第12話 魔力なき異世界人
ゴブリン十体を薙刀一本で倒した蘭丸は、助けた四人の冒険者たちと一緒に森を歩いていた。
「しかし……本当に助かったよ」
剣士の青年が、何度目か分からない礼を言う。
「いや、こっちこそ助かった」
「え?」
「俺一人じゃ、この世界でどうすればいいか分からないからな」
「……この世界?」
四人が顔を見合わせる。
蘭丸は少し考えた。
異世界から来たなどと言っても、信じてもらえるはずがない。
「俺は遠い異国から来た流れ者なんだ」
「なるほど」
四人は意外なほど簡単に納得した。
「それなら納得できる」
「何が?」
「だって、あんな武器を見たことがないもの」
弓を持った女性が、蘭丸の薙刀を指差した。
「武器?」
「そう。あんなに長い武器を、あれほど自在に扱う人なんて初めて見たわ」
「……まあ、俺の故郷では普通なんだけどな」
蘭丸は適当に答えた。
もちろん、嘘である。
己道流薙刀術を使える人間が「普通」なわけがない。
祖父の弟子たちもいるが、免許皆伝まで到達しているのは蘭丸だけだった。
そして、蘭丸が使う流派には――。
己道流。
己の身体と心を極限まで鍛え、武器を持つ者自身を一つの武器とする。
祖父はそう語っていた。
その稽古は苛烈だった。
幼い頃から毎日のように鍛えられた蘭丸は、いつしか同年代の人間とは比較にならない身体能力を身につけていた。
もっとも――。
それだけではなかった。
「ところで、ランマル」
魔法使いの少女が尋ねた。
「あなた、魔法は使える?」
「魔法?」
「ええ」
少女が杖を軽く振る。
「例えば、火を出したり、水を操ったり、身体能力を強化したり」
「……できない」
「え?」
「俺の故郷には、そんなものないからな」
「では、魔力がないの?」
「たぶん」
少女は少し考え込んだ。
「……珍しいわね」
「そうなのか?」
「この世界で生きている人間なら、普通は多少なりとも魔力を持っているもの」
「へえ」
蘭丸は腕を組んだ。
「じゃあ、俺は魔法が使えないのか」
「おそらく」
ところが――。
「でも」
少女が蘭丸を見る。
「あなた、魔力がないというより……そもそも、この世界の人間とは何かが違う」
「違う?」
「うまく説明できないけど……」
少女は首を傾げた。
「あなたの身体そのものが、この世界の理から少し外れているような……」
「…………」
蘭丸は苦笑した。
「まあ、異国の人間だからじゃないか?」
もちろん、本当は異国どころではない。
別世界の人間である。
だが、そんなことを話しても混乱させるだけだ。
その後も四人から、この世界についていろいろと教えてもらった。
話を聞けば聞くほど――。
蘭丸は不思議な気持ちになった。
確かに、遠くに見える街並みは、中世ヨーロッパを思わせる。
石造りの建物。
馬車。
剣や弓。
農村では人々が畑を耕し、町では商人が店を営んでいる。
科学技術という点では、蘭丸の世界よりはるかに遅れている。
だが――。
「……結局、人間なんだな」
「何が?」
「いや」
蘭丸は笑った。
「飯を食って、仕事して、恋愛して、喧嘩して、笑って……」
「そうね」
「人が死ねば悲しむし、悪いことをすれば罰せられる」
道徳観も、蘭丸の世界と大きく変わらない。
違うのは――。
「魔法、か」
「そうよ」
魔法使いの少女が得意そうに胸を張る。
「この世界では、魔法は生活の一部なの」
火を起こす。
傷を治す。
荷物を運ぶ。
農作物を育てる。
戦闘では巨大な火球を放ち、雷を落とし、結界を張る。
そんな話を聞いていると、蘭丸はあることに気づいた。
「……科学なんて、必要ないのかもな」
「科学?」
「俺の世界では、魔法の代わりに科学っていうものが発達しているんだ」
「へえ」
「でも、空を飛んだり、火を出したり、怪我を治したり……魔法でできるなら、科学がどれだけ発達しても敵わないこともあるだろうな」
「ふふっ」
魔法使いの少女が笑う。
「あなた、変な人ね」
「よく言われる」
そんな会話をしながら歩いていると――。
蘭丸はふと足を止めた。
「……?」
「どうしたの?」
「いや……」
蘭丸は森の奥を見つめた。
「誰かいる」
「え?」
四人が驚く。
「どこ?」
「あそこ」
蘭丸が指を向ける。
しかし、そこには何もない。
「……何もいないわよ?」
「いや、いる」
蘭丸は断言した。
数秒後。
ガサッ。
茂みが揺れた。
そこから野ウサギが飛び出してきた。
「…………」
「…………」
四人が蘭丸を見る。
「ほら」
「野ウサギじゃない」
「いや、その前に……」
蘭丸は苦笑した。
「俺、殺気とかそういうのに敏感なんだよ」
祖父から叩き込まれたのは、単なる技術だけではない。
敵の気配。
殺気。
視線。
足音。
風の変化。
罠の存在。
相手が何かを仕掛けようとする、その僅かな兆候。
己道流の修行を積んだ蘭丸は、そうしたものを直感的に感じ取ることができた。
しかも――。
異世界人である蘭丸には、もう一つの特徴があった。
この世界の人間より、身体が丈夫なのだ。
毒が効きにくい。
呪いや状態異常にも強い。
そして――。
「痛っ!」
蘭丸が突然、尻もちをついた。
「どうしたの!?」
「……いや」
足元を見る。
「木の根っこに引っかかった」
「大丈夫?」
「いててて……」
蘭丸は立ち上がった。
「平気」
四人は顔を見合わせる。
普通なら、かなりの勢いで転倒したはずだ。
だが蘭丸には、かすり傷一つない。
その後、街道で馬車にぶつかるという騒ぎまで起きた。
「うわあっ!」
ドンッ!
「ランマル!」
「大丈夫か!」
四人が駆け寄る。
しかし――。
「いててて……」
蘭丸は普通に立ち上がった。
「……大丈夫」
「いやいやいや!」
剣士の青年が叫んだ。
「馬車に撥ねられて『いててて』で済ませるな!」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
四人は頭を抱えた。
蘭丸本人は、自分が特別に頑丈だということを、この時まだ完全には理解していなかった。




