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縫い目

翌朝、東へ向かった。

森を越え、草原を越え、地形が変わった。草が減り、岩が増え、土の色が灰色に近づいた。リラが窓を開けると、冷たい空気が入ってきた。温度だけではない。密度が違った。

「層が近づいている証拠です」とアルヴィが言った。ティアが耳を押さえた。「耳の奥が少し痛い」「無理するな」「大丈夫。前よりずっと軽い」。

岩場の先に、円形に近い開けた場所があった。岩が周囲を囲み、古い石組みがあった。ずっと昔に、誰かがここで何かを続けていた跡。

「ロアスの谷」とアルヴィが言った。「あなたの名指した通りだ」

石組みの奥に、人影が一つあった。痩せて、旅装が傷んでいた。長くここにいた者の格好だった。

カイの足が止まった。

「……ジェイル」

男が振り返った。かつて、数字で戦う男だった。相手の練度も、機体の癖も、残る燃料も、すべて先回りした男。今は、その目が計算していなかった。何かを見てしまった目だった。

「来たか。お前なら、来ると思っていた」

「ガルドスを捨てて、こんな所で何をしている」

ジェイルは答えず、谷のさらに先の、何もない方角を一度だけ見た。見て、目を逸らした。肩が小さく震えた。

「あの男は、動かされていた。本人は気づいていなかった。私は気づいた。だから降りた」

「何にだ」

ジェイルの口が動いた。けれど、言葉にならなかった。開いて、閉じた。顔から血の気が引いていた。

「……名前はない。名前をつけようとすると、こうなる」

彼は自分の手を見た。数字を組み立ててきた手が、震えていた。

「私はそれを求めて、ここまで来た。だが越えられない。鍵がない。——お前は持っている」

ジェイルの目が、リラのカバンに動いた。カイがリラの前に出た。

「渡さない」

「お前に止められると思うか」

「思う」とカイは言った。「お前はもう、計算していない」

その一言が、当たった。ジェイルの動きが、一拍遅れた。先回りできない男は、ただの男だった。短かった。数合で、決まった。ジェイルの剣が、石の上に落ちた。

ジェイルは膝をついた。怪我ではなかった。ここまで自分を運んできたものが、もうどこにもなかった。

「越えたかった。ただ、それだけだった。見てしまったら、もう、それしか」

「お前はここまでだ」

歩き出す前に、カイは携行袋の固形食を半分、石の上に置いた。理由は言わなかった。ジェイルはそれを見なかった。見なかったが、手の届くところにそれはあった。

一行は谷の奥へ進んだ。男は石の上に座ったまま、動かなかった。何もない方角を、もう見なかった。見る力も、残っていなかった。

* * *

谷の中心に、石の台があった。台の上に、本があった。

深い緑色。読めない文字。古書店の本と、同じ装丁だった。

「同じ本ね」

「同じ装丁です。でも別の一冊です」とアルヴィが言った。「同じたぐいの本が、必要な時に、別の姿であなたのもとへ届く。最初の一冊は、あなたを呼んだ。ここの一冊は——鍵です。越えるためのもの」

「道は」とカイが言った。

「あの娘が知っていた。最初から」

リラは谷の先を見た。言葉が、来なかった。本を開かなくても来ていた言葉が、ここで初めて来なかった。

「……ここから先は、原典に、書かれていません。地図が、尽きました」

「でも、層はまだ続いている」アルヴィはリラを見た。「ここから先は、私の感触で行きます。あなたの地図がない場所を」

リラはカバンから最初の本を出し、台の上の本と並べて見た。見た目は同じで、温度が違った。最初の本は温かかった。台の上の本は——もっと静かだった。待っている温度だった。

「触れてみます」

カイが一歩前に出かけた。

「俺も一緒に——」

「カイ」アルヴィが静かに言った。「今回は、リラが先に触れる方がいい」

一秒の沈黙。カイは一歩引いた。顎の線が、少し硬かった。

「大丈夫」とリラは言った。

カイは答えなかった。でも頷いた。頷いてから、半歩ぶんだけ立ち位置をリラの側へ変えた。手を伸ばせば届く距離。そういうことをこの人は言葉にしない。リラはその半歩を胸に入れてから、前を向いた。

リラは台に近づき、本に手を伸ばした。

触れた瞬間——最初の本と台の本が、同時に反応した。白い光が出た。眩しくはなかった。ただ、明るかった。光がリラの手を這い上がった。肘まで。肩まで。足が、地面から離れそうになった。

「リラ!」

カイの手が、リラの手首を掴んだ。強く。迷いなく。

本が反応した。白い光が、轟音を立てて膨れ上がり、カイの手を、ノイズとして拒絶した。

でも今回は——前と違った。

カイが、手を離さなかった。

なぜ離さなかったのか、カイには分からなかった。ただ離す気にならなかった。前に同じ場面があったなら、その時の自分とは何かが違う。何が違うのかは、言葉にならなかった。

白い空間が広がった。岩場を呑み込み、東の空を、全部呑み込んだ。

リラの意識が、遠くなった。カイの手の温かさだけが、最後まで残っていた。

* * *

目を覚ますと、川の音がした。

石造りの天井。見覚えがあった。王都の、自分の部屋の天井だった。窓から外を見た。街が見えた。市場が見えた。川の水が、普通に流れていた。

でも、空が違った。橙でも青でもない、白みがかった色をしていた。

「起きたか」

カイが部屋の入口に寄りかかっていた。

「王都だ。お前の部屋。——外に出ようとすると、壁がある。見えないが、触れると固い。川の水は来ている。鳥は飛んでいる。でも外には出られない」

リラは窓から手を伸ばした。何かに触れた。見えない。でも固い。冷たい。

「閉じ込められた」

「そうだ。アルヴィたちは外にいる。俺たちだけが呑み込まれた。——本を持っていたからじゃないか。お前と、お前の手を掴んだ俺が」

「ごめんなさい、カイ」

「謝るな。お前のせいじゃない。それに——閉じ込められた場所が王都なら、最悪じゃない」

リラは、その言葉で、肩から少しだけ力が抜けた。カイらしい、と思った。

ナイラはすでに状況を把握して動いていた。食料の備蓄は三週間分。川の水が来ているなら、もう少し延ばせる。ヴェルナが兵士の配置を調整していた。白みがかった空の下で、王都は、もう動いていた。

* * *

外側では、アルヴィがまだ岩場に立っていた。

石の台の上に、本はもうなかった。白い空間があった場所に、今は何もない。でもそこだけ、空気の質が違った。触れると、固かった。

「中にいます」とアルヴィは言った。「王都です。切り取られた王都の中に」

「出せる?」と、泣きそうな顔のティア。

「今すぐは無理です」

エリオがシオンに通信を入れた。ブラートが聞いた。「どうする」「ここにいます。中から変化が起きた時に、すぐ対応できるように」。

アルヴィは固い空気の前に座り、目を閉じ、層を読んだ。かすかに来た。混乱している振動と、その下に流れている、落ち着いた振動が。

(王都の人たちは、強い)

呑み込んだ言葉が、また来た。ジャコール・アオンから聞いたことの、まだ言っていない部分が。

(言う時が、もうすぐ来る)


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