93話 魔王様の隣(賢者の事実)
「勇者君たちが帰るからって、わざわざ式で賢者からの言葉なんていらないのに」
そう思うが、順番として用意されてしまっているので仕方がない。
今日、とうとう勇者一行がブァン国に帰ってしまうので、最後のお別れ会的なものを城下町の大広場で行うことになっていた。
「いいですか、フレイヤ様。魔王というのは、代々馬鹿なので、ちゃんと見ていてあげて下さいよ」
「いや。ルーンさん、馬鹿はないですよ、馬鹿は」
嫌だなぁ。人前で話すのは面倒だなぁと思っていると、ルーンさんが近づいてきてそうささやいた。確かに魔王様と一緒に今日壇上に上がるのは私だけですけど、何ていう事を言うんですか。
いつの間にか民衆代表のような立場になってしまった私は、本来なら魔王様だけでいいところだけど、一緒に壇上であいさつをする事になっていた。
姿がフレイヤに戻ってしまった事もあり、正直どんな反応があるか分からないというのに。事前に私の姿が変わったという噂が流れているので、会場が騒然とする事はないと思うけれど……それでも偽物ではないかなどの視線を向けられる可能性を考えれば、あまり気が進むものでもない。
その状態で魔王様のフォロー。ぶっちゃけ無理と言いたいところ。
「いいえ。馬鹿です。歴代の魔王様もそうでしたが、はっきり言って我儘。強欲。傲慢。馬鹿王が多いのが現実です」
「あの、魔王様が馬鹿なら、魔王になれない従兄弟はどうなるんですか」
「愚かです。魔王は馬鹿ですが、魅力的な未来を民に見せる事ができる者だと思っています。なので、馬鹿王の未来を叶えるために、優秀な家臣が周りにいなくてはいけないのです」
……ルーンさん厳しいなぁ。
いつもより、3割増しぐらい毒舌だ。何かあったのだろうか?
「えっと、まあ。私でなんとかできるとは思いませんが、できる限り魔王様をお助けしていきたいと思います」
というか、成り行きで婚約しちゃったしなぁ。
まだ幼いし、とりあえず自分たちの中だけでどうかという事になっているので、正式なものではない。魔王様にとって不利益になるようならば、いつでも破棄できるものだ。それでも、そこに嘘や偽りの気持ちはない。
だからずっと支えていこうと思う。
ユイの知識にもフレイヤの知識にも側室という制度はあるが、どちらも実際に体験はしたことないし、ユイに至っては2次元のものだ。
この国には正室以外に側室を娶ることも可能だという制度がある事は確認したので、このまま順調に行けば、私は側室となるのだろう。いわば愛人。正室の方と仲良くなれるかどうかが、今後の私の人生を左右する。
昼ドラの世界を生き抜けるほど私は図太いとは思えないし、できたら○○君ファンクラブ的な感じに気持ちを昇華するのがベスト。
「王宮でいらない争いが起きないよう、陰ながら支えたいと思います」
「陰? いいえ、フレイヤ様にはまだまだしっかりと働いていただかなければいけませんので、隠れていてもらっては困ります」
おっと。この国の側室は王族並みに働かされるのか。
国によってやり方が違うので分からないが、確かに魔王様の子供が生まれない限り、王族の数は極端に少なく、魔王様の負担も大きいだろう。だとすると、側室だろうと何だろうと、王宮の隅っこでただ飯を食わせているわけにはいかない。
「できたら、メイド業務みたいな方が性に合っているんですけどね」
今思うと、最初に働いていた女職場が一番居心地も良かった。
「あきらめなさい。魔王様が本格的に愛だの恋だのを自覚する前に逃げ出さなかった貴方のミスです」
あんまり頭が良くないから、下手に私が喋ると魔王様の品位を下げる可能性もあるんだけどなぁ。勿論メイド業務が頭が悪くてもできるとは思っていない。あれだって、ザ・空気読みの技をきらりと光らせなければいけなかったりするのだから。
とはいえ、後悔しても仕方がない。
側室にだってなれない人はこの国に何人も居るのだ。魔王様を好きになったら最後、雲の上の人を夢見るしかないなんて当たり前。だから私のこの現状にケチをつけるのは間違ている。
「本格的に自覚っていつですか……。でも、後悔はしていないのでいいです」
この先に不安がないかと言えば不安に決まっている。でも、後悔はしていない。ヴィリ達についていけば、もっと平凡で平穏な幸せというものを掴めた可能性はある。でもヴィリ達の手をとっていたらきっと永遠に後悔をしていただろう。
どうやら私にとっての魔王様は、相当大きな存在になっていたらしい。まあ、私がここに居る理由が魔王様だと言われるぐらいなのだ。大きくて当然。
「では、頑張ってらっしゃい」
「はい」
私は椅子から立ちあがり、広場へ移動した。
「ヴィリ居る?」
「何だ?フレイヤ」
広場へ移動する途中、私が声をかけると、さっとヴィリは姿を現した。ヨルムが私の護衛兼メイドとなったので、本当ならそこまでの護衛はいらないと思う。しかし心配性で優しい魔王様は、今もヴィリを私の護衛としてつけてくれていた。
「結局うやむやになってしまったけれど、私の事を探してくれてありがとう。そしてごめん」
