↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第一部 生き延びる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/101

第7話「疫病の影」

 集落での生活が始まって五日が過ぎた頃、異変が起きた。


 最初に気づいたのは、湊がガルの家族の小屋の近くを歩いていたときだった。小さな子供の泣き声が、いつもより弱々しく、苦しげに聞こえたのだ。


 湊が様子をうかがうと、母親らしき女性が、ぐったりとした幼児を抱きかかえていた。子供の顔は青白く、荒い呼吸を繰り返している。額に触れると、燃えるように熱かった。


 湊の中で、警鐘が鳴った。


 この十日間で、湊は集落の子供たちの何人かと、少しずつ交流を持つようになっていた。名前もいくつか覚えた。彼らが苦しんでいる姿は、単なる「よその子供の病気」では済まされない感覚を湊にもたらした。


 湊は集落を見回した。他にも数人、同じように体調を崩している者がいることに気づく。特に子供と高齢者に多かった。


 ――これは、まずい。


 湊の頭の中で、理科の授業や、家庭科の授業で聞いた断片的な知識が繋がり始めた。集団生活の場で、こうした症状が同時多発的に広がる場合、多くは水や食べ物を介した感染症だ。


 湊は集落の水源を確認しに向かった。集落の人々が飲み水を汲んでいる場所は、湊が最初に見つけた上流の澄んだ川ではなく、集落のすぐそばにある小さな水たまりのような場所だった。よどんだ水面には、藻や不純物が浮いている。


 湊は水を手に取り、匂いを嗅いだ。かすかに、腐敗臭に似た匂いがする。


 ――これだ。


 湊はすぐに、身振りでガルに「この水を飲むのは危険だ」と伝えようとした。だが、言葉の壁は、こういう緊急時にこそ厳しく立ちはだかった。単語をいくら並べても、「なぜ」という理由まで伝える手段がない。


 湊は焦りながらも、できることを考えた。まず、自分にできる最も確実な行動――水を沸かすことを、実演して見せることにした。


 湊は貝殻の容器を持ち出し、集落の中央の焚き火のそばで、水たまりから汲んだ水を煮沸し始めた。周囲の人々が、何をしているのかと集まってくる。


 湊は身振りで説明を試みた。水を指さし、それから自分の腹を押さえて苦しむ真似をする。次に、沸かした水を指さし、元気な様子を演じて見せる。単純だが、視覚的にわかりやすい寸劇だった。


 集落の人々の反応は分かれた。興味深そうに見る者もいれば、理解できず首をかしげる者もいる。そして、あの老女――呪術師的立場にある女性が、鋭い声を上げて割り込んできた。


 彼女は湊の行動を指さし、明らかに非難する口調で何かをまくし立てた。周囲の何人かが、その言葉に頷き始める。湊にはわからなかったが、おそらく「よそ者が余計なことをするな」「病は精霊の怒りだ」といった内容を語っているのだろうと想像がついた。


 空気が再び張り詰め始めた。湊は追い詰められた気分になったが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。子供たちの命がかかっている。


 湊はガルに視線を送った。この状況を打開できるとすれば、集落内である程度の信頼を得ているガルしかいない。


 ガルは少しの間、老女と湊の両方を見比べていたが、やがて意を決したように前に出た。ガルは湊が沸かした水を手に取り、躊躇なく口にした。


 周囲がざわめいた。老女が何かを叫んだが、ガルは動じず、湊を見て小さく頷いた。


 その日の午後、湊は熱を出していた幼児のもとを訪れることを許された。母親は不安そうな表情を浮かべていたが、拒絶はしなかった。


 湊にできることは限られていた。解熱剤も抗生物質もない。だが、湊は防災イベントで聞いた「発熱時の対応」を思い出していた。体を冷やし、水分を絶やさないこと。


 湊は沸かして冷ました水を、少しずつ幼児に飲ませるよう身振りで母親に伝えた。同時に、濡らした布――手持ちのハンカチを使って、幼児の額と首筋を冷やす方法も実演して見せた。


 その夜、湊は集落に留まり、幼児の容態を見守り続けた。母親も、他の女性たちも、湊の行動を注意深く観察していた。


 夜半、幼児の呼吸が、わずかに落ち着き始めた。熱も、完全に下がったわけではないが、朝方よりは幾分和らいでいるようだった。


 母親が、湊の手を握りしめた。言葉はなかったが、その目に浮かんだ感情は、湊にも十分に伝わった。


 翌日、集落の水汲み場に、変化が起きていた。何人かの女性たちが、湊のやり方を真似て、水を沸かしてから飲むようになっていたのだ。すべての人が受け入れたわけではない。老女を中心とした一派は、依然として湊のやり方に懐疑的だった。


 それでも、確かに一つの流れが生まれつつあった。


 湊はその夜、レポート用紙に今日の出来事を書き記した。


『集落で疫病発生。原因は不衛生な水源と推測。煮沸消毒を実演し、一部の住民に受け入れられる』

『呪術師的立場の老女は強く反発。信頼と対立が同時に進行している』


 書きながら、湊は改めて実感していた。知識だけでは足りない。それを伝え、信じてもらい、実践してもらうまでの過程こそが、本当の意味で困難なのだと。


 だが同時に、今日、確かに一人の子供の命を救う手助けができた。その事実は、湊にとって何よりの確信となった。


 自分にできることは、戦うことでも、狩ることでもない。だが、知っていることを、正しく伝えることならできる。


 湊は火を見つめながら、ガルが差し出した焼いた木の実を口にした。今日一日の疲労が、体の芯からじんわりと滲み出てくるようだった。それでも、心のどこかに、確かな手応えが残っていた。


---


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【第7話 時点 文明発展状況】

人口:31人(集落含む)/漂着後 14日

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

01 生存・サバイバル ★★☆☆☆ 集落内での生存基盤への関与が始まる

02 食料・農業    ☆☆☆☆☆ 未着手

03 畜産・動物    ☆☆☆☆☆ 未着手

04 漁業・水産    ★☆☆☆☆ 継続中

05 狩猟・採集    ★☆☆☆☆ 継続中

06 水・衛生     ★★☆☆☆ 煮沸消毒を一部住民に実演・普及開始

07 医療・薬学    ★☆☆☆☆ 発熱時の応急処置(水分補給・冷却)を実施

08 住居・建築    ★☆☆☆☆ 集落内に居場所を確保

09 土木・インフラ  ☆☆☆☆☆ 未着手

10 火・エネルギー  ★★☆☆☆ 煮沸のための火の活用が定着しつつある

11 鉱業・金属    ☆☆☆☆☆ 未着手

12 製造・工業    ★☆☆☆☆ 継続中

13 科学・技術    ☆☆☆☆☆ 未着手

14 言語・文字・出版 ★★☆☆☆ 継続中

15 教育・研究    ☆☆☆☆☆ 未着手

16 経済・商業    ☆☆☆☆☆ 未着手

17 政治・法律・行政 ☆☆☆☆☆ 未着手(呪術師との対立が政治的火種に)

18 外交・交通・情報 ★★☆☆☆ 集落内での信頼構築が進行中

19 軍事・防災・治安 ☆☆☆☆☆ 未着手

20 文化・娯楽・思想 ☆☆☆☆☆ 未着手(精霊信仰と現代知識の対立が表面化)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【新規記述書物】なし(実演による伝達が中心)

【次なる課題】呪術師オルガとの関係、集落内での正式な立場の確立

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。