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―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟 その異世界を巡る叙事詩――  作者: EPIC
チャプター15:「鎮火/再燃焼」
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15-2:「賭けの接触Ⅱ」

「こちらL1長沼、先の二人はまだ待機地点にいるか?そうか、ならそこで止め置いてくれ。いや、その二人だけだ、他の重傷者は至急後送して処置を――あぁ、頼む。L1終ワリ――様子どうだ?」


 無線での後方との調整を行っていた長沼は、やり取りを終えて無線機を置くと、横で眼下を観測していた夜川にその様子を尋ねる。


「敵の人員に動揺が見られます」

「ブチ切れてるようにも見えるんだがなぁ?」


 夜川の説明に、版婆が皮肉気に言葉を付け加える。

 眼下の傭兵達はこちらに警戒を向け続けているが、生存者捜索の動きが緩慢になる等の変化が見られ、そして一部の傭兵達から上がる荒んだ声が微かにだが聞こえてくる。


「言葉だけじゃなく、態度で示さないとならないか――当方は、そちらの代表者の方との交渉、及び調整を希望します。繰り返します、当方はそちらの代表者との対話を望みます」


 長沼は再び拡声器を取り、そんな一文を言葉にして呼びかける。そして傭兵達の反応を待たずに拡声器を置くと、代わりに発炎筒を手に取り、塹壕の縁に足を掛けた。


「正気ですか?宇桐一士の二の舞になるつもりで?」


 長沼の行動に、版婆が感心しないといった態度で視線を送る。


「殺し合いを終わらせたければリスクもあるさ。何かあった時は後を頼む」


 版婆に対して長沼はそう返すと、塹壕の外へと繰り出した。崖の縁に立つと、発火させた発炎筒を大振りの動作で規則的に動かし、眼下の傭兵達に向けての意思表示を試みる。


「――ほんとかよ」


 暗視眼鏡と重機の照準越しに騒めく傭兵達を眺めていた版婆は、やがて起こった状況の変化に、呆れにも近い驚きの言葉を口にする。

 傭兵達は最初、長沼の意思表示に対して懐疑的な動きを見せるばかりか、こちらに向けてクロスボウらしき物を構える者の姿まで見え、それを見止めた版婆も重機の押し鉄に力を込めかけた。しかしそれを制止する代表らしき人間の姿が見え、その人物は何やら傭兵達を宥める様子を見せた後に、こちらへと向かって来たのだ。


「聞く耳は持ってもらえたかな?――夜川士長、1-1に例の二人をこっちへ連れてくるよう言ってくれ。ルートは崖下、くれぐれも警戒は怠らないようにともな」


 こちら来る人影を確認した長沼は、夜川に無線通信の指示を出す。


「よし、じゃあここを頼むぞ」


 そして壕の隊員等にそう告げた長沼は、次の瞬間に崖の縁から飛び降りた。


「知らんぞ」


 版婆はそんな言葉と共に長沼を見送った。




 長沼は傾斜のきつい断崖を、器用な身のこなしで滑り降りてゆく。降り切って崖の下へ足を着き、視線を起こすと、こちらへ向かってくる人影をその眼に見止めた。肩から下げた9mm機関けん銃を確認すると、長沼は谷の中心部に向けて歩みを進める。そして同じく歩いて来た傭兵、バンクスと相対した。


「日本国陸隊、展開隊臨時指揮官の長沼二等陸曹です」


 長沼は先んじて身分階級等を名乗り、敬礼の動作をしてみせる。


「………月歌狼の傭兵団、衛狼隊長のバンクスだ」


 対するバンクスは、目の前の異質な恰好の人間に警戒の目を向けながらも、返答として己の身分を名乗った。


「呼びかけに応じていただき、感謝します。先に申し上げた通り、我々にはこちらで保護している負傷者を引き渡し、ご同胞の回収を容認する意志があります。必要であれば回収作業の支援も。どうか停戦に合意いただきたく思います」

「……なんのつもりだ?」


 長沼の言葉を聞いたバンクスは、少し間を置いた後に口を開く。


「ここまで俺達をズタズタにしておいて、今更降伏じゃなく停戦を呼び掛けるとは、妙な事をするじゃねぇか。何を企んでるんだ……?」

「警戒されるのもごもっともです。しかし我々も、好きで殺し合いをしているわけではありません。あくまで村へ危害が及ぶことを防げればいい、それ以上の無用な犠牲は避けたいのです。あなた方はご同胞を助けに来られたのだとお見受けします。その事から、停戦交渉の余地があると判断し、こうして提案させていただいてます」

