第72話「人が集まる場所」
自走車が完成してから、三ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、三十一歳になっていた。
この間、村には、また、四人の新しい住人が加わっていた。人口は、百七十六人になっていた。
だが、この頃、村には、これまでとは違う種類の課題が、浮上しつつあった。
ある朝、長老会議で、ドウが、深刻な表情で、口を開いた。
「湊さん、人手が、足りません」
「人手?」
「はい。自走車のおかげで、輸送は、格段に楽になりました。でも、その分、運ぶものを、作る側が、追いつかなくなっています」
レンも、これに、同調した。
「工房も、同じです。注文が、増えているのに、作れる人間が、限られている」
ミオも、頷いた。
「農地も、広げたいのですが……耕す人が、足りません」
湊は、この報告を、深く、受け止めた。確かに、これは、村が、確かに、豊かになっていることの、証でもあった。だが、同時に、放置すれば、村の成長そのものを、止めてしまう、深刻な問題でも、あった。
「どうすれば、いいと思う?」
湊の問いに、しばらく、沈黙が、続いた。それから、ケイが、慎重に、口を開いた。
「村の外から、人を、受け入れるしか、ないのではないでしょうか」
この提案に、ガルが、少し、警戒した表情を、見せた。
「外から、というと……どれくらいだ?」
「今の困り具合を考えると……相当な数に、なると思います」
議論は、長く、続いた。ガルは、村の秩序が、乱れることを、懸念していた。
「これまでも、少しずつ、人は、増えてきた。でも、それは、一度に、数人程度だった。もし、一度に、何十人も、入ってきたら……」
湊は、この懸念を、真剣に、受け止めていた。
「確かに、ただ、受け入れるだけでは、うまくいかないだろう」
湊は、しばらく、考えを、巡らせた後、こう、提案した。
「受け入れる前に、決めておくべきことが、ある」
湊は、机の上に、紙を広げ、書き始めた。
「一つ。来た者には、必ず、村の言葉と、掟を、最初に、学んでもらう」
「二つ。住む場所を、事前に、割り当てる。ばらばらに、住まわせない」
「三つ。それぞれに、はっきりとした、仕事を、割り当てる」
ケイが、この提案に、深く、頷いた。
「なるほど。受け入れる仕組みそのものを、先に、作るということですね」
「そうだ。人が来てから、慌てるんじゃなく、迎える準備を、先に、整えておく」
この方針のもと、村は、外部からの、本格的な人員受け入れに、着手することになった。
まず、ナギとケイが、周辺の集落――ヤズの集落を中心に、この話を、持ちかけて回った。
反応は、湊たちの予想を、大きく超えるものだった。
「湊さん、驚きました」
ひと月後、ナギが、興奮した様子で、報告した。
「どうした?」
「希望者が、殺到しています。すでに、五十人を、超えました」
湊は、この報告に、目を、見開いた。
「そんなに、か」
「はい。皆、この村の噂を、聞いていたようです。学び舎のこと、医療のこと、そして、暮らしの豊かさのこと」
湊は、この事実に、複雑な感慨を、覚えていた。かつて、たった一人で、この地に落とされた自分が、今、これほど多くの人々を、惹きつける場所を、築いている。
だが、同時に、湊は、これが、極めて慎重な対応を、要する事態であることも、理解していた。
「一度に、全員は、受け入れられない。段階的に、進めよう」
湊は、そう、方針を、定めた。まず、二十人。彼らが、村に馴染み、確かに、暮らしを立てられるようになってから、次の受け入れを、検討する。
最初の二十人が、村に到着した日。彼らは、村の入り口で、ケイと、シラの出迎えを、受けた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
ケイが、丁寧に、頭を下げた。
「まず、皆さんには、この村の言葉と、掟を、学んでいただきます。焦らなくて、大丈夫です」
新しく来た人々は、緊張した面持ちで、その説明に、聞き入っていた。
彼らのために、村には、新たな住居区画が、用意されていた。ドウが、事前に、設計し、レンガと木材で、建てた、簡素だが、確かな住まいだった。
そして、それぞれに、仕事が、割り当てられた。農地の開墾。工房での作業。建築の手伝い。
この受け入れは、決して、順調ばかりでは、なかった。言葉の壁による、行き違い。習慣の違いによる、小さな摩擦。そうしたことは、日々、起こった。
だが、湊は、そのたびに、丁寧に、間に入り、両者の言い分を、聞いていった。
「焦らなくていい。慣れるまでには、時間がかかる」
湊は、そう、繰り返し、伝え続けた。
三ヶ月ほどが過ぎた頃、最初の二十人は、確かに、村の暮らしに、馴染み始めていた。この成果を受けて、村は、次の受け入れに、着手することになった。
人口が、着実に増えていく中で、村では、いくつかの、新たな整備も、進められることになった。
その一つが、魚の養殖だった。
「湊さん、獲るだけでは、いずれ、限界が来ます」
