第85話「休まぬ手」
権利市が開かれてから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、三十八歳になっていた。
この間、村には、また、四人の新しい住人が加わっていた。人口は、二百九十八人になっていた。
ある朝、湊は、村の食料工房を、訪ねていた。そこでは、数名の女性たちが、朝から、乾麺の生地を、延ばし、切る作業を、繰り返していた。
「毎日、大変だな」
湊が、そう、声をかけると、その中の一人が、手を止めずに、答えた。
「ええ。でも、この頃、注文が、増えて……朝から晩まで、やっても、追いつきません」
湊は、その作業の様子を、しばらく、じっと、見つめていた。
生地を、同じ厚さに、延ばす。同じ幅に、切る。同じ長さに、揃える。それは、極めて、単調で、そして、確かな熟練を要する作業だった。
「これは……機械に、できないだろうか」
湊は、そう、つぶやいた。
その日の午後、湊は、レンの工房を、訪ねた。
「レン、相談があるんだ」
「なんでしょう」
「同じことを、何度も、繰り返す作業を……機械に、やらせられないだろうか」
レンは、この問いに、少し、考え込んだ。
「例えば、どんな作業ですか」
「乾麺だ。生地を、延ばして、切る。これを、一日中、人が、やっている」
レンは、この説明を聞いて、しばらく、思案していた。
「回る力は、もう、あります。エンジンも、モーターも」
「そうだな」
「問題は……その力を、どうやって、正確な動きに、変えるかです」
湊は、この指摘に、深く、頷いた。
「その通りだ。ただ、回っているだけでは、意味がない。必要な時に、必要な動きを、正確に、繰り返す必要がある」
この課題への挑戦が、この日から、始まることになった。
まず、生地を、均一な厚さに、延ばす仕組み。これには、二本の、回転する円筒を、向かい合わせに、配置する方法が、考案された。その隙間を、生地が、通ることで、自然と、同じ厚さに、なる。
「これは、比較的、単純ですね」
レンは、そう言いながら、この部分を、比較的、短期間で、完成させていった。
だが、次の課題――延びた生地を、同じ幅に、切る仕組みは、はるかに、困難だった。
「刃を、どうやって、動かせばいいのでしょう」
最初の試みでは、刃を、上下に、動かす仕組みが、試された。だが、生地が、流れ続けているため、切り口が、斜めに、なってしまう。
「生地を、止めなければ、まっすぐ、切れません」
「でも、止めると、効率が、落ちる」
この課題に対して、レンが、たどり着いたのは、まったく、別の発想だった。
「刃を、上下に動かすのではなく――回してみては、どうでしょう」
レンは、そう言って、円筒の表面に、複数の、細い溝を、刻んだものを、作り上げた。この円筒を、生地の上で、回転させると――生地は、その溝に沿って、確かに、同じ幅で、切り分けられていった。
「これだ! レン、よくやった」
湊は、この工夫に、深く、感心した。
だが、この機械が、実用に耐えるまでには、さらに、多くの調整が、必要とされた。
生地の送り速度と、刃の回転速度が、合っていなければ、切り口が、乱れる。生地が、刃に、貼りついてしまう。切られた麺が、互いに、くっついてしまう。
こうした、一つ一つの問題を、乗り越えていくのに、実に、五ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。
完成した機械は、これまで、数名の職人が、一日かけて作っていた量の、乾麺を、わずか、半日で、作り出せるようになった。
「湊さん、これは、大変なことです」
食料工房の職人たちは、この機械を見て、そう、驚いていた。
だが、湊は、この時、一つの、重要な配慮を、行った。
「この機械のせいで、誰かが、仕事を、失うようなことには、しない」
湊は、そう、明確に、宣言した。
「これまで、麺を作っていた人たちには、別の仕事に、移ってもらう。それも、これまでより、悪い仕事では、ない」
実際、村では、この頃、様々な分野で、人手が、不足していた。機械化によって、手が空いた人々は、より、人の判断や、細やかさが、必要とされる仕事へと、移っていくことになった。
この乾麺の機械の成功は、村の様々な分野に、波及していくことになった。
紙の製造。糸を、紡ぐ作業。布を、織る作業。金属の板を、決まった形に、打ち抜く作業。
これまで、人の手で、繰り返されてきた、多くの単純作業が、次々と、機械に、置き換えられていった。
「湊さん、面白いことに、気づきました」
ある日、レンが、そう、報告した。
「なんだ?」
「機械を、作るための、機械が、必要になってきています」
湊は、この言葉に、深く、感心した。
