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―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟 その異世界を巡る叙事詩――  作者: EPIC
チャプター14:「衝撃と畏怖」
158/224

14-9:「剱単騎Ⅰ」

 戦いの場から引いたクラレティエとレンリ。二人は夜闇の中空を、人間離れした跳躍力で跳び駆けている。


「レンリ、一度あそこに身を隠そう」

「は、はい!」


 二人はその道中で小さな崖になっている箇所を見つけると、そこに着地して身を隠した。


「隊長……クラレティエ様、大丈夫ですか……?」

「あぁ……すまない、大丈夫だ」


 クラレティエは借りていたレンリの肩から腕を離すと、地面に膝を付く。そして背負っていた予備の剣を杖の代わりにして体を預けると、呼吸と精神を整える。


「ッ……私としたことが、侮っていた……ッ!」


 ある程度呼吸が落ち着くと、クラレティエ険しく悔し気な表情で言葉を吐き出した。そして彼女の頬から首筋にかけて、一筋の汗が垂れ落ちる。若い傭兵達の姿に、気力を分け与えられたとはいえ、叩き付けられた際に受けたダメージは軽くは無く、何より渾身の一撃を受け止められた事は、彼女の精神に少なからず影響を与えていた。


「ヤツは……私のグラウラスピアの猛攻を物ともせず、さらには私の機械剣を素手で止め、そして破壊して見せた……。あの醜悪な存在見掛け倒しではない、想像以上に危険なようだ……!」

「隊長の剣を……止める相手……」


 クラレティエの形容した敵の姿に、レンリも思わず言葉を漏らす。


「悔しいが、力任せのぶつかり合いや半端な追い込みでは、奴に致命打は与えられそうにない。ここは……プリゾレイブ・ガーデ――ロイミから手ほどきを受けた支配系魔法を試してみるしかない」


 策を言葉にしたクラレティエは、しかし言った直後に、目を伏せて悲し気な表情を作る。


「だが……ふ、選り好みで習得を後回しにしたツケだな。私のプリゾレイブ・ガーデの習得状況は芳しくない。消耗した今の状態で慣れない術を使っても、効力はたかが知れている。このまま再び挑んでも、敵を術中に絡め取る事は無理だろう……」

「そんな……隊長……」


 己の主の言葉とその姿に、レンリの顔にも悲壮感が浮かぶ。それは強大な敵が現れた事に対する不安からでもあったが、なにより、敬愛する隊長が始めて見せる、己の力不足にうなだれる姿と悲し気な顔に、心が痛んだからでもあった。


「だが――レンリ、ここにはお前が居る」

「え?」


 しかし直後、クラレティエは顔を起こし、レンリをまっすぐ見つめて凛とした声で発した。対するレンリは、クラレティエの言葉の意図を理解できずに、キョトンとした表情を浮かべる。


「ヤツを倒すために、お前の力を貸して欲しい。お前のマーヴェハイト系の増幅魔法を習得しているだろう?お前の魔法を基盤として、それに乗せて私のプリゾレイブ・ガーデを発動する。影響力と範囲を増大した術ならば、敵を絡め取り、無力化する事ができるはずだ」

「僕の魔法、ですか……?」

「まず、すぐに詠唱発動できる初級の直接増幅魔法でいい、それを私に掛けてくれ。それでも消耗をいくらかは補える。そうしたら私はクリス達の元へと戻り、少しの間、皆と共に敵を食い止める。お前はその間に、範囲型の上位増強魔法を準備して欲しいんだ」

