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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第三部 文明の礎

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第91話「学びの塔」

 終末期医療の指針が定まってから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、四十一歳になっていた。


 この間、村には、また、四人の新しい住人が加わっていた。人口は、三百二十五人になっていた。


 ある朝の会議で、シラが、静かに、報告を、始めた。


「湊さん、先日の議論を受けて、病舎で、新しい取り決めを、作りました」


「聞かせてくれ」


「治る見込みがなく、しかも、苦しみだけが、続く場合――無理に、命を、延ばすことは、しない、という取り決めです」


 湊は、この報告を、深く、受け止めた。


「患者本人の、意思は?」


「必ず、確かめます。まだ、意思を、伝えられるうちに」


 シラは、そう、答えてから、続けた。


「それに――家族にも、必ず、丁寧に、説明します。誰か一人の判断で、決めることは、ありません」


 湊は、この方針に、深く、頷いた。


「それが、いい」


 湊は、そう、答えてから、静かに、続けた。


「命を、長くすることだけが、医療じゃない。苦しみを、和らげることも、同じくらい、大事なことだ」


 この取り決めは、その後、村の医療の、確かな柱として、根付いていくことになった。


 この、医療をめぐる議論が、一つの区切りを迎えた頃。湊は、もう一つの、長く温めてきた構想に、着手することにした。


「ケイ、少し、相談があるんだ」


 ある日、湊は、そう、切り出した。


「なんでしょう」


「今の学び舎で、学べることには……限りがある、と思わないか」


 ケイは、しばらく、考えてから、答えた。


「確かに。専門の学び舎でも、教えているのは、あくまで、これまで、村で確立された技術です」


「そうなんだ」


 湊は、そう、頷いてから、続けた。


「まだ、誰も、知らないことを、探る場所が――必要なんじゃないかと思う」


 ケイは、この言葉に、目を、見開いた。


「まだ、誰も、知らないこと、ですか」


「ああ。例えば――なぜ、砂石に、微量の物質を混ぜると、電気の流れ方が、変わるのか。俺たちは、そうなることは、知っている。でも、なぜなのかは、誰も、わかっていない」


 湊は、静かに、続けた。


「今までは、俺の記憶が、あった。だから、なぜかは、わからなくても、こうすればできる、ということは、示せた」


「はい」


「でも――俺の記憶は、いずれ、尽きる。というより、もう、ほとんど、尽きている」


 湊は、そう、正直に、告げた。


「これから先、この村が、さらに、進んでいくためには……自分たちの力で、まだ、誰も知らないことを、探り出せる者が、必要だ」


 この構想を、湊は、議会に、提案した。


「新しい学びの場を、作りたい」


 湊は、そう、切り出した。


「今の学び舎とは、何が、違うのですか」


 代表の一人が、そう、尋ねた。


「今の学び舎は、すでに、わかっていることを、教える場所だ」


 湊は、そう、答えてから、続けた。


「新しい場所は――まだ、わかっていないことを、探る場所にしたい」


 この提案は、議会でも、しばらく、理解されなかった。


「わかっていないことを、どうやって、教えるのですか」


「教えない」


 湊は、そう、答えた。


「そこでは、教える者も、学ぶ者も、一緒に、探る。それだけだ」


 この、極めて、抽象的な構想は、議論を重ねる中で、少しずつ、具体的な形を、帯びていった。


 この施設――村では「探究の舎」、後に、単に「大学」と呼ばれることになる場所は、いくつかの、明確な特徴を、持つことになった。


 まず、そこでは、既存の技術を、単に、習得するのではなく、その原理を、探ることが、求められる。


 次に、そこに集う者は、自らの探求の結果を、必ず、書物として、記録し、公開する。


 そして――その記録は、他の誰もが、自由に、読み、そして、批判できる。


「なぜ、批判できるように、するのですか」


 ある日、ケイが、そう、尋ねた。


「間違いを、見つけるためだ」


 湊は、そう、答えた。


「一人で、考えていると、必ず、間違う。でも、多くの目で、確かめれば……間違いは、少しずつ、正されていく」


 この施設の建設には、六ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。


 完成した建物は、村で、最も、高い、四階建ての建物だった。それぞれの階には、様々な分野の、研究のための部屋が、配置されていた。


 だが、この施設が、抱えていた、最大の課題は、建物ではなかった。


「湊さん、教える者が、いません」


 ある日、ケイが、そう、報告した。


「そうだな」


 湊は、この課題を、以前から、認識していた。


 この村には、確かに、優れた技術者が、いる。だが、彼らの多くは、日々の実務に、追われていた。しかも、「まだ、わかっていないことを、探る」という、この施設の目的に、慣れている者は、誰も、いなかった。


「一つ、考えていることが、ある」


 湊は、そう、切り出した。


「なんでしょう」


「外から、招こう」


 ケイは、この提案に、驚いた表情を、見せた。


「外から、ですか」


「そうだ。アガルにも、ヤズの集落にも――俺たちが、知らないことを、知っている者が、いるはずだ」


 湊は、そう、続けた。


「特に、アガルは、この村より、はるかに、長い歴史を、持っている。天のことや、数のこと、そして、遠い土地の話。そういうことについては、向こうのほうが、詳しいかもしれない」