「なるほど。確かに、そうだな」
実際、これらの自動製造機を作るには、極めて、精密な部品が、必要だった。同じ形の歯車を、大量に。正確な寸法の軸を、大量に。
この課題に応えるため、レンは、部品を作るための、専用の機械――旋盤や、フライス盤に近いものを、次々と、開発していくことになった。
こうした、機械化の進展の中で、村では、もう一つの、重要な技術が、確立されつつあった。
時計だった。
これまで、村の時間は、議事堂の塔に据えられた、大きな時計と、日時計に、頼っていた。だが、機械化が進み、作業の管理が、より精密になる中で、それぞれの現場で、時間を確かめられる仕組みが、求められるようになっていた。
「湊さん、持ち運べる時計は、作れないでしょうか」
ある日、トウが、そう、要望した。
「大きな時計は、振り子で、動いています。あれを、小さくすることは……」
湊は、この課題に、しばらく、考えを、巡らせた。
「振り子の代わりに――バネを、使えないだろうか」
湊は、そう、切り出した。
バネの技術は、すでに、村で、確立されていた。湊は、この、確かな弾力を持つ部品を、時計の動力と、そして、規則的な動きの源として、使えないかと、考えたのだ。
「巻き上げたバネが、ゆっくり、戻る力で、歯車を、回す。そして――細かく、揺れる別のバネで、その速さを、一定に、保つ」
この構想の実現には、極めて、精密な加工が、必要とされた。
特に、困難だったのは、時を刻む部分――一定の周期で、歯車の動きを、止めては、進める、という仕組みだった。この部品が、わずかでも、狂えば、時計は、正確な時を、刻まなくなる。
この開発には、六ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。
完成した最初の時計は、手のひらに、収まるほどの、大きさだった。
「湊さん、これを」
レンは、そう言って、その時計を、湊に、手渡した。
湊は、その、小さな装置を、手のひらの上で、じっと、見つめた。かすかに、規則的な音が、聞こえてくる。
「ちゃんと、動いている」
「はい。一日で、少しは、ずれますが……ほぼ、正確です」
湊は、この、小さな時計を、深い感慨と共に、見つめていた。
かつて、日の高さでしか、時を知ることができなかった、この村。それが、今、こうして、手のひらの上で、時を、刻んでいる。
この時計は、その後、村の主要な現場の、管理者たちに、順次、配布されていくことになった。作業の開始と終了。機械の運転時間。そして、鉄道の運行の管理。
特に、鉄道においては、この時計の存在が、決定的な役割を、果たすことになった。
「決まった時刻に、決まった場所に、着く」
この、当たり前のようで、極めて、困難だったことが、時計の普及によって、初めて、可能になったのだ。
湊は、記録帳に、この一連の発展を、丁寧に、書き記した。
『乾麺の自動製造機を開発。五ヶ月を要した。回転する刃という発想が、鍵となった』
『機械化に際し、誰も仕事を失わないよう、配置転換を、明確に方針として定めた』
『紙、糸、布、金属加工など、様々な分野で、自動製造機が導入される』
『部品を作るための、専用の機械も、次々と開発』
『バネを用いた、持ち運べる時計を完成。六ヶ月を要した。鉄道の定時運行が、可能になった』
夕暮れ、湊は、工房の前を、通りかかった。中からは、機械が、規則的に、動き続ける音が、聞こえてくる。
湊は、三十八歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、二十四年ほどが、過ぎていた。
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【第85話 時点 文明発展状況】
湊38歳/漂着後 24年
人口:298人
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 時計の普及により、鉄道の定時運行が可能に
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 各種自動製造機と、工作機械を開発。生産性が飛躍的に向上
13 科学・技術 ★★★★★ 精密機械加工の技術が、確かな水準に到達
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 機械化に伴う雇用維持を、明確な方針として確立
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 継続中
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