第96話「二世代目の議会」
作物の舎が稼働してから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、四十四歳になっていた。
この間、村には、また、十人が加わっていた。うち、七人が、この村で生まれた赤ん坊だった。人口は、三百六十一人になっていた。
ある朝、湊は、いつもより早く、目を覚ました。窓の外は、まだ、薄暗い。
湊は、しばらく、寝床の中で、天井を、見つめていた。
最近、体が、以前より、重い。朝、起き上がるのに、少しだけ、時間が、かかるようになっていた。
「湊さん、起きていらっしゃるんですか」
隣で、ミオが、そう、尋ねた。
「ああ。少し、早く、目が、覚めてしまった」
湊は、そう、答えながら、ゆっくりと、体を、起こした。
「無理は、なさらないでください」
「大丈夫だ」
湊は、そう、答えたが、ミオは、心配そうな表情を、崩さなかった。
その日の朝の会議で、湊は、いつものように、その日の課題について、話を、始めた。
だが、この日、湊は、これまでとは、少し、異なる提案を、行った。
「一つ、みんなに、相談したいことが、ある」
湊は、そう、切り出した。
「なんでしょう」
「この会議のことだ」
湊は、静かに、続けた。
「これまで、俺が、毎朝、その日の課題を、示してきた。だが――そろそろ、そのやり方を、変えるべきかもしれない」
この言葉に、会議の場が、ざわめいた。
「湊さん、どういうことですか」
ケイが、そう、尋ねた。
「俺の記憶は、もう、ほとんど、尽きている」
湊は、そう、正直に、告げた。
「この数年、俺が、話してきたことは……ほとんど、新しいものが、ない。むしろ――みんなが、俺の知らないことを、次々と、見つけてきている」
湊は、そう言って、続けた。
「宗たちが、空を、飛ばせた。ミオが、光の色と、作物の関係を、見つけた。レンが、砂石の性質を、解き明かした」
湊は、静かに、そう、続けた。
「どれも、俺が、教えたことじゃない」
この言葉に、会議の場は、しばらく、沈黙に、包まれた。
「では――これから、どうなさるのですか」
ドウが、そう、尋ねた。
「この会議を、みんなが、課題を、持ち寄る場にしたい」
湊は、そう、答えた。
「俺が、示すんじゃない。それぞれが、自分の分野で、気づいたことを、持ってくる。そして、みんなで、考える」
この提案は、しばらくの議論の後、承認された。
だが、この変化は、湊が、想像していた以上に、大きな意味を、持つことになった。
最初の数日、会議は、ぎこちなかった。誰もが、これまで通り、湊の言葉を、待っていた。
だが、一週間ほどが、過ぎた頃。
ミオが、初めて、自ら、課題を、提起した。
「一つ、気になっていることが、あります」
「聞かせてくれ」
「作物の舎で、育てているものは……確かに、育ちます。でも、外で育てたものと、味が、少し、違う気がするんです」
この報告に、湊は、深く、興味を、示した。
「どう、違う?」
「うまく、言えません。でも――何かが、足りない気がします」
この、極めて、感覚的な指摘から、村では、新たな研究が、始まることになった。
この、ミオの提起を皮切りに、会議には、次々と、様々な課題が、持ち込まれるようになっていった。
レンは、機械の部品の、規格が、揃っていないことを、指摘した。同じ役割の部品でも、作る者によって、微妙に、寸法が、異なる。これが、修理の際に、大きな困難を、生んでいた。
シラは、病舎で働く者の、労働時間が、あまりに、長くなっていることを、訴えた。
ロタは、外から来た者と、昔からいる者の間に、まだ、目に見えない、隔たりが、残っていることを、指摘した。
湊は、これらの課題に対して、以前のように、答えを、示すことは、しなかった。代わりに、こう、問いかけた。
「どうすれば、いいと思う?」
この問いに、最初、皆は、戸惑いを、見せた。だが、次第に、それぞれが、自分なりの答えを、示すように、なっていった。
「部品の寸法を、村全体で、統一しては、どうでしょう」
レンが、そう、提案した。
「決まった寸法を、決めて、それを、書物にする。そして、すべての工房に、配る」
この提案は、その場で、承認された。これが、村における、初めての、工業規格の始まりだった。
「病舎の者を、交代で、休ませる仕組みを、作りたいと思います」
シラが、そう、提案した。
「そのためには、人が、もっと、必要です」
「なら、学び舎で、医療を学ぶ者を、増やそう」
ケイが、そう、応じた。
こうした、やり取りが、次々と、交わされていく。
湊は、その光景を、静かに、見つめていた。
自分は、ほとんど、何も、言っていない。それでも、議論は、確かに、進んでいる。そして――答えも、出ている。
「これで、いいんだ」
湊は、そう、心の中で、つぶやいた。
こうした、会議のあり方の変化と並行して、村の議会にも、大きな変化が、訪れつつあった。
この年、三度目の選挙が、行われることになったのだ。
これまでの二回の選挙では、選ばれた代表の多くが、村の初期を知る、年配の者たちだった。
だが、この三度目の選挙は――明らかに、様相が、異なっていた。
