第89話「守る手、祝う日」
二つの組織が設立されてから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、四十歳になっていた。
この間、村には、また、四人の新しい住人が加わっていた。人口は、三百十六人になっていた。
ある朝、湊が、いつものように、議事堂へ向かおうとしていると、宗が、少し、改まった様子で、声をかけてきた。
「父上、お話が、あります」
宗は、この頃、十五歳になっていた。かつて、湊が、この世界に落とされた年齢を、すでに、超えていた。
「どうした?」
宗は、しばらく、言葉を、探しているようだった。
「あの……ユナのことです」
湊は、その名を聞いて、すぐに、思い当たった。ユナは、シラの弟子の一人で、宗と、同じ頃に、学び舎に、通っていた娘だった。
「ああ、あの娘か」
「はい」
宗は、少し、顔を、赤らめながら、続けた。
「私は、いずれ、彼女と、一緒に、なりたいと、思っています」
湊は、この言葉に、しばらくの間、言葉を、失っていた。
かつて、腕に抱いていた、あの小さな赤ん坊が――今、こうして、自分の前で、そう、告げている。
「そうか」
湊は、静かに、そう、答えた。
「彼女は、なんと、言っている?」
「まだ、はっきりとは……ですが、私の気持ちは、伝えました」
「なら、焦らなくていい」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「大事なのは、お前が、彼女を、大切にできるかどうかだ。それだけだ」
宗は、この言葉に、深く、頷いた。
その夜、湊は、ミオに、この話を、伝えた。
「宗が、そんなことを」
ミオは、少し、驚いた様子だったが、すぐに、優しく、微笑んだ。
「あの子も、そういう年に、なったんですね」
「ああ」
湊は、しばらく、黙っていた。
「俺たちが、この畑で、話をしたのは……いくつの時だったかな」
「二十四の時です」
ミオは、そう、即座に、答えた。
「よく、覚えているな」
「忘れるはずが、ありません」
二人は、しばらくの間、静かに、笑い合っていた。
この、宗の話と並行して、村では、あの毎朝の会議で決まった、防災の取り組みが、着実に、進められていた。
その中心となっていたのが、消防の設備だった。
ある朝の会議で、この課題を、担当することになった、ドウが、報告を、始めた。
「湊さん、貯水の槽は、村の主要な場所に、設置が、終わりました」
「よくやった。次は?」
「水を、勢いよく、送り出す仕組みです」
湊は、この課題について、しばらく、考えを、巡らせた。
「ポンプの技術は、もう、ある。それを、大きくして、車に、載せられないだろうか」
「車に、ですか」
「そうだ。火事は、どこで、起きるか、わからない。だから、水を送る仕組みごと、現場に、駆けつけられる必要がある」
この構想のもと、レンとドウが、協力して、消防用の車両の開発に、着手することになった。
この車両には、大量の水を積む槽と、その水を、勢いよく、押し出すためのポンプが、搭載された。ポンプの動力には、車両のエンジンが、そのまま、使われることになった。
この開発には、四ヶ月ほどが、費やされた。
完成した車両の、最初の試験の日。
村の広場に、水が、高々と、吹き上げられた。その水は、三階建ての建物の、屋根の高さまで、届いた。
「これは、すごい」
集まった人々から、感嘆の声が、上がった。
この消防車の完成と並行して、村では、消防の組の訓練も、着実に、進められていた。
ガルが、この訓練を、指揮した。
「火事は、恐竜より、恐ろしいかもしれない」
ガルは、そう、若い組員たちに、語った。
「恐竜は、見える。だが、火は、あっという間に、広がる。だから――何より、速さが、命だ」
組員たちは、来る日も、来る日も、駆けつけ、水を放ち、そして、片付けるという、一連の動作を、繰り返し、訓練していった。
だが、湊は、この訓練を、見守りながら、もう一つの、重要な課題に、気づいていた。
ある朝の会議で、湊は、こう、切り出した。
「火事があった時、燃えている建物から、人を、助け出せるか」
この問いに、ガルは、しばらく、答えられなかった。
「……そこまでは、考えていなかった」
「それに――怪我をした人を、どうやって、医療所まで、運ぶ?」
この問いに、シラが、答えた。
「今は、板に、乗せて、人が、担いで、運んでいます」
「時間は、どれくらい、かかる?」
「村の端から、医療所まで……半刻ほどでしょうか」
湊は、この報告を、深く、受け止めた。
「それでは、遅すぎるかもしれない」
湊は、そう、静かに、言った。
