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―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟 その異世界を巡る叙事詩――  作者: EPIC
チャプター14:「衝撃と畏怖」
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14-12:「衝撃、その名は自由」

 突然の衝撃音が割り込んだのは、その直前だった。



 音と同時に衝撃が走り、鳳藤の磔られていた鉱石の成す壁の一角が、向こう側から蹴破られて崩壊した。


「ぃ――ぼげッ!?」


 鳳藤の磔になっていた箇所は、塊のままランプドアにように倒れ、鳳藤はその下敷きにされる。そして湿った土砂が舞い上がり、鉱石の破片が四方へ飛び散る。まるでダイナマイト起爆によるトンネルの開通。崩落の騒音と土煙が止むと、出来上がったトンネルの開口部から人影が現れる。


「やぁれやれ、やっと着いたずぇ」


 緊張感の無い気だるそうな声で、他の誰でもない制刻が姿を現した。


「よっと」

「もべッ!?」


 制刻は一歩踏み出して、倒壊した瓦礫の塊の上に片足を乗せる。その圧で、塊の下敷きになっている鳳藤からくぐもった悲鳴が上がった。


(――は……?)


 アレな登場のしかたをした制刻の一方、対するクラレティエは、突如目の前で起こった事態を理解できずに、固まっていた。

 それも当然だ。今、周辺一帯は彼女達の発動させた、プリゾレイブ・ガーデ及びミルペィル・ミリィの支配の下にある。術の影響下で、対象とした全ての敵は心身の制刻を奪われ、這いまわりながら死の枷の恐怖に怯えるしかないはずだった。しかし目の前の存在の身体には枷の発現が見られず、そして悠々自適に動き回っていた。


(――ッ!)


 2秒にも満たないわずかな硬直時間から、クラレティエは意識を戻す。同時に、つい先程まで鳳藤相手に浮かべていたサディスティックな笑みは掻き消え、これまで感じたことのない危機感が、彼女の全身を走り抜けた。


(こいつなぜ――いや後だッ!)


 脳裏に浮かぶ数多の疑問を、クラレティエは一度すべて振り払う。


「レンリ!一度引く――」


 その場から跳躍離脱すべく、バネ仕掛けのような反応速度で足元の地面を踏み切るクラレティエ。同時に側に立つレンリに向けて声を上げ、そして少年を抱き寄せるために腕を伸ばす。

 次の瞬間に彼女は、少年の身体を抱きかかえて、空高く跳躍――


「ぞ――!?」


 するはずだった。

 しかしその前に、彼女の身を不可解な事態が襲った。夜空へ飛び出そうとしていたクラレティエの身体が、何かに押さえつけられるように阻害される。突如としてクラレティエの視界は真っ暗になり、同時に彼女の頭皮に走る、締め付けられるような感覚――。


「――ぶォびぇッ!?」


 何か起こったのか理解するよりも前に、脳を揺さぶるような感覚と衝撃が彼女を襲った。同時にクラレティエの口からくぐもった悲鳴が上がり、一瞬遅れて彼女の顔面に鈍痛が走り、そして口の中には土の味が広がる。見れば彼女の身体は、顔面から濡れた地面に突っ込んでいた。


「引かせねぇよぉ?」


 そんなクラレティエの姿を見下ろしながら制刻の発する姿が、すぐそこあった。クラレティエは上空へ逃げる直前に、制刻に頭部を掴まれ、メンコのようにおもいきり地面に叩き付けられたのだ。


「こぁッ――?」


 あまりに凄まじい威力で叩きつけられたクラレティエの体は、湿った土を巻き上げながら跳ね上がる。その高さはちょうど、そこに佇む制刻の胸のあたり。クラレティエの顔は、反動で半ば強制的に起き上がる。その彼女の目に、拳を握り待ち構えていた制刻の姿が映った。


「ぎょぅッ――!?」


 瞬間、制刻の拳がクラレティエの胴体へと叩き込まれた。拳は人体の急所である鳩尾にみごとに入ったが、しかし今の場合、命中箇所など大した問題では無かった。タメの後に放たれた拳骨の衝撃はあまりに凄まじく、クラレティエの胴の骨を砕き、内臓を爆ぜさせ、全身にまんべんなく致命的な損傷を与え、彼女の全身を隈なく破壊。