「でも……僕なんかに、そんなことできるんでしょうか……」


 クラレティエから一連の流れの説明を受けたレンリは、しかし不安な様子で言葉を漏らした。


「大丈夫だ。お前はこの案を成し遂げるにたる、大きな魔力を体に宿している」

「で、でも……!僕はまだ魔法もあんまりうまく使えなくて、戦いで一度も隊長のお役に立てた事がありません……!僕なんかが、そんな大事な役割を……」


 戸惑いながら捲し立てるレンリ。しかしクラレティエはそんな彼に、優し気な笑みを浮かべて発する。


「自分を過小評価するなレンリ。それにお前はいつも、暇さえあれば魔法の鍛錬をかかさず行っていたじゃないか」

「えっ!?た、隊長……見ていらしたんですか!?」

「ふふ、すまない。趣味の良い事ではないとは分かっていたんだが……ただ、主として見守りたかったんだ、己を研磨する猟犬の姿を」


 クラレティエはレンリと目線の位置を合わせると、紅潮したレンリの顔に手を伸ばし、頬をそっと指先で撫でる。


「こんな猶予の無い状況で、いきなりお前の事をアテにするなど、虫のいい話だと言いう事は分かっている……頼りない隊長ですまない」

「ッ!いえ、そんな事ないです!隊長は立派な人です!」

「フフ、優しいなお前は。そして、いつも私を信じてくれている。それと同様に、私も信じているんだ、お前の強さを。魔力や技術だけじゃない、お前の……心の強さをな。だから、お前も自分を信じろ、レンリ」


 クラレティエは凛とした顔立ちに笑顔を浮かべる。しかしレンリはその瞳の奥には、未だにはっきりと宿る闘志の色を見た。クラレティエその言葉は、年下の少年をその場しのぎでおだてるための物ではなく、レンリに一人の戦士としての力を期待して発せられた物だ。


(隊長……あんな目にあったのに、闘志が全然衰えていない……やっぱりすごい人だ……そんな人が今、僕を信じて頼りにしてくれてる……!)


 クラレティエの本心からの期待を感じ取り、レンリは己の体の昂りを覚えた。


「隊長……分かりました!僕にできる事であれば、お手伝いいたします!」

「よく言ってくれた、レンリ。主として、いや仲間として、とても誇りに思うぞ!」


 言い放つと、クラレティエは立ち上がり、来た方向へと視線を向ける。


「さぁ、かかろうッ!他の猟犬達も皆、私たちを待ち、戦ってくれている!皆で、奴を仕留めよう!」

「はいッ!」


 高らかな声を上げ、二人は戦いの場へ舞い戻るべく、その場より再び飛び立った。




 足止めに現れた傭兵達を撃退した制刻と鳳藤は、脅威存在を追いかけさらに北上する。


「ハァ――おい、だいぶ谷から離れてしまったぞ。火点の展開エリアから遠ざかり過ぎてる……!」


 夜闇と雨で見通しの悪い周辺を見渡しながら、鳳藤が上がった息をこらえつつ発する。

 味方の展開地点から脅威存在を遠ざける事が二人の当面の目的ではあったが、最終目的は本隊が設けた火力集中地点に脅威存在をおびき寄せ、集中砲火により無力化する事にある。その想定を考えれば、谷からあまりにも距離が離れる事もまた都合が悪かった。


「どころか、これ以上行くと迫撃砲の有効射程からも外れるな。あのイキり女、どこまで行きやがった」


 微妙な状況にある現状に悪態を吐きながらも、制刻の表情は鳳藤とは対照的に涼し気だ。


「ガチで壕の方に零れたか?」


 脅威存在が観測壕の方へ逃れた可能性を懸念して呟く制刻。インカムに通信が入ったのはその時だった。


《エピック、エピック。こちらはジャンカー1ヘッド、峨奈三曹。応答可能か?そちらの状況知らせ》

「丁度いい――ジャンカー1ヘッド、エピックだ。さっきまで脅威存在とやりあってたが、取り巻き共の妨害を食らって対象をロスト。現在、引き続き索敵中だ。経過時間的に遠くにゃ行ってないとは思うが、そっちに逃げた可能性もある、警戒されたし」

《了解、警戒する。それで、お前達は無事なんだな?》

「今の所は。そちらの状況は?」

《負傷者及び遺体の回収は先ほど完了、ジャンカー1-1を護衛につけて後方へ搬送させた。分隊主力、1-2と1-3は各所へ配置し偽装を完了。対応可能な状態で待機中》

「迫撃砲の再照準の進行状況は?」

《すでに完了したとの連絡があった。第21観測壕跡より、北東へ200m地点を照準している。前進観測チーム、スナップ31も間もなく観測位置につく。後はエピック、そちらの行動次第だ》

「了解。何にせよ、奴をもっぺん見つけてから――」


 制刻の返事の台詞を遮るように、足裏に微弱な振動が走ったのはその時だった。


「チィッ」

「ッ!き、来たか!?」


 二人が足裏に感じたその振動は、すなわち襲撃の合図に他ならず、制刻は不快な表情を作り、鳳藤は動揺の声を上げる。微弱な振動は瞬く間に大きな揺れへと変わり、二人の足元の安定を奪いに来た。


