第86話「糸と、光と」
自動製造機と時計が村に定着してから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、三十九歳になろうとしていた。
この間、村には、また、五人の新しい住人が加わっていた。人口は、三百三人になっていた。
ある朝、湊は、村の織物工房を、訪ねていた。この頃、村の人口が増えるにつれ、衣類の需要も、急速に、高まっていた。
「湊さん、正直に、申し上げます」
工房を、取り仕切る、年配の女性が、そう、切り出した。
「今のやり方では、とても、追いつきません」
湊は、その作業の様子を、見つめていた。一人一人が、手で、糸を紡ぎ、手で、布を織る。極めて、時間のかかる作業だった。
「一枚の布を、織るのに、どれくらい、かかる?」
「大人一人分の服の分で……早くても、十日ほどです」
湊は、この数字に、深く、考え込んだ。
「これも、機械に、できないだろうか」
湊は、その足で、レンの工房へと、向かった。
「レン、また、相談があるんだ」
レンは、少し、笑いながら、答えた。
「今度は、何を、機械に、させるのですか」
「布だ。糸を紡ぐことと、布を織ること」
レンは、この課題に、真剣な表情で、向き合った。
「糸を紡ぐほうは……なんとか、なりそうです。回転する力で、繊維を、撚っていけばいい」
「織るほうは?」
「そちらが、難しいですね」
レンは、そう言って、実際に、手で織る様子を、しばらく、観察していた。
「縦の糸を、上下に、分けて……その間に、横の糸を、通す。そして、また、上下を、入れ替える」
レンは、そう、つぶやいた。
「この、上下の入れ替えと、横糸を通す動作を、正確に、繰り返さなければ、なりません」
この課題への挑戦が、この日から、始まることになった。
まず、糸を紡ぐ機械。これは、比較的、早く、形になった。回転する軸に、繊維を、送り込む。その回転の力で、繊維は、自然と、撚られ、糸となる。この仕組みの完成には、ふた月ほどが、費やされた。
だが、布を織る機械――織機の開発は、はるかに、困難だった。
最大の課題は、縦糸の上下を、正確に、入れ替える仕組みだった。しかも、単純に、一本ずつ、交互に、入れ替えるだけでは、単調な布しか、織れない。
「模様のある布を、織るには……もっと、複雑な動きが、必要です」
レンは、そう、指摘した。
この課題に対して、レンは、興味深い発想を、示した。
「湊さん、一つ、思いついたことが、あります」
「聞かせてくれ」
「板に、穴を、開けるのです。その穴の、あるところと、ないところで……縦糸の上下を、決める」
湊は、この発想に、深く、感心した。
「なるほど。その板を、順番に、送っていけば……」
「はい。決まった模様が、自動で、織られていくはずです」
この、穴を開けた板による制御という発想は、村の技術にとって、極めて、重要な一歩となった。それは、機械に、「手順」を、記憶させるという、まったく新しい考え方の、始まりだった。
この織機の開発には、実に、七ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。
完成した機械は、これまで、十日かかっていた布を、わずか、一日で、織り上げられるようになった。しかも、模様のある布も、板を、入れ替えるだけで、自在に、織り分けられる。
「これは……」
織物工房の職人たちは、この機械を見て、しばらく、言葉を、失っていた。
この織機の導入により、村の衣類事情は、劇的に、改善されることになった。これまで、貴重品だった布が、誰もが、十分に、手に入れられるようになったのだ。
同時に、村では、余った布を、周辺の集落へ、交易品として、送り出せるようにも、なっていった。
こうした繊維産業の発展と並行して、村では、もう一つの、大きな変化が、進んでいた。
「湊さん、これを、見てください」
ある日、レンが、そう言って、湊を、工房へと、招いた。
そこには、これまで見たことのない、道具が、置かれていた。手で持てる程度の大きさで、そこから、細い線が、伸びている。
「これは?」
「モーターを、小さくして、道具に、組み込んでみました」
レンは、そう言って、その道具を、手に取り、線を、電源に、繋いだ。
途端に、その道具の先端が、勢いよく、回転を、始めた。
「これで、穴を、開けたり、削ったりが……格段に、楽になります」
湊は、この道具を、実際に、手に取ってみた。確かに、これまで、手回しで、時間をかけていた作業が、この道具を使えば、あっという間に、終わってしまう。
「これは、大したものだ」
この、電動の工具は、その後、様々な種類が、開発されていくことになった。穴を開けるもの。削るもの。切るもの。研磨するもの。
これらの工具は、村の、あらゆる作業現場に、急速に、普及していった。
「湊さん、正直に言って、驚いています」
ある日、ドウが、そう、報告した。
「どうした?」
「建築の作業が、以前の、半分以下の時間で、終わるようになりました」
この、工具の電動化は、村の建設事業の速度を、根本から、変えていくことになった。
