第88話「守る者たち」
毎朝の会議が、村の運営の柱として、定着してから、三ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、四十歳になろうとしていた。
この間、村には、また、五人の新しい住人が加わっていた。人口は、三百十二人になっていた。
ある朝の会議で、司法の場を、任されることになった、年配の男――かつて、村の記録を、長く手伝ってきた、ジンという人物が、深刻な表情で、報告を、始めた。
「湊さん、扱う揉め事の中身が、変わってきています」
「どう、変わった?」
「これまでは、境界の争いや、取引の行き違いが、ほとんどでした。ですが、この頃は……」
ジンは、そこで、少し、言葉を、切った。
「盗みが、増えています」
この報告に、会議の場が、静まり返った。
「盗み、か」
湊は、静かに、そう、つぶやいた。
かつて、この村が、まだ、数十人だった頃。誰もが、互いの顔と、暮らしぶりを、知っていた。そうした場所では、盗みという行為は、ほとんど、成立しなかった。
だが、村が、三百人を超え、さらに、外から来た労働者も、絶えず、出入りする今――状況は、大きく、変わっていた。
「他には?」
「揉め事が、力ずくの争いに、発展することも、増えました。特に、酒が、絡んだ時に」
湊は、この報告を、深く、受け止めた。
「わかった。今日は、この課題を、扱おう」
湊は、そう言って、壁の紙に、新たな項目を、書き加えた。
「まず、確かめたい。今、こうした問題が、起きた時、誰が、対応している?」
ガルが、答えた。
「俺の、防衛の組が、対応することが、多い」
「それで、うまく、いっているか?」
ガルは、しばらく、躊躇してから、答えた。
「正直に言えば、無理がある」
「どういうことだ?」
「俺の組は、恐竜から、村を守るために、作られた。だから、皆、外を、見張ることに、慣れている」
ガルは、そう、続けた。
「でも、村の中で、人と人の揉め事に、割って入るのは……まったく、別の技だ」
湊は、この指摘に、深く、頷いた。
「なるほど。確かに、そうだ」
湊は、しばらく、考えを、巡らせた。
「なら――分けよう」
湊は、そう、切り出した。
「分ける、というと?」
「村の外の脅威に、備える組と、村の中の秩序を、守る組を、別々に、作るんだ」
湊は、そう言って、紙に、書き始めた。
「外を守る組は、これまで通り、ガルが、率いる。恐竜への備え、そして――万一の、外からの脅威に、備える」
「中を守る組は?」
「新しく、作る。こちらは、村の中を、見回り、揉め事を、収め、盗みを、防ぐ」
この提案に、しばらく、議論が、続いた。
「一つ、心配なことが、あります」
シラが、そう、口を開いた。
「なんだ?」
「村の中を、守る組が……力を、持ちすぎないでしょうか」
湊は、この指摘に、深く、頷いた。
「その心配は、極めて、正しい」
湊は、そう答えてから、続けた。
「だから、この組には、厳しい、決まりを、設ける必要がある」
湊は、再び、紙に、書き始めた。
「一つ。この組の者は、いかなる場合も、人を、傷つけてはならない。取り押さえる以上のことは、してはならない」
「二つ。誰かを、捕らえた場合、必ず、司法の場に、引き渡す。この組が、罰を、決めてはならない」
「三つ。この組の行いは、議会が、常に、監督する」
「四つ。この組の者は、あの、投射の道具を、決して、持ってはならない」
この最後の項目に、ガルが、強く、反応した。
「それは、いい決まりだ」
ガルは、そう、静かに、言った。
「村の中で、あれを、使うようなことが、あっては、絶対に、ならない」
この日の会議で、二つの組織の設立が、決定された。
村の中の秩序を守る組――村では、「見守り」と呼ばれることになったこの組織は、その後、十数名の若者たちによって、編成されることになった。
その長には、意外な人物が、選ばれた。
かつて、ヤズの集落から、留学生として、この村に来た、ロタだった。彼は、この頃、議会代表としても、確かな信頼を、得ていた。
「なぜ、私なのですか」
ロタは、この任命に、戸惑いを、見せた。
「お前が、外から来た者だからだ」
湊は、そう、答えた。
「今、この村には、昔からいる者と、外から来た者が、混ざっている。もし、昔からいる者だけで、この組を作れば……外から来た者は、必ず、不公平を、感じる」
ロタは、この言葉に、深く、頷いた。
「わかりました。お引き受けします」
この、見守りの組の設立と並行して、湊は、もう一つの、より重い課題にも、向き合っていた。
外からの脅威への、備えだった。
ある朝の会議で、湊は、こう、切り出した。
「今日は、少し、重い話を、したい」
一同は、湊の、いつになく、真剣な表情に、緊張した。
「アガルの、新しい王が、即位してから、もう、四年以上が、経つ」
湊は、そう、続けた。
「その間、正式な、やり取りは、ほとんど、ない」
ナギが、この指摘に、答えた。
「交易は、続いています。ですが、確かに……以前より、行き来が、減っています」
「それが、気になる」
湊は、静かに、そう、言った。
「先王とは、対等な同盟を、結んだ。だが、新しい王が、それを、どう、考えているか。それが、まったく、わからない」
この日の議論は、極めて、慎重に、進められた。