《エピック、どうした?》

「やれやれ――1ヘッド、警告は杞憂に終わった。こちらは脅威存在と再接敵した、また派手な殴り合いになる。追って連絡する」


 制刻は状況を伝えると、返答も聞かずに一方的に通信を切り、そして周囲に視線を送る。振動に合わせて地表からは鉱石柱が次々と出現。土砂や岩を盛大に巻き上げながら、あらゆる方向へその切っ先を突き伸ばし、そびえ立っていく。さらに地響きや揺れは輪をかけて激しさを増し、あちこちで地割れが発生する。


「この揺れ……!今までの比じゃないぞッ!?これもさっきの彼女の――!?」

「おちょくり過ぎて発狂でもしたか、あのイキり女」

「悠長な事言ってる場合じゃ――ッ!?」


 制刻に向けて発しかけた鳳藤だが、彼女の足元の地面にヒビが走る。それに気づいた鳳藤が咄嗟に後ろへ飛び退いた瞬間、ヒビは大きな地割れへと姿を変えた。鳳藤はかろうじて落下を間逃れたものの、覗き見えた暗い地割れの底に背筋を凍らせた。


「うぁッ……!ッ……じ、地面がッ!」

「焦るな、待ってろ。俺がそっちに――っとぉ」


 制刻は動揺する鳳藤を落ち着かせ、地割れを飛び越えて合流を試みようとする。しかしそれを妨害するかのように、さらに大きな揺れが周囲を襲った。同時に制刻の周りで連鎖的に地割れが起き、制刻の立つ地面の一角が孤立。そして孤立した地面は、地響きを唸らせながら、せり上がりだした。


「ったく、にぎやかだな。今度は隆起現象ときた」

「自由!おい――って、わッ!?」


 地面と共にせり上がってゆく制刻の姿を、目で追いかけ叫ぶ鳳藤だったが、今度は彼女の足元にもヒビが走り、新たな地割れが発生した。


「ぁうッ――とっ、うぁぁ!?」


 ふらつく鳳藤をよそに、振動はさらに激しさを増し、地割れがそこかしこで巻き起こる。割れた地面が隆起、もしくは沈下してゆき、周辺の地形をみるみる変えてゆく。隆起した地面は崩落を起こして土砂が降り注ぎ、止めに、地割れの断面等、あちらこちらから鉱石柱が突き出し現れ、安全な場所を奪ってゆく。


「メチャクチャだッ――!分断された――ッ!これッ、まずいぞッ!」

「チィッ、こりゃ無理だな。いったん各個に退避だ!」


 指示を飛ばすとともに、制刻は鳳藤の視界の向こうへと姿を消す。


「ッ!」


 それに一瞬遅れて、鳳藤も弾け飛ぶようにその場から退避した。比較的隆起や沈下の浅い部分を必死に飛び越え、進行方向に地面が比較的原型を留めている箇所を見つけると、そこへ転がるような勢いで走り込んだ。


「ッ!――うぁ……!こ、こんな!?」


 退避先で、鳳藤は獣のような四つん這いの姿勢で地面にしがみ付き、巻き起こる現象が収まる事を祈るように待った。彼女の祈りが届いた結果かどうかは甚だ不明だが、振動はやがて収まり、地割れの発声や、鉱石柱の突き出しも鳴りを潜めた。


「ハァ――なんだこれ、周りの様子が……本当に普通じゃないぞ……!」


 恐る恐る顔を、そして体を起こした鳳藤は、まるで変ってしまった周辺の地形を見渡しながら、動揺と困惑で染まった声色で言葉を漏らす。平坦だった地形は隆起と沈下により激しい高低差を成し、縦横に突き出した鉱石柱が各所で障害を形成している。まるで入り組んだ城塞か迷宮のようだった。


「まずい、孤立してしまった……!」


 鳳藤は状況に気圧されそうになりながらも何とかそれを堪え、耳に着けたインカムに手を伸ばそうとする。


(ッ!)