 この提案は、議会でも、承認された。ナギが、この交渉を、担うことになった。


 この交渉には、四ヶ月ほどが、費やされた。だが、その成果は、湊の予想を、大きく、超えるものだった。


「湊さん、驚きました」


 ナギが、そう、報告した。


「アガルから、五人。ヤズの集落から、三人。それに――さらに、遠い土地からも、二人。合わせて、十人が、この村に、来ることに、なりました」


 湊は、この報告に、深く、驚いた。


「そんなに、来るのか」


「はい。皆、この村の技術の噂を、聞いて……ぜひ、来たいと」


 こうして、探究の舎には、様々な土地から、様々な知識を持つ、講師たちが、集うことになった。


 彼らが、もたらした知識は、村にとって、まったく、新しいものだった。


 アガルから来た、年配の学者は、星の動きについての、精緻な観測記録を、持っていた。彼の知識は、村の暦を、これまでよりも、はるかに、正確なものへと、発展させることになった。


 ヤズの集落から来た者は、遠い土地の言葉と、そこで交わされる交易の慣習に、詳しかった。


 そして、さらに遠い土地から来た者は――村の誰も、聞いたことのない、数の扱い方を、知っていた。


「これは……」


 この、遠方から来た学者が、示した数の扱い方を見て、ケイは、しばらく、言葉を、失っていた。


「私たちが、これまで、苦労して、計算していたことが……この方法なら、はるかに、簡単に、できます」


 湊も、この光景に、深い感慨を、覚えていた。


 この村は、これまで、湊の記憶を、頼りに、発展してきた。だが、今、この村は――他の土地の知識を、受け入れ、そこから、学び始めている。


 それは、湊にとって、何よりも、望ましい、変化だった。


 この探究の舎への入学は、誰にでも、開かれていた。だが、その定員には、限りが、あった。


 このため、村では、初めて、入学のための、試験が、行われることになった。


「試験の中身は、どうしますか」


 ケイが、そう、尋ねた。


 湊は、しばらく、考えてから、答えた。


「知っていることを、問うのは、やめよう」


「では、何を?」


「答えの、まだ、わからない問いを、出す」


 湊は、そう、答えた。


「そして――その問いに、どう、向き合うかを、見る」


 この、極めて、風変わりな試験は、村の人々を、大いに、戸惑わせた。だが、その意図は、次第に、理解されていった。


 最初の入学者の中には、意外な人物も、含まれていた。


 湊の長男、宗だった。


 この頃、宗は、十六歳になっていた。


「父上、私は、ここで、学びたいと思います」


 宗は、そう、湊に、告げた。


「なぜだ?」


 湊の問いに、宗は、しばらく、考えてから、答えた。


「父上の書かれたものは、全部、読みました」


「ああ」


「でも――その先が、書かれていません」


 宗は、そう、続けた。


「だから、その先を、私が、探したいと思います」


 湊は、この言葉に、しばらくの間、言葉を、失っていた。


「そうか」


 湊は、そう、静かに、答えた。


 こうした、学びの場の発展と並行して、村では、増え続ける人口への対応も、続けられていた。


 特に、探究の舎の設立により、外から来る者が、さらに、増えることが、予想されていた。


「ドウ、住まいが、また、足りなくなる」


「わかっています。すでに、準備を、始めています」


 ドウは、この頃、これまでの集合住宅を、さらに、大規模化した、新しい住宅群の建設に、着手していた。


 鋼の柱を用いた、四階建て。一棟に、十六の区画。それが、複数棟、並ぶ。


 この建設には、電動工具と、機械化された建材の生産が、大きく、力を、発揮した。かつて、一棟の建設に、数ヶ月を要していたものが、今や、ひと月ほどで、完成するようになっていた。


 湊は、記録帳に、この一連の発展を、丁寧に、書き記した。


『苦痛を伴う延命は、行わないという方針を、病舎の取り決めとして確立。必ず、本人と家族の意思を確認する』

『探究の舎(大学)を設立。六ヶ月を要した。既知の技術を教えるのではなく、未知を探る場として位置づけた』

『アガル、ヤズ、その他の遠方から、十名の講師を招聘。これまで村になかった知識が、もたらされ始めている』

『入学試験を、答えのない問いへの向き合い方を見る形式とした』

『長男・宗、十六歳。探究の舎の第一期生として、入学』

『四階建ての集合住宅群を、建設中。機械化により、建設速度が大幅に向上』


 夕暮れ、湊は、探究の舎の前を、通りかかった。中からは、様々な言葉が、混ざり合って、聞こえてくる。


 湊は、四十一歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、二十七年八ヶ月ほどが、過ぎていた。


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【第91話 時点 文明発展状況】

湊41歳/漂着後 27年8ヶ月

人口:325人(招聘講師10名を含む)

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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中

02 食料・農業    ★★★★★ 継続中

03 畜産・動物    ★★★★★ 継続中

04 漁業・水産    ★★★★★ 継続中

05 狩猟・採集    ★★★★★ 継続中

06 水・衛生     ★★★★★ 継続中

07 医療・薬学    ★★★★★ 苦痛を伴う延命を行わない方針を確立

08 住居・建築    ★★★★★ 四階建て集合住宅群を建設中、建設速度が大幅向上

09 土木・インフラ  ★★★★★ 継続中

10 火・エネルギー  ★★★★★ 継続中

11 鉱業・金属    ★★★★★ 継続中

12 製造・工業    ★★★★★ 継続中

13 科学・技術    ★★★★★ 外部知識の流入により、天文・数学が飛躍的に発展

14 言語・文字・出版 ★★★★★ 研究成果の公開と相互批判という、学術の作法を確立

15 教育・研究    ★★★★★ 大学(探究の舎)を設立。外国人講師10名を招聘

16 経済・商業    ★★★★★ 継続中

17 政治・法律・行政 ★★★★★ 継続中

18 外交・交通・情報 ★★★★★ 学術交流という、新たな外交の形が生まれる

19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中

20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 「未知を探る」という価値観が、村に根付き始める

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