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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第一部 生き延びる

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第6話「集落の匂い」

 ガルが方角を示してから二日後、湊は初めてガルの集落へと足を運ぶことになった。


 きっかけは些細なことだった。朝、ガルが川上の方角をしきりに気にする素振りを見せ、身振りで「一緒に来い」という意味を伝えてきたのだ。湊は迷った。見知らぬ集団の中に足を踏み入れることの危険は、容易に想像できた。だが同時に、ここで踏み出さなければ、何も始まらないこともわかっていた。


 湊はレポート用紙をすべて丸めて懐に入れ、火の始末をしっかりと済ませてから、ガルの後についていった。


 川沿いを一時間ほど歩いただろうか。やがて、木々の合間から煙が立ち上っているのが見えた。複数の煙だ。湊の心臓が高鳴った。


 集落が近づくにつれ、匂いが変わっていった。焚き火の煙、獣の皮を鞣す独特の臭気、そして人の生活の気配。湊がこの十日間で嗅いだことのない、密度の濃い「生活」の匂いだった。


 開けた場所に出ると、そこには十軒ほどの簡素な小屋が並んでいた。木の枝と獣の皮を組み合わせた住居、中央には共用の焚き火。そして、そこにいる人々――男も女も、子供も老人もいた。総勢、三十人はいるだろうか。


 湊が姿を現した瞬間、集落中の視線が一斉に湊へと突き刺さった。


 子供たちは驚いて母親の陰に隠れ、大人たちは手にしていた道具を握り直す。明らかな警戒だった。それも当然だ。見慣れない布をまとい、見慣れない道具(何も持っていないことも含めて)を持つ、明らかに異質な存在が、突然現れたのだから。


 ガルが両手を上げ、集落の人々に向かって何かを大声で説明し始めた。湊には内容はわからなかったが、身振りから察するに、「敵ではない」「火を扱う」「共に食事をした」といったことを伝えているようだった。


 それでも、集落の空気は張り詰めたままだった。特に、一人の年老いた女性――肩に骨の装飾品をつけ、体に赤い顔料で模様を描いた人物が、鋭い目で湊を睨みつけていた。彼女が口にする言葉には、他の誰よりも強い拒絶の色が滲んでいた。


(あれが、後にオルガと呼ばれることになる呪術師だ――とはまだ、湊は知らない)


 ガルの説明もむなしく、老女は杖のようなものを突き出し、明らかな威嚇の声を上げた。周囲の空気が一気に張り詰める。


 湊は反射的に後ずさりそうになったが、ふと、ある考えが頭をよぎった。ここで怯えて逃げれば、今後の関係は二度と築けない。だが、力で対抗する術も、湊にはない。


 湊にできることは、ただ一つだけだった。


 湊はゆっくりと膝をつき、地面に手をついた。それから、懐から丸めていたレポート用紙を取り出し、恐る恐る広げて見せた。そこに描かれていたのは、ガルと一緒に作った、太陽や水や火の絵と単語の羅列だった。


 湊は紙を指さし、それからガルを指さし、二人で頷き合う仕草をした。「これは、あなたたちの言葉と、私の言葉を結びつけたもの」という意味を、なんとか伝えようとした。


 老女は警戒を解かなかったが、その視線は紙に描かれた絵に釘付けになっていた。文字らしきもの、絵らしきものが、獣皮でも岩壁でもない、真っ白で薄い「何か」に描かれている。それ自体が、彼女にとって未知の驚異だったのかもしれない。


 沈黙が流れた。


 やがて、群衆の中から一人の男が進み出た。ガルよりも年上らしい、集落の中でも一目置かれている雰囲気の男だった。彼は湊の前にしゃがみ込み、紙に描かれた絵をじっと見つめた後、地面に落ちていた小枝を拾い上げ、自分でも簡単な絵――魚の形――を描いてみせた。


 湊は驚きながらも、すぐに反応した。紙の余白に、同じように魚の絵を描き、それを指さして口にする。


「さかな」


 男は繰り返した。たどたどしい発音だったが、確かにその単語を真似ていた。


 その瞬間、張り詰めていた空気が、わずかに緩んだ。


 完全な信頼には程遠い。老女の警戒の視線は、依然として湊に向けられ続けていた。それでも、少なくとも今日、この場で殺されることはなさそうだった。


 湊はその夜、集落の外れ――ガルの家族の小屋の近く――に、簡易的な寝床を用意してもらうことができた。歓迎とは言い難いが、拒絶でもない。この曖昧な距離感こそが、今の湊にできる精一杯の到達点だった。


 夜、湊は焚き火の明かりを頼りに、レポート用紙に今日の出来事を書き記した。


『ガルの集落に到達。人口およそ30人。強い警戒を持つ女性(呪術的立場?)あり』

『絵と言葉による意思疎通が、わずかながら通じ始めている』


 書きながら、湊は今日出会った男の顔を思い出していた。真剣な眼差しで魚の絵を描いたあの男。彼となら、もっと多くのことを分かち合えるかもしれない。


 そして、あの老女のことも忘れられなかった。彼女の警戒には、単なる異邦人への恐れ以上の、何か根深いものがある気がした。それが何なのか、湊にはまだわからない。


 遠くで、集落の焚き火を囲んで話す人々の声が聞こえていた。理解できない言葉の連なりだったが、その響きには、確かに「暮らし」があった。


 湊は紙を丁寧に折りたたみ、懐にしまった。明日からは、この集落の中で、少しずつ自分の居場所を作っていかなければならない。


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【第6話 時点 文明発展状況】

人口:31人(集落含む)/漂着後 9日

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01 生存・サバイバル ★★☆☆☆ 集落への接触に成功、拠点が拡大

02 食料・農業    ☆☆☆☆☆ 未着手

03 畜産・動物    ☆☆☆☆☆ 未着手

04 漁業・水産    ★☆☆☆☆ 釣り技術は継続、集落との共有はこれから

05 狩猟・採集    ★☆☆☆☆ 集落の狩猟文化に接触

06 水・衛生     ★☆☆☆☆ 煮沸消毒の知識は未共有

07 医療・薬学    ☆☆☆☆☆ 未着手(呪術的存在の気配あり)

08 住居・建築    ★☆☆☆☆ 集落の小屋群を確認

09 土木・インフラ  ☆☆☆☆☆ 未着手

10 火・エネルギー  ★★☆☆☆ 火の知識は集落にも存在

11 鉱業・金属    ☆☆☆☆☆ 未着手

12 製造・工業    ★☆☆☆☆ 骨製釣り針、貝殻容器を継続使用

13 科学・技術    ☆☆☆☆☆ 未着手

14 言語・文字・出版 ★★☆☆☆ 絵による意思疎通が集落内でも機能し始める

15 教育・研究    ☆☆☆☆☆ 未着手

16 経済・商業    ☆☆☆☆☆ 未着手

17 政治・法律・行政 ☆☆☆☆☆ 未着手

18 外交・交通・情報 ★★☆☆☆ 集落との接触に成功

19 軍事・防災・治安 ☆☆☆☆☆ 未着手

20 文化・娯楽・思想 ☆☆☆☆☆ 未着手

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【新規記述書物】『言葉の芽・第二葉』(集落との単語共有記録)

【次なる課題】呪術師的存在との関係改善、集落内での信頼確立

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