第94話「泣き声の満ちる村」
孫の湊が生まれてから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、四十三歳になっていた。
この間、村には、また、八人が加わっていた。だが、その内訳が、これまでとは、大きく、異なっていた。
外から来た者は、三人。残りの五人は――すべて、この村で、生まれた、赤ん坊だった。人口は、三百四十二人になっていた。
ある朝の会議で、シラが、この現象について、報告を、始めた。
「湊さん、病舎が、大変なことに、なっています」
「どうした?」
「この三ヶ月だけで、十四人の、赤ん坊が、生まれました」
湊は、この数字に、深く、驚いた。
「十四人? これまでの、倍以上じゃないか」
「はい。それに――これから、さらに、増えそうです」
シラは、そう言って、記録を、確かめながら、続けた。
「今、身重の方が……二十人を、超えています」
湊は、この報告を、しばらく、静かに、噛み締めていた。
「なぜだと思う?」
湊の問いに、シラは、しばらく、考えてから、答えた。
「いくつか、理由が、あると思います」
シラは、そう言って、指を、折りながら、続けた。
「一つは、食べ物が、十分に、あること。もう一つは、住まいが、安定していること」
「なるほど」
「それに――赤ん坊が、無事に、育つようになったことも、大きいと思います」
シラは、そう、静かに、続けた。
「以前は、生まれた子の、三人に一人ほどが、一年を、迎えられませんでした。でも、今は……ほとんどの子が、育ちます」
湊は、この言葉に、深く、頷いた。
清潔な水。石鹸。栄養のある食事。そして――シラが、二十数年をかけて、築き上げてきた、医療の体制。
そのすべてが、この、静かな、しかし、決定的な変化を、もたらしていた。
「もう一つ、あります」
シラは、そう、付け加えた。
「なんだ?」
「この村で、育った世代が……ちょうど、今、子を持つ年頃に、なっているんです」
湊は、この指摘に、はっとさせられた。
確かに、そうだった。この村が、まだ、五十人ほどだった頃に、生まれた子供たち。彼らが、今、二十代の半ばから、後半に、差し掛かっている。
そして、その世代は――これまでの、どの世代よりも、人数が、多かった。
「なるほど。これは、始まりに、過ぎないということか」
湊は、そう、静かに、つぶやいた。
この日の会議は、この、人口の急増がもたらす、様々な課題の検討に、当てられることになった。
「まず、住まいだ」
湊は、そう、切り出した。
ドウが、記録を、確かめながら、答えた。
「今、建設中の集合住宅で、およそ、六十人分。ですが……この勢いだと、一年ほどで、また、足りなくなります」
「なら、今から、次の建設を、始めよう」
湊は、そう、決断した。
「それも――これまでより、大きな規模で」
この決定を受け、ドウは、村の南側の、まだ、開発されていなかった一帯に、大規模な住宅地を、造成する計画に、着手することになった。
次に、議論されたのは、食料だった。
「ミオ、今の農地で、どれくらいの人を、養える?」
湊の問いに、ミオは、しばらく、計算してから、答えた。
「今の収穫量なら……四百人ほどまでは、なんとか」
「それを、超えたら?」
「足りなくなります」
ミオは、そう、率直に、答えた。
湊は、この報告を、深く、受け止めた。
「なら、農地を、広げる必要がある」
「ですが――近くには、もう、適した土地が、ありません」
この課題に対して、湊は、しばらく、考えを、巡らせた。
「川の向こうは、どうだ?」
「あちらは、水はけが、悪くて……」
「なら、水はけを、良くすればいい」
湊は、そう、答えた。
「ドウ、あの一帯に、排水の水路を、引けないだろうか」
ドウは、しばらく、考えてから、頷いた。
「できると思います。時間は、かかりますが」
この、大規模な干拓事業は、その後、一年近くをかけて、進められることになった。
三つ目に、議論されたのが、教育だった。
「ケイ、今の学び舎で、これから増える子供たちを、受け入れられるか」
湊の問いに、ケイは、首を、振った。
「無理です。今でも、すでに、いっぱいです」
湊は、この報告に、深く、頷いた。
「なら、学び舎も、増やそう」
この決定を受け、村では、第二、第三の学び舎の建設が、計画されることになった。
さらに、この会議で、湊は、もう一つの、重要な提案を、行った。
「もう一つ、考えていることが、ある」
「なんでしょう」
「子を持つ親を、支える仕組みだ」
湊は、そう、切り出した。
「今、赤ん坊が、生まれると――母親は、しばらく、働けなくなる。その間の暮らしは、どうしている?」
この問いに、しばらく、沈黙が、続いた。