「びぇりぇッ!!?」


 そしてクラレティエは拳の勢いに押され、夜空に向かって吹き飛ばされた。


「――べぇッ!?」


 一直線に飛んで行ったクラレティエの身体は、一度、軌道上にあった一本の鉱石柱に衝突。軌道が変わり、クラレティエの身体は再び地面に叩き付けられる。


「あびゃッ――べぇッ――ぼげらッ!?」


 一度の衝突でクラレティエの身体は止まらず、水の石切りのように地面で何度もバウンド。体を打ち付けるたびに下品な悲鳴を上げ、その先にあった別の鉱石柱の側面に激突し、ようやく停止。

 鉱石柱に叩き付けられたクラレティエは、おかしなポーズで気絶し白目を剥いている。やがて彼女の体は鉱石柱から剥がれ落ち、糸を切られた操り人形のようにボトリと地面に落下した。




「よぉし、うまく命中(はい)った」


 制刻は飛んで行ったクラレティエの方向へ視線を向けつつ、拳のダメージ確認のために指を動かしながら、呑気な感想を口にする。


「――た、隊長……?」


 一方、その側にたたずむレンリは、突然の出来事に、ただ呆然としていた。

 強く気高く、何者にも負けないはずの敬愛する主が、乱入してきた異質な存在の拳を食らい、目の前で無様に吹きとばされていった。


「え……あ……あ――」


 その事実が頭の中にうまく入ってこず、状況が正しく理解できない彼は、ただ言葉にならない声を漏らす。


「う――うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 次の瞬間、強大な魔力がレンリの体を中心に、爆発的に発生した。それは少年の無意識の怒りによって発生したものだった。彼は、状況を依然理解できていなかったが、愛する大切な人が酷い目に遭わされたという事実だけを本能で理解し、内に秘める魔力を目覚めさせたのだ。


「うぁぁぁぁッ!」


 強大な魔力が発光現象として可視化し、少年を中心に一気に周囲に広がる。一体に立ち並ぶ鉱石柱が一斉に鳴動し、地面が揺れる。愛する者を傷つけられた少年の怒りが、周囲に強大な破壊を呼び起こす――



「さっき見た」



「ぁ――びゅッ!?」


 が、そんな少年の脳天に、一言と共に手刀が落ちた。

 いくらかセーブされた力での一撃だったが、少年は悲鳴のような声を漏らして、先のクラレティエのように顔から地面に突っ込み、あっけなく気を失う。レンリの体で爆発的に増幅していた膨大な魔力が、一瞬で掻き消えたのは、それとほぼ同時だった。

 レンリの体を覆っていた発光現象は霧散して消滅。視覚的な変化だけではなく、レンリ自身が宿していた現象の源たる魔力そのものが、まるでブレーカーが落ちて電気が消えた時のように、一瞬で消滅してしまったのだ。そして周囲に広がっていた魔力も波が引くように消えてゆき、魔力の供給が絶たれたためか、それに呼応するように、鉱石柱の鳴動や地面の揺れもピタリと鳴りを潜め、周囲は夜闇と静寂が戻った。


「こんなんばっかだな、このタイツ共は」


 気を失い地面に突っ伏した少年を見下ろしながら面倒くさそうに一言発する制刻。先の若い傭兵達に続けて、爆発的な攻撃行動を行おうとする敵に立て続けに出会い、制刻は若干ウンザリしている様子だった。


「よく知らんが、ビックリ摩訶不思議はキャンセルできたようだな」


 制刻は周囲に視線を送り、少年が行おうとしていた行動を阻止できた事、そしてこの場の脅威が無力化した事を確認する。


「………おぃ………」

「ん?」


 そこで背後から絞り出すような声が聞こえ、制刻はそちらへ振り向く。声が鉱石の瓦礫の下から発せられたものだと察し、近づいて一番大きな塊を、脚で乱暴にひっくり返す。すると鉱石の塊の裏側から、茨に雁字搦めにされた鳳藤の体が現れた。


「そんな所でなにしてんだ?」


 制刻は現れた鳳藤に、心底不思議そうな口調で尋ねる。


「むぉ……お、お前が下敷きにしたんだろ……」


 カスみたいな形で窮地を脱した鳳藤は、その元凶たる当人の他人事な口調に対して、絞り出すような声で返した。


「これ、なんとかしてくれ……」

「ったく」


 制刻は鳳藤を雁字搦めにしている茨を適当に踏み抜き、蹴散らして彼女を解放してやる。


「ッァ……輪が、消えてる……」


 解放された鳳藤は、体中に痛みを覚えながらも上体を起こし、まず真っ先に自分の手足の付け根に目を向ける。四肢に纏わりついていた不気味な枷は消えており、異様な倦怠感も無くなっていた。


