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―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟 その異世界を巡る叙事詩――  作者: EPIC
チャプター15:「鎮火/再燃焼」
163/224

15-1:「賭けの接触Ⅰ」

 時系列は少し遡る。

 クラレティエとの決着が付く少し前――



 主戦場が谷間から北上した地域へと移り、静けさの戻った谷間の道を、十騎程の馬が駆け抜けてゆく。そのうちのいくつかは空の荷馬車を引いており、ガラガラと荒い音を立てている。

 それぞれの馬に跨るのは、独特の黒い皮スーツに身を包む剣狼隊ではなく、この世界によくみられる軽装の戦闘服を纏った、衛狼隊の傭兵達だった。隊の先頭を衛狼隊長バンクスの操る馬が掛け、副官のパスズがその斜め後ろを追走している。


「………」


 パスズはその顔を酷いほどに顰めている。その訳は、彼女が数分前に目にしたやり取りにあった。



 ――


「馬は何頭無事だった?」

「二十頭程です。それと馬車が数台、なんとか使えます」

「よし、半数は負傷者の運び出し用に回せ。もう半数を使って親狼隊の救助に向かう」


 敵が後退した事により難を逃れた衛狼隊は、動ける者の中から志願を募り、先にいる親狼隊及び瞬狼隊の生存者の回収に向かおうとしていた。その指揮は、一応の平静は取り戻した衛狼隊長のバンクスが取っていた。彼のこめかみに応急処置であてがわれた布には、痛々しく血が滲み広がっている。


「ねーぇ、やめておいたほうがいいんじゃなあい?生き残っている人がいるかも分からないわよぉ?あたし達剣狼隊が、敵を一掃するのを待つべきだと思うなぁ?」


 そんなバンクスに、背後から緊張感の無い間延びした声が掛けられる。声の主は剣狼隊の副隊長格の一人であるセフィアだ。


「……まだ救えるヤツがいるかもしれないだろ」


 バンクスは無事だった愛馬の頭を撫でながら、セフィアの言葉に淡々と返す。


「まぁ、ご立派!さすが衛狼隊長さん。そこまで言うなら止められないわねぇ、幸運を祈ってるわぁ」


 わざとらしい台詞回しで発するセフィア。その言葉には本気で心配し、応援する意図など微塵もこもっていなかった。バンクスは最早相手にせずに部隊の再編制に集中していたが、近くでそれを聞いていた側近のパスズは、セフィアの姿を鋭い目で睨んでいた。

 敵の猛攻が収まった後に援護に駆け付けたクラレティエ率いる剣狼隊は、しかし敵が撤退して崖の上が蛻の殻であることが分かると、北側の崖へと再び戻って行った。その際にセフィアを筆頭とする一隊だけを残して行ったのだが、その残ったセフィア達は、周囲の警戒こそしているものの、衛狼隊負傷者の救護等に手を貸す様子は一切見せなかった。未だに北側では戦闘が続いているため、警戒に専念するという点では彼女らの行動も理解はできる。しかしそれ以上に、戦場で脚光を浴びるのは自分たちであると疑わず、背景に過ぎない他の者がどうなろうとも知った事ではない。そんな意識が、セフィアを始めとする傭兵達の姿勢からは、あからさまなまでに現れていた――



「……ッ」


 思い出し、ギリリと奥歯を噛み締めるパスズ。月歌狼の傭兵団に籍を置いて長く、親狼隊や瞬狼隊などの他隊の交流も深かった彼女は、それらを総じてないがしろにされた事に強い怒りを覚えていた。だが現状、それらの仲間を手に掛けた憎き敵に対抗できているのは剣狼隊のみであり、今から慣行されようとしている親狼隊の回収作戦は、敵の注意が剣狼隊に向いているからこそ成功の望みが有るというのが現実であった。

 先の一方的な虐殺に、仮にも味方であるはずの者達からのぞんざいな扱い。のっぴきならない現状。立て続けの不条理に、パスズの心は今にも折れそうですらあった。


「パスズ」


 しかし先頭のバンクスの声に、パスズは視線を起こす。


「意識を散らすな。今、俺達にできることをやる」


 バンクスは視線を前に向けたまま、言い聞かせるように発する。


「ッ――はい!」


 その言葉に、パスズは気持ちを切り替える前を見る。やがて彼らは、荒れ果てた凄惨な戦闘が行われたその場所へと踏み込んだ。




 脅威存在への対応のため、谷に展開する各隊は陣地転換や人員移動を余儀なくされ、指揮所を兼ねるここ第1攻撃壕は、直接戦闘を行った先程とはまた別種の騒がしさに包まれていた。施設作業車と、追加で乗り入れさせた大型トラックが、頻繁に往復を繰り返している。負傷した隊員、わずかに生き残った傭兵の生存者、そして殉職した隊員の遺体を後送するためだ。