 しかしその刹那、彼女は上空に気配を感じ取り、その手を止めた。そしてごくりと唾を飲み、暗視眼鏡を構えながら、気配の方向へ恐る恐る視線を上げる。

 彼女の目は、乱立した鉱石柱の一つ、その頭頂部に気配の主の姿を見つけた。


「これは――すごい。初級の増幅魔法だけでここまでの効力とは。私の魔力だけではここまで行くまい」


 鉱石柱の頭頂部に立つクラレティエは、眼下の光景を見渡しながら、上擦った声色で言葉を漏らしていた。平坦であった地形を凄まじい光景へと変貌させたのは、クラレティエが発動させた魔法によるものだったが、ここまでの効果は彼女にとっても想定外であった。側近の少年レンリがその身に宿す強大な魔力を持って、クラレティエに施した増強魔法。それがクラレティエにここまでの強大な力を与えていたのだ。


「大地があの醜き者をいともたやすく飲み込んでしまった。これなら初級の増加魔法だけでも、十分プリゾレイブ・ガーデの効力を広げられたかもしれないな。レンリの器、私が思っていた以上のようだ!」


 眼下の光景に見とれながら、発するクラレティエ。彼女のその声は、若干の興奮の色を帯びていた。寵愛する側近の秘めたる力を、自らの術を通して目の当りにした彼女は、喜びを覚え、心を高ぶらせていたのだ。


「彼女だ……!」


 一方の剣は、脅威存在の姿を再びその目に映し、表情を強張らせた。常識を超えた脅威存在との、最悪の状況下での再遭遇に、心音のうるさいまでの鼓動を打ち、焦燥が彼女を襲う。


(落ち着け……一人でもやるべきことは変わらない。弾着予定地点までなんとかして彼女を誘い出すんだ……!)


 しかし鳳藤は恐怖に飲まれそんな所を踏みとどまり、自分に言い聞かせるように、現状と成すべき事を心の中で反芻する。


(……よし!)


 そして鳳藤は覚悟を決めた。彼女はまず暗視眼鏡を下げ、弾帯に下がるホルスターから信号けん銃を引き抜き構える。そして、頭上の敵に向けて引き金を引いた。撃ち出された照明弾は、鉱石柱の上に立つ女のさらに上空で炸裂し、激しく瞬いた。


(……よし!こっちに注意が向いた!)


 閃光に照らされた女の首が、こちらを向くのが見え、鳳藤はそれを確認すると同時に、身を翻して反対方向に駆け出した。要領は観測壕の時と同じだ。脅威存在の注意を自分に引き付け、その場から引き離して目標地点まで引っ張っていく。まずは魔法により変貌した一帯からの脱出を図る。一角には、わずかに通り抜け可能な空間が残されており、鳳藤はそこに向かって一直線に走る。


「ッ!」


 しかしその時、またも地面に振動が走る。そして次の瞬間、鳳藤の進路をふさぐように、前方に鉱石の柱が姿を現した。


「うわッ!?」


 鳳藤は直前で踏みとどまり、その切っ先に串刺しにされる事態はどうにか間逃れる。しかし立ちはだかった巨大な鉱石柱に続いて、足元からは鳳藤を狙うように中小サイズの鉱石柱が無数に突き出してきた。


「ッ!――これは!――クソッ!」


 鳳藤はステップを踏みながら来た道を後退する。そんな彼女を追いかけるように、鉱石柱は次々と地面から出現する。鳳藤は何度かステップを踏んだ後に、鉱石柱の追撃を逃れるべく、地面を踏み切って後ろへ大きく飛んだ。そして大幅の跳躍を数回繰り返して、鉱石柱の追撃から大きく距離を離す。やがて鉱石柱の出現は、追撃を諦めるように途中で鳴りを潜めたが、鳳藤は安心する暇も無く、脱出進路をふさいだ鉱石柱を険しい顔で見上げる。


「ッ!進路が……!他にどこか――」


 別の脱出口を探そうと視線を動かしかけた鳳藤。しかしその瞬間、自身の直上に感じた気配、そして突き刺さるような殺気がそれを阻害した。恐怖で固まりそうな体に鞭を打ち、強引に視線を上げれば、そこには宙空から今まさに剣を振り降ろさんとする、クラレティエの姿があった。

「悪いが、お前も逃がしはしないぞ」

 冷たい目で鳳藤を見下ろしながら、クラレティエは一方的に言い放つ。そして鳳藤が何らかの反応を示す暇すら与えず、その剣は振るわれた。


「ッゥ!」


 考えるよりも先に、鳳藤は身を屈め、そのまま体を地面に転がす。直後、薙がれた剣の刃が、伏せた鳳藤の身体に接触するギリギリを通り抜けて行った。間一髪のところで剣撃を回避した鳳藤。しかし対するクラレティエは、地面に脚をつけると同時に振るった剣を引き戻すと、再び鳳藤を狙って剣を振り降ろした。

