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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第三部 文明の礎

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第90話「見えないものを、見る」

 消防と救急の体制が整ってから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、四十一歳になろうとしていた。


 この間、村には、また、五人の新しい住人が加わっていた。人口は、三百二十一人になっていた。


 ある朝の会議で、シラが、深刻な表情で、報告を、始めた。


「湊さん、医療所が、限界です」


「どういうことだ?」


「今の建物では、もう、受け入れきれません。それに――」


 シラは、そこで、少し、言葉を、切った。


「治療する場所と、休む場所と、薬を扱う場所が、全部、一緒くたです。これでは、清潔を、保てません」


 湊は、この報告を、深く、受け止めた。


 確かに、村の医療は、この二十数年で、大きく、発展してきた。だが、その場所は、依然として、シラが、最初に開いた、小さな診療所を、少しずつ、増築してきただけの、雑然としたものだった。


「新しく、建てるべきだな」


 湊は、そう、答えた。


「それも――ただ、大きくするだけじゃなく、役割ごとに、はっきり、分けた建物を」


 この構想は、ドウと、シラが、協力して、練り上げていくことになった。


 湊は、この設計にあたり、いくつかの、重要な助言を、与えた。


「まず、病を移す恐れのある人と、そうでない人を、別々の部屋に、分けること」


 シラは、この助言に、深く、頷いた。


「確かに、そうですね。今は、同じ部屋に、寝ています」


「それに――手術をする部屋は、他と、完全に、切り離すこと。そこに入る前には、必ず、手と体を、清めること」


 湊は、そう、続けた。


「それから、急いで運ばれてきた人を、真っ先に、受け入れる場所も、必要だ」


 こうした助言をもとに、新しい医療施設――村では「病舎びょうしゃ」と呼ばれることになる建物の設計が、進められていった。


 この建物の建設には、七ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。


 完成した病舎は、三階建ての、確かな規模を持つ施設だった。一階には、急患の受け入れと、診察の部屋。二階には、入院のための部屋。そして、三階には、手術の部屋と、薬を扱う場所が、配置された。


