訓練の場
同じ夜、エルド・ラインの訓練場に、カイはいた。
遅い時間だった。他に誰もいなかった。
ナイフを逆手に持ち直して、的に投げる。刺さる。抜く。また投げる。
それだけを繰り返していた。
考えないためではなかった。考えながらやっていた。手を動かしていると、頭が整理される。エルド・ラインで覚えた、古い習慣だった。
転移の術式が使えなくなった、とライラから聞いたのは昨日だった。
層の振動が変わったせいで、接続が不安定になっている。今週中には完全に切れるかもしれない、とアルヴィ側から連絡が来たらしい。
(今週中)
ナイフを投げた。的の中心に刺さった。
リラは今、何をしているだろう、と思った。思ってから、想像するのをやめた。想像すると、次が動きにくくなる。エルド・ラインで覚えた、もう一つの古い習慣だった。
でも——今夜は、やめられなかった。
(あいつは、泣いているか)
泣いていないかもしれない、とも思った。リラは強い。強がるのではなく、根っこが強い。泣いても、前を向く。
ただ——
泣いていたとしたら。
一人で泣いていたとしたら。
カイはナイフを的から抜いた。
的を見た。
何かを言えばよかった、という考えが来た。次に会った時に。いや——次があるかどうかが、もう分からない。
(次がないなら)
カイは訓練場を出た。
部屋に戻った。机の上に、紙があった。
ペンを取った。
何かを書こうとして——止まった。
『お前が感じるなら』
それだけ書いた。
その先が、出てこなかった。
出てこなかったが、紙は捨てなかった。
机の上に置いたまま、カイは窓の外を見た。
エルド・ラインの星は、今夜も煤けていた。でもその中に一つだけ、いつもより白い星があった。
あの世界の星が、まだ混じっているのかもしれない、とカイは思った。
根拠はなかった。
それでも——そう思った。