その気持ちに答えてあげられなくて。
そういうと、わしわしと頭を乱暴に撫ぜられた。
「ちょっ、待って。折角綺麗に髪をセットしてあるのに、崩れる」
「俺の愛より髪を優先するとは、不届きものめっ!」
そう言っていたずらっ子のような表情でヴィリは笑う。
「いいんだよ。妹は、兄に迷惑をかけるもんなんだ。俺が好きで迷惑をかけられて、俺が好きでやったことだ。それに俺の願いがすべて失われたわけじゃないぞ」
「何か叶ったの? あ、もしかして魔王城で働くと給料がいいとか?」
「そうそう。本当に魔王様は羽振りがよくて――って、そんなわけあるか。いや、ないわけじゃないけどさ。俺はお前がもう一度笑顔を見せてくれれば、俺はそれで満足なんだよ」
「だから、髪の毛かきまぜないで」
「そんなすました姿、皆偽物だって知ってるから、いいんだよ。ありのままのお前で」
偽物って何。
まあ、確かに私が小奇麗に着飾る事なんてほぼ皆無に近かったのだから、今更こういう格好しても似合わないかもだけど。
「でも、うん。どんな姿でも可愛いとは思うよ」
「それは良かった。では、婚約者殿、会場へ行こう」
ヴィリと話していると、魔王様がやってきて、私の手を掴みずんずんと歩き始めた。歩幅的には同じはずだが、早歩きの為どうしても小走りになる。
「あ、もしかして。もう時間マズイですか?」
だから探しに来てくれたのか。ちょっとのんびりしすぎたかもしれない。
こういう時、腕時計がないのは不便だと思う。この世界にはゼンマイ式の時計があるので、ゼンマイ式でいいいので懐中時計とか誰か発明してくれないものか。
「いや。まだ大丈夫だ。……それにしても、君の兄弟は一体何人いるんだ」
「へ? フレイヤは1人っ子ですよ。まあ、ヴィリやヨルムは施設でお兄ちゃんやお姉ちゃんって感じだったし、フレイ君も弟みたいなものだけど。ああ、ルーンさんもお兄ちゃんという感じではありますが」
「フレイヤにそういう気がないのは良く分かってるし、話もまったく色恋が混ざっていないのは理解してるんだが……君が可愛すぎて心配になる」
そう言って魔王様は振り向いたのだが……困ったような顔をした魔王様の方が可愛すぎると思う。
そして同時にアホだなあと思った。私が魔王様以外を好きになるはずがない。もうどうしようもないぐらいに囚われてしまっているのだから。愛人2号でも、3号でもどんとこいだなんて、魔王様以外だったらあり得ない。
「私が好きなのは魔王様だけですよ。それに、ユイの効果は徐々に消えると思いますから。今後はそう簡単に誰かに可愛がられる事もないと思うんです」
今の私は変化を全くしてない、ありのままの貧相な赤毛の娘の姿だ。ゲームのイメージだと可愛い感じだったけれど、やっぱり私の魂が残念だからか、ただのガリガリの子供にしか見えない。この姿で好きだなんて言ってくれるのはたぶん魔王様ぐらいだろう。
「まあ、これまで私を可愛がってくれた人がいきなり手のひらを返す事はないでしょうけど。でもそれだけです」
「分かっている。だから俺が心配にならないよう、ちゃんと毎日愛の言葉を囁いてくれ」
「……そんなに甘えてどうするんですか。あまり束縛が強すぎると、正室の方も倒れられてしまいますよ」
「正室の方?」
ああ、そうか。
魔王様は幼いから、まだそこまで考えていないんだよね。でもそれも致し方がないこと。ルーンさんが言うように、ちゃんと支えてあげなければ。魔王様が魔王様の仕事以外で煩う事のないように。
「ええ。でもちゃんと仲良くする為に、貴族のお嬢様が好きそうなものも、これからきっちり学びますね。それから正室より先に側室と婚約なんて体裁が悪いかもしれませんので、むやみにこの関係を広めないようにしないといけませんよね。魔王様とずっと一緒にいられるよう、私も頑張ります」
そう、頑張らなくてはいけない関係なのだ。
これは運命でもなんでもない関係なのだから、むすばれたから、終了ということはない。ちゃんと努力して繋ぎ続けなければいけないのだ。
「ならば俺も努力しよう。君とずっと一緒にいられるように」
魔王様が味方なら、心強い。
うんうん。きっと大丈夫。
そんな事を考えながら私は魔王様と一緒に広場の特設舞台の上へ登った。
そこに来て、ずっと手を繋いでいた事に気が付き、私は離そうと力を弱める。しかし逆に魔王様に強い力で握られた。……うーん。婚約している事をあえて公言しないなら、ここは離していた方が良い気がするのだけど。
そう思うが、会場中から拍手が送られて、魔王様にそれを伝えるタイミングを逃す。
「皆の者、今日は朝早くから集まってくれたことに感謝する」
司会を誰かがやるのではないかと思っていたが、唐突に魔王様が話し始めた。
まあ確かに、勇者君達を送り、今後ブァン国と密接なつながりを持っていく事を話すなら、魔王様の方が良いのかもしれない。
「以前から、噂話ばかりで色々やきもきさせてしまった事もあると思う。なので、ここで改めて発表したい」
ん? 噂?