「これで、随分と、変わります」


 シラは、そう言って、深い、感慨を、その表情に、滲ませていた。


 この病舎の完成と並行して、湊は、医療の技術そのものについても、いくつかの、重要な構想を、シラに、伝えていた。


 その一つが、体の中を、見る技術だった。


「シラ、体を、切らずに、中を、見る方法が、あるはずなんだ」


 ある日、湊は、そう、切り出した。


 シラは、この言葉に、目を、丸くした。


「切らずに、中を?」


「ああ。ある種の、目に見えない光を、体に、当てる。その光は、肉は、通り抜けるが、骨は、通り抜けにくい」


 湊は、そう、説明した。


「だから、体の向こう側に、感光する板を、置いておけば……骨の形が、影として、写るはずだ」


 シラは、しばらくの間、この説明を、理解しようと、していた。


「そんな光が、あるのですか」


「あるはずだ。ただ――どうやって、作るのかは、俺にも、よくわからない」


 湊は、正直に、そう、答えた。


「確か、真空にした管の中で、電気を、極めて、強く、流すと……出てくるはずなんだが」


 この、極めて曖昧な手がかりをもとに、レンと、シラによる、探求が、始まることになった。


 この研究は、これまでの、どの技術よりも、危険を、伴うものだった。


「湊さん、この光は……安全なのでしょうか」


 ある日、シラが、そう、尋ねた。


 湊は、この問いに、しばらく、沈黙した。


「わからない」


 湊は、そう、正直に、答えてから、続けた。


「だが――たぶん、危険だ。俺の記憶では、この光を、浴びすぎると、体を、傷める」


 湊は、そう、厳しく、付け加えた。


「だから、この研究は、極めて、慎重に、進めてほしい。それに――もし、実際に使えるようになっても、必要な時にだけ、使うこと」


 この警告を、シラは、深く、心に、刻んだ。


 この研究には、実に、八ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。


 そして、ある日。


「湊さん、写りました」


 シラが、そう言って、一枚の板を、湊に、見せた。


 その板には、確かに、人の手の骨が、影として、写っていた。


 湊は、しばらくの間、その画像を、じっと、見つめていた。


「これは……」


「実は、これは、私の手です」


 シラは、そう、答えた。


「そうか」


 湊は、そう、つぶやいてから、静かに、続けた。


「シラ、これから――お前は、この光を、必要以上に、浴びないようにしてくれ」


「わかっています」


 この「透かし写し」と呼ばれることになった技術は、その後、村の医療に、これまでにない力を、もたらすことになった。


 骨折の正確な状態。体内に残った異物。そうしたものが、切らずに、確かめられるようになったのだ。


 この技術の確立と並行して、シラは、外科手術への挑戦を、着実に、進めていた。


 すでに、清潔管理の徹底は、確立されていた。だが、依然として、大きな壁として、立ちはだかっていたのが、痛みの問題だった。


「湊さん、以前、お話しいただいた、痛みを、感じなくする気体……」


 ある日、シラが、そう、切り出した。


「あれについて、もう少し、詳しく、教えていただけませんか」


 湊は、しばらく、沈黙した。


「シラ、これは……極めて、危険な話だ」


「わかっています」


「量を、少しでも、間違えれば、そのまま、目を、覚まさなくなる。それでも、知りたいか?」


 シラは、迷いなく、答えた。


「はい。今、私は、痛みのせいで、助けられない人を、何人も、見てきました」


 湊は、この言葉に、深く、頷いた。


「わかった。だが――一つ、約束してくれ」


「なんでしょう」


「必ず、動物で、十分に、試してから。そして、人に使う時は、必ず、複数の者で、確かめながら」


 この方針のもと、シラは、麻酔の研究に、着手することになった。


 この研究は、極めて、慎重に、進められた。様々な物質を、動物に、少量ずつ、試す。その反応を、丹念に、記録する。


 この過程で、シラは、いくつもの、動物の命を、失うことになった。


「湊さん、私は……正しいことを、しているのでしょうか」


 ある日、シラが、そう、湊に、問いかけた。


 湊は、しばらくの間、答えられなかった。


「わからない」


 湊は、そう、正直に、答えてから、続けた。


「だが、お前が、この研究を、やめれば――痛みで、助けられない人が、これからも、出続ける」


 シラは、この言葉に、深く、頷いた。


「そうですね。続けます」


 この研究には、一年近い月日が、費やされることになった。


 そして、ついに、シラは、比較的、安全に、痛みを、抑えられる物質と、その使用量を、見出すことに、成功した。


 最初の手術は、腹に、大きな腫れ物を、抱えた、年配の男性に対して、行われた。


 その手術は、二刻近くに、及んだ。だが、患者は、確かに、痛みを、感じることなく、そして、手術の後、確かに、目を、覚ました。


 その男性は、その後、順調に、回復していった。


「シラ、よくやった」


 湊は、そう、静かに、シラに、告げた。


 シラは、しばらくの間、言葉を、失っていた。それから、静かに、涙を、流した。


 こうした、医療の急速な発展の中で、湊は、もう一つの、極めて、重い課題に、向き合うことになった。


 ある日、シラが、深刻な表情で、湊のもとを、訪ねてきた。


「湊さん、ご相談したいことが、あります」


「どうした?」


「ある患者のことです」


 シラは、そう言って、しばらく、言葉を、探していた。


