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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第一部 生き延びる

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第8話「オルガの目」

 幼児の熱が完全に下がった頃、湊は集落の中心――焚き火を囲む広場で、初めてオルガと正面から対峙することになった。


 それは偶然ではなかった。オルガの側から、湊を呼びつけたのだ。


 湊が広場に着くと、そこにはオルガだけでなく、集落の主だった大人たちが集まっていた。ガルの姿もある。空気は張り詰めていたが、これまでのような一方的な敵意とは、少し質が違っていた。品定めをされている、という感覚に近かった。


 オルガは湊の前に立つと、杖の先で地面を叩き、何かを問いかけるように話し始めた。湊にはほとんど理解できなかったが、繰り返される単語の中に、「水」と「病」に相当する音があることに気づいた。


 湊は覚悟を決めた。ここで曖昧な態度を取れば、これまで積み上げてきたものが崩れかねない。


 湊は地面に膝をつき、小枝を手に取ると、絵を描き始めた。まず、よどんだ水たまりの絵。その隣に、苦しむ人の絵。矢印で繋ぎ、二つが関係していることを示す。


 次に、火の絵と、沸騰する水の絵を描いた。そしてその隣に、元気な人の絵を描き、再び矢印で繋ぐ。


 単純な図解だった。だが、これまでの実演と組み合わさることで、意味は確実に伝わっていた。周囲の大人たちが、絵と実際に起きたことを重ね合わせ、小さくざわめき始める。


 オルガは、その絵をじっと見つめていた。表情は変わらない。だが、彼女の目に浮かんでいたのは、単純な怒りではなく、もっと複雑な――警戒と、わずかな困惑が入り混じった色だった。


 オルガは何かを鋭く言い放った。湊には理解できなかったが、口調から察するに、疑問というより、詰問に近いものだった。


 このとき、ガルが初めて口を開いた。ガルは湊の隣に進み出ると、自分の言葉で何かを語り始めた。おそらく、湊が実際に幼児を救った経緯、水を沸かした過程、そして自分自身が率先してその水を飲んでみせたことなどを、説明しているようだった。


 ガルの言葉に、集落の何人かが頷いた。オルガの表情は変わらなかったが、少なくとも、彼女は最後までガルの話を遮らなかった。


 沈黙が広場を支配した。オルガは湊を見つめ、それから地面に描かれた絵に視線を落とした。長い時間が流れたように感じられたが、実際には数十秒のことだったかもしれない。


 やがてオルガは、杖を引き、背を向けた。何も言わずに、その場を去っていく。


 それが敗北を認めた態度なのか、それとも一時的な様子見なのか、湊には判断がつかなかった。だが、少なくとも、この場で湊が排除されることはなかった。


 広場に残った大人たちの空気は、明らかに以前とは違っていた。完全な信頼とは言えないまでも、湊という存在を、「無視できないもの」として認識し始めているのが感じられた。


 その夜、ガルが湊のもとを訪れた。ガルは真剣な表情で、身振りを交えながら何かを伝えようとしていた。湊が理解できたのは、断片的な単語だけだった。「オルガ」「昔」「病」「多く死んだ」。


 湊はそこから、ある推測を組み立てた。おそらく過去に、この集落は疫病によって多くの人を失った経験がある。オルガはその際、精霊への祈りや儀式で対応しようとしたが、効果はなかった。あるいは、逆に何らかの理由で、彼女の権威そのものが、その悲劇と結びついているのかもしれない。


 だとすれば、オルガが湊に見せる敵意の根底には、単なる異邦人への警戒以上の、深い傷があるのかもしれなかった。


 湊はその夜、レポート用紙に今日の出来事を書き記しながら、複雑な感情を抱いていた。


『オルガとの対峙。決定的な対立には至らなかったが、和解にも至っていない』

『オルガの背景には、過去の疫病による喪失があると推測される』

『力ではなく、理解し合うための時間が必要だ』


 湊は筆を止め、しばらく考え込んだ。


 この世界で生き延びるためには、単に知識を伝えるだけでは足りない。それを受け取る側の事情、痛み、歴史――そうしたものにも、目を向けなければならない。


 湊は紙を閉じ、火を見つめた。オルガという存在は、これから先、敵にも味方にもなり得る。それがどちらに転ぶかは、湊自身の振る舞いにかかっているのかもしれなかった。


 遠くで、夜の闇の中を何か大きな生き物が移動する気配がした。湊はその音に一瞬身構えたが、すぐに気配は遠ざかっていった。


 この世界には、まだ知らない危険と、まだ知らない可能性が、無数に広がっている。湊はそのことを、改めて強く意識しながら、眠りについた。


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【第8話 時点 文明発展状況】

人口:31人(集落含む)/漂着後 15日

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01 生存・サバイバル ★★☆☆☆ 継続中

02 食料・農業    ☆☆☆☆☆ 未着手

03 畜産・動物    ☆☆☆☆☆ 未着手

04 漁業・水産    ★☆☆☆☆ 継続中

05 狩猟・採集    ★☆☆☆☆ 継続中

06 水・衛生     ★★☆☆☆ 図解による説明で理解者が拡大

07 医療・薬学    ★☆☆☆☆ 継続中

08 住居・建築    ★☆☆☆☆ 継続中

09 土木・インフラ  ☆☆☆☆☆ 未着手

10 火・エネルギー  ★★☆☆☆ 継続中

11 鉱業・金属    ☆☆☆☆☆ 未着手

12 製造・工業    ★☆☆☆☆ 継続中

13 科学・技術    ☆☆☆☆☆ 未着手

14 言語・文字・出版 ★★★☆☆ 図解による説明が集落内で有効性を証明

15 教育・研究    ☆☆☆☆☆ 未着手

16 経済・商業    ☆☆☆☆☆ 未着手

17 政治・法律・行政 ★☆☆☆☆ オルガとの直接対峙、集落内での立場が変化

18 外交・交通・情報 ★★☆☆☆ 継続中

19 軍事・防災・治安 ☆☆☆☆☆ 未着手

20 文化・娯楽・思想 ☆☆☆☆☆ 精霊信仰と実証知識の緊張関係が継続

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【新規記述書物】なし(口頭・図解による説明が中心)

【次なる課題】オルガとの関係の行方、集落内での正式な役割確立、八人の協力者の選定へ

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