第87話「毎朝、この部屋で」
動く絵の装置が完成してから、ふた月ほどが過ぎていた。湊は、三十九歳になっていた。
この間、村には、また、四人の新しい住人が加わっていた。人口は、三百七人になっていた。
ある夜、湊は、書庫で、村の課題を、改めて、書き出していた。
鉄鉱床の枯渇。司法の不在。医療の限界。災害への備え。電力の不足。そして――貧富の差。
「これは……一つずつ、順番に、やっていては、間に合わないな」
湊は、そう、独り言のように、つぶやいた。
これまで、湊は、一つの課題に取り組み、それが、ある程度、形になってから、次の課題へと、進んできた。だが、村が、これほどの規模になった今、そのやり方では、課題の発生速度に、対応が、追いつかなくなっていた。
翌朝、湊は、九分野の長と、五人の議会代表を、議事堂の一室に、招集した。
「今日から、毎朝、ここに、集まってほしい」
湊は、そう、切り出した。
一同は、この、突然の宣言に、戸惑いを、見せた。
「毎朝、ですか」
ドウが、そう、尋ねた。
「そうだ。日が昇ってから、一刻ほど。それだけでいい」
湊は、壁に、あの、課題を書き出した大きな紙を、掲げた。
「ここに、今、村が抱えている課題を、全部、書き出した。これを、一つずつ、片付けていく」
ケイが、その紙を、じっと、見つめた。
「これは……随分と、多いですね」
「ああ。だから、一日一つずつでも、進めていく必要がある」
湊は、静かに、続けた。
「毎朝、俺が、その日の課題について、俺の知っていることを、全部、話す。そして、みんなで、その日のうちに、どうするかを、決める。決まったら、その日から、実際に、動いてもらう」
この提案に、しばらく、沈黙が、続いた。それから、レンが、口を開いた。
「湊さん、それは……相当な、負担になりませんか。湊さん自身にとって」
湊は、その言葉に、静かに、笑った。
「俺は、実務は、やらない。ただ、話して、書くだけだ。それくらいなら、できる」
こうして、村の歴史上、初めての、毎朝の緊急会議が、始まることになった。
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**一日目。鉄鉱床の枯渇。**
「まず、これから、始めよう」
湊は、そう、切り出した。
「今の鉱床が、あとどれくらい、もつ?」
レンが、記録を、確かめながら、答えた。
「今の使う量なら……三年ほどでしょうか」
「三年か。思ったより、短いな」
湊は、しばらく、考えを、巡らせた。
「解決の道は、三つ、あると思う」
湊は、そう言って、紙に、書き始めた。
「一つ。新しい鉱床を、探す」
「二つ。今、使っている鉄を、無駄なく、使い切る」
「三つ。使い終わった鉄を、集めて、もう一度、溶かして、使う」
この三つ目に、レンが、強い関心を、示した。
「使い終わった鉄を、もう一度……ですか」
「そうだ。鉄は、燃えて、なくなるものじゃない。錆びても、形が変わっても、鉄は、鉄のままだ」
湊は、そう、説明した。
「壊れた道具。古くなった部品。そういうものを、村中から、集めて、鉄場で、もう一度、溶かす。そうすれば、新しく掘る量を、減らせるはずだ」
この発想は、レンにとって、まったく、新しいものだった。
「なるほど……確かに、そうですね」
この日の会議で、三つの方針が、すべて、決定された。
ガルが、新しい鉱床の探索隊を、編成する。レンが、鉄の使用量を、見直す。そして、村中に、使い終わった鉄を、集める仕組みを、作る。
この、鉄の回収の仕組みは、その日のうちに、放送で、村中に、周知された。
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**二日目。司法の不在。**
「次は、争いごとの、解決の仕組みだ」
湊は、そう、切り出した。
「今、村で、揉め事が、起きたら、どうしている?」
トウが、答えた。
「区画の代表が、間に入って、話を、聞きます。それでも、収まらなければ、議会に、持ち込まれます」
「それで、うまく、いっているか?」
トウは、しばらく、躊躇してから、答えた。
「正直に言えば……最近、増えてきていて。議会の時間が、揉め事の解決で、埋まってしまうことも、あります」
湊は、この報告を、深く、受け止めた。
「なら、専門の場所を、作ろう」
湊は、そう言って、紙に、書き始めた。
「揉め事を、専門に、扱う場所だ。そこには、争っている両方から、話を、じっくり、聞く役目の者を、置く」
「その者は、誰が、選ぶのですか」
ケイが、そう、尋ねた。
「そこが、大事なところだ」
湊は、静かに、続けた。
「議会が、選ぶ。でも――いったん選ばれたら、議会も、その判断に、口を出せない」
この提案に、一同は、しばらく、沈黙した。
「なぜ、そこまで、するのですか」
ドウが、そう、尋ねた。
「もし、判断する者が、議会の言いなりなら……議会に、力のある者が、いつも、勝つことになる」
湊は、そう、答えた。
「そうなれば、誰も、その判断を、信じなくなる」
この日の会議で、司法の仕組みの、基本方針が、決定された。実際の設立には、時間がかかるが、その日から、準備が、始まることになった。
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**三日目。医療の高度化。**
「シラ、今、いちばん、困っているのは、何だ?」
湊の問いに、シラは、しばらく、考えてから、答えた。
「体の中の、悪いところを、取り除けないことです」
「切って、治すということか」
「はい。でも……切れば、痛みで、暴れてしまいます。それに、切ったところから、悪いものが入って、かえって、命を落とすことも」
湊は、この訴えを、深く、受け止めた。
「痛みを、感じなくする方法が、あるはずなんだ」
湊は、そう、切り出した。
「ある種の気体を、吸わせると……眠ったようになって、痛みを、感じなくなる」
シラは、この言葉に、目を、見開いた。
「そんなものが、あるのですか」
「あるはずだ。ただ――量を、間違えると、そのまま、目を覚まさなくなる。極めて、危険なものだ」
湊は、そう、厳しく、付け加えた。
「それに、切ったところから、悪いものが入るのを、防ぐには……道具も、手も、傷口の周りも、全部、徹底的に、清潔にする必要がある」
シラは、この助言を、一つ一つ、丁寧に、書き留めていった。
