第71話「回る心臓、走る箱」
絵物語が村の夜を彩るようになってから、三ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、三十歳になっていた。
この間、村には、また、四人の新しい住人が加わっていた。人口は、百七十二人になっていた。
ある日、湊は、レンの工房を、訪ねた。この頃、レンは、タギの後を継ぐ形で、村の金属加工の、中心的な担い手へと、成長していた。
「レン、また、無茶な相談が、あるんだ」
レンは、少し、笑いながら、答えた。
「湊さんの無茶には、慣れました。師匠から、そう聞いています」
「そうか」
湊も、思わず、笑った。それから、真剣な表情に、戻った。
「燃料を、内側で、燃やして、直接、力を生み出す仕組みを、作れないだろうか」
レンは、しばらく、その言葉の意味を、考えていた。
「内側で……燃やす、ですか」
「そうだ。密閉した筒の中で、燃料と空気を、勢いよく、爆発させる。その力で、ピストンを、押し出す」
レンは、この構想に、目を、丸くした。
「それは……危なくないですか」
湊は、この率直な問いに、深く、頷いた。
「危ない。だから、慎重に、進める必要がある」
この構想は、これまでの、どの技術発展よりも、多くの要素を、同時に、精密に組み合わせる必要があった。
密閉性の高いシリンダーとピストン――これは、真空ポンプの研究で培った技術が、大いに、応用できた。燃料を、確実に、そして、繰り返し爆発させるための、点火の仕組み――これには、あの、電気の技術が、不可欠だった。
湊たちは、まず、燃料として、何を使うべきかを、慎重に、検討した。
「以前、探索の途中で、地面から、黒い、粘り気のある液体が、滲み出している場所が、あったと思うんだが」
湊の言葉に、ガルが、記憶をたどりながら、答えた。
「ああ、あの、臭い水か。あれは、何にも、使えないと思っていたが」
「あれを、精製すれば、燃料に、なるかもしれない」
この、黒い液体の精製にも、独自の試行錯誤が、必要とされた。湊の記憶では、この液体を、加熱して、その蒸気を、冷やすことで、より軽い、扱いやすい成分を、取り出せるはずだった。
タギとレンは、この精製の仕組みを、ふた月ほどかけて、少しずつ、作り上げていった。完成した装置から取り出された、透明に近い液体は、確かに、これまでの油とは比較にならないほど、勢いよく、燃えた。
「これは……危ないですね」
レンが、その燃焼を見て、そう、つぶやいた。
「ああ。だから、扱いには、十分、気をつけてくれ」
燃料の目処が立ったところで、いよいよ、エンジン本体の製作が、始まった。
最初の試作機は、爆発の力を、うまく、回転運動に変換できず、ただ、大きな音と振動を、立てるだけに、終わった。
「湊さん、うまく、回りません」
レンが、疲れた表情で、そう、報告した。
「爆発の力は、確かに、出ているんです。でも、それが、回転に、繋がらない」
湊は、この課題に、しばらく、考えを、巡らせた。
「まっすぐな動きを、回る動きに、変える仕組みが、必要なんだ。確か……クランクという、曲がった軸を、使うはずなんだが」
湊は、記憶を頼りに、地面に、簡単な図を、描いた。ピストンの上下運動を、曲がった軸を介して、回転運動に、変換する仕組み。
レンは、その図を、じっと、見つめていた。
「なるほど……この、曲がった部分が、押されて、回るわけですね」
この、クランク軸の製作にも、精密な加工が、必要とされた。レンは、これまでの鍛造と、旋削の技術を、総動員して、この部品を、作り上げていった。
こうした、部品一つ一つの製作と、組み立て、そして、調整。この試行錯誤には、実に、五ヶ月ほどの月日が、費やされることになった。
そして、ある日。
「湊さん! 来てください!」
レンが、工房から、駆け出してきた。湊が、工房に駆けつけると、そこには、確かに、規則的な音を立てて、動き続ける、機械が、あった。
ドッ、ドッ、ドッ、という、力強い音。ピストンが、確かに、繰り返し、規則正しい爆発の力によって、動き続けている。
「動いている……! 確かに、動き続けています!」
レンの声には、深い興奮が、滲んでいた。
湊も、しばらくの間、言葉を、失っていた。この村に来て、十五年。骨の針から始まった技術が、今、こうして、自ら動き続ける、機械へと、到達している。
「よくやった、レン。本当に、よくやった」
湊は、そう言いながら、レンの肩を、力強く、叩いた。
このエンジンの完成は、村の輸送に、これまでとは、まったく異なる可能性を、もたらすことになった。
