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―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟 その異世界を巡る叙事詩――  作者: EPIC
チャプター14:「衝撃と畏怖」
159/224

14-10:「剱単騎Ⅱ」

「ん?何だ?」


 一度距離を取り、鉱石柱を足場に反転、再び鳳藤目がけて飛び出したクラレティエは、しかし接近するにつれて露わになった妙な光景に、思わず言葉を漏らした。

 先程対峙した時と変わらぬ位置に立つ鳳藤は、使用していたシャムシール似の剣を、弾帯に挟んだ鞘へと納めている。そしてあろうことか、収めた剣の柄を握ったまま、目を瞑っていた。


「戦う意思を失ったか?」


 命を懸けた戦いの場で、あるまじき相手の姿に、クラレティエはそう考える。


(いや――違うッ!)


 だが直後、直感的に感じ取った危機感が、彼女の頭からその考えを吹き飛ばした。あと少しで相手の懐へ飛び込もうとしていた所を、クラレティエは剣先を地面に接触させ、自身の軌道を強引に変更する。


「―――ぃイァァァッ!!」


 次の瞬間、鳳藤は奇声にも近い掛け声とともに、シャムシール似の剣を引き抜いた。

 居合切りだ。

 鳳藤はクラレティエが懐に飛び込もうとする瞬間、居合い切りを繰り出したのだ。


「ッぅ!?」


 軌道変更は間に合い、クラレティエは居合切りの間合いにギリギリ入らずに、鳳藤の横を抜ける。あのまま鳳藤の目の前に飛び込んでいれば、クラレティエは胴を切り裂かれていただろう。クラレティエは宙で身を翻して姿勢を立て直す。地面に足を着いてその身を滑らせ、地面と摩擦で勢いを殺して停止。

 着地と同時にクラレティエは鳳藤を警戒。しかし意識は鳳藤へと注意を払いつつも、彼女はその視線を自身の身体へと落とす。


「ッ!……これは……」


 そして見えた物に、クラレティエは微かにだが目を見開く。彼女の纏う服の胸元は横一文字に裂け、その下のクラレティエの肌が、微かにだが露わになっていた。

 鳳藤の繰り出した刃は、クラレティエの身体と接触してはいなかった。にもかかわらず、鳳藤の抜刀により剣先が生み出した風圧は、それだけでクラレティエの衣服を切り裂いたのだ。




 鳳藤は、居合を放った直後の姿勢のまま、首だけを後ろへと向ける。背後に抜けて行ったクラレティエは、少し先の地面に着地している。自身の体を掠めた居合切りに、若干の驚きの様子は見てとれたが、その体は依然健在であり、有効打が入った様子は見えなかった。


「――驚いた。刃先は触れなかったはず、それに魔法が使われた気配もなかった……剣先から生み出された圧だけで切ったというのか?」


 クラレティエは、驚きを顔に浮かべながらも、切り裂かれた自身の服の胸元に目を落とし、興味深げな様子で鳳藤の起こした行動を分析している。


(しくじった……!服を切っただけ……やはり、日本刀とはクセが違い過ぎる……!)


 対する当の鳳藤本人は、決死の一撃が不発に終わり、顔には焦りと悲観の色が滲み出る。尋常ならざる剣技を繰り出そうとも、それが芸まがいの物と終わっては、何の意味も無かった。そんな当人の気持ちをよそに、クラレティエは裂かれた服の切り口を指先でなぞると、フフッ、という笑い声と共に口角を上げる。


