92話 家庭教師の授業(魔王の惚気)
「小学校は、私が住んでいた国では6歳から、強制的に通っていました。義務教育と呼ばれ、親は必ず子供を通わせなければならないという責任を負っていました」
「なるほど。しかし農家の子供だと、子供は大切な労働力の一つだろう?」
「確か農業が盛んな地域は、農繁期は学校がお休みだったと思います。小さい子が居る場合で、兄弟が面倒を見ている場合は、一か所に子供を集めて保育園や幼稚園を作ってまとめて面倒をみてはどうでしょう?6歳以下の子供は私の国ではそういう場所に通う事が多かったので」
フレイヤの家庭教師が再開し、俺は意気揚々と楽しくその授業を受けていた。フレイヤは元々ユイでもあるので、その知識は変わらない。同い年の子供に教えてもらうというのはいささか変な感じだが、やはりフレイヤの知識はこの国の者とは大きく違う。
ただ一つ、悲しむべきは――。
「俺の国は、勇者と勇者とパーティーを組みたい子供は学校に通ってるぞ」
「そうだね。ブァン国は、貴族が通う学校と専門的に勇者を育成する学校の2種類が存在するかな。家の仕事を継ぐ場合は、あまり通わないけれど、教会の一部が学校の真似事はしていたと思うよ」
「そうなんですね。教会が学校の真似事をするという事は、寺小屋みたいな感じでしょうか?」
「教会は女神信仰だから、その教えを伝える為に子供を集めてるんだ。そのついでに文字を教えているだけだから、少し違うかな。寺小屋の場合は、基本的に民間の塾みたいなものだったし」
――勇者とフレイが一緒に授業を受けているという事か。
折角の2人きりの時間だと思ったのに、どうにも邪魔が入る。まあ、明日には彼らも母国へ帰るのだからと、参加を許可したわけだが。
「なるほど。確かこのアース国にも貴族の子供が通うような学校がありましたよね。基本は家庭教師をつける方の方が多いようですが。ただやはり文字の読み書きができるのとできないのでは今後の発展に大きな影響がありますし、基本的な算数や習字、地理みたいなものも覚えておくと便利ですよね。やはり字は書けて読めるが必須ですし。余裕が出てくれば、その後の職業選択ができるような授業にも広げていいと思います」
フレイヤは、普段の生活の中に文字を取り込んだ方が良いと言っていた。知識をつなげていくには口頭ではなく、紙に残すのが一番だと。
ブァン国は勇者という特殊職業につく者を育成するために学校というものを作っているが、フレイヤの場合は勇者や貴族など特定の者に限らず、すべての者に教育は必要だという。
そこまで国民の育成に力を入れている国は、俺の知りうる限りだと今のところない。
「休みは農繁期とかぶるようにするのがよさそうだが、まずは小規模で試しをしていきたいな。どれぐらい資金が必要なのかもそれで確認し、その結果どうなるかも確認が必要か。それと王都と地方では状況も違うだろう。王都以外に試してみたい領主はいないか確認してみよう」
どれぐらいの地域が参加してくれるかは分からないが、フレイヤの後ろ盾となっているハン伯爵領とこれ以上俺の機嫌を損ねたくはないゲイル伯爵領は参加するに違いない。特に現ゲイル伯爵は、ノルンだ。フレイヤの提案だったら必ず乗って来るだろう。
「そうですね。公立……えっと、地方主導の学校の方がいいかもしれません。地方によって農作物も違いますし、率先して学んだ方が良い事柄も違うでしょう。ただ文字は統一した方が良いかもしれません。ルーンさんに確認したのですが、小国の集まりでできたアース国は、地域によって使われる文字にも違いがあるみたいだったので。でも誰が読んでも分かるようにするには、一度学者の方々に整理していただいた方がいいと思います」
「そういえば時間はどれぐらいで考えてるの?食事とかも絡んでくるだろうし」
「学校と言えば学校給食ですが……。うーん」
「学校給食?」
フレイとフレイヤは共通した知識がある為、俺が理解する前に先に進んでしまうことがある。まあ、親類というのだから仕方がなくもあるのだろうが、このシスコンどうにかならないものか。
正直邪魔だ。
チラッと勇者を見ると、勇者が俺をにらんできた。
「今、碌でもない事を考えただろ」
「さて。何のことか」
「俺はちゃんとお前に協力したんだからな」
いっそフレイと勇者がくっついてしまえばいいのにと、フレイヤに負けず劣らず酷い事を少しだけ考えたのだが、瞬時にそれを察知したらしい。
チッ。
「学校給食というのは、学校で配給される食事支援というものです。貧困層が多い地域だと食べ物を餌に子供を釣って通わせるという方法もありですが……うーん。その場合の財源はどうしたらいいでしょう。食育という名目があったとしてもタダでご飯を配るのは……」
「だったら姉さん、余剰作物の有効利用を兼ねたらどうかな?アース国はたぶん気候的に農業がかなり発達していそうだし、市場の拡大にもつながると思うよ。そしてもちろん食事を食べるんだから給食費はもらう。ただし低価格に設定。ただしこの低価格の食事を食べられるのは、学校に通っている児童及び職員と制限を設ける。もちろんそれを断って弁当を持参するのも認めるなら、それほど混乱もないだろうし」「流石、フレイ君。やっぱり、頭の良い子が考えると違うね」
