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最初の悲しみ

ペレグリンの格納庫に、シオンが待っていた。いつものボサボサの髪。でも目が違った。艦隊戦の前の目だった。

「隕石群は今のところ惑星の外縁に向かっています。水晶空間の中は振動だけですが、外のエリアがダメージを受け始めている。アメーバは——二時間以内に接触します」

窓の外の漆黒に、薄い色が滲んでいた。翠野の野の翡翠。輝く川の淡い青。宇宙のはずの場所に、見覚えのある色が、にじんでいた。その中を、境界の曖昧な黒い影が、ゆっくりと、確実に、こちらへ来ていた。

シオンはリラを主砲室へ連れて行った。天井が高く、砲身が一本、艦首へ伸びていた。

「これに念威を込めてほしい。通常の砲撃ではアメーバに効かない。でも思念や想像の振動を乗せた砲撃なら、中核を破壊できる。——小型艇で文を渡せるようになってから、ナイラ女王が寄越した発案です」

「触媒は本ですか」

「一発につき一冊。中核級が、三体います」

三冊、と三体が一致していた。

「……合いすぎています」とリラは言った。「三冊と決めたのは出発の前の夜です。まるで、数えてあったみたいに」

「偶然かどうかは」シオンは読書眼鏡の縁に触れた。「終わってから考えましょう。今は、合っているという事実だけを使います」

リラは砲身に手を当てた。金属の冷たさ。でも——触れると、何かが来た。この砲を作った人間たちの、何百時間分かの仕事の温度。改良を重ねてきた技術者たちの、諦めない振動。

「やります。——一つだけ。本を使うたびに、物語が一つ消えます。それでもいいですか」

シオンは少し間を置いた。

「あなたが決めることです。私が許可するものではない」

カイは飛行艇で出る、と言った。シオンが止めた。

「今回のカイさんの役割は別にあります。リラの護衛です。主砲室で念威を込める間、隣にいてほしい」

カイは、ナイフの柄に一度だけ触れた。

「分かった」

主砲室へ向かいながら、カイは自分が今、何をしようとしているかを一瞬だけ確認した。戦わない。隣にいる。それだけだ。——おかしくは、なかった。

* * *

戦いは、静かに組み上がった。

ペレグリンに収容されていた要塞都市の念機十二機——ヴェルナの鍛えた隊が、アメーバの外縁を切り離す。術式戦闘機八機が円陣で壁を張り、閉じ込める。エリオの分遣隊が包囲網を保つ。中核だけが、残る。

「リラ。第一射、お願いします」

主砲室で、リラは一冊目を開いた。ヴェルダ国の図書館の、古代の音響理論——遺跡で一節を使った、その残りの全部。ページを砲身に当てた。来た。物理を記述した言葉たちが、想像の振動として、金属に染み込んでいく。

「込めました」

「撃ちます」

一拍、間があった。本当に効くのか——誰も口にしなかったが、全員が思っていた。砲は連邦の鋼鉄でできている。込めたのは、農場の少女が読んだ、一冊の本だ。

轟音がした。艦が根元から突き上げられ、リラの足が浮きかけ、カイの腕が、とっさにその背を支えた。白銀の一条が、夜の宇宙へ伸びた。

第一群の中核が、散った。

効いた。本が、砲になった。

リラは手の中の本を見た。ページが白くなっていた。文字が消えていた。一冊分の物語が、なくなっていた。悲しかった。でも悲しみより先に、別のものがあった。

(これで良かった)

あの時は思えなかった。今回は思えた。それが違いだった。

二冊目が燃え、第二群が散った。三冊目を出す前に、リラは一度目を閉じた。王都の書庫で、ナイラが渡してくれた本だった。「あなたが必要だと思ったら、使いなさい」と言われた本。使う時が、来た。

三射目は、前の二発より長く尾を引いた。リラの背から、まっすぐ何かが抜けていく。膝が、笑った。それでも、手は砲身を離さなかった。

全部、散った。

カイが隣に来た。リラの手の中の、白くなった三冊を一度だけ見た。それから前を向いた。

「悪くなかった」

「……ええ」

轟音の後の静けさが、主砲室に満ちていた。

* * *

歓声が収まった頃、エリオが言った。隕石群の速度が、上がっている。惑星の方向から——あのエネルギー反応と、同じ方角から。

リラはカバンの中の緑の本に触れた。温かかった。急いている温度だった。

「シオン提督。本が言っています。惑星に向かわなければならない。——今です」

シオンは冷めた茶を一口飲んだ。

「では、行きましょう」

惑星まで、半日かかった。近づくにつれ、道中ずっと薄く滲んでいた翡翠と青が、一度に開いた。宇宙に、湖と森があるかのようだった。リラは窓に額をつけた。ルミナス湾の夕暮れに、初めて空から人が落ちてきた、あの日の空を思い出した。