「ズタボロだな、やべぇ傷はねぇか?」

「待ってくれ……傷だらけだが、致命的な物は無い……一応、大丈夫だ……」


 鳳藤は自分の身体の各所を確認する。あちこちが擦過傷や打った跡だらけで、戦闘服も破れや千切れかけている所ばかりだったが、不幸中の幸いか、命にかかわるような物は無かった。


「えらい前衛的な恰好になってるが、そいつぁどうした?」

「くぁッ……増援本隊から、首を落とす脅威存在があったのを覚えてるか?私も彼女から、手足にそれを使われた……。ギリギリ服を切られるだけで済んだが、もう一瞬遅かったら、危なかった……」


 一歩遅ければ四肢を切断されていた可能性を思い返し、鳳藤は青ざめながら事の経緯を説明する。


「そいつぁ、いいタイミングで殴り込めたようだな」

「お前……」


 制刻の台詞に鳳藤は渋い表情を作る。確かに危うい所を救われたのは事実であったし、映画のようなヒロイックな救出劇を期待していたわけでもないが、現実があまりにも格好の付かない形であったため、彼女の心中はたいへん苦々しくあった。


「そうだ……!彼女はどうなった?」


 気を取り直し、鳳藤は脅威存在がどうなったのか尋ねる。


「無力化はできたはずだ。女の方は、叩き込んだら吹っ飛んでった。取り巻きの坊主はなんか光ってたが、張っ倒したら静かになったぞ」

「あぁ………そう」


 言ってのけた制刻に、鳳藤は脱力した声を漏らす。制刻が奇襲という形を取ったとはいえ、鳳藤があれだけ苦戦した相手を一撃で退けた事実に、最早彼女は驚き通り越して呆れと虚しさを覚えていた。


「動けそうか?」

「なんとか……」


 鳳藤は節々に痛みを覚えながらもどうにか立ち上がり、制刻から差し出された小銃を受け取る。


「んじゃ、俺は吹っ飛んでったヤツを追う。さっきので、まともに行動できねぇレベルのダメージは入ったと思うが、まだ隠し玉を繰り出してくるかもしれねぇからな。お前はそこの坊主を拘束して見張れ。その間に、コンディションもなるべく回復させろ」

「あ、あぁ……了解」


 制刻はクラレティエが飛んで行った方向へ向かい、鳳藤は作業に取り掛かった。




(―――ッ………!)


 一方、クラレティエは短い気絶から目を覚ましていた。


「あ゛……ヅ、あ゛あ゛……ッ!?」


 しかしその体は言う事を聞かず、そして全身に凄まじい激痛が走る。それもそのはず。何度も体を打ち付けた影響で、彼女の四肢はその全ての骨が折れ、砕け、彼女の胴に絡みつくような、あってはならない曲がり方をしていたからだ。まるで適当に扱われ、飽きて捨てられた壊れた人形のように。

 もちろん負傷箇所は手足に留まらない。胴の骨もまたそこかしこが砕け、各内臓も破裂損傷を起こしている。皮製の黒い戦闘服はそこかしこが破れて擦過傷が覗き、何よりその麗しい顔は腫れやができ、そして噴き出た鼻血に塗れ、見る影も無かった。全身のあらゆる負傷箇所が痛みを訴え、最早どの痛みがどの怪我によるものなのか見当もつかなかった。


(何が……一体何が……)


 耐えがたい苦痛に苛まれながらも、彼女は何が起こったのかを把握すべく、頭を働かせる。

 しかし事態は、彼女の理解の範疇を越えていた。現れた敵は、抗うことなどできないはずの彼女達の術の中で、悠然と動き、攻撃を加えて来た。そして、さらに信じがたいのは、その敵が彼女に放った一撃だ。クラレティエの体は抜群のプロポーションを持ちながらも、その芯は積み重ねて来た鍛錬と、幾度もの戦いで鍛え上げられ、男の傭兵達にも引けを取らぬ強固さを誇っていた。そして彼女はその上から自身に強化魔法を施しており、それらの要素によって織りなされた彼女の防御力は並大抵のものではない。生半可な攻撃では、かすり傷すら与える事もできないはずであり、現にこれまでの戦いで、彼女に傷をつける事ができた者は居なかった。しかし敵の一撃は、その防御をまるで何も無かったかのように貫通し、美しくも鍛え上げられた彼女の身体を破壊、無残な姿へと変貌させた。


(こんな事が――はっ!?)


