第95話「光で、育てる」
人口の急増への対応が、進められてから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、四十三歳になっていた。
この間、村には、また、九人が加わっていた。うち、六人が、この村で生まれた赤ん坊だった。人口は、三百五十一人になっていた。
ある朝の会議で、ミオが、深刻な表情で、報告を、始めた。
「湊さん、干拓の工事は、進んでいます。ですが……間に合わないかもしれません」
「どういうことだ?」
「人が、増える速さが、想像以上です。あの土地が、使えるようになるまで、あと、半年ほど、かかります。その間に――」
湊は、この報告を、深く、受け止めた。
「食料が、足りなくなる、ということか」
「はい」
湊は、しばらく、考えを、巡らせた。
外から、買うという方法も、あった。だが、それは、根本的な解決には、ならない。
「一つ、思いついたことが、ある」
湊は、そう、切り出した。
「なんでしょう」
「畑は、なぜ、外にあると思う?」
この、突然の問いに、ミオは、戸惑いを、見せた。
「なぜ、と言われますと……作物が、育つには、日の光が、必要だからです」
「その通りだ」
湊は、そう、頷いてから、続けた。
「では――もし、日の光の代わりが、あったら?」
ミオは、この言葉の意味を、掴みかねた様子だった。
「代わり、ですか」
「あの、光石だ」
湊は、そう、答えた。
この言葉に、会議の場が、ざわめいた。
「光石で、作物を、育てる、ということですか」
レンが、そう、尋ねた。
「そうだ。もし、それが、できれば――建物の中でも、作物を、育てられる。それも、何階にも、重ねて」
この構想は、あまりに、突飛なものだった。だが、湊は、続けた。
「それに――中でなら、天気にも、虫にも、左右されない」
ミオは、しばらくの間、この構想を、考え込んでいた。
「試してみる価値は……あるかもしれません」
この日から、この、極めて、野心的な試みが、始まることになった。
最初の課題は、どのような光が、作物の成長に、適しているかということだった。
「湊さん、日の光と、光石の光は――同じなのでしょうか」
ミオが、そう、尋ねた。
湊は、しばらく、記憶を、たぐり寄せた。
「たぶん、違う」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「日の光は、色々な色が、混ざっている。でも、光石は――作る時の組み合わせで、色が、決まる」
「では、どの色が、いいのでしょう」
「それが、わからない。だから――全部、試すしかない」
この試行錯誤は、極めて、地道なものだった。
ミオと、探究の舎の若者たちは、赤、緑、青、そして、それらを、様々な割合で、混ぜた光の下で、同じ作物を、育て、その成長を、丹念に、比較していった。
この観察には、四ヶ月ほどが、費やされた。
そして、その結果は、湊にとっても、意外なものだった。
「湊さん、面白いことが、わかりました」
ある日、ミオが、興奮した様子で、報告した。
「なんだ?」
「赤と、青の光が、いちばん、育ちがいいんです。緑の光は――ほとんど、効果が、ありません」
湊は、この報告に、深く、驚いた。
「緑が、効かないのか」
「はい。むしろ、赤と青だけのほうが、白い光より、育ちが、いいくらいです」
この発見は、村の、この新しい試みに、決定的な力を、与えることになった。
白い光を作るには、三色の光石が、必要だ。だが、赤と青だけなら――必要な電気も、装置も、はるかに、少なくて済む。
この発見をもとに、村では、初めての「作物の舎」――建物の中で、作物を育てる施設の建設が、始まることになった。
この施設は、四階建て。それぞれの階に、何段もの棚が、設けられ、その一段一段に、赤と青の光石が、取り付けられた。
水は、ポンプで、循環させる。栄養は、あの、肥料の研究で得られた知見をもとに、水に、溶かして、与える。
この施設の建設には、五ヶ月ほどが、費やされた。
完成した施設の中で、最初の収穫が、行われた日。
ミオは、その、葉物の作物を、手に取り、しばらくの間、じっと、見つめていた。
「湊さん……これは、確かに、育っています」
「味は、どうだ?」
ミオは、その葉を、一口、かじってみた。
「……美味しいです。外で育てたものと、変わりません」
湊は、この報告に、深く、頷いた。
この施設は、その後、村の食料事情に、大きな安定を、もたらすことになった。
特に、大きかったのは、季節に、左右されないことだった。冬でも、雨季でも、この施設の中では、作物が、育ち続ける。
「これで、飢える心配は、随分と、減ります」
ミオは、そう、深い、安堵を、示していた。
この、食料生産の安定と並行して、湊は、もう一つの、備えについても、考えを、巡らせていた。
「もし――大きな災害が、起きたら」
ある朝の会議で、湊は、そう、切り出した。
「今、村には、どれくらいの、食料の蓄えが、ある?」
ミオが、記録を、確かめながら、答えた。
「およそ、ふた月分ほどでしょうか」
「それは、十分だと思うか?」
ミオは、しばらく、考えてから、答えた。
「もし、農地が、全部、だめになったら……ふた月では、足りません」
湊は、この答えに、深く、頷いた。
「なら、もっと、蓄えよう。それも――長く、持つ形で」
この方針のもと、村では、災害に備えた、保存食の生産が、本格的に、始められることになった。
乾麺。干した魚。干した野菜。そして――塩漬けと、燻製にした肉。
これらは、専用の倉庫に、保管されることになった。倉庫は、村の複数の場所に、分散して、設けられた。
「なぜ、分けるのですか」
ある日、若い議会代表が、そう、尋ねた。
「一箇所に、集めておくと――そこが、だめになった時、全部、失う」
湊は、そう、答えた。
「だから、分けておく。当たり前のようで――忘れやすいことだ」
こうした、大きな備えと並行して、村では、日々の暮らしを、支える技術も、着実に、普及していた。
その一つが、時計だった。
かつて、極めて、貴重品だった、持ち運べる時計は、この頃には、生産の効率化により、多くの家庭にも、行き渡るようになっていた。
