91話 山なしの勇者業務(勇者の帰途)
「リア充、爆発しろ!」
俺はそう呪いの言葉を吐きながら、鞄に荷物を詰める。
毎日毎日、愛してるだの恋してるだの言い合って、馬鹿馬鹿しいというか、羨ましすぎるというか、チクショウというかという気持ちを全て鞄にぶつけた。虚しいが、今の俺のはけ口はそれしかない。
リア充というのは、もちろん魔王とフレイヤの事だ。いや。勿論めでたいと思うよ。ユイねーちゃんでもあったフレイヤがフレイと共謀して、俺と魔王をくっつけようとしないのだから。
フレイとフレイヤの組み合わせは、混ぜるな危険。そんな2人の攻撃を受けなくて済むのは本当に、ほんとーに良かったとしか言いようがない。でも、この胸のもやもやは――。
「何で、何でっ! 俺に届く手紙が、全部野郎からなんだっ!!」
「逆に、ここに滞在した日数で、それだけ魔族の皆さんから手紙をもらえた事が奇跡だと思うけどなぁー」
俺が鞄にねじりこんだ手紙の一つを取り上げて、太陽の光でフレイが中身を透かす。紙の封筒の中に入れられているそれを透かしたところで文面が読めるはずもないのに、何となくフレイだと中身まで確認できてしまいそうで怖い。
「凄いラブレターだね」
「何で分かるっ?!」
やっぱり、呪術師の力か?!なんて恐ろしい。というかそんな力があるなら、俺のこの呪いを解くほうに力を入れてくれ。
「……いや。そんなに驚くなよ。お前が手紙をもらった上に、この重み。どう考えても、ラブレターだろ。何枚綴りだよ。あ、もしかして。この間の貴族の人?」
「悪いか、チクショウ」
そう言ってフレイから手紙を奪い返し、俺は鞄の中に押し込んだ。
そう。魔王はフレイヤとリア充を決め込んでいるというのに、俺の手の中にはおっさんからの手紙……。世の中不公平だ。
「そんなに嫌なら捨てればいいのに」
「そんな事できるわけないだろ。この手紙だって、一生懸命考えて書いたんだろうし」
気持ちには答えてやれないというか、答えたくないというのがぶっちゃけたところだけど、流石に好きだという気持ちをすべて俺が否定するのは間違っていると思う。
少なくとも、相手を傷つける目的でこの手紙を書いたわけではないのだ。
「八方美人」
「悪かったな」
「まあ、でも。いいと思うよ」
フレイは俺を見て苦笑した。
「だからトールは勇者で、そういう所に惹かれて救われる人もいるんだろうしね」
「お、おう」
フレイに褒められると、妙にくすぐったい。
「そういえば、フレイはここに残るとか言い出すのかと思ったんだけど……」
フレイにとって、ユイねーちゃんはまるで信仰する女神のような扱いだった。それはフレイヤになったって変わらない。重度のシスコンは今も健在だ。
「まさか。俺はここには王命で来ているだけだから、時期が来たらちゃんと帰るさ」
フレイはとても聞き分けの良い子供だ。あまり我儘も言わないので、良く俺は母ちゃんに比べられた。でもあんまり聞き分けが良すぎるのって、どうなんだろう。
「フレイヤと別れても本当にいいのか?」
フレイヤの好きな人は魔王。だからフレイヤがフレイについていく事はない。
「いいわけないだろ。でも、ここに残ったって、このまま同じ状態が続けられるわけでもない。姉さんは魔王の家臣であり婚約者だから魔王城に住むのも許されるけれど、俺は違う。国を代表してきたという肩書がなければ、本来話す事だって難しいんだ」
フレイの言う通りだ。
俺やフレイがこの城に滞在できるのは、王命があっての事。それがなくなれば、必然的にここにはいられなくなる。
「じゃあ、今後は手紙のやり取りだけなのかよ」
それでいいのか。
寂しくないのだろうか。あんなにフレイにとって大切な人なのに、我慢してしまうなんて。何だか俺の方が寂しい気持ちになってくる。
でもどうしようもない。国をまたいでしまったら、下手をしたら一生の別れのようなものだ。
「しばらくはそうだろうね」
「しばらくって――ん?しばらく?」
あれ? もしかして、フレイはまたアース国に来る気でいる?