 理解不能の事態に混乱する彼女は、しかしそこで別の異変に気が付く。


(レンリの魔力が……消えている……!?)


 先程まで周囲を覆いつくしていたレンリの魔力が、周囲から消え去っていたのだ。


(まさか……!)


 それは少年の身に何かあった事を示していた。


「くッ……!」


 屈辱と怒りに彼女は歯を食いしばる。


「猟犬達を手に掛け、私をここまで愚弄し、挙句……レンリまでもをその毒牙に掛けたというのか……!」


 彼女の身体はボロボロだったが、その目に強い怒りの炎が宿る。


「おのれ……許さん――許さんぞッ!!」


 次の瞬間――彼女の身体から膨大な魔力が沸きだした。それは彼女自身、これまで体感した事の無い力だった。かつてない屈辱を受け、仲間を殺され、愛する者を手に掛けられた。その怒りが力へと変わり、満身創痍の体であるクラレティエに、凶悪なまでの魔力を生み出させたのだ。

 土壇場でのさらなる覚醒。歩む人生が違っていれば、勇者として大成していたかもしれない彼女の、真なる力。急激に増幅した魔力が、クラレティエを中心に瞬く間に広がる。近辺に存在する万物が彼女の魔力に共鳴し、大地が揺れ動き、草木や土石がざわめき出す。

 全てが彼女の怒りを執行するための、恐るべき牙へと変貌する――!



「キレ芸しかできねぇのかおめぇら」

「ぷぎょッ!?」



 しかしその前に、歩いてきた制刻が戦闘靴の踵で、クラレティエの後頭部を踏みつけた。

 彼女の頭部は湿った地面へ再度沈み、変質した悲鳴が上がる。


「ごぉ……ぐぁ……!?」


 頭を踏みつけられ、苦悶の声を漏らしながらも、クラレティエ頭を動かして懸命に抵抗を試みる。しかし、さらなる異常事態に彼女が気付いたのは、その時だった。


(――ッ!?ま、魔力が……!?)


 クラレティエの体の内より発生していた膨大な魔力。並の人間ならば感じただけで気圧されてしまう程の、凶悪な威圧感を放っていた巨大な力。それが、彼女の内から跡形も無く消失していたのだ。魔力の供給源を失った事により、周囲に広がっていた魔力も見る見るうちに霧散して行き、共鳴していた大地や草木、土石達は、あるべき動かぬ姿へと戻ってゆく。


(バカな――!?)


 ありえない事だった。

 確かに魔力や魔術は、術者の状態や意識の有無によって、発現状態や効力を作用されることはある。しかしクラレティエは、ボロボロの状態でありながらも巨大な魔力を発現させて見せ、今も意識ははっきりと保っている。いやそれ以前に、この世界のほとんどの生物には、大小の差はあれど絶えず魔力が宿り、流れている。その絶えず宿っているはずの魔力までもが、一瞬で掻き消えてしまうなどという事態は、この世界の理では考えられない事態だった。


(なぜだ――魔封じの術……か……?しかし、そんな気配は……!)


 魔力の働きを抑制する、魔封じの術といった物も存在したが、それはとても強力な上位の魔術であり、その魔術もまた大きな魔力を必要とする。しかし今、辺り一帯にはそんな魔力の気配すらなかった。


「ヨォ、話せるか?」


 困惑の最中にあるクラレティエをよそに、制刻はクラレティエの頭から足をどけると、確認の声を投げかける。


「きはまぁ……一体、何なんだ……?このような事を……ッ!」


 頭を解放されたクラレティエは、土に塗れた顔を起こし、そこに立つ制刻の姿を睨み発する。満身創痍でありながら、彼女のその瞳はそれだけで人を射殺せそうな程の威圧感を放っていた。


「悪いが聞きてぇのはこっちだ。いくつか質問に答えてもらうぞ」


 しかし制刻はそれを意にも介さず、用件だけを眼下の女へと発する。


「……くはは……」


 クラレティエは一度顔を伏せ、静かに笑う。


「……貴様ら害虫に与えてやる物など、何もありはしない……。体の動きを奪ったとて、私の精神まで崩せたと思い込むなッ!」


 そして自身を見下ろす醜悪な存在に向けて、そして口角を釣り上げて要求を一蹴して見せた。


「やれやれ。あんまやりたくねぇが――しゃあねぇな」


 対する制刻は面倒臭そうに呟く。そして、クラレティエを見下ろす歪で特徴的なその眼が、少しだけ冷たさを帯びた。

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