ブァン国と同盟を結ぼうとしている事に関してだろうか。そんな噂が流れているなんて初めて知ったが、でも確かに今後の生活と密接にかかわってくる話だし中途半端な情報では、皆もやきもきするだろう。
「俺は、ここに居る賢者、フレイヤ・ハン伯爵令嬢と婚約し、彼女からも誓いの言葉を貰った」
「はっ?」
隣でとんでもない事をしゃべりだした魔王様に私はギョッとする。
えっ? 今なんて言った? というか、さっき私が話していた言葉聞いていました? 内密にするんじゃなかったんですか?!
「結婚するにはまだお互い年が若すぎる。だから結婚をする時に改めて発表しようと考えていたが、彼女を不安にさせたくない為、あえてこの場で伝えようと思う」
「な、何を言って……」
だから、側室が正室より先に婚約したら体裁悪いって言ったのに。
ルーンさんの馬鹿王発言も分からなくはない。もう少し考えて発言してほしい。
「君も言ったじゃないか。側室が正室より先に婚約したら体裁が悪いと。ならば、早めるしかないだろう? 誰にも……君にもつけ入らせない為に」
こそっと魔王様が私に囁く。
ん? いや。何か、私が言った言葉の意味を勘違いされているのではないだろうか。私は側室として――。
「フレイヤ。愛している。結婚して、俺の最愛の人になってくれ」
こ、告白だと?! この場で?! 何この公開処刑。
逃げ場のない状況に、私は石のように固まる。
「君にはずっと隣にいて欲しい。君が望む限り、俺はこの国を繁栄させていこう」
会場中の視線が集まるのが見なくても分かった。
ここでNOを言える人がいたら、きっと防弾ガラスのハートの持ち主だ。
せめてここで、誰かが異を唱えてくれたら、考え直しましょうという勇気も出るけれど、誰もが私がYESと答えるのが当たり前だと思って見ている。
何故? どうして?
目の前の魔王様は……それはもう、腹黒い笑みを浮かべて――ん? 腹黒い?
「……魔王様。もしかして、私と魔王様が婚約しているという噂とか、私に関する2つ名的噂とか……流されました?」
そんなまさか。あの可愛い魔王様だよ。
否定の言葉が脳内で渦巻くが、この状況はどう考えても――。
「さて、どうだったかな? うっかりと口を滑らせた可能性は否定しないが」
「最初から、婚約発表する予定とかになっていたりします?」
「ああ、君に伝え忘れてしまったみたいだな」
か、確信犯じゃないですかっ?!
やられた。そうだよ。魔王様ってばゲームでは、可愛い押しじゃなかったじゃないか。頭良い頭脳キャラで、腹黒イケメン。
突然魔王様が成長過程で腹黒になるなんてありえなくて――、最初からそれ系の因子は持ち合わせているわけで。
「さあ。君の気持ちを教えてくれ」
俺を不安にさせないでくれ。
そんな多重音声が私にだけ聞こえる。
やられた。もしかして、今までも、ユイであったころも、色々罠とか仕掛けられていたのだろうか。……思い返すと、もしかしてがいくつも思い当たる。
「こんな俺は嫌いか?」
魔王様がまっすぐに私を見る。
色々文句を言いたいところはある。でも――。
「好きです」
可愛いだけじゃない魔王様の隣が、私の居場所なのだ。だから私は、魔王様が不安にならないよう、愛をささやく。こんな場所で言わされるのは不本意ではあるけれど。
「ずっと、一緒にいましょう」
そのための努力はしよう。
私の言葉に答えるように魔王様が私を抱きしめ、会場で拍手が湧き上がる。
ああ、もう逃げられない。でも逃げる必要もないのだからと思い、魔王様に笑いかけた。




