第74話「黒い泉、増える子ら」
九つの行政機構が動き始めてから、四ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、三十二歳になっていた。
この間、村には、また、五人の新しい住人が加わっていた。人口は、二百三十一人になっていた。
ある朝、レンが、興奮した様子で、湊のもとを、訪ねてきた。
「湊さん、大変な発見です」
「どうした?」
「あの、黒い液体の湧く場所を、もう少し、詳しく調べてみたんです。そうしたら――」
レンは、そこで、一度、言葉を切った。
「思っていたより、はるかに、大量に、あるようです」
湊は、この報告に、身を、乗り出した。
「どれくらいだ?」
「掘れば掘るほど、出てきます。今の使い方なら、何十年も、尽きないかもしれません」
湊は、この報告を、しばらくの間、静かに、噛み締めていた。
これまで、自走車の燃料は、限られた量しか、得られなかった。だから、その使用も、極めて、限定的なものに、留まっていた。だが、もし、この燃料が、豊富に、手に入るようになるとすれば――
「レン、これは、村を、大きく変えることになるかもしれない」
湊は、そう、静かに、つぶやいた。
この発見を受けて、村は、本格的な、採掘と精製の体制を、整えることになった。
だが、この作業は、これまでの、どの事業よりも、危険を伴うものだった。黒い液体は、極めて、燃えやすい。そして、その精製の過程では、さらに、危険な蒸気が、発生する。
「タギ、レン。これは、これまで以上に、慎重に、進める必要がある」
湊は、二人に、そう、繰り返し、伝えた。タギは、深く、頷いた。
「わかっています。レイのことを、忘れたわけでは、ありません」
精製の施設は、村から、十分に離れた場所に、建設されることになった。周囲には、火気を、厳重に禁じる区域が、設けられた。作業に当たる者には、タギとレンが、直接、安全な手順を、徹底的に、指導した。
この施設の建設と、精製工程の確立には、五ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。
完成した施設からは、これまでとは、比較にならない量の、精製された燃料が、生み出されるようになった。
この燃料の豊富な確保は、村の様々な場面に、大きな変化を、もたらすことになった。
まず、自走車の数が、飛躍的に、増えた。レンの工房では、これまでの数倍のペースで、自走車が、生産されるようになった。村と河口拠点の間には、定期的な便が、運行されるようになり、人と物の往来は、これまでとは、まったく異なる規模に、発展していった。
次に、この燃料は、発電にも、応用されることになった。水量の少ない乾季には、水力発電の出力が、落ちる。この不足分を、燃料を使った発電機で、補う仕組みが、整えられていった。
さらに、この燃料の力は、工場の動力としても、活用されるようになった。これまで、水車の近くにしか作れなかった工場が、燃料さえあれば、どこにでも、建設できるようになったのだ。
この変化は、村の産業を、根本から、変えていくことになった。
「湊さん、工房の数が、この半年で、倍以上に、なりました」
ある日、レンが、そう、報告した。
「そんなに、か」
「はい。それに、一つ一つの工房の規模も、大きくなっています」
湊は、この報告に、複雑な感慨を、覚えていた。確かに、これは、村の豊かさの、確かな証だった。だが、同時に、湊の心には、ある種の、警戒も、生まれつつあった。
こうした産業の急激な発展と、時を同じくして、村では、もう一つの、大きな変化が、起きていた。
子供の数が、急速に、増え始めていたのだ。
ある日、シラが、湊のもとを、訪ねてきた。
「湊さん、医療所が、大変なことに、なっています」
「どうした?」
「出産が、続いているんです。この三ヶ月だけで、十二人の、赤ん坊が、生まれました」
湊は、この報告に、驚いた表情を、見せた。
「十二人? これまでの、何倍だ」
「はい。それに、これからも、増えそうです」
湊は、この現象の理由を、しばらく、考えていた。そして、ある結論に、至った。
「食料が、安定したからだろうな」
「そう思います。それに、医療も、以前より、確かになりました。子供が、無事に、育つようになった」
シラの声には、深い、感慨が、滲んでいた。かつて、彼女が、最も心を痛めていた、乳幼児の死亡。それが、この十数年で、確かに、大きく、減っていた。
「シラ、これは、お前の功績だ」
湊が、そう言うと、シラは、静かに、首を振った。
「いえ。清潔な水も、石鹸も、十分な食料も、すべてが、揃ったからです」
この、子供の急増は、村に、新たな課題も、もたらすことになった。
「学び舎が、足りません」
ケイが、そう、報告した。
「今の建物では、これから増える子供たちを、とても、受け入れられません」
湊は、この課題を、九つの行政機構の会議に、諮った。
「新しい学び舎を、建てよう。それも、今より、はるかに、大きなものを」
ドウが、この提案を、引き受けた。
「わかりました。今なら、レンガも、人手も、十分に、あります」
新しい学び舎の建設には、三ヶ月ほどが、費やされた。完成した建物は、これまでの、三倍近い規模を、誇っていた。
この学び舎の完成を祝う日、湊は、集まった人々の前に、立った。
その傍らには、宗と、アカリの姿も、あった。宗は、この頃、六歳。アカリは、二歳になっていた。
「この村は、随分と、変わった」
湊は、静かに、語り始めた。
「俺が、この地に落とされた時、ここには、何も、なかった。ただ、川と、森と、恐竜がいるだけだった」
集まった人々の中には、村の初期を知る者もいれば、最近、外から来た者も、いた。そして、これから育っていく、多くの子供たちも。
「今、この村には、二百人を超える人が、暮らしている。学び舎があり、医療所があり、工場があり、そして、道がある」
湊は、少し、間を置いてから、続けた。
「でも、俺が、これを、作ったわけじゃない。この村にいる、一人一人が、少しずつ、積み重ねてきた結果だ」
湊は、集まった子供たちの顔を、見渡した。
「そして、これから先を、作っていくのは、君たちだ」
この言葉に、子供たちは、真剣な表情で、耳を傾けていた。
湊は、記録帳に、この一連の発展を、丁寧に、書き記した。
『黒い液体(石油)の大規模な埋蔵を確認。五ヶ月をかけて、本格的な採掘と精製の体制を確立』
『燃料の豊富な確保により、自走車の増産、燃料発電、工場の分散配置が可能に。村の産業が、急速に、発展しつつある』
『子供の出生数が、急増。食料と医療の安定が、その背景にあると考えられる』
『新たな学び舎を建設。これまでの三倍の規模』
夕暮れ、湊は、新しい学び舎の前を、通りかかった。中からは、これまで以上に、多くの子供たちの声が、聞こえてくる。
湊は、その声を聞きながら、この村が、確かに、新しい段階へと、入りつつあることを、実感していた。
だが、同時に、湊の心には、これまで感じたことのない、ある種の、不安も、芽生えつつあった。
この、急激な変化を、村は、本当に、受け止めきれるのだろうか。
湊は、三十二歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、十七年八ヶ月ほどが、過ぎていた。
---
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第74話 時点 文明発展状況】
湊32歳/漂着後 17年8ヶ月
人口:248人(新生児の増加を含む)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 乳幼児死亡率の低下により、人口が急増
08 住居・建築 ★★★★★ 新たな学び舎が完成、規模は従来の三倍
09 土木・インフラ ★★★★★ 定期便の運行が開始
10 火・エネルギー ★★★★★ 石油の大規模採掘・精製体制を確立
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 工場数が半年で倍増、産業革命的な発展が進行
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 子供の急増に対応し、教育設備を大幅拡張
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 継続中
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




