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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第三部 文明の礎

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第82話「小さな石の中に」

 放送が村に定着してから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、三十六歳になっていた。


 この間、村には、また、五人の新しい住人が加わっていた。人口は、二百八十五人になっていた。


 ある朝、湊は、イワの工房を、訪ねた。そこでは、木版の彫刻が、いつものように、行われていた。


「イワ、印刷のことで、相談があるんだ」


「なんでしょう」


「今、一つの版を、彫るのに、どれくらい、かかる?」


 イワは、少し、疲れた表情で、答えた。


「文字の多い頁だと、三日以上、かかります。それに、一文字でも、間違えると、板ごと、作り直しです」


 湊は、この報告を、深く、受け止めた。


 書物の需要は、村の発展と共に、加速度的に、増えていた。だが、その供給は、イワと、数名の弟子たちの、手作業に、完全に、依存していた。


「もっと、速く、正確に、版を作る方法は、ないだろうか」


 湊は、しばらく、考えを、巡らせた。そして、ふと、あることに、気づいた。


「イワ、光写しの技術を、印刷に、使えないだろうか」


 イワは、この提案に、しばらく、考え込んでいた。


「光写しを……印刷に、ですか」


「そうだ。今、光写しで、風景を、板に、写し取れるだろう。同じように、文字を、写し取れないか」


「なるほど……ですが、写し取っただけでは、印刷には、なりません」


「そこだ」


 湊は、そう言って、続けた。


「写し取った部分と、そうでない部分で、性質が、変わればいい。例えば――片方が、酸に溶けて、もう片方が、溶けなければ」


 イワは、この構想に、目を、輝かせた。


「そうすれば、溶けた部分が、凹んで……版に、なりますね」


「その通りだ」


 この構想の実現には、極めて、長い試行錯誤が、必要とされた。


 まず、光に反応して、性質が変わる物質を、見つけ出す必要があった。シラが、この探索に、加わった。


「以前の、感光する物質とは、また、違うものが、必要ですね」


 シラは、そう言いながら、様々な物質の組み合わせを、根気強く、試していった。


 この探索だけで、三ヶ月ほどが、費やされた。


 最終的に、シラは、ある種の樹脂に、感光する成分を、混ぜ込んだ物質が、光に当たった部分だけ、硬くなる性質を持つことを、見出した。


「これなら、いけるかもしれません」


 この物質を、金属の板に、薄く塗り、その上に、文字を書いた透明な板を、重ねる。そして、光を、当てる。文字の部分だけ、光が、遮られ、他の部分は、硬くなる。


 その後、硬くならなかった部分を、洗い流し、露出した金属を、酸で、腐食させる。こうして、文字の形が、そのまま、版として、残ることになる。


 この工程の確立には、さらに、ふた月ほどが、必要とされた。


 だが、完成したこの技術は、村の印刷を、根本から、変えることになった。


「湊さん、驚きました」


 イワが、興奮した様子で、そう、報告した。


「三日かかっていた版が……半日で、できます」


 しかも、この方法なら、手彫りでは、不可能なほど、細かい文字や、精緻な絵も、正確に、版にできる。


「これで、随分と、多くの書物が、作れるようになりますね」


 この印刷技術の革新により、村では、書物の生産量が、飛躍的に、増大することになった。学び舎の教材だけでなく、技術書、記録、そして――子供たちが作った、絵物語も、次々と、印刷されるようになっていった。


 この、印刷技術の発展と並行して、村では、もう一つの、より根本的な探求が、進められていた。


 あの、砂から得られる物質――村では「砂石さいし」と呼ばれるようになったこの物質の、研究だった。


 レンは、この物質を、より純粋な形で、作り出す方法を、根気強く、探っていた。


「湊さん、面白いことに、気づきました」


 ある日、レンが、そう、報告した。


「なんだ?」


「この砂石に、ごく微量の、別の物質を、混ぜると……電気の流れ方が、変わるんです」


 湊は、この報告に、深く、身を、乗り出した。


「変わる、というと?」


「ある物質を混ぜると、電気が、流れやすくなります。でも、別の物質を混ぜると……流れにくくなる、というより、流れ方の性質が、変わるんです」


 湊は、この報告に、記憶の奥底が、強く、揺さぶられるのを、感じていた。


 ――そうだ。確か、半導体は、そうやって、性質を、変えるんだ。


「レン、それは、極めて、重要な発見だ」


 湊は、そう言いながら、しばらく、考えを、巡らせていた。


「もし……その、性質の違う部分を、一つの石の中に、並べたら、どうなるだろう」


 レンは、この問いに、首を、かしげた。


「並べる、ですか」


「そうだ。流れやすい部分と、流れにくい部分を、交互に。そこに、三つ目の線を、つけて……」


 湊自身、この先の仕組みを、正確には、覚えていなかった。だが、そうすることで、電気の流れを、制御できるようになるという、朧げな記憶が、あった。


「真空管が、やっていることを、この、小さな石で、できるかもしれない」


 この構想は、村にとって、これまでで、最も、困難な挑戦となった。


 まず、砂石を、極めて、純粋な形で、精製する必要があった。わずかな不純物が、混じっているだけで、性質は、まったく、安定しなくなる。


 次に、その純粋な砂石に、極めて微量の、別の物質を、正確な量だけ、混ぜ込む必要があった。


 そして、その、性質の違う部分を、一つの石の中に、精密に、配置する必要があった。


 この最後の課題に対して、大きく、役立ったのが、まさに、先に確立された、あの光印刷の技術だった。


「これで、細かい模様を、正確に、作れます」


 イワが、そう言いながら、この研究に、加わっていった。


 この研究には、実に、八ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。数百回に及ぶ、失敗の連続だった。


