たまにだ」
「結構出るよ」
「黙れ」
「北条君、私のこと何話してるの?」
「何も」
「今、神崎君が話してるって言ったじゃん!」
「ノアがお前に懐いてるとか、その程度」
「橘君の話もしてたよね」
「蓮」
「佐伯君も」
「お前本当に帰れ」
ひよりの目が丸くなる。
「何で佐伯君まで?」
「……」
真樹が黙る。
蓮は笑っている。
「北条君?」
「お前が話すからだろ」
「私が?」
「お前から聞いたことを、こいつが勝手に聞いてくるだけ」
「そうなの?」
ひよりが蓮を見る。
「半分くらい」
「残り半分は?」
「真樹が勝手に――」
「蓮」
「はいはい」
蓮は楽しそうに両手を上げた。
ひよりは真樹を見る。
真樹は明らかに居心地が悪そうだ。
(私の話、してるんだ)
それが少し嬉しい。
自分も千夏に真樹の話をしている。
だから同じなのかもしれない。
「じゃあお互い様だね」
「何が」
「私も千夏に北条君の話してるし」
「……何話してんだよ」
「秘密」
「は?」
「北条君も全部教えてくれないから、私も教えない」
ひよりは楽しそうに笑う。
真樹は納得していない顔をしている。
蓮は二人を見比べた。
(思ってたより、ずっと自然だな)
もっとぎこちないのかと思っていた。
真樹は新しく知り合った相手に、ここまで遠慮なく言い返すことは珍しい。
ひよりも真樹の不機嫌そうな顔を怖がらず、むしろ普通にからかっている。
そして何より。
真樹の視線がよくひよりへ向く。
本人は気づいていない。
ひよりが話せば見る。
笑えば見る。
少し離れれば確認する。
蓮はそれを指摘しなかった。
(まあ、まだ言わないほうが面白……じゃなくて、本人が気づいたほうがいいか)
少しだけ本音が混ざった。
◇ ◇ ◇
三人と一匹でしばらく歩き、駅へ向かう分かれ道まで来たところで、蓮が足を止めた。
「俺こっちだから」
「うん。神崎君、今日はありがとう」
「こっちこそ。やっと会えたし」
「またね」
「また」
ひよりが手を振る。
蓮も手を上げる。
「真樹」
「何」
「日曜頑張れよ」
「言われなくても」
「寝るなよ」
「寝ねえよ」
「天野さん、こいつ日曜交流会なんだって?」
「知ってるよ」
蓮が少し驚いた。
「聞いてるんだ」
「うん。北条君が教えてくれた」
「へえ」
またその反応。
真樹が嫌そうな顔をする。
「何だよ」
「いや、別に」
「お前までそれ使うな」
ひよりが吹き出した。
「神崎君、千夏と同じ!」
「藤崎さんも言うの?」
「言う」
「じゃあ気が合いそう」
「会わせない」
真樹が即答した。
「何で!?」
ひよりと蓮の声が重なる。
「絶対面倒だから」
「北条君、前も神崎君と私が会うの面倒って言ってたよね?」
「実際面倒だった」
「ひどくない?」
「俺は楽しかったけど」
「お前はそうだろうな」
蓮は笑いながら歩き出す。
「じゃあまたな、真樹。天野さんも」
「またね!」
ひよりが返す。
真樹は片手を軽く上げるだけだった。
蓮の姿が遠ざかる。
しばらくして、ひよりが隣を見る。
「いい人だね、神崎君」
「どこが」
「面白いし」
「最悪だ」
「北条君、神崎君のこと好きでしょ」
「は?」
「友達として」
「……普通」
「また素直じゃない」
「うるさい」
ひよりは笑う。
その笑顔を見て、真樹は少しだけ複雑な気分になった。
蓮とひよりが普通に話していた。
楽しそうだった。
それがなぜか面白くなかった。
颯太のときほど胸が重くなるわけではない。
海斗のときとも少し違う。
蓮は自分の親友だ。
だから余計に。
(何なんだよ)
また同じ疑問へ戻る。
「北条君」
「何」
「神崎君と連絡先交換しなくてよかったの?」
「何で俺に聞く」
「嫌そうだったから」
「……必要になったらすればいいだろ」
「じゃあ次会ったとき交換しよ」
「何でそうなる」
「必要になるかもしれないじゃん」