「大きな怪我や、急な病では――その半刻が、生死を、分けることもある」
この日の会議で、新たな組織の設立が、決定された。
救急の組だった。
この組には、専用の車両が、与えられることになった。医療の道具を、積み込み、怪我人を、寝かせたまま、運べる。そして、村中の、どこへでも、素早く、駆けつけられる。
この車両の開発には、レンが、当たった。
「湊さん、一つ、難しいことが、あります」
「なんだ?」
「揺れです。今の車では、道の凸凹が、そのまま、伝わります。怪我人を、乗せるには……」
湊は、この指摘に、深く、頷いた。
「バネを、使えないだろうか」
「バネ、ですか」
「そうだ。車輪と、荷台の間に、バネを、入れる。そうすれば、揺れを、和らげられるはずだ」
この構想により、村の車両には、初めて、本格的な緩衝の仕組みが、導入されることになった。
この開発には、三ヶ月ほどが、費やされた。
完成した救急車両の、最初の試験の日。シラが、実際に、この車両に、横になってみた。
「これなら……確かに、随分と、楽です」
シラは、そう、報告した。
同時に、この救急の組には、専門の訓練が、施されることになった。
「ただ、運ぶだけでは、足りません」
シラは、そう、主張した。
「運んでいる間に、できることが、あります。血を、止める。呼吸を、確かめる。そうしたことを、この組の者は、知っている必要があります」
この訓練は、シラ自身が、直接、指導することになった。
こうした、防災と救急の体制が、整いつつあった、ある日。
実際に、その体制が、試される時が、訪れた。
夜半、村の外れの、木材を保管していた倉庫から、火が、上がったのだ。
放送が、即座に、村中に、警報を、流した。消防の組が、車両と共に、駆けつける。
水が、高々と、放たれた。
だが、その最中、一人の若者が、倒れている木材の下敷きに、なっていることが、判明した。
「まだ、中に、人がいる!」
組員たちが、必死に、木材を、取り除いていく。数分の後、その若者は、救い出された。
すぐさま、救急の車両が、駆けつけた。組員たちが、若者を、車両に、乗せる。走り出す前に、一人の組員が、シラから教わった通りに、若者の呼吸を、確かめた。
「息は、あります!」
車両は、そのまま、医療所へと、走った。半刻かかっていた道のりを、この車両は、わずか、数分で、走り抜けた。
その若者は、腕に、大きな怪我を、負っていたが――命に、別状は、なかった。
翌朝の会議で、この一件が、報告された。
「湊さん」
ガルが、そう、切り出した。
「もし、あの仕組みが、なかったら……あいつは、助からなかったかもしれない」
湊は、この報告を、深く、受け止めていた。
「そうか」
湊は、しばらく、沈黙した後、静かに、言った。
「みんなが、備えてくれていたおかげだ」
この日の会議は、いつになく、静かなものになった。だが、その場にいた誰もが、この村が、確かに、一つの、大切なものを、守り抜いたことを、実感していた。
湊は、記録帳に、この一連の出来事を、丁寧に、書き記した。
『消防用の車両を開発。四ヶ月を要した。三階建ての高さまで、放水が可能』
『救急の組を設立。専用車両にバネによる緩衝機構を導入。三ヶ月を要した』
『救急の組には、シラによる、応急処置の訓練を施した』
『実際の火災において、この体制が機能。一人の命が、救われた』
『長男・宗、十五歳。ユナという娘との、将来を、語るようになった』
湊は、四十歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、二十六年ほどが、過ぎていた。
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【第89話 時点 文明発展状況】
湊40歳/漂着後 26年
人口:316人
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 救急隊への応急処置訓練を実施
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 消防車両・救急車両を開発。緩衝機構も実用化
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 消防・救急体制が確立。実際の火災で機能し、人命を救った
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 長男・宗が、次世代としての歩みを始める
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