「もう、治る見込みが、ありません。ですが……極めて、強い痛みに、苦しんでいます」


 湊は、この報告を、深く、受け止めた。


「痛みを、抑える薬は、ないのか」


「あります。以前、湊さんに、教えていただいた、あの、痛みを、和らげる薬です」


 シラは、そう、答えてから、続けた。


「ですが――量を、増やしていくと、次第に、意識が、朦朧としてきます。そして、さらに、増やせば……」


 シラは、そこで、言葉を、切った。


 湊は、その先の意味を、理解していた。


「その患者は、なんと、言っている?」


 湊は、静かに、そう、尋ねた。


「痛みから、解放されたいと。それが――たとえ、どういう形であっても、と」


 この日、湊は、これまでで、最も、重い判断を、迫られることになった。


 湊は、しばらくの間、深く、沈黙していた。


「シラ」


 やがて、湊は、静かに、口を開いた。


「これは、俺一人が、決めることじゃない」


「では……」


「議会に、諮ろう。それも――時間をかけて、慎重に」


 この課題は、その後、村の議会において、実に、三ヶ月にわたる、慎重な議論の対象と、なった。


 議論は、幾度も、激しい対立を、生んだ。


「命を、終わらせる手助けなど、してはならない」


 そう、主張する者がいた。


「では、苦しみ続けろというのか」


 そう、反論する者もいた。


 湊自身は、この議論の間、ほとんど、自分の意見を、述べなかった。


「なぜ、湊さんは、何も、おっしゃらないのですか」


 ある日、ケイが、そう、尋ねた。


「俺は、この村の、いちばん、力のある者だ」


 湊は、そう、答えた。


「だから――俺が、意見を、言えば、みんなが、それに、引きずられる。この問題だけは、そうなっては、いけない」


 三ヶ月の議論の末、議会は、極めて、限定的な結論に、達した。


 痛みを、和らげるための薬は、必要な量、使うことを、認める。その結果として、命が、短くなることが、あっても、それは、痛みを取り除くための、やむを得ない結果として、受け入れる。


 だが――命を、終わらせることを、目的として、薬を、使うことは、認めない。


 この結論に、すべての者が、納得したわけでは、なかった。


「これは、逃げているだけではないか」


 そう、主張する者も、いた。


 湊は、この批判を、深く、受け止めていた。


「そうかもしれない」


 湊は、そう、答えた。


「だが――今の俺たちには、これ以上の、答えは、出せない。これから先、もっと、考え続けていく必要がある」


 この結論は、記録として、丁寧に、残されることになった。将来、この村が、再び、この問題に、向き合う時のために。


 湊は、記録帳に、この一連の出来事を、丁寧に、書き記した。


『新たな医療施設「病舎」を建設。七ヶ月を要した。役割ごとに、明確に区分された構造』

『体内を透視する技術を確立。八ヶ月を要した。ただし、健康への害が懸念されるため、必要時のみの使用を厳守』

『麻酔の研究に、一年近くを費やし、初めての本格的な外科手術に成功』

『終末期の患者への対応について、議会で三ヶ月の議論。痛みの緩和は認めるが、命を終わらせることは認めない、という結論に至った』

『この結論に、全員が納得したわけではない。これから先も、考え続ける必要がある』


 夕暮れ、湊は、新しい病舎の前に、立っていた。


 湊は、四十一歳になった。この世界に来てから、二十七年二ヶ月ほどが、過ぎていた。


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【第90話 時点 文明発展状況】

湊41歳/漂着後 27年2ヶ月

人口:321人

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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中

02 食料・農業    ★★★★★ 継続中

03 畜産・動物    ★★★★★ 継続中

04 漁業・水産    ★★★★★ 継続中

05 狩猟・採集    ★★★★★ 継続中

06 水・衛生     ★★★★★ 継続中

07 医療・薬学    ★★★★★ 総合病舎、透視技術、麻酔、外科手術を確立

08 住居・建築    ★★★★★ 三階建ての病舎が完成

09 土木・インフラ  ★★★★★ 継続中

10 火・エネルギー  ★★★★★ 継続中

11 鉱業・金属    ★★★★★ 継続中

12 製造・工業    ★★★★★ 継続中

13 科学・技術    ★★★★★ 放射線の存在を確認し、医療応用に成功

14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中

15 教育・研究    ★★★★★ 継続中

16 経済・商業    ★★★★★ 継続中

17 政治・法律・行政 ★★★★★ 終末期医療の指針を、三ヶ月の議論を経て策定

18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中

19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中

20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 生命の尊厳をめぐる議論が、村の思想的な深まりをもたらす

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