惑星は深い灰色で、表面に光があった。かつての敵——連邦と長く戦った勢力の、中枢だった惑星。無人のはずの場所に、エネルギーが動いていた。

惑星の手前で、通信が入った。アルヴィだった。

「ブラートと二人で、先に来ていました。ジャコールの跡地から、直接繋がっていた。この惑星と、あの場所は——同じ層にある」

「内部の状況は」

「廃墟です。でも廃墟ではない。中核に向かって、何かが流れている。——来てみてください。言葉では難しい」

* * *

降下した惑星の表面は、影のない、均一な明るさだった。金属と有機的な素材の混ざった建物が、朽ちかけて、それでも完全には死んでいなかった。

「もっと冷たい場所だと思っていた」とシオンが言った。静かな声だった。

冷たくはなかった。寂しかった。窓の大きさ、通りの幅、広場の位置。人間が作った場所だった。

中核へ歩きながら、アルヴィが、呑み込んでいたものを全部話した。

「ジャコール・アオンから聞いた条件です。——一つ。エルド・ラインの意志を持つ者は帰還する。この世界の物語の守り手は、ここに残る。その組み合わせが揃った時に、歪みは閉じる」

カイは、前を向いたまま聞いていた。

「これは、カイとリラのことです。最初から、そういう流れだった。——二つ。破壊の収縮は、内側から解くしかない。この惑星の中核に、最初の振動がある。それに触れて、別の答えを示さなければならない。外から壊すことはできない」

「誰が」とエリオが聞いた。アルヴィはリラを見た。

「私が道を開きます。リラが触れる」

カイは前を向いたまま言った。「俺は外で待つ」

「そうなります」

カイは何も言わなかった。リラはその横顔を見た。

「カイ。さっき、護衛の役割を受け入れた時——おかしくはなかった、って思ったでしょう」

「なぜ分かった」

「顔を見てた」

カイは前を向いたまま、少し口元が動いた。

「うるさい」

広場の中央に、建物よりも古い、石と金属の混ざった円形の台があった。

「三つの層があります」とアルヴィが言った。「一層目は、皮肉と煽りの想像。本物の痛みからは来ていない。通り抜けられます。二層目は、悲観の想像。本物の痛みから来ている。引き込まれやすい。私が隣にいます。——三層目は」

アルヴィはリラを見た。

「最初の悲しみです。誰かが想像したものが、届かなかった。その最初の痛みが、ここにある。長い時間をかけて、自分の形を忘れている」

リラは緑の本を取り出し、触れた。今まで感じた中で、一番強く来た。

(ここだ。ここに来るために、最初から呼んでいた)

「行きます」

言ってから、リラはカイの袖に一度だけ触れた。いつか不器用な手が肩に置かれた夜の——あの手の返礼のつもりだった。

「待ってて」

「ああ」

短かった。短くて、足りた。

アルヴィが台に手を当て、光が来た。リラが続いた。光が二人を包み、姿が消えた。

カイは一歩だけ前に出て、止まった。ポケットに手を入れた。紙に触れた。出さなかった。

シオンが隣に来た。「待ちますか」「ああ」「私もそうします」。ブラートが反対側に、ティアがカイの肩に、エリオが少し後ろに。全員が、待った。

* * *

第一層は、均一な灰色だった。

古い新聞紙を何百枚も重ねたような、乾いた紙の色。踏むたびに、足の下でかさかさと音がした。『どうせ無駄だ』『誰も分かってくれない』『みんな敵だ』——言葉の形をした何かが、破れたページの切れ端のように漂って、頬を掠めていく。リラは立ち止まらなかった。これは知っている。市場でリラを笑った人たちの顔と、同じ種類のもの。触れても、温度が、なかった。温度のないものは、リラには届かなかった。

第二層は、重かった。

雨に濡れた本の匂いがした。インクが滲んで、字が読めなくなっていく時の、あの匂い。『届かなかった』『分かってもらえなかった』『最初から無理だったんだ』——声は足首に絡みつき、一歩ごとに靴が沈んだ。本物の痛みから来ていた。翠野農場で一人で本を読んでいた夜の感覚が来た。書庫で何も感じなかった、七日間の恐怖が来た。足が、止まりかけた。アルヴィの手が、無言で腕を掴んだ。

(知っている。——でも、これで終わらなかった)