「湊さん、面白いことに、気づきました」
ある日、トウが、そう、報告した。
「なんだ?」
「時計が、普及してから――待ち合わせの行き違いが、ほとんど、なくなりました」
湊は、この報告に、思わず、笑った。
「そういうものか」
「はい。それに――働く時間も、はっきり、決められるようになりました」
この、時計の普及は、村の労働のあり方にも、確かな影響を、与えることになった。
これまで、日の出から、日の入りまで、という、曖昧な形で、行われていた労働が、決まった時刻から、決まった時刻まで、という形に、次第に、変わっていったのだ。
同様に、冷蔵の技術も、この頃には、多くの家庭に、普及しつつあった。
「これで、食べ物を、無駄にすることが、減りました」
村の女性たちからは、そうした声が、多く、聞かれるようになっていた。
こうした、家庭への技術の普及と並行して、村では、共同で使う施設も、充実していった。
その一つが、洗濯の場だった。
これまで、洗濯は、それぞれの家庭で、手で、行われていた。だが、人口の増加により、川辺の洗濯場は、常に、混雑していた。
「湊さん、洗濯を、機械に、できないでしょうか」
ある日、レンが、そう、提案した。
「面白い。どうやる?」
「桶を、回すんです。中に、水と、洗い物と、石鹸を、入れて」
この構想は、比較的、早く、形になった。すでに、モーターの技術は、確立されている。あとは、水漏れしない、頑丈な桶と、それを、確実に、回す仕組みを、作るだけだった。
この開発には、三ヶ月ほどが、費やされた。
だが、湊は、この機械を、各家庭に、配ることは、しなかった。
「これは、共同で、使う場所に、置こう」
「なぜですか」
レンが、そう、尋ねた。
「一つは、まだ、数が、作れないからだ」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「それに――みんなが、集まる場所が、あったほうが、いい」
この方針のもと、村には、共同の洗濯場が、設けられることになった。そこには、複数の洗濯機が、並び、村の人々は、輪を、支払って、これを、使う。
この場所は、公衆浴場と、隣り合わせに、建てられた。
そして、この二つの施設は、次第に、村の人々にとって、確かな、社交の場と、なっていった。
「洗濯を、待つ間に、湯に、浸かる」
そうした習慣が、村に、根付いていった。
こうした、暮らしの発展の中で、シラは、もう一つの、重要な研究を、進めていた。
薬草の、体系的な整理だった。
「湊さん、これを、見てください」
ある日、シラが、分厚い書物を、湊に、見せた。
そこには、村の周辺で採れる、あらゆる植物が、詳細な図と共に、記録されていた。
「これは……すごいな」
「はい。ですが――大事なのは、こちらです」
シラは、そう言って、書物の、後半の頁を、開いた。
そこには、赤い印が、付けられた植物が、並んでいた。
「これらは、すべて――毒を、持つものです」
湊は、この頁を、じっと、見つめた。
「随分と、あるな」
「はい。それに――面白いことが、わかりました」
シラは、そう、続けた。
「毒を持つ植物の多くは……ごく、少量なら、薬に、なるんです」
湊は、この報告に、深く、感心した。
「なるほど。量が、境目ということか」
「その通りです。ですから――この書物には、必ず、使ってよい量も、記しました」
シラは、そう言って、静かに、続けた。
「これを、間違えれば……人を、殺すことになります」
この書物は、その後、極めて、慎重に、扱われることになった。医療に携わる者だけが、閲覧を、許される。そして、その使用は、常に、複数の者による、確認のもとで、行われる。
湊は、記録帳に、この一連の発展を、丁寧に、書き記した。
『光石を用いた、屋内での作物栽培に成功。五ヶ月を要した。赤と青の光が、最も効果的であることを発見』
『災害に備えた保存食の備蓄を、複数の倉庫に分散して開始』
『時計と冷蔵装置が、多くの家庭に普及。暮らしのあり方が、大きく変わりつつある』
『洗濯の機械を開発し、共同の場に設置。公衆浴場と共に、村の社交の場となっている』
『シラが、薬草と毒草の、体系的な書物を完成。量の違いが、薬と毒を分けることを、明記した』
夕暮れ、湊は、作物の舎の前を、通りかかった。窓からは、赤と青の光が、静かに、漏れている。
湊は、四十四歳になろうとしていた。この世界に来てから、二十九年十ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第95話 時点 文明発展状況】
湊43歳(まもなく44歳)/漂着後 29年10ヶ月
人口:351人(うち、この期の新生児6名)
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 保存食の分散備蓄を開始
02 食料・農業 ★★★★★ 屋内栽培に成功。季節に左右されない食料生産が可能に
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 共同洗濯場を設置
07 医療・薬学 ★★★★★ 薬草・毒草の体系的な書物が完成
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 洗濯機を開発。時計・冷蔵装置の家庭普及が進む
13 科学・技術 ★★★★★ 光の色と植物の成長の関係を解明
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 毒物の管理体制を確立
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 災害備蓄体制が確立
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 共同洗濯場と浴場が、新たな社交の場に
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