第76話「守ることを、決める」
最初の選挙から、ふた月ほどが過ぎていた。湊は、三十三歳になっていた。
この間、村には、また、四人の新しい住人が加わっていた。人口は、二百五十七人になっていた。
選ばれた五人の代表は、それぞれの区画の声を、持ち寄る形で、議会に、参加するようになっていた。
その、三回目の議会での、ことだった。
「一つ、区画の者たちから、強い声が、上がっています」
外から来た者として選ばれた代表の一人、ロタが、そう、切り出した。彼は、かつて、ヤズの集落から、留学生として、この村に来た若者だった。
「聞かせてくれ」
湊が、そう促すと、ロタは、少し、緊張した様子で、続けた。
「先月、村の外れの畑が、大型の恐竜に、荒らされました。幸い、怪我人は、出ませんでしたが……」
湊は、この報告に、深く、頷いた。
「その話は、聞いている」
「村の外で働く者は、常に、その危険に、晒されています。特に、新しく来た者は、恐竜との向き合い方を、知りません」
この言葉に、ガルが、口を開いた。
「確かに、そうだ。俺たちは、長年の経験で、危険な場所や、逃げ方を、知っている。だが、外から来たばかりの者は、それを、知らない」
湊は、この議論を、じっと、聞いていた。
実は、湊自身も、この課題を、以前から、気にかけていた。村が、大きくなり、農地が、外へ外へと、広がるにつれ、恐竜との遭遇の機会も、確実に、増えていた。
これまでは、堀と柵に守られた、村の中心部が、安全だった。だが、今や、村の生活圏は、その外へと、大きく、広がっている。
「これは、村全体で、取り組むべき課題だ」
湊は、そう、結論づけた。
この日から、議会では、恐竜対策が、最優先の議題として、扱われるようになった。
まず、議論されたのは、恐竜との遭遇時の、対処法だった。
「これまでは、俺たちが、その場で、判断してきた」
ガルが、そう、説明した。
「だが、それでは、俺がいない場所では、誰も、正しい判断が、できない」
湊は、この指摘に、深く、頷いた。
「ガル、お前の知っていることを、全部、書き出せないだろうか」
「書く、のか」
「そうだ。どんな恐竜が、どんな時に、危険なのか。どう逃げれば、いいのか。それを、村の全員が、学べるようにしたい」
ガルは、しばらく、考え込んでいた。それから、静かに、頷いた。
「わかった。だが、俺は、文字が、苦手だ」
「それは、俺と、ケイが、手伝う」
こうして、ガルの、長年の狩猟の経験が、初めて、体系的に、書き記されることになった。
この作業は、想像以上に、時間を要した。ガルの知識は、その多くが、感覚的なもので、言葉にすることが、極めて、難しかったのだ。
「この足跡は、危ない」
ガルは、地面の絵を指しながら、そう、言った。
「なぜ、危ないと、わかる?」
「爪の跡が、深い。それに、歩幅が、狭い。獲物を、狙っている時の、歩き方だ」
湊とケイは、この、一つ一つの説明を、丁寧に、書き留めていった。イワが、それに、詳細な図を、添えていった。
三ヶ月ほどをかけて、この記録は、一冊の書物として、まとめられた。
『獣を知る書』
この書物は、学び舎で、必修の教材として、扱われることになった。特に、村の外で働く者と、新しく来た者には、優先的に、この内容が、教えられた。
だが、知識だけでは、足りなかった。
「もし、実際に、襲われたら、どうするんだ」
ある日の議会で、代表の一人が、そう、問いかけた。
「逃げるしかない、というのが、これまでの答えだった」
ガルが、そう、答えた。
「だが、逃げきれない場合も、ある」
この問題について、議会は、慎重な議論を、重ねた。
湊は、この議論の中で、これまで、極めて限定的にしか、扱ってこなかった、あの技術のことを、思い起こしていた。
黒い粉――火薬を用いた、防御のための投射技術。タギが、かつて、慎重な研究の末に、作り上げた、あの筒状の道具。
湊は、しばらく、この技術を、公に出すべきかどうか、深く、悩んだ。
だが、ある日、議会の場で、湊は、意を決して、口を開いた。
「実は……以前から、研究してきた、ある技術がある」
湊は、そう、切り出した。
「これまで、極めて、限られた者だけで、管理してきた。だが、今の状況を考えると……この場で、皆に、話すべきだと思う」
湊は、あの投射技術について、丁寧に、説明した。その仕組み、そして、その危険性についても、包み隠さず、伝えた。
議会は、深い、沈黙に、包まれた。
「それは……人にも、使えるということですか」
代表の一人が、恐る恐る、そう、尋ねた。
「その通りだ」
湊は、迷いなく、答えた。
「だから、これまで、俺は、この技術を、村の外にも、村の中にも、広めてこなかった」
議論は、長く、続いた。多くの者が、この技術の危険性を、強く、懸念した。