「何に」
「北条君が行方不明になったときとか」
「ならねえよ」
「ノアが逃げたときとか」
「それは俺に連絡しろ」
「北条君も一緒に迷子になってたら?」
「どういう状況だよ」
ひよりが笑う。
真樹も呆れながら、少しだけ口元を緩めた。
◇ ◇ ◇
いつもの公園へ戻ったころには、空はかなり暗くなっていた。
ひよりはノアの頭を撫でる。
「明日、二時だよね」
「ああ」
「今日は遅くなっちゃったから、明日はちゃんと時間通り来る」
「別に少しくらい遅れてもいい」
「待ってないから?」
「……今日は待った」
ひよりが顔を上げる。
真樹自身も、口にしてから少し驚いたような顔をした。
「え?」
「今日はお前が遅れるって言ってたから」
「うん」
「十五分って聞いてたし」
「うん」
「だから、まあ……待ってた」
ひよりは何度か瞬きをする。
真樹が「待ってない」と言わなかった。
それだけなのに。
なぜか嬉しい。
「ごめんね」
「もういい」
「明日は待たせない」
「だから多少ならいいって」
「でも私が待たせたくないの」
真樹が黙る。
ひよりは笑った。
「私も北条君待つの、嫌じゃないけどね」
「……何で」
「来るって分かってるなら、待つのもそんな嫌じゃないから」
以前、雨の日に一人で公園へ来たときとは違う。
来るか分からない人を待つのではなく。
来ると分かっている友達を待つ。
それなら。
「でも寒いのは嫌だから、明日はちゃんと二時ね」
「お前が言うな」
「今日は手袋あるもん」
「関係ない」
真樹は小さく息を吐いた。
「分かった。二時」
「うん」
「日曜は無理だからな」
「分かってるよ」
「……そう」
自分からまた確認している。
真樹はそのことに気づいた。
ひよりも少し不思議そうに首を傾げる。
「北条君、日曜会えないの気にしてる?」
「別に」
「またそれ」
「予定あるって確認しただけ」
「分かってるってば」
ひよりは笑う。
「じゃあ明日、いっぱい話そう」
真樹は一瞬だけ黙った。
「ああ」
短い返事。
けれど今度は、否定しなかった。
◇ ◇ ◇
その夜。
蓮は自室のベッドに寝転がりながら、スマートフォンを眺めていた。
真樹とのトーク画面を開く。
『今日会った』
送る。
すぐに既読がついた。
『知ってる』
『天野さん面白いね』
少し間が空く。
『何が』
『お前と普通に会話成立してるところ』
『喧嘩売ってんのか』
『褒めてる』
『どこが』
蓮は笑う。
少し考えてから、
『連絡先交換しとけばよかった』
と送った。
既読。
返事が来ない。
一分。
二分。
やがて。
『必要ないだろ』
「はは」
思わず声が漏れた。
『何で?』
『俺に聞けば済む』
『天野さんに直接用事あるかもしれないじゃん』
また返事が止まる。
『何の用だよ』
蓮は天井を見上げた。
(これで気づいてないんだからなあ)
ただ、指摘する気はなかった。
真樹が何を感じているのか。
それは真樹自身が気づかなければ意味がない。
それに、今日会ったひよりは確かにいい子だった。
明るくて、話しやすい。
けれど蓮は、彼女のことをまだほとんど知らない。
真樹から聞いた話と、今日の短い時間だけだ。
そして何より。
ひよりには好きな相手がいる。
佐伯颯太。
今日もその名前が出たときだけ、真樹の空気が変わった。
(あれは本人が思ってるより分かりやすいけど)
蓮はメッセージを打つ。
『じゃあ次会ったら藤崎さんも呼んでよ』
今度は即座に返事が来た。
『絶対嫌だ』
『何で』
『お前と藤崎が揃ったら面倒』
『まだ会ったことないけど』
『会わせたくない』
蓮の指が止まる。
その言葉だけは、少し面白さの種類が違った。
真樹はひよりを中心に、自分の友人とひよりの親友がつながっていくことへ妙な抵抗を見せている。
それは単にからかわれるのが嫌だからかもしれない。