「面白い……良いぞ。私の好みの、面白いものを見せてくれるじゃないか!」


 クラレティエは心底嬉しそうな笑顔で、鳳藤へ向けて興奮混じりの言葉を発する。瞬間、周囲に鉱石柱が勢いよく突出した。


「わッ!?」


 昂るクラレティエが詠唱も無しに呼び起こした鉱石は、規則性など無く無作為にその切っ先を突き出し、いくつかは鳳藤を襲う。

 一方、クラレティエは足元から突き出した一つの鉱石に脚を乗せ、突出の勢いを利用いて己の体を打ち出した。飛び出したクラレティエの先に居るのは、もちろん鳳藤だ。


「ッ、また来るか!」


 迫るクラレティエを前に、鳳藤は自分の得物を構え直す。刃の交わし合いが再開され、何度発せられたかも分からぬ金属音がまたも夜闇の中で響き出した。




「くッ!」

「ハハハ!さぁ、次は何を見せてくれる?」


 互いの得物をぶつけ合い、舞うような打ち合いを続ける鳳藤とクラレティエ。そこから離れた立ち並ぶ鉱石柱の一つに、そんな二人の様子を見つめ続ける少年の姿があった。


「すごい……隊長も……それにあの人も……!」


 鉱石柱の側面に危なっかしい姿勢で取りつきながら、言葉を漏らすレンリ。詠唱を完了させ、つい先程この場に駆け付けたレンリは、地上で戦う二人の姿を見つけてから、その様子をずっと目で追い続けていた。

 麗しい容姿を持つ両者が、互いの一瞬の隙を探り合い刃を交わし合う姿は、荒々しくもどこか優美で、微かな艶さえ醸し出している。本来ならばすぐにでもクラレティエの元へ駆け付けるべきだったが、戦う二人の女の姿に、少年は見惚れてしまっていた。


「……はっ!い、いけない!」


 しかし少年は、己に託された役割を思い出す。そして止まり木としていた鉱石柱を飛び立ち、己の主の元へと向かった。




 幾度も剣をぶつけ合う鳳藤とクラレティエ。しかし鳳藤は、クラレティエの猛攻に耐えつつも、違和感を感じていた。


(妙な感じがする……彼女、凄まじいが本気じゃない。何か遊ばれてる気がする……!)


 そんな考えを遮るように、クラレティエが力を込めた一振りを、鳳藤に向けて放つ。


「来たッ!」


 しかし、少しずつではあるがクラレティエの取る挙動に慣れてきた鳳藤は、クラレティエが微かに見せた予備動作から、攻撃を予測し、回避して見せる。


「何ッ!?」


 鳳藤の予期せぬ回避行動に、クラレティエの対応はわずかにだが遅れる。


「!――行ける!」


 その隙に体勢を立て直した鳳藤は、防御を失ったクラレティエの脇に目を止め、剣を薙ぎ払った。


「隊長ッ!」


 しかし突如として、両者の間に一人の少年が割って入った。鳳藤の振るった刃は、少年の持つ剣に阻まれ、鈍い金属音を上げる。


「レンリ!?」

「な!?そんな――」


 クラレティエは少年の名を呼び、鳳藤は自分の攻撃が阻まれた事実に困惑の声を上げる。剣技にはあまり慣れていないのか、少年はぎこちない姿勢で構えた剣で、両腕を振るわせながら必死に鳳藤の刃を抑えていた。先に事態を把握したクラレティエは、必死に耐えるレンリに助け船を出すように、彼の脇から鳳藤目がけて剣を突き出す。


「うぁッ!?」


 突き出された剣先は、かろうじて命中はせずに、鳳藤のわき腹ギリギリを掠める。しかし両手がふさがった状態で襲い来た攻撃に、鳳藤は顔を青くし、慌てて後ろへ飛び退いた。飛び退いた先で、鳳藤はすぐさま姿勢を取り直し、下げていた小銃を目の前の二人へと向ける。しかし二人の姿はすでにそこにはなく、見上げれば、退避して行く二つの人影が、曇天の夜空の中に微かに見えた。


「ッ、またかよ……ッ!」


 雨水で湿り、額に張り付く前髪を掻き上げ、二人が逃げた方向を睨み上げる鳳藤。一太刀与えるチャンスを阻害された挙句、またも離脱されたことにイラ立ちを覚えた彼女は、思わず口調を荒げて吐き出した。