こうした技術の発展の中で、村では、あの光石の応用も、着実に、進んでいた。
これまで、白い光石は、主に、医療所や、学び舎といった、限られた場所にのみ、使われていた。だが、生産技術の向上により、次第に、村の一般家庭にも、この照明が、普及していくことになった。
「湊さん、これで、油の灯りは、要らなくなりますね」
ある日、レンが、そう、言った。
だが、湊は、この点について、慎重な姿勢を、示した。
「いや。油の灯りも、残しておこう」
「なぜですか」
「もし、電気が、止まったら……何も、見えなくなる」
この助言を受け、村では、光石による照明を、主としながらも、各家庭に、油の灯りも、備えておくことが、推奨されることになった。
こうした照明の発展の中で、イワが、ある、興味深い試みを、始めていた。
「湊さん、面白いことを、思いつきました」
「なんだ?」
「光石を、たくさん、並べて……絵を、映せないでしょうか」
湊は、この構想に、深く、興味を、示した。
「並べる、というと」
「はい。一つ一つの光石を、点けたり、消したりすることで……全体で、一つの絵を、作るのです」
湊は、この発想の、可能性の大きさに、深く、驚いた。
「それは、面白い。やってみてくれ」
この試みは、当初、極めて、単純なものだった。数十個の光石を、格子状に、並べる。そして、それぞれを、個別に、点滅させる。
最初にできたのは、ごく、荒い、文字の表示だった。
「これでも、随分と、大したものだ」
湊は、そう、感心していた。
だが、イワは、満足しなかった。彼は、光石の数を、少しずつ、増やしていった。数百個。そして、数千個。
この試みには、実に、八ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。
完成したものは、村の集会所の、壁一面を、覆うほどの、大きさだった。無数の光石が、格子状に、配置され、それぞれが、独立して、制御される。
そして、その制御には、あの、集積された三線石が、使われていた。
「湊さん、見てください」
イワが、そう言って、装置を、起動させた。
壁一面に、確かに、絵が、浮かび上がった。それは、まだ、荒く、色も、限られていた。だが、確かに、それは、村の風景を、映し出していた。
「これは……」
湊は、しばらくの間、その光景を、じっと、見つめていた。
さらに、イワは、続けて、こう、言った。
「それに――絵を、次々と、切り替えれば……」
イワが、そう言って、装置を、操作すると――壁の絵が、確かに、動き始めた。人が、歩く。舟が、進む。
湊は、この光景に、深い衝撃を、受けていた。
「動いている……!」
この、動く絵を映す装置は、村の人々に、これまでにない、驚きと、興奮を、もたらすことになった。
特に、この装置は、教育の場で、大きな力を、発揮した。これまで、言葉と、静止した絵でしか、伝えられなかったことが、動きとして、示せるようになったのだ。
湊は、記録帳に、この一連の発展を、丁寧に、書き記した。
『糸を紡ぐ機械を、ふた月で完成。布を織る機械は、七ヶ月を要した』
『穴を開けた板で、機械の動作を制御するという発想が、織機の鍵となった。これは、機械に手順を記憶させる、新しい考え方の始まりでもある』
『モーターを組み込んだ、電動工具を開発。建築作業の速度が、倍以上に向上』
『光石による照明が、一般家庭にも普及。ただし、非常時に備え、油の灯りも併用を推奨』
『無数の光石を並べ、絵を映す装置を、イワが完成。八ヶ月を要した。動く絵の表示にも成功』
夕暮れ、湊は、集会所に、集まった人々が、あの、動く絵に、見入っている光景を、見つめていた。
湊は、三十九歳になった。この世界に来てから、二十四年八ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第86話 時点 文明発展状況】
湊39歳/漂着後 24年8ヶ月
人口:303人
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 電動工具により、建築速度が倍以上に
09 土木・インフラ ★★★★★ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 紡績機、織機、電動工具、大型表示装置を開発
13 科学・技術 ★★★★★ 機械への手順記憶という、新たな概念が誕生
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 動く絵という、新たな表現手段が誕生
15 教育・研究 ★★★★★ 動画表示により、教育の表現力が大きく向上
16 経済・商業 ★★★★★ 布が交易品として、周辺集落へ供給され始める
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 動く絵が、村に、これまでにない娯楽と驚きをもたらす
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