第81話「空を渡る声」
鉄道の試験区間が完成し、アガルの新王即位の報せを受けてから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、三十六歳になろうとしていた。
この間、村には、また、四人の新しい住人が加わっていた。人口は、二百八十人になっていた。
ある夜、湊は、書庫で、村の地図を、じっと、見つめていた。
村は、確かに、広がっていた。中心部、東の農地、河口拠点、そして、いくつかの中継集落。だが、その広がりは、同時に、新たな課題も、生んでいた。
「湊さん、また、何か、お考えですか」
ケイが、部屋に、入ってきた。
「ああ、ケイ。少し、気になることがあってな」
「なんでしょう」
「今、村の全員に、何かを伝えようとしたら、どうする?」
ケイは、しばらく、考えてから、答えた。
「議会で決めたことなら、代表を通じて、それぞれの区画に、伝えます。ですが……確かに、時間は、かかりますね」
「そうなんだ。緊急のことなら、電話も、あるが……電話は、繋がった相手にしか、届かない」
湊は、しばらく、沈黙した後、続けた。
「もし、一度に、村中の人に、同じことを、伝えられたら……随分と、違うと思うんだ」
ケイは、この言葉に、興味深そうな表情を、見せた。
「そんなことが、できるのですか」
「できるはずだ。電気の波を、空に、飛ばすんだ」
湊は、そう言いながら、記憶を、たぐり寄せていた。
「線を、繋がなくても、電気の信号は、空を通って、遠くまで、届く。そういう仕組みが、あったはずだ」
この構想を、湊は、翌日、レンとイワに、伝えた。
「線を、繋がずに、ですか」
レンは、この言葉に、まったく、実感が、湧かない様子だった。
「そうだ。電気の波が、空を、渡っていく」
「そんなことが……」
湊は、自分自身、この仕組みの詳細を、正確には、覚えていないことを、正直に、伝えた。
「俺も、詳しい理屈は、わからない。ただ、電気を、急激に、変化させると、そこから、目に見えない波が、生まれるらしい」
この、極めて曖昧な手がかりをもとに、村の探求が、始まることになった。
最初の試みは、単純なものだった。電気の火花を、勢いよく、飛ばす装置を作り、その近くに、別の回路を、置いてみる。もし、何らかの波が、飛んでいるなら、その回路に、何かの反応が、現れるはずだった。
この試みには、ふた月ほどが、費やされた。
そして、ある日。
「湊さん、動きました!」
レンが、興奮した様子で、駆け込んできた。
工房では、火花を飛ばす装置の、数歩離れた場所に置かれた回路の、細い針が、確かに、わずかに、振れていた。
「これは……確かに、何かが、届いている」
湊は、この現象を、じっと、見つめていた。
だが、この発見から、実際に、意味のある情報を、送れるようになるまでには、さらに、長い道のりが、必要とされた。
まず、この波を、確実に、作り出す仕組みが、必要だった。ここで、大きく、役立ったのが、あの、真空管の技術だった。
真空管は、電気の信号を、増幅するだけでなく、一定の周期で、電気を、振動させることにも、使えることが、次第に、明らかになっていった。
「これで、安定した波を、作れるはずです」
レンは、そう言いながら、真空管を組み込んだ、新しい装置を、作り上げていった。
次に、その波を、受け取る側の仕組みが、必要だった。
ここで、思いがけない形で、役立ったのが、以前発見した、あの「一方通行の石」だった。
「湊さん、面白いことに、気づきました」
ある日、イワが、そう、報告した。
「なんだ?」
「あの石に、細い針を、当てて、空を渡ってくる波を、受け取ると……音が、聞こえるんです」
湊は、この報告に、深く、驚いた。
「音が?」
「はい。ごく、かすかですが……確かに、聞こえます」
湊は、その仕組みを、実際に、確かめてみた。確かに、石に、針を当て、そこに、受信用の線と、耳に当てる装置を、繋ぐと、遠くの装置から、送られた音が、かすかに、聞こえてきた。
「これは……」
湊は、この単純な仕組みに、深い感慨を、覚えていた。電源も、必要ない。ただ、石と、針と、線があれば、空を渡ってきた声が、聞こえる。
この仕組みは、村では「石聞き」と呼ばれるようになった。極めて、簡素で、そして、誰にでも、作れる。この特性は、後に、村の情報伝達に、大きな役割を、果たすことになる。
だが、この石聞きには、大きな課題も、あった。
「音が、あまりに、小さすぎます」
レンが、そう、指摘した。確かに、耳を、装置に、しっかりと押し当てなければ、何も、聞こえない。
この課題の解決には、再び、真空管の技術が、活用されることになった。石聞きで、受け取った、かすかな信号を、真空管で、増幅する。そうすることで、部屋中に、聞こえるほどの、音量が、実現できるはずだった。
この、受信装置の開発には、さらに、三ヶ月ほどが、費やされた。