最終的に、議会は、いくつかの、厳格な条件のもとで、この技術を、村の防衛のためにのみ、限定的に、運用することを、決定した。
一つ。この道具を扱えるのは、議会が認めた、限られた者のみとする。
二つ。使用は、恐竜からの防衛に限る。人に向けることは、いかなる場合も、禁ずる。
三つ。製造と管理は、議会が、厳格に、監督する。
この決定を受け、村には、初めて、防衛を専門とする、組織が、設けられることになった。
その長には、ガルが、就任した。
「湊、俺は、この役目を、引き受ける」
ガルは、そう、静かに、言った。
「だが、一つ、約束してくれ」
「なんだ?」
「この力を、絶対に、人には、向けない。もし、そうなりそうになったら……俺は、真っ先に、それを、止める」
湊は、この言葉に、深く、頷いた。
「約束する。俺も、同じ気持ちだ」
この防衛組織の設立と並行して、村では、恐竜対策のための、様々な整備が、進められることになった。
まず、村の外の主要な農地の周囲にも、簡素な堀と柵が、設けられた。ドウが、この工事を、指揮した。
次に、恐竜の接近を、いち早く知らせるための、見張り台が、いくつかの地点に、建設された。それぞれの見張り台には、電話が、設置され、異常があれば、すぐに、村の中心部に、連絡できるようになった。
さらに、村の外で働く者には、必ず、複数人で行動することが、義務づけられた。一人での作業は、禁止された。
これらの整備には、四ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。
整備が、一段落した頃、湊は、ある夜、ガルと、二人で、村の外れの見張り台に、上っていた。
「随分と、変わったな」
ガルが、村を見下ろしながら、そう、つぶやいた。
「そうだな」
「昔は、俺一人で、村の周りを、見回っていた。今は、これだけの仕組みが、できた」
湊は、その言葉に、深く、頷いた。
「でも、根っこは、変わっていない」
「どういうことだ?」
「みんなが、無事に、暮らせるように、する。それだけだ」
ガルは、この言葉に、しばらく、黙っていた。それから、静かに、笑った。
「そうだな。それだけだ」
湊は、記録帳に、この一連の出来事を、丁寧に、書き記した。
『議会において、恐竜対策が、最優先の課題として、議論された』
『ガルの狩猟の知識を、『獣を知る書』として、体系的に記録。学び舎の必修教材とした』
『防御用の投射技術を、厳格な条件のもと、議会の管理下で、限定的に運用することを決定』
『防衛を専門とする組織を設立。長には、ガルが就任』
『村外の農地に、堀と柵、見張り台と電話網を整備。四ヶ月を要した』
湊は、三十三歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、十八年八ヶ月ほどが、過ぎていた。
---
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第76話 時点 文明発展状況】
湊33歳/漂着後 18年8ヶ月
人口:257人
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
01 生存・サバイバル ★★★★★ 恐竜対策の体系化により、村外での安全性が大きく向上
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ ガルの知識が、書物として体系化される
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 村外農地に堀・柵・見張り台を整備
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 『獣を知る書』が完成、必修教材に
15 教育・研究 ★★★★★ 恐竜対策教育が、新規住民への必修科目となる
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 議会が、実質的な意思決定機関として機能し始める
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 見張り台への電話設置により、警戒網が確立
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 防衛組織を設立。投射技術を、厳格な管理下で限定運用
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 「人には向けない」という原則が、村の防衛倫理として確立
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