「もし――万一だが、アガルが、この村に、力で、迫ってきたら」
湊は、そう、切り出した。
「今の俺たちに、それを、防ぐ力は、あるか」
ガルが、しばらく、考えてから、答えた。
「正直に言えば……わからない」
「なぜだ?」
「俺の組は、恐竜と、戦うことには、慣れている。だが、人と、戦ったことは、一度も、ない」
この言葉に、会議の場は、重い、沈黙に、包まれた。
「湊さん」
しばらくして、ロタが、口を開いた。
「私は、外から来た者として、一つ、申し上げたいことが、あります」
「聞かせてくれ」
「戦う準備を、することは……戦うことを、望むことでは、ありません」
ロタは、静かに、そう、続けた。
「むしろ、備えがあるからこそ、相手は、力で、迫ってこない。私の故郷では、そう、教わりました」
湊は、この言葉を、深く、受け止めていた。
湊自身、この点については、長く、悩み続けてきた。備えることは、争いを、呼び込むことになるのではないか。だが、備えなければ、守れないものが、ある。
「わかった」
湊は、しばらくの沈黙の後、そう、答えた。
「ガルの組を、正式に、外からの脅威に、備える組織として、位置づけよう」
湊は、そう言って、続けた。
「ただし――こちらにも、厳しい決まりを、設ける」
「一つ。この組は、決して、こちらから、他の集落を、攻めない」
「二つ。あの、投射の道具は、議会の、明確な決定なしに、使ってはならない」
「三つ。この組を、動かす決定は、必ず、議会が、行う。一人の判断で、動かしてはならない」
この最後の項目について、湊は、特に、強調した。
「これは、俺自身にも、当てはまる。俺が、一人で、この組を、動かすことは、できない」
こうして、村には、初めて、村の中を守る「見守り」と、外からの脅威に備える「守り手」という、二つの、明確に区分された組織が、設立されることになった。
この、二つの組織の設立に伴い、村の憲法――「基本の書」にも、大きな、改正が、加えられることになった。
この改正は、議会での、慎重な審議を経た後、村の全住民による、投票に、諮られることになった。
「なぜ、投票を、するのですか」
ある日、ロタが、そう、尋ねた。
「基本の書は、この村の、いちばん、根っこの決まりだ」
湊は、そう、答えた。
「それを、変えるなら――村の全員の、意思を、確かめるべきだ」
この投票の日、村の広場には、これまでで、最も多くの人々が、集まった。
湊は、投票の前に、集まった人々の前で、こう、語った。
「今日、皆に、決めてもらうことは……この村を、どう、守るかということだ」
湊は、静かに、続けた。
「守るための力を、持つ。それは、必要なことだ。だが、同時に――その力が、いつか、俺たち自身に、向けられる危険も、ある」
人々は、真剣な表情で、湊の言葉に、耳を、傾けていた。
「だから、その力には、厳しい決まりを、つけた。この決まりが、正しいと思うなら、賛成してほしい。もし、違うと思うなら、反対してほしい」
投票の結果、この改正は、圧倒的多数の賛成をもって、承認された。
だが、湊が、何よりも、重く、受け止めたのは、少数ながら、確かに、存在した、反対票だった。
「反対した人たちの、意見も、聞くべきだ」
湊は、そう、議会に、求めた。
後日、反対した人々からの、聞き取りが、行われた。その多くは、力を持つことそのものへの、根深い懸念だった。
「その懸念は、正しい」
湊は、そう、答えた。
「だから、この決まりは、これから先も、常に、見直していく必要がある」
湊は、記録帳に、この一連の出来事を、丁寧に、書き記した。
『村内の秩序を守る「見守り」と、外からの脅威に備える「守り手」を、明確に区分して設立』
『見守りには、人を傷つけない、罰を決めない、投射の道具を持たないという、厳格な制約を課した』
『守り手には、こちらから攻めない、議会の決定なしに武器を使わない、一人の判断で動かさないという制約を課した』
『これらを、基本の書に加える改正を、全住民投票により、承認』
『反対した者の意見も、聞き取り、記録した。この決まりは、常に、見直していく必要がある』
夕暮れ、湊は、議事堂の窓から、村を、見渡していた。
湊は、四十歳になった。この世界に来てから、二十五年五ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第88話 時点 文明発展状況】
湊40歳/漂着後 25年5ヶ月
人口:312人
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 憲法改正を、全住民投票により承認。統治の正統性が確立
18 外交・交通・情報 ★★★★★ アガル新王との関係が、依然として未確認
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 治安組織と防衛組織を分離設立。厳格な制約を課す
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 力の行使に対する、厳しい歯止めが、村の理念として確立
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