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掛け軸の向こうは異世界でした~祖父の薙刀道場を再建するため、俺は冒険者になる~  作者: パイカル


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第8話 師匠の思い出

 翌日の夕方。

 道場の引き戸が、勢いよく開いた。

「蘭丸兄ちゃん、いるかー!」

 聞き慣れた、威勢(いせい)のいい声。

「巴(ともえ)か。いるぞ」

 蘭丸が振り返る。

 そこには、制服姿の少女が立っていた。

 長い髪を後ろで束(たば)ね、凛(りん)とした眼差(まなざ)しを向けている。

 千村巴(ちむらともえ)。

 そして、その後ろから――

「お邪魔します、蘭丸兄さん」

 もう一人の少女が、ぺこりと頭を下げた。

 巴と瓜二(うりふた)つの顔。

 双子の妹、千村葵(ちむらあおい)だった。

「二人とも、久しぶりだな」

「久しぶりって……」

 巴が少しむくれる。

「先週も稽古(けいこ)で会ったじゃん」

「そうだったか?」

 巴だけ先週も道場にきていた。

「そうだよ!」

 葵がクスクスと笑った。

「蘭丸兄さん、相変(あいか)わらずですね」

「何が?」

「巴のこと、昔からあまり覚えてないところです」

「おい!」

「ははは」

 蘭丸は笑った。

 こうして三人が道場に揃(そろ)うのは、確かに久しぶりだった。

 祖父が亡くなってからは、道場を維持(いじ)することだけで精一杯だった。

 以前のように三人で稽古をしたり、くだらない話をしたりする機会も減っていた。

 だからだろう。

 道場に三人の声が響(ひび)くと――

 どこか懐(なつ)かしい空気が戻ってきたような気がした。

「……変わらないな」

 巴が道場を見渡す。

「何が?」

「この匂い」

 巴は目を細めた。

「畳の匂いと、木の匂い。それから……」

「じいちゃんの匂い?」

 蘭丸が言うと、巴は少しだけ笑った。

「うん」

 葵も静かに頷(うなず)く。

「懐(なつ)かしいですね」

 三人の脳裏(のうり)に、同じ人物の姿が浮かんでいた。

 先代道場主。

 平蘭丸の祖父。

 三人にとって、初めて薙刀(なぎなた)を教えてくれた師匠(ししょう)。

 そして――

 誰よりも厳(きび)しい師匠(ししょう)だった。

「覚えてる?」

 巴が言った。

「初めてここで稽古(けいこ)した日のこと」

「もちろん覚えてる」

 蘭丸は苦笑(くしょう)した。

「じいちゃん、私たち三人を並ばせて……」

「『薙刀(なぎなた)は腕力(わんりよく)で振るものではない!』って」

 葵が続ける。

「『足腰を使え! 腰を落とせ! 姿勢(しせい)を崩(くず)すな!』って」

「そうそう!」

 巴が笑った。

「それで私がちょっとでも姿勢(しせい)を崩(くず)したら――」

「竹刀(しない)で足を軽く叩(たた)かれてたな」

「軽くじゃない!」

 巴が抗議(こうぎ)する。

「めちゃくちゃ痛かったんだから!」

「でも、泣かなかったよな」

 蘭丸が言うと、巴は胸を張った。

「当然でしょ!」

「泣いてたじゃないですか」

 葵がさらりと言った。

「なっ……!」

「『痛い~』って」

「葵!」

 道場に三人の笑い声が響(ひび)いた。

 幼い頃の記憶。

 厳(きび)しい稽古(けいこ)。

 何度も繰り返した素振(すぶ)り。

 足が動かなくなるまで続いた打ち込み。

 一本取られれば、もう一本。

 勝っても、

「まだまだだ」

 の一言で終わった。

「本当に厳(きび)しかったよな」

 蘭丸がしみじみと言った。

「うん」

 巴も頷(うなず)く。

「でも……嫌いじゃなかった」

 葵が微笑(ほほえ)んだ。

「私もです」

 三人の間に、少しだけ静かな時間が流れた。

 厳(きび)しかった。

 怖かった。

 何度も逃げ出したくなった。

 それでも――

 道場に来るのは、楽しみだった。

 なぜなら。

「稽古が終わると、必ず飯を食わせてくれたからな」

 蘭丸が笑う。

「すき焼き!」

 巴の目が輝(かがや)いた。

「そう、すき焼き!」

 葵も嬉(うれ)しそうに笑う。

 稽古の後。

 三人を含めた祖父が健在だった頃の弟子たちは、道場の隣にある座敷(ざしき)へ集められた。

 そこには、大きな鍋。

 ぐつぐつと煮(に)える牛肉。

 白菜(はくさい)。

 長ネギ。

 豆腐(とうふ)。

 しらたき。

 そして、割(わ)り下(した)の甘辛い香り。

「『腹が減っては稽古にならん!』って言ってな」

 蘭丸が祖父の口調を真似(まね)る。

「『若い奴は遠慮(えんりょ)するな! 食え!』」

「懐(なつ)かしい……」

 葵が目を細める。

「師匠、自分はあまり食べないのに、私たちにはたくさん食べさせてくれましたよね」

「そうだったな」

 蘭丸は頷(うなず)いた。

「肉がなくなると、黙って追加してくれた」

「そうそう!」

 巴が笑う。

「私、師匠が作るすき焼き、大好きだった!」

「私もです」

「俺もだ」

 三人は顔を見合わせる。

 そして――

「……いい師匠だったな」

 蘭丸がぽつりと言った。

「うん」

「はい」

 巴と葵も頷(うなず)いた。

 厳(きび)しかった。

 強かった。

 けれど、誰よりも弟子(でし)たちのことを考えていた。

 稽古では一切の妥協(だきょう)を許(ゆる)さない。

 しかし稽古が終われば、自分の孫(まご)も、外弟子(そとでし)も分け隔(へだ)てなく食卓を囲(かこ)ませた。

 それが、三人の知る師匠だった。

「蘭丸兄ちゃん」

「ん?」

 巴が道場の奥を見ながら言った。

「この道場、残すんだよな?」

 蘭丸は一瞬黙(いっしゅんだま)った。

 そして――

「ああ」

 力強く答えた。

「じいちゃんが残してくれたものだからな」

 巴は嬉(うれ)しそうに笑った。

 葵も、柔(やわ)らかな笑みを浮かべる。

「だったら、私たちも協力します」

「私も!」

 巴が手を挙げた。

「三人で盛り立てようぜ!」

「三人で?」

「そう!」

 巴は笑った。

「昔みたいにね」

 葵も微笑(ほほえ)んだ

 その言葉に、蘭丸も微笑んだ

「ああ」

 古びた道場。

 少し傷んだ畳。

 壁に掛けられた薙刀。

 そこには、祖父と三人が積み重ねてきた時間が残っている。

 そして今。

 新しい時間が、静かに始まろうとしていた。

 ――ただし。

 祖父の遺(のこ)した骨董品(こっとうひん)が置かれている部屋に、約五千万円相当の甲州金(こうしゅうきん)があることを、二人の少女はまだ知らない。

 そして蘭丸自身もまだ知らなかった。

 あの洞窟から持ち帰った品々の中で、道場に掛かっていた古い掛け軸を外し、洞窟の女性像に掛け替えた事が。

 やがて、自分たちの運命を大きく変えていくことになるとは。

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