「そんな。これは俺が知っているある国のやり方を模範しているだけだよ」
フレイはなんてことない顔をしているが、内心デレデレなのは、良く分かる。
なんだか、フレイヤがフレイと話してばかりなのもムカつく。
「魔王」
ぽんと勇者が同情の眼差しを向けて俺の肩を叩いた。その憐れむような目はなんだ。フレイヤは俺の婚約者なのだから、嫉妬しても普通だろうが。
「勇者、お前とはやはり一度決着をつけなくてはいけないと思っていたんだ」
「奇遇だな。俺も勇者だからか、お前に切りかかりたくなる瞬間があるんだよ。俺の呪いをいいように利用しやがって」
俺と勇者はふっとお互い笑いあった。
そして俺の手を前に出す。
「わが名において命ず――」
「やめて下さい」
バシバシッ。
攻撃魔法を勇者に向けようとしたところで、フレイヤが持っていた本で俺と勇者の頭を叩いた。年はほぼ変わらないはずなのだが、フレイヤは相変わらずお姉さんぶろうとする。ユイの部分がこの辺りに強く出ているのだろう。
「勇者君も剣は部屋の中では出さない。魔王様と勇者君が戦えば、世界滅亡レベルで危険なのでやめて下さい。私は生き残る自信がまったくもってありません。子供同士が喧嘩をするというのは大切な事なんですが、何でも暴力で解決しようとするのは良くありません」
……怒っている姿も可愛いなと思うのは、俺が馬鹿になった証拠なのかもしれない。それでもフレイヤにかまってもらえると、楽しくて仕方がない。
「分かった。婚約者殿のいう事ならば、聞かねばならないな」
「えっ。いや。婚約者でなくても、ちゃんと耳を向けて下さいね。この部屋だって、国税でできているんですし。壊したら……その、駄目というか――近い、近いです。魔王様」
キラキラした緑の瞳は、まるで飴玉のようで甘そうだ。顔をこんなに素直に赤くするのはフレイヤの影響だろうか。子供と大人が同居したような少女の動きはいつ見ても飽きない。
「フレイヤ様、少しだけよろしいですか?」
部屋の扉がノックされた瞬間、フレイヤは弾かれたかのように、勢いよく俺から離れた。
「はい。大丈夫です」
「失礼します」
そう言って、入ってきたのはルーンだった。……タイミングが悪いだけなのか、それともわざとなのかは判断に困る相手だ。
「実は新しいトイレとして、水洗トイレを考えている者がみえまして――」
「えっ?! 水洗トイレ?! 水が流れるアレですか?! ボットンではなく?!」
「ええ。以前からフレイヤ様が言われていたものです。まだ試作段階ですが。そして作ってきた者も、できたら賢者様に見せたいと言われまして」
「行きます。是非いかせて下さい――、あ、でも……」
やはり、フレイヤの気持ちは仕事が相手だと簡単に奪われてしまうらしい。それでも、俺の事を気にして振り返ってくれるだけ良かったというか。
まあ、それも含めて俺が好きな彼女なのだけれど。
「まだ時間はあるからな。先に確認しにいっていいぞ」
「魔王様、ありがとうございます!」
そう言って、ギュッとフレイヤは俺を抱きしめると、脱兎のごとく走って部屋を出ていった。
「フレイヤ様、廊下を走ってはいけません」
それに続き、ルーンがゆったりとした足取りで出ていく。
部屋のとびらが閉まるまでそれをじっと見ていた俺は、深くため息をついた。
「最近フレイヤが、俺を殺す勢いで可愛いのだが、どうしたらいい?」
「死ねば?」
「リア充爆発しろ」
俺の相談に対し、種族の違う友人2名――うち1人は、義理兄弟予定――は辛辣な言葉を投げ返した。だが、そんな言葉も気にならないくらいに、俺は今幸せだ。
「男の嫉妬は醜いものだな」
「お前がそれをいう? なあっ?!」
「少しは自粛したら……ったく。姉さんはどうしてこういう腹黒が好きなんだ。趣味が悪いにもほどがあるし」
……そういえば、フレイヤの前で、俺はそれほど腹黒い部分を見せたことがなかった気がする。それはそんな姿をみせる必要がなかった為でもあるけれど。
俺がユイを――フレイヤを絡めとる為に色々策を練っていたのを知ったらどういう反応をするだろうか。それはそれで、楽しい反応をくれそうだ。
俺がフレイヤを嫌いになる事がないと同じように、フレイヤもまたどんな形であれ、俺を受け止めてくれる自信が今はあった。
「それでもフレイヤが好きなのは俺だ」
「本気で、この煩悩馬鹿を何とかしないと国が亡ぶんじゃないの?」
フレイは怒る気も起きないとばかりに、あきれ顔で俺を見た。フレイヤとフレイはまるで双子のようによく似ているが、中身が違うとこうも違うものかというぐらい表情に差があった。そして俺がフレイの顔を見てもときめかない所を見ると、そんな外見に惚れているわけでもないようだ。
そもそもフレイヤが、ユイの姿をしていてその頃から好きだったのだから当たり前。
「この国を滅ぼさない為に、彼女が居るんだろ」
あの時、ユイを家庭教師としてここへ呼ぶことを決めた俺は偉いと思う。あの時とは違う意味ではあるけれど、この国の未来もかけて彼女が必要だと、俺は再度思った。




