第92話「東の王と、会う」
探究の舎が開かれてから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、四十二歳になろうとしていた。
この間、村には、また、五人の新しい住人が加わっていた。人口は、三百三十人になっていた。
ある朝の会議で、ナギが、報告を、始めた。
「湊さん、アガルから来た講師たちから、面白い話を、聞きました」
「どんな話だ?」
「ラムセス王は……この村のことを、随分と、気にかけているようです」
湊は、この報告に、身を、乗り出した。
「どういうことだ?」
「講師の一人が、この村に来る前、王に、呼ばれたそうです。そして、こう、言われたと」
ナギは、そう言って、記録を、確かめながら、続けた。
「『あの村で、何を見たか、必ず、報告せよ』と」
湊は、この言葉を、深く、受け止めた。
「なるほど。監視の目でもある、というわけか」
「その可能性は、あります。ですが――」
ナギは、そう言って、少し、間を置いた。
「その講師は、こうも、言っていました。王の言い方は、警戒というより……純粋な、好奇心のように、聞こえたと」
湊は、しばらく、考えを、巡らせた。
ラムセス王が、即位してから、すでに、七年近くが、経っていた。その間、正式な、やり取りは、ほとんど、なかった。
「これは……こちらから、動くべき時かもしれない」
湊は、そう、静かに、つぶやいた。
この日の会議で、アガルへの、正式な使節団の派遣が、議論されることになった。
「誰が、行くべきでしょうか」
ケイが、そう、尋ねた。
しばらくの沈黙の後、湊が、口を開いた。
「俺が、行こう」
この言葉に、会議の場が、ざわめいた。
「湊さん、それは……」
ドウが、真っ先に、懸念を、示した。
「危険では、ないでしょうか」
「危険かもしれない」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「だが――これまで、俺は、一度も、アガルに、行ったことがない。使者を、送り、使者を、迎えるだけだった」
湊は、静かに、続けた。
「もう、二十年以上だ。そろそろ、直接、顔を、合わせるべきだと思う」
議論は、長く、続いた。多くの者が、湊の身を、案じた。
最終的に、この提案は、いくつかの、条件付きで、承認されることになった。
湊の不在中、村の運営は、九分野の長と、議会代表による、合議に、委ねられる。そして――もし、湊が、一定の期間内に、戻らなかった場合、議会は、直ちに、新たな指導者を、選出する。
「これで、いい」
湊は、そう、答えた。
「俺がいなくても、この村が、止まらないように。それが、いちばん、大事なことだ」
使節団は、湊のほか、ナギ、ケイ、そして、護衛として、ガルが選んだ、数名の若者で、編成された。
出発の朝、湊は、家族に、別れを、告げた。
「必ず、帰ってきてください」
ミオが、そう、言った。
「ああ。必ず」
宗も、その場に、いた。この頃、宗は、十七歳になっていた。
「父上、留守は、お任せください」
宗の、この言葉に、湊は、少し、驚いた表情を、見せた。
「お前が?」
「私に、できることは、限られています。ですが――父上の書かれたものは、全部、頭に、入っています。何かあれば、それを、お伝えします」
湊は、この言葉に、深く、頷いた。
「頼んだ」
使節団は、船で、東へと、向かった。この頃には、船外機を備えた船は、これまでとは、比較にならない速度で、海を、渡れるようになっていた。
十日ほどの航海の末、使節団は、アガルの都に、到着した。
湊は、その都の姿に、深い、感慨を、覚えていた。
青銅で、飾られた、壮麗な建造物。整然と、区画された街並み。そして、活発に、行き交う、無数の人々。
この村より、はるかに、大きい。人の数も、比べものにならない。
だが、同時に、湊は、あることにも、気づいていた。
「電気が、ない」
湊は、そう、小さく、つぶやいた。
夜になっても、この都を照らしているのは、火の灯りだけだった。道には、車も、走っていない。
湊は、この事実に、複雑な感情を、抱いていた。
王宮での謁見は、到着から、三日後に、行われることになった。
湊が、通されたのは、広大な、謁見の間だった。その奥の、高い場所に、ラムセス王が、座っていた。
王は、湊が、想像していたよりも、若かった。おそらく、三十代の半ばほど。だが、その眼差しには、確かな、鋭さが、宿っていた。
「お前が、佐倉湊か」
王は、そう、口を開いた。
「はい」
湊は、丁重に、頭を下げた。
「父から、聞いている。稀有な村を、率いる男だと」
王は、そう言ってから、しばらく、湊を、じっと、見つめていた。
「だが――思ったより、若いな」