「妙な事を……。それにニホン国、って国は聞いたことねぇ……少なくとも近隣の国じゃないな?そんな国の……軍隊か?それがなぜ――」


 考察を口にしかけたバンクスは、しかしその途中で首を振る。


「いや、今はいい……それよりアンタらの提案だ。耳障りの良い内容だが、うかつには食いつけねぇ。丸腰でお宅らの預かってるウチの仲間を迎えに行ったところで、あんたらの妙な攻撃に串刺しにされない保証はねぇだろ?」

「えぇ、おっしゃる通りです。それに関しては、我々からは信じて下さいとしか言えないのが歯がゆい所です。ですが――とりあえず今は一つ、行動で示せます」


 言うと長沼は、谷間の西側へ視線を向ける。バンクスがその視線を追うと、その先に異質に瞬く光が見え、そして同時に唸り声のような奇妙な音が聞こえて来た。やがて唸り声は雨音よりも大きくなり、合わせて光は強力さを増す。


「ッ――なんだ?」

「大丈夫。我々の車両です」


 訝しむバンクスに説明する長沼。

 やがて瞬く光の後ろに、接近する物体のシルエットが微かに浮かび上がる。それは高機動車の物だったが、バンクスにはその姿が、二つの眼を光らせる獣か何かのようにも見えた。


「隊長!」


 接近する得体の知れない物体に対して勘繰る暇も無く、今度はバンクスの背後から声が掛かる。声に振り向けば、パスズを始め数名の傭兵が駆け寄って来る姿が見えた。


「お前ら――!?」


 得体の知れない物体の接近にバンクスの身を案じたのであろうパスズ達は、バンクスの元に駆け寄ると、彼の身を囲うように布陣。相対する長沼と、接近する異様な物体へ警戒の目を向ける。その間に、高機動車は長沼と傭兵達のすぐ傍まで到着。前輪を大きく切り反転、テールランプの赤々と灯るリア側を長沼達の方へ向けて停車した。


(荷車?だが引く馬や陸竜がいねぇ。いや、荷車と一体化してる……?)


 バンクスは現れた異質な物体の正体を勘繰るが、彼の注意はすぐにその荷台から降りて来た人影に向いた。


「むぉっ、暴れるなよ少年!取って食うわけじゃないんだ!」


 困惑の言葉と共に、高機動車の荷台から降りて来たのは河義。その腕には、身をよじって暴れる少年の体が抱えられていた。


「メナ君!」


 その少年の姿を見て、パスズが声を上げた。

 河義の腕から降ろされた少年メナは、すぐさま逃げるように河義から距離を取ると、身を翻して長沼や河義等に警戒の目を向ける。メナは駆け寄って来たパスズにその体を抱き留められ保護されたが、しかし仲間の保護を受けて尚、少年のその目は長沼等を睨み続けていた。

 一方、高機動車の荷台からはメナに続いて、毛布の掛けられた担架が降ろされて来た。隊員の手で長沼と傭兵達の間に運ばれてきた担架は、一度地面に降ろされる。


「先発したそちらの部隊の隊長さんだと。確認を願います」


 長沼はそう発しながら屈むと、担架に掛けられていた毛布をめくる。その下に現れたのは、親狼隊長であるトイチナの体だった。


「トイチナッ……!」


 覚悟をしていたとはいえ、数多くの戦場を共にした同胞の変わり果てた姿に、バンクスは思わずトイチナの名をその口から零す。そして同じくトイチナの亡骸を目にした傭兵達からは、ざわめきが起こった。


「貴様らぁッ!」


 一人の傭兵から怒りの声が上がり、彼は腕に抱えていたクロスボウを長沼へと向ける。その行動は他の傭兵達へと伝播。彼等はそれぞれ剣やクロスボウを構え、各得物の切っ先と傭兵達の殺気が、長沼を中心に隊員等へと集中する。


「ッ!おいおい!」


 それに対して、河義等周囲の隊員は自身の火器を構え、高機動車に据え付けられたMINIMI軽機に着く隊員は、傭兵達にその銃口を向けた。


「ッ――よせッ!」

「撃つな、武器を降ろせ」


 その場は一瞬、一触即発の空気となりかけたが、バンクスと長沼はすぐさま、そしてほぼ同時にそれぞれの部下に制止を掛けた。双方の各員はそれでも各々の武器を降ろすことをためらったが、長沼は、互いの長からの命令で彼らがギリギリ踏み留まっている事を確認すると、バンクスに向けて再度言葉を発した。