《剱、聞こえるか?っつかまだ生きてるか?》

「ッ!自由!」


 その時、インカムに制刻からの通信が飛び込み、鳳藤はインカムに手を伸ばす。


「おい……!まだかかるのか?こっちは2対1になって、正直芳しくない状況だ……!」

《こっちゃさっき5対1だったがな》

「ッ!今そういうのいいから早く来いッ!お前来る気があるのか!?」


 制刻の悠長な発言にイラっと来た鳳藤は、声を荒げてインカムに向けて叫ぶ。


《ピーピー鳴くなハリボテ王子、少しは落ち着け》


 対する制刻はいつもの調子で、宥めているのか煽ってるのか区別のつかない一言返す。


《うぉッ。あぁ鬱陶しい、また引っかかった。こりゃ崩したほうが早かったかもな》


 そしてそんな悪態が続き、同時に混じった雑音が聞こえて来る。インカムが不調なのか、聞こえてくる制刻の声もいささか妙であった。


「お前、何をやってるんだ?」

《狭ぇ所を通過中だ。そこかしこシッチャカメッチャカで、なかなか難儀なアスレチックになってやがる》

「ッ、呑気に……!自由!何か嫌な予感がするんだ!脅威存在の彼女は、何か時間を稼いでる様子だった!今さっき合流した仲間と何かするつもりかもしれない!」

《そりゃ、面白くねぇな。それに奴らの摩訶不思議はそろそろ見飽きた》

「とにかく……迫撃砲の一部だけでもこっちに再照準してもらおう。このまま火点まで引っ張っていくのは現実的じゃないし、それに彼女らの注意は今、この場の私たちに向いている。ここに砲撃すれば、彼女らの策を挫き、うまくいけば無力化できるかもしれない!構わないよな?」

《まぁいいだろう。あぁ、やっと抜けた》


 狭所の突破に成功したのか、制刻は鳳藤の訴えに答えつつも、同時に呟き声が聞こえてくる。さらに声に混じって、無線の向こうからまたも崩壊音が聞こえて来た。


《だが、奴らがわざわざ再照準から着弾まで待ってくれるわけでもあるめぇ。最悪、俺等だけでケリをつける必要がありそうだな》

「ッ……」


 制刻のその可能性を示唆する言葉に、鳳藤は表情を険しくする。

《奴はどっちに逃げた?》

「東側だ……」

《おぉし剱、合流は後だ。俺はこっちから奴を探す。再照準の要請連絡はお前に任せる。その後、そっちからも索敵も始めるか、どっかに身を隠すかはお前次第だ。自分のコンディションと相談して決めろ。とにかく、生き残れ》


 制刻はそこまで言うと、向こうから通信を切った。


「……ったく、どこまでもどうかしてる……!」


 鳳藤はぼやきながらも、迫撃砲の再照準要請のため、インカムに手を伸ばし、無線を開く。


「ジャンカーL1へ!こちらエピック1、鳳藤。脅威存在との戦闘苛烈!迫撃砲を一部照準変更の上、支援砲撃願う――!」


 そして発し始めた。



 制刻と鳳藤が無線で会話を始め出した頃。クラレティエ達は立ち並ぶ鉱石柱の一つを選び、そこに足を着けた。


「ふっ」

「うわっ、わっ……」


 クラレティエは面積の狭い柱の頂点に器用に脚を置く。レンリは脚を乗せる位置を誤り、バランスを崩しかけたが、クラレテェエが彼の腰に腕を回し、自身の身体へと抱き寄せた。


「うぁっ……す、すみません……」

「構わないさ。それに私の方こそ、またもお前に助けられてしまったな」

「いえ……隊長が危ないと思ったから、夢中で……」

「………」


 クラレティエの腕の中で、少年は戸惑いながら頬を染める。


「そういえば……皆はまだ追いついて来ていな――うあっ!」


 レンリは仲間たちの姿が見えない事に疑問の声を上げかける。しかしそれを遮るように、クラレティエは彼を抱く腕により力を込めた。


「え……た、隊長?」


 困惑の表情を見せるレンリに、クラレティエは固くした表情で言う。


「レンリ、聞いてくれ。皆は、ヨウヤ達五人はおそらく……すでに奴らの餌食となった」

「え……?」

「敵との切り合いの最中で問い詰め、表情から垣間見えた。皆はもう、散ってしまったのだ」

「そんな……皆が……」


 クラレティエの言葉を意味を理解し、レンリは震えた声を漏らす。短くない時を共に過ごしてきた仲間の死を知った彼の瞳は曇りだし、少年はそのまま悲しみの波に飲み込まれそうになる。