だが、湊は、このエンジンを、そのまま、車輪に、繋ぐことには、慎重だった。
「レン、一つ、考えていることが、ある」
「なんでしょう」
「このエンジンの力を、直接、車輪に、伝えるんじゃなく……発電機を、回すのに、使えないだろうか」
レンは、この提案に、首をかしげた。
「発電機を、ですか。なぜ、そんな、回りくどいことを」
「エンジンは、確かに、力強い。でも、動き出す時や、止まる時の、細かい調整が、難しいはずだ」
湊は、記憶を頼りに、続けた。
「モーターなら、電気の量を、変えるだけで、力の強さを、細かく、調整できる。だから、エンジンで、発電して、その電気で、モーターを回す。そうすれば、扱いやすく、なるんじゃないかと思う」
レンは、しばらくの間、この構想を、考え込んでいた。
「なるほど……確かに、そのほうが、うまくいくかもしれません」
この構想のもと、湊たちは、エンジンと、発電機と、モーターを、一つに組み合わせた、新しい仕組みの製作に、着手することになった。
この組み合わせの調整には、さらに、三ヶ月ほどの月日が、費やされた。エンジンの回転速度と、発電機の出力、そして、モーターの力の関係を、一つ一つ、確かめながら、最適な組み合わせを、探っていく作業だった。
そして、ついに、村は、この新しい仕組みを、四つの車輪を持つ、乗り物に、搭載することに、成功した。
最初の試走の日、村中の人々が、集まった。
レンが、緊張した面持ちで、この乗り物に、乗り込み、エンジンを、起動させた。ドッ、ドッ、という音が響き、しばらくすると、モーターが、静かな唸りを、上げ始めた。
そして、車輪が、確かに、地面を捉え、動き始めた。
村中から、大きな歓声が、上がった。
「動いた!」
「自分で、走っている!」
人の足でも、タズの力でもない、確かな機械の力によって、自ら走る乗り物。それは、この村が、これまで積み重ねてきた、すべての技術の、一つの、確かな結晶だった。
この乗り物――村では「自走車」と呼ばれることになった――の完成により、村の輸送は、これまでとは、まったく異なる段階へと、進むことになった。
これまで、タズが引く荷車で、半日かかっていた、河口拠点までの道のりが、この自走車を使えば、二時間ほどで、到達できるようになった。しかも、運べる荷物の量も、格段に、増えた。
「湊さん、これは……大変なことになりますよ」
ナギが、興奮した様子で、そう、言った。
「どういうことだ?」
「これまで、河口まで、塩を運ぶのに、何日もかけて、少しずつ、運んでいました。でも、これなら……一日で、これまでの何倍もの量を、運べます」
湊は、この指摘に、深く、頷いた。確かに、この輸送力の向上は、村の経済そのものを、変えていく可能性を、秘めていた。
湊は、記録帳に、この一連の成果を、丁寧に、書き記した。
『五ヶ月をかけて、内燃機関の実用化に成功。地下から採取した黒い液体を、精製した燃料を使用』
『エンジンで発電機を回し、その電気でモーターを駆動する仕組みを考案。三ヶ月の調整の末、自走車として完成』
『これにより、村の輸送力が、飛躍的に向上。大量輸送の時代が、始まろうとしている』
夕暮れ、湊は、村の広場を、走り抜けていく、自走車を、見つめていた。荷台には、村で作られた品々が、山積みに、されている。
湊は、三十歳から、三十一歳になろうとしていた。この世界に来てから、十五年八ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第71話 時点 文明発展状況】
湊30歳(まもなく31歳)/漂着後 15年8ヶ月
人口:172人
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 自走車により、拠点間輸送が飛躍的に向上
10 火・エネルギー ★★★★★ 原油の精製技術を確立、内燃機関の燃料を確保
11 鉱業・金属 ★★★★★ クランク軸など、精密部品の加工技術が向上
12 製造・工業 ★★★★★ エンジン・自走車の製作技術を確立
13 科学・技術 ★★★★★ 内燃機関と電気駆動の複合という、高度な技術的到達
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 大量輸送により、交易の規模拡大が見込まれる
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 継続中
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