表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/52

灯りの祭り

要塞都市に、最初の祭りが来た。

誰が決めたのかは、はっきりしない。防壁の第一区画が完成した夜、石工たちが酒を開け、連邦の整備兵が発光管を防壁に吊るした。翌日には市場の女たちが屋台の相談を始めていて、三日後にはもう「灯りの祭り」という名前がついていた。二つの世界の人間が、初めて一緒に何かを祝う夜だった。

「行ってきなよ」

市場で会ったクロエは、リラの背中を遠慮なく叩いた。

「私は屋台の番があるから。……ほら、あの無口な騎士様、誘ってあげな」

「だ、だから、そういうのじゃ——」

「はいはい。じゃ、そういうのじゃない人と、そういうのじゃない祭りを楽しんできな」

クロエは笑って人混みに消えた。昔と同じ、逃がしてくれない幼馴染だった。

* * *

カイは誘われた時、露骨に嫌な顔をした。

「人混みは嫌いだ」

「クロエの屋台、荷運びが要るのよ。それに——」リラは指を一本立てた。「あなた、この街に来てから一日も休んでいないでしょう。護衛だと思えばいいわ。私の」

カイは黙った。黙ったまま、作業用の手袋を外した。

この人は理屈が通っている時だけ負ける。市場の日と、同じだった。

* * *

日が落ちると、街が別のものになった。

石造りの軒には、この世界の蝋燭のランタン。鋼鉄の梁には、エルド・ラインの青白い発光管。橙と青の光が同じ通りに混ざって、水路の水面で揺れていた。屋台からは揚げ菓子の匂いと、嗅いだことのない香辛料の匂いが一緒に流れてくる。

荷運びは、日暮れ前に終わっていた。クロエは「あとはいいから」と二人を屋台から追い払った。追い払われてしまうと、急に、祭りの中にただ二人でいることになった。

「帰るか」とカイが言った。

「まだ早いわ」とリラが言った。

同時だった。カイが視線を逸らした。リラは笑いをこらえた。

人の流れが増してきた。楽師の音が近づいて、通りの真ん中で誰かが踊り始める。押されて、リラの体が人波に流れかけた。

手首を、掴まれた。

「はぐれるだろ」

カイは前を向いたままだった。人混みを割って歩く背中はいつもの、戦場の歩き方だった。ただ、掴む力だけが荷物を掴む力ではなかった。強くはないのに、絶対に離れない力だった。

(手首なのね)

リラは、その少し不器用な位置を見た。手のひらまで、あと少し。でも、そこまでは来ない。

(……この人らしい)

物語なら、ここで指が絡むところだ。そう思いかけて、やめた。定番の続きは要らなかった。手首に残る体温だけで、もう手一杯だった。

* * *

人混みを抜けた先に、建設中の見張り台があった。梯子はもう掛かっていて、上には誰もいなかった。

「上がるか」

カイが先に登り、上から手を差し出した。リラはその手を借りて足場に上がった。借りた手は、上がりきると同時に、当たり前のように離れた。

眼下に、街があった。

橙の灯りと、青の灯り。石の家並みと鋼の梁のあいだで、二つの世界の光が境目なく一枚に混ざって、夜の底に敷きつめられていた。遠くで楽師の音が続いている。

「……きれい」

リラは言った。それしか言えなかった。

カイは答えずに、街を見ていた。

「エルド・ラインにも、祭りはあったの」

「あった。……昔は」

短い答えだったが、続きのある間だった。リラは待った。

「戦争が長くなってからは、灯火管制だ。夜に灯りをつけること自体が禁止だった。灯りは、的になるからな」

カイは街を見たまま言った。

「だからこういう夜は——見たことがない」

リラは、隣の横顔を見た。

青と橙の光が、その頬で混ざっていた。戦士の顔でも居候の顔でもなかった。ただ、生まれて初めて祭りの灯りを見ている、一人の男の子の顔だった。

(この顔を、覚えておこう)

本の中ではなく、自分の中に。

「ねえ、カイ」

「なんだ」

「物語みたい、って言おうとしたの。今」

「言えばいいだろ」

「ううん」リラは首を振って、街を見た。「物語より、いい」

カイはすぐには何も言わなかった。それから、ふ、と息だけで笑った。

「……そうか」

楽師の音が変わった。眼下の広場で灯りが一斉に揺れて、歓声が上がる。誰かが光の紙吹雪を撒いたらしく、橙と青の紙片が夜の中をゆっくり落ちていった。

リラは、手すりの上の自分の手を見た。すぐ隣にカイの手があった。触れてはいない。でも、いつでも触れられる距離だった。

動かさなかった。今夜は、この距離が一番よかった。

祭りの音は、夜半まで続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