「――お前達若い猟犬はいつも賑やかで、見ていてとても微笑ましかった」

「!」


 しかし、自身を抱くクラレティエの声が、それを踏みとどまらせた。


「いつも明るく過ごし戦う皆の姿に、私もいつも元気を分け与えてもらっていた。そんな彼らを……すまない、すべて私が不甲斐ないせいだ」


 レンリへ向けて謝罪の言葉を紡ぐクラレティエ。口調こそ冷静だが、その裏で感情を噛み殺している事が、レンリには伝わって来た。戦いの間は、自身を高揚させることで抑えていた感情が、愛弟子のあどけない表情を目にしたことで、溢れ出したのだろう。


(クラレティエ様も、苦しいんだ……皆の事を悲しんでいるんだ……)


 クラレティエの心情を察したレンリは、片腕でクラレティエの身を抱き返した。


「!……レンリ」

「ご、ごめんなさい。僕にこんな事されてもうれしくないかもですけど……」


 取り繕うように言うレンリ。そんな彼の様子に、クラレティエは固い表情をほぐして笑顔を見せる。


「いや、フフ……誰かに抱かれるというのは、気恥ずかしいものだな……でも、とてもうれしいぞ、レンリ」


 クラレティエは腕の中の少年を、もう一度強く抱き返すと、顔を起こした。


「……さぁ、皆のためにも、悲しむばかりではいられない。私たちで仇を討たなければ。レンリ、術式は完成しているか?」

「は、はい!あとは最後の一節を唱えれば、すぐに発動できます。あ、あと、魔法を隊長と同調させるために、隊長にも魔力を送らせてもらう事になりますけど……」

「あぁ、構わないぞ」

「あ、そ……それと……」

「?」

「た、隊長、服が切れてて……その、胸が……」


 クラレティエの服の胸元は、先程受けた一太刀により横一文字に割け、その下の柔肌と谷間が露わになっていた。そしてレンリの顔は、密着するクラレティエの乳房とほぼ同じ高さにある。


「ッ!」


 それに気づき、クラレティエは凛とした表情を微かに歪め、頬を赤く染めた。


「忘れていた……!さっきの一閃で……」

「た、隊長も……そういうの、気にされるんですね……」

「と、当然だ!私とて仮にも女のつもりだ……恥じらいくらい感じる!」

「ご、ごめんなさい!」


 叱責にレンリは慌てて顔を背け、愛する隊長の女の面を目の当りにし、抱いてしまった劣情をかき消そうとする。

 一方、思わぬ羞恥心に襲われ、クラレティエも困惑していた。

 これまでレンリに対して、言葉の上でのからかうような誘惑は幾度もしてきたクラレティエ。しかし予期せず見せてしまった痴態を、平気でいられない程には彼女も初心であり、今の彼女からはリードするべき年上の女としての余裕は失われていた。


「………!」


 気恥ずかしさにしばらく言葉を切りだせないでいた彼女だったが、しかしそこで何かを思いついた。彼女は少し躊躇するような様子を見せたが、やがて紅潮の収まり切らないその顔をレンリに向けて、口を開いた。


「そうだレンリ。私がプリゾレイブ・ガーデは発動する時は、お前が私に命令を下してくれないか」

「はい。……え?は、はい!?」


 クラレティエから投げかけられた言葉に、反射的に言葉を返すレンリ。しかしその言葉の意味を理解し、レンリは驚きの声を上げて、クラレティエの顔を見上げた。


「な、え?……ど、どういう事ですか……!?」

「そんなに驚くな。私はお前の持つ魔力を授けられ、その力を持って事を成すのだ。その間はお前が主で、私がレンリの猟犬。おかしい話でもあるまい?」


 しどろもどろになって尋ねるレンリに対して説明するクラレティエ。それらしく説明して見せたクラレティエだったが、実際の所それは、恥ずかしい所を見られた仕返しに、お返しに困らせてやろうという悪戯心。そしてなにより、内心に彼女が抱いている、愛おしい少年からの己への支配を求める心を、羞恥の昂ぶりに任せて告白する冒険でもあった。悪戯を思いついた少女のような笑みを浮かべているが、羞恥を別の羞恥で塗り消すようなその行為に、その顔には隠し切れない恥じらいが同時に見て取れた。