こうして、村は、ついに、「放送」という仕組みを、手に入れることになった。
最初の放送は、議事堂の一室に、設けられた、小さな部屋から、行われた。
湊は、この、記念すべき最初の放送の、語り手を、ケイに、託した。
「私が、ですか」
「ああ。この村で、いちばん、聞き取りやすい声を、持っているのは、お前だ」
ケイは、緊張した面持ちで、装置の前に、座った。
「では……始めます」
ケイは、そう言って、深く、息を、吸った。
「村の、皆さん。聞こえていますか」
この声は、確かに、村中に、設置された受信装置から、流れ出した。
学び舎で。工房で。集合住宅で。そして、遠く、東の農地の見張り台でも。
人々は、その声に、驚き、そして、次第に、歓声を、上げ始めた。
「聞こえる!」
「ケイさんの声だ!」
湊は、その光景を、放送室の窓から、見つめていた。
「これで、村の全員に、一度に、伝えられるようになったんだな」
この放送の仕組みは、以降、村の暮らしに、深く、根付いていくことになった。
議会で決まったことの周知。緊急時の警報。天候の見通し。そして――村の子供たちが作った、物語の朗読。
特に、この最後のものは、村の人々の間で、思いがけない、人気を、集めることになった。
こうした、通信技術の発展と並行して、村では、あの「一方通行の石」についての研究も、着実に、進められていた。
レンは、これまで使ってきた黒い結晶とは、別の物質でも、同じ性質が、現れないか、根気強く、探索を、続けていた。
「湊さん、砂から、面白いものが、取れました」
ある日、レンが、そう、報告した。
「砂から?」
「はい。ガラスを作る時に使う、あの砂です。あれを、極めて、高い温度で、還元すると……黒っぽい、光沢のある物質が、得られます」
レンが差し出したのは、金属とも、石とも、つかない、独特の光沢を持つ、小さな塊だった。
「これに、針を当てて、電気を流すと……以前の石と、同じように、一方向にしか、流れません」
湊は、この報告に、深く、感心した。
「砂から、取れるのか」
「はい。それに――以前の石より、はるかに、性質が、安定しています」
湊は、この報告の重要性を、直感的に、理解していた。砂は、村の周辺に、いくらでも、ある。もし、この物質が、安定して、作れるようになれば――
「レン、これは、大きな発見かもしれない」
この物質の精製と、加工の技術の確立には、さらに、長い時間が、必要とされることになった。だが、村は、確かに、また一つ、新しい扉の前に、立っていた。
湊は、記録帳に、この一連の発展を、丁寧に、書き記した。
『電気の波を、空を通じて送る技術を確立。着手から、放送開始まで、五ヶ月を要した』
『「一方通行の石」を用いた、極めて簡素な受信装置「石聞き」を発見。電源を必要としない』
『真空管による増幅を組み合わせ、実用的な放送の仕組みが完成』
『砂を還元することで得られる、新たな物質を発見。従来の石より、性質が安定している』
夕暮れ、湊は、村の広場を、歩いていた。あちこちの家から、放送の音声が、かすかに、聞こえてくる。
湊は、三十六歳になった。この世界に来てから、二十一年ほどが、過ぎていた。
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【第81話 時点 文明発展状況】
湊36歳/漂着後 21年
人口:280人
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 鉄道の河口までの建設が進行中
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 砂の還元による、新たな半導体材料を発見
12 製造・工業 ★★★★★ 放送・受信装置の製作技術を確立
13 科学・技術 ★★★★★ 電波の存在を確認し、実用化に成功
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 放送という、新たな情報伝達手段が誕生
15 教育・研究 ★★★★★ 放送を通じた、村全体への一斉教育が可能に
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 議会決定の周知が、放送により迅速化
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 村全体への一斉情報伝達が実現、緊急警報体制も確立
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 放送による、迅速な警報伝達が可能に
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 物語の朗読放送が、村の新たな娯楽として定着
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