今は、それ以上決めつける必要はない。
『そのうちな』
蓮はそう返した。
『勝手に決めるな』
最後に届いた返事を見て、蓮は笑いながらスマートフォンを閉じた。
◇ ◇ ◇
ひよりは風呂上がりの髪を乾かし終え、ベッドへ腰を下ろしていた。
今日は色々あった。
海斗に数学を教えた。
颯太と途中まで一緒に帰った。
真樹を少し待たせた。
そして。
「神崎君かあ」
真樹の親友に会った。
思っていたより話しやすかった。
真樹をからかうのが好きで、真樹も本気で嫌がっているわけではない。
中学からの友達。
玲奈とはまた違う形で、真樹の昔を知っている人。
(北条君、ちゃんと友達いるんじゃん)
最初に会ったころの真樹なら、友達が多そうには見えなかった。
本人に言えば怒られそうだ。
スマートフォンが震える。
『蓮から変な連絡来ても無視しろ』
ひよりは笑った。
『連絡先知らないよ』
『知ってる』
『北条君が交換させなかったからね』
『必要ない』
『神崎君かわいそう』
『全然かわいそうじゃない』
『仲良しだね』
『違う』
『中学から友達なのに?』
少し間が空く。
『腐れ縁』
『それも仲良しって言うんだよ』
『言わない』
ひよりはベッドへ寝転がる。
また自然にメッセージが続いている。
昨日も。
今日も。
特別な用事はない。
それでも話している。
『北条君』
『何』
『今日、会えてよかった』
送ってから、少し考える。
昨日も似たことを言った。
今日は意味が少し違う。
『神崎君にも会えたし』
追加で送る。
返事が来ない。
「あれ?」
一分ほどして。
『そっちかよ』
ひよりは目を丸くした。
それから、笑った。
『北条君とノアにも会えてよかったよ』
既読。
今度も少し間が空いた。
『ならいい』
「……何それ」
ひよりは笑いながら画面を見る。
(北条君、時々変だよね)
けれど嫌ではない。
むしろ、こういうやり取りが楽しい。
『明日二時ね』
『忘れんなよ』
『忘れないよ』
『手袋も』
『それも忘れません!』
『どうだか』
『信用ないなあ』
『昨日忘れた奴だからな』
『明日絶対見せるから』
『見せなくていい』
『見せる』
そこで一度やり取りが止まった。
ひよりはスマートフォンを胸の上へ置き、天井を見る。
明日は土曜日。
二時。
公園。
ノアと真樹。
日曜日は会えない。
だから。
(明日はいっぱい話そうって言ったんだよね)
自分から言った。
そのことを思い出すと、少しだけ楽しみになる。
颯太と一緒に帰れた今日の嬉しさは、まだ胸に残っている。
それとは別に。
明日、真樹に会うのも楽しみだった。
二つの気持ちは、ひよりの中でまだ争ってはいない。
どちらかを選ばなければならないものだとも思っていない。
好きな人。
友達。
今はそれで、何もおかしくなかった。
スマートフォンがもう一度震える。
『おやすみ』
真樹からだった。
ひよりは微笑む。
『おやすみ。また明日』
送信する。
少し離れた北条家の自室で、真樹もその文字を見ていた。
『また明日』
明日は会う約束をしている。
だから当然の言葉だ。
それでも。
真樹は画面を閉じる前に、もう一度だけその四文字を見た。
今日、ひよりが颯太と一緒に帰ったと聞いたとき、確かに面白くなかった。
蓮と楽しそうに話しているのも、なぜか気になった。
なのに別れ際、ひよりが「明日はいっぱい話そう」と言っただけで、それらが少し軽くなった。
(……友達って、こんな面倒だったか?)
蓮との付き合いでは、こんなことを考えた記憶がない。
当然、比べるものではないのかもしれない。
真樹はスマートフォンを机へ置き、ベッドへ入る。
明日の午後二時。
その予定があることを、朝から何度も意識していた。
それが何を意味するのかは、まだ分からない。
ただ、ひよりと同じように。
真樹も明日を、少し楽しみにしていた。