でもどうやって?
俺はなんてことないと言った様子のフレイをマジマジとみる。
「このままここに残ったんじゃ、俺は姉さんに養ってもらわないといけなくなる。でも、そんなのごめんだ。だから、確実に姉さんに近づける職業を選ぶことにしたよ。数年は手紙のやり取りだけだけど、時期がくれば魔族領と行き来することになるだろうし」
「えっ? 職業?」
「魔物保護育成関係の仕事かな。まだないけど、魔王の話を聞く限り、たぶん今後俺らの国が率先して始める仕事の一つとなると思うんだ。魔物と殺しあうのではなくて、共存するために」
新しい仕事?
魔物保護育成?
フレイは俺が考えている事よりずっと先を見ているようだ。
「でも、例えばそれで魔族領に来たとしてもフレイヤと会えるかどうか分かんないだろ?」
確かに魔物の知識はアース国の方がブァン国よりも多く持っている。だからアース国に勉強しに来ることもあるだろう。それは生き物を殺すのが苦手なフレイにとって、今よりずっとやりやすい仕事に違いない。
とはいえ、フレイヤは魔王と婚約してしまった。俺らが帰る日に、民衆に対して婚約発表もすると聞く。魔王の花嫁になってしまえば、アース国へやって来る事はあっても、中々会う事は出来ない。
「フレイヤと俺が従姉弟の関係にあるのは知っていたよな」
「えっ? それマジだったの? 前世とかじゃなくて?」
フレイとフレイヤの間には前世の記憶があってその時兄弟だったという話だと思っていた。ただそれを伝えるのが難しいから、遠い親戚だのなんだのと言っていたんじゃなかったのだろうか。
「俺の父の双子の妹が行方不明なのも知っているよな。まあ、色々考えた結果、叔母さんはたぶん家出じゃないかなと思ってる。詳細は国に帰ったら聞いてみるけど。それでその双子の妹の子供がたぶん姉さんなんだよ。この印象的な髪の色は父方の呪術師家系にしか見られない珍しい色だし。パッと見た限り、魔族でもこの髪の色の人はいないみたいだからね」
確かにフレイとフレイヤはよく似ている。
名前も似ているし他人の空似かと思っていたけれど……。
「それとウル先輩が俺とフレイヤが同じ匂いだって言ったんだろ? あの人の動物的直観は凄いからね。たぶん間違いない。流石に前世で姉弟だとしても、それをかぎ分けられはしないだろうし。それに小さい時、父さんがもしも俺が女の子だったらフレイヤと名づけようと思っていたと言っていたしね。双子の妹が同じ発想を持っている可能性は十分ある」
「ウル先輩スゲー」
エルフの能力なのか、何なのか。匂いで家族かどうか分かるなんて、恐るべし。
「というわけで、姉さんの母親は呪術師の人族という事になる。なら父親は誰だろうという事にならないか?」
「えっと。あれだろ? あー、幻獣人だっけ?」
「どうして人族領に幻獣人が居たんだと思う? ちなみに姉さんが生まれ育ったのは人族領だよ。ヴィリとヨルムは人族で、同じ施設で育ったらしいからね」
ん?