「湊さん、面白いことに、なっています」
ある日、トウが、そう、報告した。
「どうした?」
「立候補している者の、半分以上が……三十歳未満です」
湊は、この報告に、深く、驚いた。
「そんなに、若いのか」
「はい。それに――その多くが、この村で、生まれ育った者です」
湊は、この事実を、しばらく、静かに、噛み締めていた。
この村で、生まれた世代。彼らは、生まれた時から、学び舎があり、医療所があり、そして、選挙があった。
彼らにとって、それらは、当たり前のものだった。
選挙の結果は、湊の予想を、さらに、超えるものだった。
選ばれた五人の代表のうち、四人が、三十歳未満。そして、その全員が、この村で、生まれ育った者だった。
新しく選ばれた代表の一人――まだ、二十四歳の、若い女性が、初めての議会で、こう、発言した。
「私は、この村しか、知りません」
彼女は、そう、切り出した。
「ですが――だからこそ、気づくことが、あります」
「聞かせてくれ」
湊が、そう、促すと、彼女は、続けた。
「この村の決まりは……とても、よくできています。でも、それは、村が、小さかった頃に、作られたものです」
彼女は、そう、続けた。
「今、村は、三百六十人を、超えました。同じ決まりで、本当に、いいのでしょうか」
湊は、この指摘に、深く、感心した。
「具体的には、何が、気になる?」
「例えば、揉め事の解決です」
彼女は、そう、答えた。
「今、司法の場は、一つしか、ありません。そこに、村中の揉め事が、集まります。ですから――解決までに、長い時間が、かかることが、あります」
この指摘は、極めて、的確なものだった。
「なるほど。増やすべきだと思うか?」
「はい。それに――軽い揉め事と、重い揉め事を、分けるべきだと思います」
湊は、この提案に、深く、頷いた。
「よく、考えている」
この、若い代表の提案は、その後、議論を経て、承認されることになった。
村の司法は、二つの段階に、分けられた。軽い揉め事は、それぞれの区画で、選ばれた者が、その場で、解決する。重い揉め事だけが、中央の司法の場に、持ち込まれる。
この改革により、揉め事の解決に、かかる時間は、大幅に、短縮されることになった。
この、若い世代の台頭を、湊は、深い、喜びと共に、見守っていた。
「湊さん、寂しくは、ないのですか」
ある日、ケイが、そう、尋ねた。
「なぜ、そう思う?」
「これまで、湊さんが、決めてきたことを……今は、若い者たちが、決めています」
湊は、この問いに、静かに、笑った。
「寂しくは、ない」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「むしろ――これが、いちばん、望んでいたことだ」
湊は、静かに、続けた。
「俺が、いなくても、この村が、続いていく。それを、確かめられることほど――安心なことは、ない」
湊は、記録帳に、この一連の変化を、丁寧に、書き記した。
『毎朝の会議のあり方を、変更。私が課題を示すのではなく、それぞれが、自らの分野の課題を、持ち寄る形とした』
『部品の規格統一、病舎の労働時間の改善など、これまで気づかなかった課題が、次々と、提起されている』
『三度目の選挙。代表五人のうち、四人が、三十歳未満。全員が、この村で生まれ育った世代』
『若い代表の提案により、司法の二段階化を実施。解決までの時間が、大幅に短縮された』
『私が決めなくても、この村は、確かに、進んでいる』
夕暮れ、湊は、議事堂の窓から、村を、見渡していた。
湊は、四十四歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、三十年二ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第96話 時点 文明発展状況】
湊44歳/漂着後 30年2ヶ月
人口:361人(うち、この期の新生児7名)
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 屋内栽培作物の品質改善に着手
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 医療従事者の労働環境改善に着手
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 工業規格の統一に着手
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 規格書という、新たな文書形式が誕生
15 教育・研究 ★★★★★ 医療従事者の育成を拡大
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 司法の二段階化を実施。若い世代が議会の主力に
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 村で生まれ育った世代が、村の運営を担い始める
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