「四十を、過ぎました」
「そうか。私と、そう、変わらぬな」
王は、そう言って、わずかに、表情を、緩めた。
この、最初のやり取りの後、王は、意外にも、極めて、率直な問いを、湊に、投げかけた。
「一つ、聞きたい」
「なんでしょう」
「なぜ、お前は――我が国に、その技術を、教えるのだ」
湊は、この問いに、しばらく、沈黙した。
「といいますと」
「農のことも、水のことも、お前たちは、惜しみなく、教えてきた。おかげで、我が国の民は、確かに、豊かになった」
王は、そう、続けた。
「だが――普通、そうしたものは、隠すものではないのか。力の源を、他国に、渡すなど」
湊は、この問いに、深く、考えを、巡らせた。
「一つ、申し上げます」
湊は、そう、切り出した。
「聞こう」
「私たちの村は、決して、大きくありません。人の数も、この都の、ほんの、一部にも、及びません」
湊は、静かに、続けた。
「もし、力だけで、争えば――私たちは、確実に、負けます」
王は、この言葉に、わずかに、眉を、動かした。
「では、なぜ」
「だからこそ、です」
湊は、そう、答えた。
「私たちが、あなたの国を、豊かにすれば――あなたの国は、私たちを、必要とする。攻めるより、共にあるほうが、得だと、思ってもらえる」
王は、しばらくの間、沈黙していた。
それから、静かに、笑い出した。
「率直だな」
「はい」
「隠すことも、できたはずだ。だが、お前は、正直に、言った」
王は、そう言って、続けた。
「なぜだ?」
「隠せば、いずれ、必ず、ばれます」
湊は、そう、答えた。
「その時、あなたは、私たちを、信じなくなる。それは――双方にとって、最も、悪い結果です」
王は、この言葉に、深く、頷いた。
「なるほど。父が、お前を、認めた理由が、わかった気がする」
この謁見は、その後、数刻に、及んだ。
王は、湊に、村の技術について、次々と、問いを、投げかけた。電気とは何か。鉄の道とは、どういうものか。声を、遠くに運ぶとは、どういうことか。
湊は、その、一つ一つに、丁寧に、答えていった。
そして、謁見の終わりに、王は、こう、告げた。
「一つ、提案がある」
「なんでしょう」
「我が国と、お前の村との間に――常に、人を、置かないか」
湊は、この提案の意味を、掴みかねた。
「常に、人を、というのは」
「使者を、送り合うのではない。互いの土地に、常に、駐在する者を、置くのだ」
王は、そう、続けた。
「そうすれば、何かが、起きた時――使者が、行き来する時間を、待つ必要が、なくなる」
湊は、この提案の、重要性を、直感的に、理解した。
これは、まさに、恒常的な外交関係の、確立だった。
「素晴らしい、ご提案です」
湊は、そう、答えた。
「ただ――一つ、お願いが、あります」
「なんだ?」
「その、駐在する者を通じて、常に、互いの状況を、正直に、伝え合うこと。特に――何か、不満や、懸念が、生じた時こそ」
王は、この言葉に、深く、頷いた。
「よかろう。約束する」
この日、湊と、ラムセス王の間で、恒常的な外交関係の、確立が、合意された。
湊が、村に戻ったのは、出発から、およそ、ふた月後のことだった。
村の門で、湊を、迎えたのは、ミオと、宗、そして、多くの村人たちだった。
「お帰りなさい」
ミオが、そう、言った。
「ああ。ただいま」
湊は、記録帳に、この一連の出来事を、丁寧に、書き記した。
『初めて、自らアガルの都を訪問。ラムセス王と、直接、謁見した』
『王からの、なぜ技術を教えるのかという問いに、正直に答えた。小さな村が生き残るための戦略であると』
『王の提案により、両国に、常駐する使節を置くことで合意。恒常的な外交関係が、確立された』
『アガルの都は、この村より、はるかに大きい。だが、電気も、車も、ない。技術と、規模は、別のものだと、改めて実感した』
夕暮れ、湊は、村を見渡す高台に、立っていた。
湊は、四十二歳になった。この世界に来てから、二十八年二ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第92話 時点 文明発展状況】
湊42歳/漂着後 28年2ヶ月
人口:330人
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 湊不在時の統治体制を確立、村の自律性が確認された
18 外交・交通・情報 ★★★★★ アガルとの恒常的外交関係を確立。相互に常駐使節を配置
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 継続中
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