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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第一部 生き延びる

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第9話「名を持つ者たち」

 オルガとの対峙から半月が過ぎた。


 あの日を境に、集落内での湊の立場は、目に見えて変化していた。完全な信頼とまではいかないが、湊が持ち込む知識に耳を傾ける者が、着実に増えていたのだ。


 水を沸かす習慣は、今では集落の半数以上に定着していた。あの幼児をはじめ、体調を崩していた者たちも、次第に元気を取り戻していった。何より大きかったのは、新たな発熱者の数が、目に見えて減少したことだった。


 結果が、何よりの説得材料になった。


 ある朝、湊はガルに連れられて、集落の少し離れた場所へと案内された。そこには、これまであまり接する機会のなかった人々が集まっていた。ガルが身振りを交えながら、湊に一人ずつを紹介していく。


 最初に紹介されたのは、若い女性だった。手には様々な草を束ねて持っている。ガルは自分の腹を押さえて苦しむ真似をしたあと、その女性を指さし、それから草を口にする仕草をした。薬草に詳しい人物、ということらしい。彼女の名は、シラといった。オルガの孫娘だと、後になって湊は知ることになる。


 次に現れたのは、体格の良い寡黙な男だった。地面を指さし、それから両手で何かを掘る仕草を繰り返す。土木に長けた人物なのだろう。名はドウ。言葉は少ないが、その分、動作の一つ一つに確かな技術の裏打ちが感じられた。


 三人目は、いつも火のそばにいるという男だった。焚き火の中の熾火を見つめる目つきに、他の誰とも違う執着が滲んでいる。名はタギ。石を打ち合わせ、火花を散らして見せる仕草からは、金属や鉱物への強い関心がうかがえた。


 四人目は、種のようなものを集めるのが癖になっている少女だった。地面に指で小さな穴を掘り、そこに何かを埋める仕草をする。名はミオ。歳はまだ湊とそう変わらないように見えたが、その眼差しには、植物への深い観察眼が宿っていた。


 五人目は、川辺育ちらしい少年だった。舟のような形を両手で作って見せ、水面を漕ぐ真似をする。名はナギ。すでに簡素な筏のようなものを一人で作った経験があるらしいことが、身振りから伝わってきた。


 六人目は、指を折って何かを数える仕草を繰り返す老人だった。名はケイ。集落の中で、唯一「数える」という概念を明確に持っている人物のようだった。


 七人目は、洞穴の壁や木の幹に、装飾的な模様を彫る青年だった。名はイワ。彼の作る彫刻には、単なる記録以上の、美的なこだわりが感じられた。


 そして最後に、ガル自身。狩猟と、集団を率いる戦法において、集落の中でも一目置かれる存在だった。


 湊は、これから何が起ころうとしているのか、次第に理解し始めていた。ガルは――そしておそらく、彼らの背後にいる集落の年長者たちは――湊という異邦人が持つ知識を、それぞれの得意分野を持つ者たちに橋渡ししようとしているのだ。


 湊の胸に、熱いものが込み上げてきた。一人では何もできない。だが、それぞれの分野に精通した人々が集まれば、話は違ってくる。


 湊はその場で、地面に大きな図を描き始めた。中心に自分自身を示す簡単な絵を描き、そこから八本の線を伸ばし、それぞれの先に、今紹介された七人とガルの絵を配置していく。


 そして、それぞれの絵の近くに、その人物が象徴するものを描き加えた。シラの近くには薬草の絵。ドウの近くには掘り起こされた土の絵。タギの近くには金属らしき塊。ミオの近くには芽吹く植物。ナギの近くには舟。ケイの近くには数を示す線。イワの近くには彫刻の模様。そしてガルの近くには、獲物を狩る弓矢。


 湊は最後に、自分自身の絵から伸びる八本の線の根元に、一つの丸を描いた。それは「書」を象徴するつもりだった――自分は、知識を書き記し、それを彼らに渡す役目を担う。実際に形にするのは、彼ら自身の手だ。


 この図を見た者たちの反応は、様々だった。感心する者、まだ半信半疑な者。だが、少なくとも、湊が何を伝えようとしているかは、おおよそ理解されたようだった。


 その日から、湊の生活は大きく変わった。毎朝、湊はそれぞれの専門分野を持つ者たちのもとを回り、身振りと簡単な単語、そして絵を使って、現代知識の断片を伝えていった。


 シラには、傷口の洗浄と乾燥した草での止血について。ドウには、水路を掘る際の勾配の重要性について。タギには、火力を高めるための炭の作り方について。それぞれが理解できる形に噛み砕きながら、湊は自分の知る限りの知識を、少しずつ分け与えていった。


 夜、湊はレポート用紙に、その日一日の記録を書き留めた。


『八人の協力者が定まる。シラ(薬)、ドウ(土木)、タギ(金属)、ミオ(農)、ナギ(漁・舟)、ケイ(数)、イワ(彫刻・建築)、ガル(狩猟・統率)』

『自分は実務を担わず、知識を伝え、記録する役目に徹する』


 書きながら、湊はふと、これまでの自分の在り方を振り返っていた。運動も喧嘩も得意ではない、ごく普通の中学生。だが、この世界において、自分にできる唯一のことがある。それは、知っていることを、忘れないうちに、正確に、誰かに伝えること。


 自分が全部やる必要はない。むしろ、自分がやってはいけない。実際に手を動かし、技術を磨き、発展させていくのは、彼ら自身であるべきだ。


 その考えに至ったとき、湊は初めて、この世界での自分の役割――「書く者」としての立ち位置を、はっきりと自覚した。


 遠くで、オルガの小屋の灯りが揺れているのが見えた。彼女はまだ、この輪の中には加わっていない。だが、いずれ、その日が来るかもしれない。湊はそんな予感を抱きながら、静かに眠りについた。


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【第9話 時点 文明発展状況】

人口:31人(集落含む)/漂着後 30日

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01 生存・サバイバル ★★★☆☆ 集落全体での生存基盤が安定化

02 食料・農業    ★☆☆☆☆ ミオとの知識共有が開始

03 畜産・動物    ☆☆☆☆☆ 未着手

04 漁業・水産    ★★☆☆☆ ナギとの知識共有が開始

05 狩猟・採集    ★★☆☆☆ ガルとの連携が本格化

06 水・衛生     ★★☆☆☆ 継続中、集落の半数以上に定着

07 医療・薬学    ★★☆☆☆ シラとの知識共有が開始

08 住居・建築    ★★☆☆☆ イワとの知識共有が開始

09 土木・インフラ  ★☆☆☆☆ ドウとの知識共有が開始

10 火・エネルギー  ★★☆☆☆ タギとの知識共有が開始

11 鉱業・金属    ★☆☆☆☆ タギの関心を確認、着手段階

12 製造・工業    ★☆☆☆☆ 継続中

13 科学・技術    ★☆☆☆☆ ケイとの数の共有が開始

14 言語・文字・出版 ★★★☆☆ 図解による専門分野の可視化に成功

15 教育・研究    ★☆☆☆☆ 個別指導という形での教育が始動

16 経済・商業    ☆☆☆☆☆ 未着手

17 政治・法律・行政 ★☆☆☆☆ 八人の協力体制という原型が形成

18 外交・交通・情報 ★★☆☆☆ 継続中

19 軍事・防災・治安 ☆☆☆☆☆ 未着手

20 文化・娯楽・思想 ★☆☆☆☆ イワの彫刻文化に着目

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【新規記述書物】『八つの専門・第一葉』(協力者ごとの役割図)

【次なる課題】各専門分野の本格的な技術移転、オルガの取り込み

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