「それに、このような痴態まで晒してしまったのだ、もはやお前の従順なる猟犬となるしかあるまい?」

「え、え、でも、そんな……」

「だめかな?お願いだ、〝我が主〟」


 動揺し、承諾しかねている少年の耳元で、クラレティエは退路を塞ぐように言葉を紡ぎ、媚びるように囁く。


「ぁう……わ、分かりました……」


 クラレティエの願い出に折れたレンリは、顔を真っ赤にしながら承諾した。


「フフ、ありがとう」

「わっ!」


 そう言うとクラレティエは、レンリの身を自分の腕の中で回転させ、レンリの背中を自分の腹側に押し付けるように抱きかかえ直す。


「では、行くとしよう。皆の弔い戦だッ!」

「……っ!は、はいっ!」


 通る声で発すると、クラレティエはレンリを抱きかかえて、鉱石柱を踏み切り、中空へと思い切り飛び出した。曇天の下にある周囲は闇に包まれていたが、夜目の利くクラレティエには眼下の様子が朧気にだが見えている。そして自分達が、先の自身の魔法により変貌した地形の、ほぼ中心地であることを確認する。


「よし。レンリ、頼むぞ!」

「はい!」


 そしてクラレティエは腕の中のレンリに託す言葉を発し、答えたレンリは詠唱を開始した。


「気高き魔の祝福をここに成さん!恐れ多きその力を、導き、伝え、大地へ満ち広げたまえ!」


 レンリは増強魔法発動のための最期の一節を唱える。その瞬間、彼を中心に大きな魔力が発生した。発現した魔法は眩い光として可視化され、レンリとクラレティエを包み込み、次の瞬間には波紋のように周囲へと拡散。そしてクラレティエの身体にも、同調のための魔力が流れ込んでくる。


(これは……すごい……流れてくる魔力を通じて、レンリの持つ魔力の強大さが分かる……温かく、それでいて力強い膨大な魔力!レンリ……お前の秘めていた力はこんなにも……あぁ、今にも飲み込まれてしまいそうだ……)


 クラレティエが目の前の愛弟子の、その内に秘める力に心を奪われている間にも、発動された魔法は形を成してゆき、やがてクラレテェエの魔法を増幅させるための下地は完成した。


「隊長!増幅魔法が完成しました!」

「よし、いいぞ!さぁレンリ、私に命じてくれ!」

「は、はい!」


 ゴクリと唾を飲んでから、レンリは意を決するように口を開いた。


「わ、わが猟犬クラレティエよ、汝に授けし力を持って、敵を討て!」


 命ずるべき女猟犬の腕の中で、主となった少年は、まだ声変わりの終わっていないその声で、高らかに言い放った。


(ッ……!)


 レンリの声を受けたクラレティエに体に、ゾクッと、震えに似た感覚が走る。彼女の身に走ったそれは、快楽だった。少年の発した命令形の言葉が、クラレティエが今や少年の猟犬となった事実を彼女に再認識させる。そして普段、猟犬達の主たる彼女が心の内で抱いていた、被支配欲を打ち、満たし、彼女の心身を昂らせた。


(力強く、そして甘美な声……体が熱を帯びてゆく……!レンリ、君はやはり主としての器だ!)


 官能的な感覚が体に駆け巡るのに並行して、クラレティエは己の体に宿った魔力が、あふれ出んばかりに増大してゆくのを感じる。被支配欲が満たされる事による心の昂ぶりが、彼女自身の持つ魔力を増大させ、そして授けられたレンリの魔力と共鳴したのだ。


「我が主の命のままに――」


 少年の命ずる言葉を猟犬として授かり、そして答えるクラレティエ。

 そして眼下の闇の中に潜むであろう、憎き敵を討つべく、彼女は詠唱のための口を開く。


「魅惑に覆われし我が庭。これに踏み入るは皆、我の虜となる――ッ!」

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