本を閉じた後も、次の朝に本を開いた。何も感じなくなった七日間も、毎朝書庫に来た。一歩出た。また一歩出た。

第三層は、白かった。静かだった。音も、声も、言葉もなかった。降り積もったばかりの雪のような白さの真ん中に、ぽつんと、消えかけのランプほどの淡い明るみがあった。

空間の中心に、形のない何かがあった。かつて確かにあったものが、輪郭だけになっていた。近づくと、その輪郭は、机に向かって俯く誰かの背中に——ペンを握ったまま動かなくなった、小さな背中に、見えなくもなかった。見る者の記憶で形を補っているだけかもしれなかった。それでも、リラにはそう見えた。

近づくにつれ、感じた。小さかった。思っていたより、ずっと小さかった。巨大な悪意ではなかった。腐敗した権力でも、破壊の意志でもなかった。その全部の、一番最初にあったもの。

誰かが想像したものが、届かなかった。

ただ、それだけだった。それだけのことが、長い時間をかけて、自分の形を忘れていた。

ここから先へ進めるのは、リラひとりだった。アルヴィは後ろで止まり、目を閉じて、百年分の記憶を選んだ。言葉ではなく、記憶そのものを。ブラートが初めて笑った顔。誰かが焼いたパン。誰かが建てた橋。誰かが歌った歌。届いたものたちを。そして——届かなかった想像が、それでも消えずに、百年後の誰かの振動の中に残っていたことを。全部を、静かに惑星の振動へ流した。

リラは、輪郭に触れた。

来た。言語ではなかった。でも分かった。誰かが、書いた。誰かに、届けようとした。届かなかった。

言葉を探した。「あなたが求めたから、その物語はあなたのもとに訪れた」——では届かなかった。惑星の振動はもう、自分が何を求めていたかを忘れているから。

別の言葉を探した。来なかった。手を、離しそうになった。

その瞬間——ポケットの中の紙が、来た。紙ではなかった。感触だった。出発の前夜に書いた一行。

『物語は、どこにある?』

答えを書いていなかった。問いの形のまま、ここまで持ってきていた。

(今なら、答えられる)

リラはもう一度輪郭に触れた。そして——自分の物語を、語った。翠野農場で一人で本を読んでいた夜のことを。ランプの光と、虫の声と、誰にも言えなかった言葉たちのことを。本が燃えた夜のことを。七日間の恐怖のことを。

「届かなくても、想像することをやめなかった」

輪郭が、震えた。

「届かなかった想像は、消えたんじゃない。どこかで、誰かの振動と重なっていた。——私が、そうだから」

声が、少し震えた。

「私は翠野農場で、一人で本を読んでいた。誰かが書いた言葉に、ずっと助けられてきた。その誰かは、私に届いたことを知らない。——でも、届いていた。あなたの届かなかった想像が、何百年も越えて、ちゃんと私の中で生きていた」

輪郭が、形を取り戻し始めた。

「あなたが最初に書いたものは、消えていない。届いたことを知らないままでも、届いていた。——それで十分だったんだ。最初から、それで十分だったんです」

リラの目に、涙が来た。拭かなかった。

輪郭が——形を取り戻した。小さかった。でも確かな形だった。誰かが、夜に一人で書いていた。届けたかった。届かなかった。でも、書いていた。その最初の形が、そこにあった。

破壊の方向に向いていた振動が——最初の方向に、戻ろうとしていた。届けたかった、という最初の方向に。

* * *

台の前で、カイはポケットの紙を出していた。気づいたら、出していた。

『お前が感じるなら』

その先が、まだ書けていない。ペンは持っていなかった。でも、今なら書けると思った。書けないのは、言葉がないからではなかった。言葉にしようとすると逃げる、とリラが言っていた。カイにも、同じことが起きていた。

カイは紙に指を当てた。書く代わりに、ただ触れた。

(お前が感じるなら、そうなんだろ)

その先を、言葉にしなかった。でも、確かにあった。

「提督。台の振動が変わっています」

破壊の方向に向いていたエネルギーが、別の方向に変わり始めていた。台の中心から、静かな光が溢れ、光の輪が惑星の表面を走った。建物の壁が、灰色から、少しだけ暖かい色に変わった。

光の中から、二人が出てきた。

リラには涙の跡があった。拭いていなかった。でも、泣いていなかった。しっかりと、立っていた。

カイはリラを、一秒だけ見た。それから前を向いた。

「悪くなかったな」

リラの肩から、力が抜けた。涙の跡があったままで、笑った。

「そうね」

カイはポケットに手を入れた。紙に触れた。

今度は——出した。リラに、渡した。

『お前が感じるなら』

その先は、まだ書かれていなかった。でもリラには分かった。カイが書こうとして、書けなかった言葉の形が、その余白に、見えた気がした。

「ありがとう」

カイは答えなかった。ブラートが、声を立てずに笑った。

シオンが言った。「戻りましょう。隕石群が、まだあります」


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