 そして、ある日。


「湊さん! 来てください!」


 レンの、これまでにない、興奮した声が、工房に、響き渡った。


 湊が、駆けつけると、そこには、小さな、砂石の欠片が、三本の細い線と、繋がれた状態で、置かれていた。


「見てください」


 レンは、そう言って、その三本目の線に、ごく、わずかな電気を、流した。


 すると――他の二本の線の間を流れる電気の量が、確かに、大きく、変化したのだ。


「これは……」


 湊は、しばらくの間、言葉を、失っていた。


「小さな電気で、大きな電気を、操れます。真空管と、同じことが……この、小さな石で、できるんです」


 レンの声は、震えていた。


 湊は、この瞬間の意味を、深く、噛み締めていた。


 真空管は、大きく、壊れやすく、そして、多くの電気を、消費した。だが、この小さな石は、その、すべての欠点を、克服している。


「レン、イワ……よくやった」


 湊は、そう言うのが、精一杯だった。


 この、村では「三線石さんせんせき」と呼ばれるようになった部品は、その後、村の様々な装置に、少しずつ、応用されていくことになった。


 そして、この研究の過程で、もう一つの、予期せぬ発見が、あった。


「湊さん、これを、見てください」


 ある日、レンが、そう言って、湊を、暗くした部屋に、招き入れた。


 そこには、小さな砂石の欠片が、置かれていた。レンが、そこに、電気を流すと――


 その石が、確かに、かすかな光を、放ったのだ。


 湊は、この光景に、思わず、息を、呑んだ。


「光っている……!」


「はい。特定の組み合わせで、作った石に、電気を流すと……こうなります」


 湊は、この現象を、じっと、見つめていた。


 かつて、湊が、この村に、電気という現象を持ち込んだ時。湊は、シラに、こう、伝えた。


『電気を流すと、光る物質が、あったはずなんだ。でも、今の俺たちの技術じゃ、たぶん、無理だと思う』


 あれから、二十年近い月日が、経っていた。


 そして今、湊が、かつて「無理だ」と、諦めたその技術に、この村の人々が、自らの手で、たどり着いたのだ。


「レン……」


 湊は、しばらくの間、言葉が、出なかった。


「これは、俺が、できないと言ったものだ。でも、お前たちが、たどり着いた」


 レンは、少し、照れくさそうに、答えた。


「湊さんが、可能性を、教えてくれたからです」


 湊は、静かに、首を、振った。


「いや。これは、お前たちの、力だ」


 この、光る石――村では「光石ひかりいし」と呼ばれるようになったこの部品は、その後、少しずつ、村の照明や、表示の装置に、使われていくことになる。


 湊は、記録帳に、この一連の発展を、丁寧に、書き記した。


『光を用いた印刷技術を確立。五ヶ月を要した。版の製作時間が、三日から半日に短縮』

『砂石に、微量の物質を混ぜることで、電気の性質を制御できることを発見』

『八ヶ月の研究の末、真空管と同じ働きをする、小さな石の部品「三線石」を完成』

『同じ研究の過程で、電気を流すと光る「光石」を発見』

『かつて、自分が「不可能」と諦めた技術に、この村の人々が、自らの手で、たどり着いた』


 夕暮れ、湊は、工房で、あの、かすかに光る石を、一人、見つめていた。


 湊は、三十六歳から、三十七歳になろうとしていた。この世界に来てから、二十二年二ヶ月ほどが、過ぎていた。


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【第82話 時点 文明発展状況】

湊36歳(まもなく37歳)/漂着後 22年2ヶ月

人口:285人

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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中

02 食料・農業    ★★★★★ 継続中

03 畜産・動物    ★★★★★ 継続中

04 漁業・水産    ★★★★★ 継続中

05 狩猟・採集    ★★★★★ 継続中

06 水・衛生     ★★★★★ 継続中

07 医療・薬学    ★★★★★ シラの物質研究が、光印刷の確立に貢献

08 住居・建築    ★★★★★ 継続中

09 土木・インフラ  ★★★★★ 継続中

10 火・エネルギー  ★★★★★ 継続中

11 鉱業・金属    ★★★★★ 砂石の高純度精製技術を確立

12 製造・工業    ★★★★★ 光印刷、三線石、光石の製作技術を確立

13 科学・技術    ★★★★★ 半導体の制御という、極めて高度な領域に到達

14 言語・文字・出版 ★★★★★ 印刷技術の革新により、書物の生産量が飛躍的に増大

15 教育・研究    ★★★★★ 教材の大量供給が可能に

16 経済・商業    ★★★★★ 継続中

17 政治・法律・行政 ★★★★★ 継続中

18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中

19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中

20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 絵物語の印刷が本格化、出版文化が芽生える

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