遺跡へ
教団の手がかりは、ヴェルダ国にあった。リラとカイも、シオンの待つ城へ戻っていた。
翌朝、アルヴィとリラは城を出た。
草原を抜けると、地形が変わった。土が硬くなり、草が少なくなった。岩が増えた。古い岩だった。苔の生え方が、長い時間を示していた。
アルヴィは迷わず歩いた。地図を見なかった。道がないところを、道があるように歩いた。
「アルヴィさんは」とリラが言った。「ブラートと、どこで会ったんですか」
アルヴィは歩きながら答えた。
「旅の途中で。何度か」
「どんな人でしたか」
少し間があった。
「強かった。それと、よく笑った」
リラは少し考えた。
「戦いながら笑う人、ですか」
「違う。戦い終わったあとに笑う人。……戦いの最中は、ただ静かだった」
アルヴィは岩場の先を見ながら続けた。
「静かな人間が笑った時の顔は、ずっと残る。何百年経っても、消えない」
リラはその言葉を、胸の中でゆっくり繰り返した。
(静かな人が、笑った時の顔)
カイの横顔が、なぜか一瞬よぎった。
「今も、どこかにいるんですか」
「いる」
迷いのない答えだった。
「会いたいと思いますか」
「会いたい。それは、はっきりしている」
意外なほど、迷いのない声だった。アルヴィが何かを言い切るのは、珍しかった。
岩場の段差を一つ越えた。リラが続いた。それから、少し間を置いて、アルヴィは付け加えた。
「ただ——会いたいという気持ちと、会わなくていいという気持ちが、同じ場所にある相手も、いる。百年経つと、そういう人がひとりできる。どちらが本当かも、分からなくなる」
「それは、ブラートさんではなく」
「違う」
アルヴィは、それ以上は言わなかった。
リラは黙った。
おとぎ話の中で、長く生きたエルフは賢者として描かれる。答えを持っている存在として。でも今のアルヴィは、答えを持っていない顔をしていた。分からない、ということだけが、そこにあった。
岩場の先に、古い石組みが見えてきた。
アルヴィが足を止めた。
「リラ」
「はい」
「ここから先は、私が前を歩く。何があっても、私の後ろにいてください」
リラは頷いた。
「怖いですか、こういう場所」
アルヴィが聞いた。珍しい聞き方だった。
リラは少し考えた。
「怖いです。でも、来てよかったと思っています」
アルヴィは前を向いた。
「そうか」
それだけ言って、石組みの中へと歩き始めた。リラはその背中についていった。足音が、石の間で反響した。
シオン側は別の入口から地下へ向かっていた。サーシャが先頭に立ち、連邦の装備を持った兵士たちが続く。カイはアルヴィとリラが城を出たと聞いた瞬間、椅子から立っていた。
「行きます」
シオンが止めようとした。今すぐ追っても邪魔になるだけかもしれない、と。
「分かっています」
「では」
「それでも行きます」
廊下に出ると、ティアが待っていた。耳の奥が痛い、とさっき言っていた。それでも来た。
「行くの」
「ああ」
「一人で?」
「お前がいる」
ティアは何も言わなかった。ただ、カイの肩に座ったまま、一緒に歩き始めた。
北側の通路の最後の角を曲がった時、アルヴィの足が一瞬だけ止まった。
ほんの一歩、半歩分の停止だった。カイは気づかないふりをした。リラは気づいて、何も言わなかった。
アルヴィはすぐに歩き始めた。でもカイには分かった。足が止まったのではなく、何かが止まったのだ。百年積んできたものが、今この通路の先にある、ということを体が先に知った。そういう止まり方だった。
エルド・ラインで、カイにも似たことがあった。決戦の前夜、整備棟の前で足が止まった。機体が待っている。仲間が待っている。それでも体が一瞬だけ、拒んだ。行けばもう戻れない何かがある、と分かっている時の、あの止まり方。
アルヴィが振り返らずに言った。
「カイ」
「分かってる」
返事の内容が正確かどうかは関係なかった。アルヴィもそれを求めていなかった。ただ、声が届けばよかった。
リラが本の表紙に手を当てた。走ってきた手が、少し冷たくなっていた。それでも、指先は安定していた。
祭壇の間の扉が、前方に見えた。
その手前に、影が一つ立っていた。
大きかった。背に大剣を負っていた。動かずに、こちらを見ていた。いつからそこにいたのか、分からなかった。足音もなかった。気配もなかった。ただ、最初からそこにあったように立っていた。老いの兆しはどこにもなく、アルヴィと同じ、長く生きる側だった。
アルヴィの足が、止まった。
「……ブラート」
「遅い」
咎める声ではなかった。ただ、事実をそう言った。
「百年だ。早いほうだろう」
「そうか」
それだけだった。百年分を、二言で済ませられる相手だった。
ブラートが壁から背を起こした。アルヴィの横を通り、一行の後ろへ回った。すれ違う時、視線は合わなかった。合わせる必要がなかった。この男は、いつも後ろにいた。前を奪うのではなく、退路が断たれないように、後ろにいた。百年前から、そうだった。
リラは、その所作を見ていた。何も聞かなかった。聞くことではない、と分かった。
戦いの最中は、ただ静かな人。アルヴィはそう言っていた。その静けさが、今は一行の背後にあった。