《L1へ。こちらジャンカー1-3、香故。谷をそちらへ行く敵部隊を確認》

「何?」


 それら各作業の指揮を取っていた長沼の元へ、通信が飛び込む。先で監視に着く、香故からだ。


《二個分隊規模、騎兵と荷馬車複数が通過中。こちらは現在、眼下に十分な火力を向けられない、早急にそちらの迎撃態勢を整えられたい》

「了解、ジャンカー1-3。こちらで対応する」

「敵影視認」


 長沼が交信を終えるのを見計らったかのように、隣にいる野砲科の陸士長が声を発した。


「騎兵約20騎前後、接近中」


 続く陸士長の報告を聞きながら、長沼は壕から半身を出して暗視眼鏡を覗く。すると暗視眼鏡越しの視線の先に、報告道理、十騎程の騎兵がこちらへ向かってくる姿が見えた。


「今度はなんだぁ?」


 忌々し気な口調で呟いたのは、92式7.7mm重機関銃の前に位置取っていた版婆だ。彼は心底めんどくさそうに顔を顰めつつ、握把を握り、迫る騎兵部隊の方向へと重機を旋回させる。


「なにが狙いだ?」


 暗視眼鏡越しに見える騎兵達は皆、馬上で盾をこちら側に向けて構え、その身を庇いながら接近して来る。長沼は敵の姿を観察しながら、その目的を推察する。


「――ッ!隠れろ!」


 しかし直後、長沼の目は馬上で弓を引くのを傭兵達の姿を見る。声を上げ、各員が壕に身を隠した直後、複数の矢が壕の周囲に降り注いだ。


「ッ――あぁ、野郎」


 塹壕の手前にはいくつかの矢が突き刺さっていた。版婆は刺さった矢に一瞥をくれて悪態を吐きながら、重機の照準に傭兵達を捉え直す。


「長沼二曹、いいですね?」


 そして、ややぶっきらぼうな口調で長沼に発砲許可を仰ぐ。


「許可する」


 対する長沼は端的に発する。その言葉を聞き、版婆は返事の代わりに、押し鉄に力を込めた。92式7.7mm重機関銃独特の発砲間隔で撃ち出された、複数の7.7㎜弾が眼下の騎兵達目がけて降り注ぐ。しかしこれまでの密集隊形と違い、散会して駆ける騎兵達の速度は速く、初撃で有効打は発生しなかった。


「ちょこまか動くなや――」


 版婆は悪態を吐きながら、一騎の騎兵に狙いを定め、進行を予測し再度発砲。

 だが今度は命中こそしたが、7.7㎜弾は傭兵が馬上で構える盾に阻まれ、傭兵自身には到達しなかった。


「チッ、防がれた。盾を厚くしたか、それかお得意の不思議パワーでも使ったか」


 舌打ちをし、忌々し気な口調で敵が対応策を取った事を推察する。


「てき弾を使いますか?」


 野砲科の陸士長、夜川が具申する。彼の手には71式66㎜てき弾銃があった。


「―――いや、待った。攻撃中止」


 しかし、長沼は制止の声を上げた。


「なんです?」

「動きが妙だ」


 唐突な制止命令に怪訝な声を返す版婆に、長沼は端的に言いながら、眼下の観察を続ける。

 突入して来た傭兵達は、先の戦闘が行われた場所まで到達すると、馬から降りて周囲へ散らばる。長沼は最初、傭兵達が展開して攻撃の布陣を取るのかと思ったが、傭兵達は積極的な攻撃をしてくる様子は見せず、身軽な者と盾を構える者が組となり、こちらへ防御の姿勢を見せながら、遺体の散乱する周辺を駆けまわっていた。


「そういうことか――彼らは味方を回収しに来たんだ」


 その様子から、傭兵達の目的を察する長沼。


「――よし、彼らに呼び掛けてみるか」

「はい?」


 そして続けて長沼が口にした言葉に、版婆が怪訝な表情を向けた。


「彼らの様子から、おそらく現状での戦闘は本意ではないはずだ。なんとか交渉できれば、穏便に撤退願えるかもしれない」

「綺麗事を言ってる場合ですか?」


 長沼の言葉に、およそ上官に向けるそれではない皮肉を含んだ口調で発する版婆。


「夜川士長、拡声器を」


 しかし長沼は版婆の皮肉には取りあわずに、夜川陸士長に指示を呼ばす。スピーカーメガホンが塹壕の手前に用意されると、長沼はそのマイクを手に取り、その口を開いた。


「展開中の方々に告げます。こちらは、日本国陸隊です――」




 戦いがあったと思われる地点へ踏み込んだバンクスと衛狼隊の傭兵達は、敵が身を潜める崖を警戒しながらも、生存者を見つけるべく駆けまわっている。しかし周辺に横たわる仲間たちはことごとく息絶えており、生きている者を発見する事は叶わないでいた。


