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本棚の前

リラは書庫にいた。

本棚の前に立って、背表紙に指を当てていた。でも感じ取ろうとしているわけではなかった。ただ、立っていた。

アルヴィから聞いた夜から、二日が経っていた。

三日後、と言われた。だからあと——一日。

(受け入れるしかない)

頭では分かっていた。世界の理だと言われれば、そうなのだろうと思った。アルヴィが「防げない」と言うなら、防げないのだ。千年生きた人間がそう言うなら。

だから受け入れる。

大人として、受け入れる。

ここで得たものは消えない。カイと並んで歩いた城壁のことも、アルヴィの横顔も、シオンが毎朝空の色を書き留めていたことも、ブラートの理由のない笑い方も——全部、自分の中にある。本の中にはない。自分の中に。

それは、どこへ行っても消えない。

だから——

(やだ)

思った瞬間、目の奥が熱くなった。

思ってはいけないと思っていた。思ったら崩れる気がしていた。だから二日間、ずっと「受け入れる」の言葉を心の中で繰り返していた。大人として。覚悟として。

でも。

(やだよ)

カイに、もう会えなくなる。

「会えなくなる」という言葉を、初めてちゃんと形にした瞬間、涙が来た。来てしまった。我慢しようとしたが、我慢できなかった。

書庫には誰もいなかった。よかった、と思った。

リラは本棚の前にしゃがんだ。膝を抱えた。子供みたいだと思った。それでも、しゃがんだまま動けなかった。

(おとぎ話には、こういう時の答えが書いてある)

英雄は別れを乗り越える。旅人は再会を果たす。愛した人のために、世界を越える。

でも——どの本にも、「越え方」は書いていなかった。越えた結果だけが書いてあった。

(私は、どうすれば)

しばらく、書庫の床にしゃがんでいた。

涙が一度出てしまうと、止まらなかった。みっともないと思った。情けないと思った。アルヴィが「ちゃんと見ておいて、全部」と言ったのに、こんなところでしゃがんでいる。

でもしばらくして——本棚の一冊に、手が触れた。

無意識だった。

触れた瞬間、温度が来た。

翠縁農場の夜の温度ではなかった。川辺の温度だった。

カイが銛を削っていた夜の温度。魚を黙って渡してくれた手の温度。「降参だ」と言った時の、川面を見たままの横顔の温度。

(消えない)

リラは立ち上がった。

袖で目を拭った。それから、本を胸に抱えた。

(消えないから——だから書ける)

まだ泣いていた。泣きながら、書庫を出た。

廊下に出ると、夜の空気が来た。星が見えた。

どれがどちらの世界の星なのか、リラには分からなかった。

でも気にしなかった。全部、同じ夜空の星だから。


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