第75話「みんなで決める」
新しい学び舎が完成してから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、三十三歳になろうとしていた。
この間、村には、また、五人の新しい住人が加わっていた。人口は、二百五十三人になっていた。
ある夜、湊は、議事堂で、一人、書き物をしていた。だが、その手は、なかなか、進まなかった。
「湊さん、まだ、いらしたんですか」
ケイが、部屋に、入ってきた。
「ああ、ケイ。少し、考え事をしていた」
「何を、お考えで?」
湊は、しばらく、黙っていた。それから、静かに、口を開いた。
「この村は、誰のものだろうか」
ケイは、この問いに、少し、驚いた様子を、見せた。
「それは……皆のもの、ではないでしょうか」
「そうだ。俺も、そう思う」
湊は、そう答えながら、机の上の紙を、指でなぞった。
「でも、今、この村の大きなことは、俺と、長老会議で、決めている。それは、本当に、皆のものと、言えるだろうか」
ケイは、この言葉に、深く、考え込んだ。
「確かに……特に、最近、外から来た人たちは、決める場に、まったく、関わっていません」
「そうなんだ。今、村には、二百五十人以上が、暮らしている。でも、決めているのは、十人にも満たない」
湊は、しばらく、沈黙した後、続けた。
「それに、もう一つ、気になることがある」
「なんでしょう」
「俺が、いなくなった後のことだ」
ケイは、この言葉に、はっとした表情を、見せた。
「湊さん、そんな……まだ、お若いのに」
「いつか、必ず、その日は、来る。その時、この村が、誰が、どうやって、決めるのか。それが、決まっていなければ、大変なことになるかもしれない」
湊は、この日から、この課題について、深く、考えを、巡らせるようになった。
数日後、湊は、九つの行政機構の長を、集会所に、招集した。
「みんなに、相談したいことが、ある」
湊は、そう、切り出した。
「この村の、決め方について、だ」
一同は、真剣な表情で、湊の言葉を、待った。
「今、大きなことは、俺と、みんなで、決めている。でも、それでいいのか。俺は、それを、考えたい」
ドウが、少し、戸惑った様子で、口を開いた。
「これまで、それで、うまく、やってきたと思いますが」
「確かに、そうだ。でも、それは、俺たちが、村の全員と、顔見知りだった頃の話だ」
湊は、静かに、続けた。
「今は、俺が、名前も知らない人が、村に、大勢いる。その人たちの暮らしも、俺たちが、決めている」
シラが、この言葉に、深く、頷いた。
「私も、それは、気になっていました。特に、新しく来た人たちから、時々、そういう声を、聞きます」
「どんな声だ?」
「自分たちの言い分が、届かない、と」
湊は、この報告を、深く、受け止めた。
この日から、湊は、村の「決め方」そのものを、根本から、見直す作業に、着手することになった。
まず、湊が取り組んだのは、これまでの「村の掟」を、より体系立てた形に、書き直すことだった。
「ケイ、手伝ってくれないか」
「もちろんです」
湊とケイは、これまでの掟を、一つ一つ、見直していった。水源を汚してはならない。飢えている者がいれば、分かち合う。争いは、話し合いで解決する。公共のために、拠出する。
これらの基本原則は、そのまま、残された。だが、湊は、その上に、さらに、いくつかの、より根本的な原則を、加えることを、提案した。
「この村に生きる者は、誰であれ、その暮らしを、脅かされない」
湊は、まず、そう、書き記した。
「新しく来た者も、昔からいる者も、この村では、同じ権利を、持つ」
ケイは、この一文を見て、少し、驚いた表情を、見せた。
「これは……かなり、思い切った内容ですね」
「そうかもしれない。でも、これを、はっきり、書いておかないと、いずれ、必ず、揉める」
湊は、そう、答えた。
さらに、湊は、こう、書き加えた。
「村の大きなことは、村に生きる者たちの、意思によって、決める」
この一文が、これから、村の統治そのものを、大きく変えていくことになる。
この「基本の書」――後に、村の憲法と呼ばれることになるこの文書の作成には、ふた月ほどが、費やされた。
完成した基本の書を、湊は、まず、九つの行政機構の長に、示した。
「これが、この村の、いちばん、根っこの決まりだ」
一同は、その内容を、じっくりと、読み込んでいった。
ガルが、しばらくして、口を開いた。
「湊、ここに書いてあることは……お前自身も、縛るのか」
「その通りだ」
湊は、迷いなく、答えた。
「俺も、この決まりに、従う。もし、俺が、これに反することをしたら、皆に、止める権利がある」