「まずは、清潔にすることから、始めます。それなら、今日からでも、できます」
この日の会議で、シラは、外科手術に向けた、段階的な準備を、始めることになった。
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**四日目。災害への備え。**
「火事が、起きたら、どうする?」
湊の、この問いに、一同は、しばらく、答えられなかった。
「……水をかけて、消すしか、ありません」
ガルが、そう、答えた。
「今の村は、木造の建物も、多い。それに、油や、燃料も、たくさん、ある」
湊は、静かに、続けた。
「もし、大きな火事が、起きたら……村の半分が、なくなるかもしれない」
この言葉に、集会所の空気が、張り詰めた。
「まず、消すための、仕組みが、必要だ」
湊は、そう言って、紙に、書き始めた。
「一つ。村のあちこちに、水を、貯めておく」
「二つ。ポンプで、水を、勢いよく、送り出す仕組みを、作る」
「三つ。火事の時に、駆けつける、専門の組を、作る」
「四つ。建物と建物の間に、火が、燃え移らない距離を、確保する」
ドウが、この最後の項目に、強く、反応した。
「距離を、確保する……ということは、今の建物を、動かすのですか」
「全部は、無理だろう。だが、これから建てるものについては、決まりを、作れるはずだ」
この日の会議で、消防の組織と、建築の新しい決まりが、決定された。
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こうした会議が、来る日も、来る日も、続いていった。
五日目は、電力の増強。六日目は、貧富の差への対応。七日目は、耕地の拡大。
湊は、毎朝、その日の課題について、自分の知る限りのことを、すべて、話した。そして、その場で、方針を、決めた。決まったら、その日から、それぞれの長が、実行に、移していった。
二週間ほどが過ぎた頃、ケイが、湊に、こう、言った。
「湊さん、驚いています」
「何が?」
「この二週間で……これまでの、半年分ほどの、決定が、なされました」
湊は、この報告に、静かに、頷いた。
「そうか」
「それに――皆、以前より、ずっと、生き生きとしています」
湊は、この言葉に、少し、驚いた表情を、見せた。
「なぜだと思う?」
「たぶん……何をすべきか、はっきり、わかるからです」
ケイは、そう、答えた。
「これまでは、それぞれが、自分の分野のことだけを、考えていました。でも、今は、村全体で、何が、問題なのかが、見えている」
湊は、この言葉を、深く、噛み締めていた。
一ヶ月が、過ぎた頃。
湊は、いつものように、壁に掲げられた課題の表の前に、立っていた。だが、その表には、すでに、多くの印が、付けられていた。
鉄の回収の仕組みが、動き始めていた。司法の場が、設立されていた。シラは、清潔な手術の準備を、着実に、進めていた。消防の組が、編成され、村のあちこちに、貯水の槽が、設けられていた。
「湊さん」
ケイが、そう、声をかけた。
「ほとんど、片付きましたね」
湊は、しばらくの間、その表を、じっと、見つめていた。
「そうだな。だが――」
湊は、そう言って、新しい紙を、取り出した。
「解決すれば、必ず、また、新しい課題が、出てくる」
湊は、そう言って、その紙に、書き始めた。
「だから、この会議は、終わりにしない。これからも、毎朝、続けよう」
ケイは、この言葉に、深く、頷いた。
この、毎朝の会議は、以降、村の運営の、確かな柱として、根付いていくことになった。湊が、この村を去った、はるか後の時代まで――この会議は、続けられることになる。
湊は、記録帳に、この一ヶ月の出来事を、丁寧に、書き記した。
『毎朝の緊急会議を、開始。村の全課題を、一枚の表に掲げ、一日一つずつ、方針を決定していく形式とした』
『一ヶ月で、これまでの半年分に相当する決定が、なされた』
『鉄の回収、司法の場、外科への準備、消防組織と防火規定など、主要な課題が、次々と、解決に向かった』
『解決すれば、また、新しい課題が生まれる。だから、この会議は、これからも、続けていく』
夕暮れ、湊は、議事堂の一室で、明日の会議のための、準備を、していた。
湊は、三十九歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、二十四年十ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第87話 時点 文明発展状況】
湊39歳/漂着後 24年10ヶ月
人口:307人
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 耕地拡大の方針を決定
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 防火用の貯水槽を各所に設置
07 医療・薬学 ★★★★★ 外科手術に向けた、清潔管理の準備を開始
08 住居・建築 ★★★★★ 防火のための建築規定を策定
09 土木・インフラ ★★★★★ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 電力増強の方針を決定
11 鉱業・金属 ★★★★★ 鉄の回収・再溶解の仕組みを構築、新鉱床の探索を開始
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 貧富の差への対応方針を決定
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 司法の場を設立、議会から独立した判断機関を確立
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 消防組織を編成、災害対応体制が確立
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 継続中
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【新規記述書物】『毎朝の書』(会議の記録。以降、村の運営の柱として継続)
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