そういえば、そうだ。フレイヤは幻獣人と人族のハーフ。魔族領で生まれたなら分からなくもないけれど、ヴィリ達と同じ施設で育ったという事は人族領という事だ。
「そもそも、幻獣人とはどんな種族だと思う? 変化することができる変わった能力の持ち主。姉さんみたいな子供ならいざ知らず、大人だったら簡単に人身売買の所からだって逃げ出せる。普通なら売る事なんて不可能な種族だと思うんだ。さらに、魔族領でも幻に近い一族となっている」
確かに売られて人族領に渡ってきたというのは変な話だ。フレイヤみたいに小さい時に攫われてというなら分からなくもないけれど……。
「でも、実際に幻獣人がいないと、フレイヤは生まれないだろ?」
もしかして俺が気がついていないだけで、人族領でも幻獣人とすれ違ったりしているのだろうか。でも、ある程度纏まって生活していないと、幻獣人の血は薄れてなくなってしまうだろうし。
「さてここでもう1つ、新しい情報。幻獣人以外にも変化ができる生き物がこの世界にはいる。そして、それは人族領にも居る。もしくは居た」
「へ? 俺、あんまり種族名とか知らないんだけど」
頭の良いフレイと違って、俺はあまり覚えるのは得意ではない。
にしても人族領にもいる変化ができる人って誰だ?エルフは違うよな。ウル先輩がそんな事ができるなんて聞いた事がない。
「魔王が風呂場で言っていただろ?」
「魔王が?」
何か言っていたっけ。あの時確か魔物の話をしていたような気はするが――。
「……えっ?フレイ。それはなんでも」
「でもそれが一番有力な答えだと思うんだよね。幻獣人は、幻の獣。幻の一族。例えば、戯れで人族や魔族に混ざった彼らが、通り名的に名乗った種族だとしたら、レア扱いされるのも当たり前。実際にはいないんだからね。その上でフレイヤがどの時期に施設に引き取られたかを調べて、さらに竜殺しが行われた時期を調べると、面白い結果が出ると思うんだ。ちなみに、ウル先輩のお墨付き。あの人、本当に生きる動物百科事典だよ」
「ひゃかじ?」
「百科事典。いろんな事が書かれている書物のこと。ウル先輩は、動物好きなだけあって、魔物にも人一倍詳しいからね」
ウル先輩……流石過ぎる。
にしても、フレイの予想がもしも真実だった場合……色々どうなるんだろう。つまりは、フレイヤが魔物を束ねる立場って事に――。えっ? えっ?!
「つまり、魔物を保護しつつよりよい関係を結んでいくなら、どうしても姉さんの力が必要なんだよね。ほら神話でも、冥界の王のお嫁さんは、1/3を冥界で暮らし、残りを神々の世界で暮らしたというし。うん、そういう生活もありだと思うんだ」
「えっ? 基本お嫁さん不在な、そんな鬼畜で不憫な神話があるのか? というかそれ本気で言ってる?」
「もちろん。俺は姉さんには幸せになってもらいたいけど、魔王に幸せになって欲しいわけじゃないし」
鬼畜だ。
重度のシスコンは、どうやら嫁を独り占めさせるのを全力阻止にかかるつもりらしい。
「まあ、通い婚ぐらいなら認めてあげてもいいけど。どちらにしろ、たぶんこの世界が滅びない為には、まだまだ姉さんの仕事は残っていると思うんだよね。俺はそれに関わっていくつもり。姉さんは全部終わった気でいるけどね」
「フレイヤにその事は言うのか?」
「今は言わないよ。流石に、ようやく心を通わせたばかりの恋人同士を引き裂くのは心が痛むからね」
本当に痛んでるのだろうか。若干怪しい気がする。
きっと、それだって姉さんが悲しい顔をするといけないからとかなんとか考えていそうだ。……魔王、ご愁傷様。
「さあ、トール。またこれから忙しくなるぞ」
「えっ?! もしかして俺も巻き込まれるわけ?!」
他人事のように聞き、魔王達に少し同情していたところ、いきなり俺も話に加えられた。
「ふーん。別に参加したくないならいいけど。ちなみにテュール先輩は心の隙間を埋める為に魔物の保護活動に参加するだろうし、ウル先輩は元々動物好きだから参加すると思うんだ。で、3名抜けるとなると、流石にトールも新しいパーティーを組まなくちゃいけなくなるな。どんな奴が参加するか分からないけど……頑張って貞操守れよ」
「参加します。参加させて下さい、お願いします」
俺は速攻でフレイにお願いした。折角、テュール先輩やウル先輩、それにフレイから愛の告白をされるかもしれないという危機を乗り越えたのに、また新たな火種なんて作りたくない。
「何だ。つまんないな。山あり谷ありだからこの世界は面白いんだろ?」
「山も谷も、幸せの為なら捨ててやる」
いらない。俺の貞操が危険にさらされるような、山も谷も。
「だから。お願いします。マジで」
見捨てないで。
「……本当に馬鹿だなぁ」
コツンとフレイが手に持っていた本の背表紙を俺の頭に当てる。
「冗談だよ。これからも、よろしく。親友」
「おうっ!」
苦笑するフレイと俺は握手した。