ナギが、そう、指摘した。
「では、どうする?」
「育てるんです。畑と、同じように」
湊は、この提案に、深く、頷いた。
「いい考えだ。やってみよう」
ナギは、河口近くの、汽水域に、囲いを設け、そこで、稚魚を育てる試みを、始めた。最初は、うまく育たず、多くの稚魚が、死んでしまった。だが、水の入れ替え方や、餌の与え方を、少しずつ、調整していくうちに、次第に、確かな成果が、見え始めていった。
この養殖の技術が、ある程度、形になるまでには、四ヶ月ほどが、費やされることになった。
もう一つの、大きな整備が、電力網だった。
これまで、村の電気は、水車発電と、人力発電で、限られた場所にのみ、供給されていた。だが、人口が増え、工房も増える中で、より広範囲への、安定した電力供給が、求められるようになっていた。
「レン、堰の水を、もっと、大規模な発電に、使えないだろうか」
湊の提案に、レンは、大きく、頷いた。
「これまでの水車より、はるかに大きなものを、作る必要がありますね」
この、大規模な水力発電の建設には、ドウとレンが、協力して、当たることになった。堰から流れ落ちる、確かな水の勢いを、より効率的に、大きな発電の仕組みへと、繋げていく。
この事業には、五ヶ月ほどの月日が、費やされた。だが、完成した発電施設は、これまでとは比較にならない、確かな量の電力を、安定して、生み出せるようになった。
この電力は、銅線を通じて、村の主要な区画に、配電されていった。
この、豊富な電力の確保によって、湊が以前から思い描いていた、もう一つの技術も、ようやく、実用の段階に、入ることになった。
冷蔵の技術だった。
気体の圧縮と膨張による冷却の仕組みは、以前から、細々と、研究が続けられていた。だが、安定した電力がなければ、この装置を、継続して動かすことは、できなかった。
電力網の整備により、この装置は、ついに、実用的な形で、村に、導入されることになった。
最初の「冷やし箱」は、シラの医療所に、設置された。
「これで、薬が、傷まなくなります」
シラは、深い喜びを、その表情に、滲ませていた。
続いて、食料の保管庫、そして、次第に、村の主要な区画にも、この冷やし箱が、設置されていくことになった。
湊は、記録帳に、この一連の発展を、丁寧に、書き記した。
『労働力不足に対応するため、外部からの本格的な人員受け入れを開始。事前に、言語教育・住居・仕事の割り当てという、受け入れの仕組みを整備した上で、段階的に実施』
『魚の養殖に着手。四ヶ月の試行錯誤を経て、確かな成果』
『大規模水力発電施設が完成。五ヶ月を要した。村の主要区画への配電を開始』
『冷蔵技術が、電力網の整備により、ついに実用化。医療と食料保管に、大きな恩恵』
夕暮れ、湊は、村を見渡す高台に、立っていた。眼下には、これまでより、はるかに多くの、家々の灯りが、瞬いている。新しく来た人々の住まいからも、確かな明かりが、漏れていた。
湊は、三十一歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、十六年六ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第72話 時点 文明発展状況】
湊31歳/漂着後 16年6ヶ月
人口:221人(外部からの受け入れ40名を含む)
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 労働力増加により、農地拡張が加速
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 養殖技術を確立、水産資源の安定供給へ
05 狩猟・採集 ★★★★☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 冷蔵技術により、薬品保管の質が向上
08 住居・建築 ★★★★★ 新規住民向けの住居区画を整備
09 土木・インフラ ★★★★★ 電力網の整備が進行
10 火・エネルギー ★★★★★ 大規模水力発電により、電力供給が飛躍的に向上
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 冷蔵装置の実用化に成功
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 新規住民への言語教育が、体系的に実施される
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 外部受け入れの仕組みを事前整備、秩序を保った拡大に成功
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 多様な出自の人々が共存する、新たな社会の形が生まれつつある
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