「ダメだ、こいつも死んでる……クソッ」

「ロエノ。気持ちは分かるが、今は生きてる者を探すのが先だ」


 仲間の亡骸を前に、悲痛な面持ちでうなだれる傭兵がいたが、バンクスはそんな彼の肩を掴んで言い聞かせる。


「いつまた敵の攻撃が襲い来るか分からねぇ。辛いだろうが、今は気張ってくれや」


 バンクスに説かれ、傭兵は生存者の捜索へと戻ってゆく。しかしバンクス自身は部下にそう説きながらも、今の状況に違和感を感じていた。


(妙だ、ヤツ等何もしてこねぇ……)


 先の戦闘で受けた苛烈な攻撃に、再び晒される事を覚悟の上で突入して来たバンクス達であったが、敵からの攻撃は、この場へ踏み込んだ段階で鏃の攻撃を一度受けた切り鳴りを潜め、彼等のいる谷間は不気味なほどに静かであった。


(剣狼隊にそれ程まで戦力を割いてんのか?にしても何か妙な感じが――)


 訝しむバンクスの思考を遮り、異質な音声が彼らの耳に飛び込んだのはその時だった。


《――展開中の方々に告げます。こちらは、日本国陸隊です》


 谷間全域に響き渡りそうな程の声量。

 唐突な出来事に傭兵達が騒めき出すが、音声の主はその声量に反した落ち着いた口調で言葉を続ける。


《当方には戦闘を停止し、あなた方の回収行動を容認する意思があります。また、現在こちら側で、あなた方のお仲間の生存者を保護しております。当方は、生存者の方々をそちらへ引き渡す準備があります》

「………何を言ってる?」


 突然の怪音、そして聞こえ来るその内容に、バンクスこ口から困惑の声が零れる。


《どうか、攻撃の意思を見せないでください。そちらからの攻撃が無い限り、これ以降、こちらからも攻撃を行わない事を約束します。ですが万が一、そちらから戦闘継続の意思が認められた場合、我々も身を守るため、対抗策を行使せざるを得ません。これ以上犠牲者を増やさないため、どうか人命優先の判断を願います。繰り返します――》


 音声の主は言葉の反復を始め、異様な現象に困惑していた傭兵達も、その内容をようやく噛み砕く。


「……ふざけているのかッ!」

「ここまでやっておいて、今更何をぬけぬけとッ!」


 そして彼らは怒りの声を上げた。

 先の戦闘では、敵からの情け容赦のない攻撃によって多くの仲間が命を落とした。その相手から一転して〝お互いのために殺し合いをやめましょう〟などといった戯言がかかれば、傭兵達の感情を逆撫でし、激昂させるのも当然の事だった。


「………」


 一方のバンクス自身は、険しい表情で崖を睨みつつも、繰り返される呼びかけに注意深く耳を傾けている。彼自身も腹立たしさを感じていないわけではなかったが、しかし〝仲間を保護しており、引き渡す準備がある〟という言葉に注意を向けられるほどには、彼は他の傭兵達より冷静だった。先程怒り散らした分、気持ちが落ち着いていたのかもしれない。


《当方は、そちらの代表者の方との交渉、及び調整を希望します。繰り返します、当方はそちらの代表者との対話を望みます》


 さらに発せられた異質な音声と共に、今度は崖の上に動きが見える。一つの炎の物らしき光が崖の上で灯り、その光が微かにシルエットを浮かび上がらせる。よくよく目を凝らして見れば、それが松明らしき物を持つ人影である事が確認できた。人影は体の上で大きく振るっていた松明を、今度は崖下を示すように足元で振り子のように振るう。おそらく崖下を交渉の場として指定しているのだろう。


「ふざけた真似をッ!」


 その時一人の傭兵がクロスボウを構え、その人影に向けて矢を引こうとした。


「待て!」


 しかしトイチナはその傭兵のクロスボウを掴んで下げ、制止させる。


「ッ!?……隊長?」

「少し待て………交渉と来たか」


 訝しむ傭兵を宥めつつも、バンクスは呟きながら考えを巡らせる。


「………行って来る」

「え……ッ?」


 バンクスの静かに発した言葉に、傍にいたパスズは目を見開く。

 そして一歩踏み出そうとしたバンクスを見た彼女は、慌ててバンクスの体にすがり寄り、彼を止めた。


「ま、待ってください隊長!奴らのふざけた提案を聞き入れるつもりですか!?」

「本音を言や、俺だってふざけんなと一蹴したい所だ。だが……生存者を預かってると言ってた。本当に生き残りがいて、そいつらをヤツ等が抑えてるんなら無視できねぇ。俺達は生き残りを助けに、ここまで突っ込んで来たんだからよ」

「しかし、罠という可能性もあります!」

「かもな……だから俺が一人で行って来る。防御態勢は解くな、お前等は生きてる奴の捜索を続けろ。もしも何かあったら、お前等の判断でここから撤退しろ」

「た、隊長……ッ!」


 困り顔のパスズのに命じ、バンクスは崖を目指して歩き出す。


(……我ながら傭兵向きの性格じゃねぇなぁ……)


 その最中、バンクスは内心でそんな自己評価を呟いた。

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