「家族が、支えています」
ミオが、そう、答えた。
「でも――外から来た人には、家族が、いません」
湊は、この指摘に、深く、頷いた。
「そうなんだ。だから――村として、支える仕組みが、必要だ」
この提案は、議会での、慎重な議論を経て、承認されることになった。
子が生まれた家には、一定期間、村から、支援が、行われる。その財源には、これまで、公共の事業のために、集められてきた拠出金の、一部が、充てられることになった。
同時に、湊は、もう一つの仕組みも、提案した。
「働く母親のために――子を、預かる場所を、作れないだろうか」
この構想は、当初、村の人々に、なかなか、理解されなかった。
「子供は、親が、見るものでは」
そう、主張する者も、多かった。
だが、湊は、根気強く、説明を、続けた。
「もちろん、親が、見るのが、いちばんだ。でも――全部を、親だけで、背負うのは、無理がある」
湊は、そう、続けた。
「特に、外から来た人や、一人で、子を育てている人には……支えが、必要だ」
この構想は、最終的に、承認された。
村には、初めて、子供を、日中、預かる施設が、設けられることになった。そこでは、経験豊かな、年配の女性たちが、中心となって、幼い子供たちの世話を、担うことになった。
この施設は、当初、利用者が、少なかった。だが、次第に、その存在は、村の人々に、受け入れられていった。
特に、外から来た家族にとって、この施設の存在は、極めて、大きな支えと、なった。
「湊さん、ありがとうございます」
ある日、外から来た、若い母親が、そう、湊に、告げた。
「これで、私も、働けます」
湊は、この言葉に、静かに、頷いた。
こうした、様々な対応が、進められる中で、村の景色は、目に見えて、変わっていった。
どこを歩いても、子供の姿が、見える。泣き声が、聞こえる。走り回る足音が、響く。
ある夕暮れ、湊は、ミオと共に、村の広場を、歩いていた。
広場では、多くの子供たちが、駆け回っていた。その中には、湊の孫――まだ、歩き始めたばかりの、小さな湊の姿も、あった。
「賑やかになりましたね」
ミオが、そう、微笑んだ。
「ああ」
湊は、そう、答えてから、静かに、続けた。
「この子たちが、大人になる頃……この村は、どうなっているんだろうな」
「きっと――私たちが、想像もできないくらい、大きくなっていますよ」
ミオは、そう、答えた。
湊は、その言葉を、深く、噛み締めていた。
この村が、これから、どこへ、向かっていくのか。それを、湊が、すべて、見届けることは、できないだろう。
だが――この、走り回る子供たちが、その先を、作っていく。
湊は、そう、確信していた。
湊は、記録帳に、この一連の変化を、丁寧に、書き記した。
『出生数が、急増。この三ヶ月で、十四人。今後、さらに増える見込み』
『背景には、食料・住居の安定、乳幼児死亡率の低下、そして、この村で育った世代が、子を持つ年頃になったことがある』
『住宅、農地、学び舎の、大規模な拡張を決定』
『子が生まれた家への支援と、子を預かる施設を、新設』
『村中に、子供の声が、満ちている』
湊は、四十三歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、二十九年四ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第94話 時点 文明発展状況】
湊43歳/漂着後 29年4ヶ月
人口:342人(うち、この期の新生児5名)
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 川向こうの大規模干拓事業に着手
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 乳幼児死亡率が劇的に低下、出生数が急増
08 住居・建築 ★★★★★ 南側に大規模住宅地の造成を開始
09 土木・インフラ ★★★★★ 干拓のための排水路建設が進行
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 第二・第三の学び舎の建設を計画
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 出産支援と、保育施設という、福祉制度を新設
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 村に、子供の声が満ちる。世代交代の時代が、近づいている
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