 ガキンと、金属のぶつかり合う音が響く。

 柄越しに伝わる予期していなかった感触に、クラレティエの表情にわずかだが驚きの色が浮かぶ。見れば、クラレティエの振り下ろした剣は、その軌道を遮った細身の刃によって受け止められていた。


「ヅッ……!」


 その細身の刃を持つシャムシール似の剣は、立膝を着いた姿勢の鳳藤の両腕に支えられている。鳳藤は薙がれた剣が自身の体に達する直前に、腰から下げてた細身の剣を反射的に抜刀、クラレティエの剣を受け止めたのだ。クラレティエの得物が先の大剣とは二回り程も小柄の、この世界では一般的な剣だった事もまた幸いした。なんとかこらえる鳳藤。しかしその威力は半端なものではなく、全身に凄まじい衝撃が襲う。


「ほぅ……!」


 必死に相手の得物を受け止める鳳藤に対して、クラレティエは片手間に剣を支えつつ、感心したような声を漏らした。


「意外だな、美しい太刀筋を見せてくれるじゃないか」


 わずか一瞬の間に繰り出して見せた鳳藤の抜刀に、関心を持ったらしい。


「反応速度もさる事ながら、抜刀から構えまでの無駄の無い流れるような動き……見事だ。半端ではない修練を重ねて来たと見える」


 鳳藤の姿を眺めながら、先の彼女の動きを評するクラレティエ。その顔には、微かな笑みすら浮かんでいた。


「――そんな良き腕の者を、ここで屠らねばならぬとはな」


 しかし次に発したその言葉と共に、クラレティエは顔からスッと笑みを消した。そして剣を握る腕に力を込め、交わる相手の剣に圧を掛けた。


「貴様の手にあるその剣、それは我が猟犬の一人、クリスの物だな。貴様がなぜそれを使っている、我が猟犬達を一体どうした?」

「りょ……猟、犬……ッ?」


 最初、クラレティエの言葉が何を示すのかを理解できず、困惑の表情を浮かべる鳳藤。


(!、さっきの――)


 しかしすぐさま、それが先ほど交戦した子供たちの事であると気づく。そして同時に彼等の迎えた凄惨な最期を思い返した鳳藤は、クラレティエの問いに対する返しが思い浮かばずに、目を泳がせる。だが、クラレティエが答えを察するには、それだけで十分だったようだ。


「そうか――いや、我ながら愚かな事を聞いた。戦場では約束された勝利など無い……私が猟犬達にいつも説いていた事ではないか」


 表情に陰りを見せ、一人呟くクラレティエ。

 対する鳳藤は、腕にかかる圧と、子供たちに対する罪悪感に苛まれながらも、目の前の脅威を退ける方法を模索している。

 その次の瞬間、彼女の背筋に悪寒が走り、思考が凍り付いた。


「ならば、私の盾となり散って行った、猟犬達への手向けに、私が勝利を勝ち取ろう。そして猟犬達のために、貴様らへの断罪をこの手で成し遂げよう」


 クラレティエは今まで以上の殺意が込められた、冷たい目で鳳藤を見下ろし、冷たい口調で発する。明確に向けられた加害の意思が、鳳藤の心身は震えあがった。


「……ッ――おぁぁぁッ!」


 だが、鳳藤は恐怖に飲まれるすんでの所で踏みとどまる。そして恐怖心を振り払うように声を上げ、剣を握る腕により一層の力を込めて、クラレティエを押し退けにかかった。

 対するクラレティエはそれに逆らわず、地を蹴って後方へ飛んだ。そして宙でくるりと一回転して着地する。


「そこッ!」


 鳳藤は脇に下げてた小銃のグリップを片手で掴むと、そのまま腰だめで、クラレティエに向けて弾をばら撒く。しかし弾が届く前に、クラレティエは今度は上空へ大きく飛び上がり、夜闇へと姿を消した。


「ッ、はぁッ……畜生……ッ!」


 鳳藤はクラレティエの逃げた方向を視線で追いかけつつ悪態を吐いたが、脅威存在が目の前から立ち去った事を内心では歓迎した。先の背筋が凍り付くような恐怖感は未だに体に纏わりついていたが、わずかにできた猶予を無駄にはできず、インカムに手を伸ばして通信を開く。


