第11話 異世界にて、薙刀無双
「……ここ、どこだ?」
蘭丸は、深い森の中に立っていた。
足元には見覚えのない草。
周囲には、見たこともないほど巨大な木々。
空を見上げれば、木々の隙間から差し込む陽光。
そして何より――。
「…………」
蘭丸は、自分の姿を見下ろした。
白い道着。
袴。
そして、手に握られた薙刀。
「……まあ、そうなるよな」
ついさっきまで、蘭丸は自分の道場にいた。
ところが、あの不思議な掛け軸をくぐった途端、気がつけばこの森である。
「夢……だよな?」
頬をつねる。
「痛い」
もう一度つねる。
「……痛い」
どうやら夢ではないらしい。
だが、蘭丸は意外なほど冷静だった。
「いや、待てよ……」
蘭丸は腕を組んだ。
そして、ある結論にたどり着く。
「これ……異世界転移ってやつじゃないか?」
最近のライトノベルでよくある展開だ。
突然、異世界へ飛ばされる主人公。
魔法。
魔物。
勇者。
そして――。
「……俺、戦国時代とか大好きなんだよな」
蘭丸の目が輝いた。
祖父から薙刀を教え込まれた幼い頃から、蘭丸は戦国時代の武将や合戦の話が大好きだった。
もし自分が本当に戦国時代へ行けたなら。
この薙刀で戦場を駆け抜けてみたい。
そんな夢を、少年時代から何度も思い描いていた。
「まさか異世界とはな……」
蘭丸は苦笑した。
「でも、まあ……似たようなもんか」
その時だった。
「ギャアアアアッ!」
「きゃあっ!」
「くそっ! 下がれ!」
森の奥から、ただならぬ声が響いてきた。
「……なんだ?」
蘭丸は声のする方向へ駆け出した。
木々を抜ける。
そして――。
「…………は?」
蘭丸は目を疑った。
そこには、四人の男女がいた。
一人は剣を持った青年。
一人は杖を握った少女。
一人は弓を構えた女性。
そしてもう一人は、巨大な盾を持った大男。
四人とも、どう見ても日本人ではない。
しかも服装は、まるで西洋の中世を舞台にしたファンタジー映画そのものだった。
「……コスプレ?」
蘭丸が呟く。
だが、なぜか言葉は分かる。
「ギャギャッ!」
「グギャアッ!」
「ギャアアア!」
四人を取り囲んでいたものを見て、蘭丸の表情が変わった。
「…………」
緑色の肌。
小柄な身体。
醜悪な顔。
手には短剣や棍棒。
数は――十体ほど。
「……ゴブリン?」
どう見ても、ゲームやファンタジー小説に登場するゴブリンだった。
「くそっ!」
剣士の青年が一体を斬りつける。
しかし別のゴブリンが背後から襲いかかる。
「危ない!」
弓使いの女性が矢を放つ。
一本がゴブリンの肩に刺さる。
だが、まだ倒れない。
「数が多すぎる!」
盾を持った大男が叫ぶ。
「このままでは囲まれるぞ!」
魔法使いらしき少女も必死に杖を振っている。
どうやら、かなり苦戦しているようだった。
「…………」
蘭丸は、その光景を見つめていた。
そして――。
蘭丸は薙刀を握り直した。夢かもしれない。
だが、目の前で誰かが傷つこうとしている。
それを見捨てれば、祖父に教えられた武の意味まで失う気がした。
「助ける」
次の瞬間。
「おい!」
剣士の青年が叫んだ。
「そこの男! 逃げろ!」
蘭丸は振り返った。
「俺?」
「そうだ! そいつらはゴブリンだ! お前一人では――」
「大丈夫」
蘭丸は薙刀を構えた。
「え?」
「ちょっとだけ、助太刀する」
その言葉と同時に――。
先頭のゴブリンが棍棒を振り上げた。
蘭丸は刃先を届かせる前に、石突で棍棒を外へ弾いた。
返した柄で足を崩し、半歩退いて間合いを作る。
追ってきた二体が一直線に重なった瞬間、長い刃が弧を描いた。
薙刀は、近づかせないための武器だ。
祖父の稽古場で、何度も何度も叩き込まれた間合い。
相手が動くより先に、その懐へ入る。
薙刀の刃が一閃。
ゴブリンが吹き飛んだ。
「ギャッ!」
「次!」
蘭丸は止まらない。
一歩。
二歩。
滑るような足運び。
薙刀が右から左へ走る。
「ギャアッ!」
さらに一体。
続けざまに柄で打ち払い、振り返りざまに刃を返す。
「ギャッ!」
「グギャア!」
ゴブリンたちは何が起こっているのか理解できていない。
十体。
それほどの数がいたはずなのに――。
「――遅い!」
蘭丸の薙刀が閃くたび、次々とゴブリンが倒れていく。
まるで、稽古場で巻藁を斬っているかのようだった。
最後の一体が逃げようと背を向ける。
「逃がすか!」
蘭丸は一気に間合いを詰め――。
薙刀の柄で足を払いとどめを刺す。
「ギャッ!」
ドサッ!
森が静まり返った。
「…………」
四人の男女は、呆然としていた。
蘭丸もまた、呆然としていた。
そして――。
「……終わった?」
倒れたゴブリンたちを見る。
「……終わったな」
蘭丸は薙刀を肩に担いだ。
胸の奥から、どうしようもない高揚感が込み上げてくる。
これだ。
これをやってみたかった。
祖父に鍛えられた自分の薙刀術が、初めて本物の戦いで通用した。
蘭丸は思わず笑った。
「……じいちゃん」
空を見上げる。
「見てたか?」
そして、次の瞬間。
なぜか戦国武将になりきったような気分になった蘭丸は、薙刀を高々と掲げた。
「我こそは――!」
森中に響き渡る声。
「武蔵国に連なる己道流薙刀術の継承者」
四人が目を丸くする。
蘭丸は胸を張った。
「平蘭丸だぁ――――っ!」
…………。
静寂。
森を吹き抜ける風。
木の葉が、さらさらと揺れる。
そして――。
「……ムサシ?」
剣士の青年が呟いた。
「タイラ……ランマル?」
魔法使いの少女も首を傾げる。
「武蔵の国って……どこ?」
弓使いの女性が尋ねた。
「…………」
蘭丸は固まった。
「……あれ?」
そこで初めて気づいた。
自分は今――。
異世界にいる。
そして、この世界の誰も――。
武蔵の国など知らない。
「…………まあ、いいか」
蘭丸は薙刀を担ぎ直した。
「とりあえず……」
目の前の四人を見る。
「ここがどこなのか、教えてくれないか?」
こうして。
高校二年生にして古武術道場の師範代――平蘭丸の、異世界での最初の一日は始まった。
本人だけはまだ知らない。
たった今十体のゴブリンを瞬殺したその薙刀術が、この世界では――。
想像を絶するほどの異端の武術として、後に大きな騒ぎを引き起こすことを。