「この方は、そちらの部隊の隊長さんで間違いありませんね?」

「ああ……そうだ」

「隊長さんのご遺体を、そしてあの子の身柄をあなた方へお返しします」


 長沼はトイチナの遺体へ落としていた目を、自分達を睨み続けている少年に向ける。


「あの子は、隊長さんが庇ったようで唯一無事でした。保護しようとした際、隊長さんの側を頑なに離れようとしなかったので、隊長さんのご遺体だけを先んじて回収し、一緒に後送しようとしていた所でした」


 言いながら長沼は、今度は背後に振り返り、崖下へと視線を送る。そこにも先の戦闘で斃れた傭兵達の亡骸が連なっている。雨ざらしにしないために、半数ほどの亡骸にはビニールシートが掛けられていたが、未だに手付かずの部分も多く見受けられた。


「他の方達のご遺体もなんとかしたかったのですが、生憎我々は人手も物も足りていない状況でして……申し訳ない」


 一通り説明を終えてから、トイチナの顔に再び目を落とす長沼。それまで、温和な口調に反して隙の無かったその表情を酷く顰める。


「……」


 バンクスは、目の前に立つ男の腹の内を探っていた。

 淡々としたその態度の裏で、その実、彼等もかなり追い詰められた状況にある可能性を考えたが、しかしバンクスはその考えを、すぐに内心で否定する。その理由は、クラレティエを始めとする剣狼隊が未だにこの場に姿を見せていない事にあった。

 バンクスの剣狼隊に対する印象は良くなかったが、しかし彼女達のその実力が並ではない事は知っている。実際バンクスは、敵陣に飛び込み瞬く間に無力化してゆくクラレティエ達の姿を、これまでの戦いで幾度も目にしていた。そんな剣狼隊が未だに到着しておらず、目の前の敵である彼等が健在である事。そこから彼等が、剣狼隊と同等かそれ以上の力をもつことは想像に難くなかった。

 だが一方で、ここにきて罠という可能性も薄くなっていた。代表たる男の行動は己のみを酷く危険に晒す行為だ。死に絶えの傭兵一隊を、そこまでの危険を冒してまで罠にかける合理性は無い。にもかかわらず危険を冒して目の前に身を現しトイチナの遺体と、生きていたメナを引き渡して来た理由――


(ヤツ等の全体像は未だに見えてこないが……少なくとも本当に停戦を望んでいる……)


 バンクスはそう結論付けざるを得なかった。

 もう一度男を見るバンクス。その顔は愁いを帯び、なにより辛そうだった。


(この男は、強者だがとんだお人よしのようだ)


 男が見せた、本気でこの戦いを痛ましく思っているであろう表情から、その結論に達し、改めて目の前の奇妙な姿の男を見る。その姿を前に、バンクスは毒気を抜かれたような感覚を覚えていた。


「……他の生き残った連中はどうしてる」

「重症でしたので、治療のために我々の拠点に搬送しております。怪我の具合から、正直申し上げて必ずお助けできるとは言えません。しかし治療に全力を尽くすことを約束します」


 長沼のその言葉を聞いたバンクスは、少しの間の後に口を開いた。


「……いいだろう、飲んでやる」

「隊長!?」


 バンクスのその言葉に、目を見開き声を上げるパスズ。


「分かってるさ。今の話を聞いた所で、到底納得できねぇだろうし、彼等への怒りも治まらねぇだろう。俺も同じだ。だが、せっかく返って来たソイツかかえたまま、ここでやり合うことはしたくない。それに、帰って来たこいつを無事に返すのが、庇ったトイチナへのせめてもの手向けだと思う」


 パスズを始め傭兵達に向けて言ったバンクスは、その視線をメナ少年へ向ける。


「メナ、トイチナの最期の覚悟を見たんだろう?それを無駄にしないためにも、今は耐えてくれや」

「……」


 その言葉に、メナは少しの間険しい顔でバンクスの顔を見つめた後、目に涙を滲ませながらも、コクリと頷いた。


「いい子だ」


 メナの頭をグシグシと撫でたバンクスは、少年に向けていた優し気な表情を毅然とした物へと戻し、長沼へと振り返る。


「停戦命令を伝令で送る。そっちも戦いを収めてくれるんだな?」

「ええ、こちらも直ちに停戦命令を出しましょう。ご理解に感謝します」


 バンクスの問いかけに対して、長沼は変わらぬ穏やかながらも隙の無い口調で、約束の言葉を口にした。

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