「自由!聞こえるか、応答しれくれ!」


 通信を開き、制刻に向けて安否を問う声を張り上げる鳳藤。


「聞こえてないのか!生きてるなら返事をしろ、おいッ!?」


 何度か必死に呼びかけると、少し間を置いた後に、インカムに雑音が入る。


《喚くな、生きてる。そっちもまだ死んじゃいねぇようだな》


 そして制刻の声が聞こえて来た。


「あぁ、だが良くない状況なんだ!こっちは脅威存在の彼女と再接敵。着弾地点への誘導を試みたが、退路を塞がれて失敗。今も襲われてる!」

《踏ん張れ。お前の上げた照明弾が見えた。今そっちに向かってる、それまで持ちこたえろ》


 障害物を除去しながら進んでいるのか、制刻の声に交じって、無線の向こうからは何やら破壊音が聞こえてくる。


「簡単に言って……ッ!」


 いつもの調子で言う制刻に文句を返そうとした鳳藤だが、その時、自分の真上に気配と殺気を感じ取る。鳳藤はそちらを見るよりも先に、反射的に後ろへ飛び退く。その瞬間、直前まで彼女が立っていた場所に斬撃が振り下ろされた。かろうじて斬撃を回避した鳳藤の目に、クラレティエの姿が映る。クラレティエの初撃は空を切ったが、しかし彼女はすぐさま剣を振り上げ、再び鳳藤へと斬撃を放った。


「――ヅッ!」


 鳳藤は体の前で己の剣を構え、クラレティエの斬撃を受け止める。受け止めた斬撃の衝撃は大きく、柄を通して鳳藤の腕をビリビリとした感覚が襲い、鳳藤は歯を食いしばる。しかしそんな鳳藤をよそに、クラレティエはさらに続けて、三度、四度、五度と幾度も剣を振るった。


「ッ!くぅッ!おぁぁッ!」


 矢継ぎ早に繰り出される剣撃を、鳳藤はその衝撃に耐えつつ、時に受け止め、時に受け流してやり過ごし続ける。しかし鳳藤の体にかかる負担は大きく、次第に彼女の息は上がり、腕は痺れはじめる。


「フッ、やはり良い筋だ。先のはまぐれではないな。妙な武器に頼るしかない輩共かと思っていたが、貴様のような良い剣の使い手に出会えるとは――うれしく思うぞ」


 必死に攻撃を受け続ける鳳藤をよそに、クラレティエは剣撃を繰り出しながら、嬉しそうに口を動かす。


「できれば、別の形で相まみえたかったものだ!」


 剣撃が十回に達しようとしたところで、クラレティエはいっそうの力を強めた剣撃を、鳳藤の得物へと叩き付けた。


「うぁッ!」


 痺れだしていた鳳藤の腕はその衝撃を受け止めきれず、握る剣は押しのけられ、明後日の方向へと反らされる。クラレティエは振るった剣をすぐさま引き戻すと、守りを失いがら空きになった鳳藤の身体に向けて剣を振り降ろす。


「ッ――!」


 鳳藤はほとんど崩れ落ちるような形で身を屈め、かろうじて振り下ろされた剣を回避。身体を転がしてクラレティエの正面から逃れ、逃れた先で手足を地面に着く。そして両ひざと片手はついたまま、剣を握ったもう片方の腕を持ち上げ、クラレティエの足を狙って剣を振るった。


「おっと」


 しかしクラレティエは足元を襲った刃を跳躍で回避。そのまま大きく飛びあがり、またも夜空へと逃れて行った。


「けほッ……ハァッ、ハァッ……」


 鳳藤は立膝を着いて疲弊した体を支え、クラレティエの去った方向を警戒しながら、上がった息を落ち着ける。


(ッ……このままじゃ、こっちが疲弊していくばかりだ。何か手を打たないと……)


 超人的な動きを持ってヒットアンドアウェイを繰り返すクラレティエを相手に、防戦一方の今の状態では、長くは持たないのは明らかだった。打開策を探し、鳳藤は考えを巡らす。


(賭けだが……やるしかないか……!)


 心の中で覚悟を決めた鳳藤は、立ち上がり、行動に移る。

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