この言葉に、集会所は、しばらく、静まり返った。
「……わかった」
ガルは、そう、短く、答えた。
基本の書が、承認された後、湊は、いよいよ、村の「決め方」そのものの、改革に、着手することになった。
「これから、村の大きなことを決める場に、村の皆から、代表を、選んで、出てもらおうと思う」
湊は、そう、提案した。
「選ぶ、というと?」
ミオが、尋ねた。
「村を、いくつかの区画に、分ける。それぞれの区画から、代表を、一人ずつ、選んでもらうんだ」
「誰が、選ぶのですか」
「その区画に、住んでいる、すべての大人だ」
この提案に、一同は、しばらく、言葉を、失っていた。
「すべての、大人が……」
ケイが、そう、つぶやいた。
「そうだ。男も、女も。昔からいる者も、新しく来た者も。全員が、一票ずつ、持つ」
湊は、そう、明確に、答えた。
この提案は、村にとって、これまでで、最も大きな変革だった。議論は、数週間にわたって、続けられた。
「そんなことをして、混乱しないだろうか」
「正しい判断が、できるのだろうか」
そうした懸念の声も、多く、上がった。だが、湊は、根気強く、説明を、続けた。
「確かに、間違うこともあるだろう。でも、少数の者だけで決めれば、間違わないという保証も、ない」
湊は、静かに、続けた。
「それに、大事なのは、正しいかどうかだけじゃない。皆が、自分たちのことを、自分たちで、決めたという、その事実だ」
最終的に、この提案は、承認された。
村の最初の選挙は、それから、ひと月後に、行われることになった。
村は、五つの区画に、分けられた。それぞれの区画から、一人ずつ、代表が、選ばれる。
選挙の日、村の広場には、多くの人々が、集まった。
投票の方法は、極めて、簡素なものだった。それぞれの候補者の名前が書かれた箱に、小石を、一つずつ、入れる。誰が、どの箱に入れたか、わからないよう、箱は、布で、覆われていた。
「本当に、これで、いいのか」
新しく村に来た男の一人が、不安そうに、そう、尋ねた。
「ああ。あなたの一票も、俺の一票も、同じ重さだ」
湊が、そう答えると、その男は、しばらく、湊の顔を、じっと、見つめていた。
「……ありがとうございます」
男は、そう言って、深く、頭を下げてから、投票所へと、向かっていった。
その日の夕方、開票が、行われた。ケイと、その弟子たちが、一つ一つ、小石を、数えていく。
選ばれた五人の代表の中には、外から来た者も、二人、含まれていた。
この結果を、湊は、深い感慨と共に、受け止めていた。
「これで、この村は、本当の意味で、皆のものになったんだな」
湊は、記録帳に、この一連の出来事を、丁寧に、書き記した。
『村の基本原則を「基本の書」として、体系的に成文化。すべての住民の平等な権利を、明記した』
『村の大きな決定を、選ばれた代表によって、行う仕組みを導入』
『初めての選挙を実施。五つの区画から、五人の代表が選出された。うち二人は、外から来た者』
『この村は、これで、本当の意味で、皆のものになった』
夜、湊は、家に戻ると、宗が、まだ、起きて、待っていた。宗は、この頃、六歳になっていた。
「父上、今日、みんなが、広場に、集まっていました」
「ああ。大事なことを、決めていたんだ」
「なにを、決めたのですか」
湊は、宗を、膝の上に、乗せながら、静かに、答えた。
「この村のことを、誰が、決めるのかを、決めたんだ」
宗は、まだ、その意味を、完全には、理解していない様子だった。だが、湊は、続けた。
「お前も、大人になったら、その一人になる」
湊は、三十三歳になった。この世界に来てから、十八年二ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第75話 時点 文明発展状況】
湊33歳/漂着後 18年2ヶ月
人口:253人
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 「基本の書」の成文化により、法文化が確立
15 教育・研究 ★★★★★ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 憲法の制定と、代表制選挙の導入により、統治が根本的に転換
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 全住民の平等という理念が、村の基本原則として明文化
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