第69話「外から来る者たち」
専門学校が開講してから、三ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、二十九歳になっていた。
この間、村には、また、四人の新しい住人が加わっていた。人口は、百六十四人になっていた。
ある朝、河口拠点から、ナギが、急いで、村へと戻ってきた。
「湊さん、ヤズが、妙なことを、言ってきました」
「妙なこと?」
「はい。自分の集落の若者を、この村の学び舎に、通わせられないか、と」
湊は、この報告に、しばらく、言葉を、失っていた。
「ヤズの、若者を?」
「はい。何でも、この村の技術を、噂に聞いて、ぜひ、学ばせたいと」
湊は、この申し出について、長老会議で、議論することにした。
集会所での議論は、これまでにない、複雑なものになった。
「俺は、反対だ」
ガルが、真っ先に、口を開いた。
「なぜだ?」
「俺たちが、何年もかけて、積み上げてきた技術を、簡単に、外の者に、渡すのか?」
この意見に、ドウも、同調した。
「特に、鉄や、火薬に関わる技術は、危険です。外部の者に、教えるべきでは、ないでしょう」
だが、シラは、異なる意見を、述べた。
「私は、少し、違う考えです」
「聞かせてくれ」
湊が、そう促すと、シラは、静かに、語り始めた。
「医療の技術は、多くの人が、知っているほうが、いいと思うんです。ヤズの集落で、病が広がれば、いずれ、この村にも、影響します」
ミオも、シラに、同調した。
「農業も、同じかもしれません。周りの集落が、飢えれば、その人たちは、この村に、頼ってくる。それなら、最初から、育て方を、教えたほうが……」
湊は、双方の意見に、じっと、耳を傾けていた。そして、しばらくの沈黙の後、こう、切り出した。
「分けよう」
「分ける、というと?」
ガルが、尋ねた。
「教える技術と、教えない技術を、はっきり、分けるんだ」
湊は、机の上に、紙を広げ、二つの列を、書き始めた。
「農業、医療、衛生、建築の基礎。こういうものは、教えていい。むしろ、教えるべきだ」
湊は、一方の列に、それらを、書き記した。
「だが、金属の精錬の細部、そして、火薬に関わることは、教えない。これは、村の外には、出さない」
湊は、もう一方の列に、それらを、書き記した。
ガルは、この提案を、しばらく、見つめていた。
「……それなら、まだ、納得できる」
この方針のもと、村は、外部からの留学生を、限定的な形で、受け入れることを、決定した。
最初の留学生は、ヤズの集落から、三人。若い男女で、それぞれ、農業と、医療を、学びたいという希望を、持っていた。
彼らが、村に到着した日、湊は、自ら、門まで、出迎えた。
「よく来た。歓迎する」
三人は、緊張した面持ちで、深々と、頭を下げた。
「私たちの集落を、代表して、参りました。どうぞ、よろしくお願いします」
湊は、彼らを、学び舎へと、案内した。道中、三人は、村の様子に、絶えず、驚きの声を、上げていた。
「これは……石で、道が、できているのですか」
「あの建物の窓、光を、通しています」
湊は、その反応を見ながら、かつて、アガルの使者が見せた、同じような驚きを、思い出していた。
三人の留学生は、学び舎で、村の若者たちと共に、学び始めた。最初のうちは、言葉の壁もあり、苦労も、多かった。だが、ケイが用意した、音声の円盤が、ここでも、大きな助けとなった。
「これを、何度でも、聞いてください。焦らなくて、いいですから」
ケイの、この言葉に、留学生たちは、深く、感謝を示していた。
この留学生の受け入れは、思いがけない、副次的な効果を、村に、もたらすことになった。
村の若者たちが、外部から来た者に、教える立場に、立つようになったのだ。自分が学んだことを、他人に、説明する。この過程を通じて、村の若者たち自身の理解も、格段に、深まっていった。
「湊さん、面白いことに、気づきました」
ある日、シラが、湊に、そう、報告した。
「なんだ?」
「留学生に教えている、うちの子たちのほうが、以前より、ずっと、確かに、覚えているんです」
湊は、この報告に、深く、頷いた。
「教えることは、いちばんの、学びなのかもしれないな」
こうした教育の広がりと並行して、村では、もう一つの、大きな変化が、進みつつあった。
電話の普及だった。
これまで、村内の限られた場所にしかなかった電話が、次第に、主要な施設――議事堂、学び舎、医療所、そして、各工房に、設置されるようになっていた。
だが、この普及に伴い、新たな問題が、生じ始めていた。
「湊さん、困ったことに、なっています」
ある日、タギが、そう、報告した。
「どうした?」
「電話が、増えたのは、いいのですが……線が、多すぎて、どうにも、なりません」
湊は、タギに案内され、議事堂の裏手を、見に行った。そこには、無数の銅線が、複雑に、絡み合っていた。
「これは……ひどいな」
「今は、繋ぎたい相手ごとに、別々の線を、引いています。だから、相手が増えるほど、線が、増えていくんです」
湊は、この課題に、しばらく、考えを、巡らせた。
「一箇所に、全部の線を、集められないだろうか」
「集める、というと?」
「そこに、人を、置くんだ。誰かが、誰かと話したいと言ったら、その人が、線を、繋ぎ変える」
タギは、この構想に、目を、輝かせた。
「なるほど! それなら、線は、一本ずつで、済みます」
この「電話交換」の仕組みの構築には、ふた月ほどが、費やされることになった。
議事堂の一室に、村中の電話線が、集められた。そこには、無数の差し込み口が、並んだ盤が、設置された。誰かが、電話をかけると、この部屋の呼び出し音が、鳴る。交換手が、応答し、繋ぎたい相手を、聞き、対応する差し込み口に、線を、繋ぎ変える。
この役目には、村の若い女性たちが、数名、志願した。
「これで、話したい相手と、話せるんですね」
交換手の一人が、そう言いながら、慣れない手つきで、線を、繋ぎ変えていた。
湊は、この光景を、静かに、見つめていた。かつて、太鼓の音でしか、遠くと連絡できなかったこの村が、今、こうして、声で、繋がっている。
こうした、通信の整備と並行して、村では、様々な工房が、これまでよりも、本格的な「工場」と呼べる規模へと、発展しつつあった。
レンガの生産場は、区画式の窯を、さらに増設し、村の建築需要を、確実に賄えるようになっていた。紙の製造場では、複数の職人が、分業体制で、作業を進めるようになっていた。
特に、大きく変わったのが、金属加工の工房だった。レンを中心に、若い職人たちが、それぞれの工程――精錬、鍛造、鋳造、溶接――を、分担して、担当するようになっていた。
「これで、随分と、効率が、上がりました」
レンが、湊に、そう、報告した。
「一人が、全部を、やるんじゃなく、それぞれが、自分の工程に、専念する。そうすると、腕も、早く、上がるようです」
湊は、この報告に、深く、感心した。
「なるほど。それは、学び舎の教育とも、繋がる話だな」
湊は、記録帳に、この一連の発展を、丁寧に、書き記した。
『ヤズの集落から、三名の留学生を受け入れ。技術を、公開するものと、しないものに、明確に区分する方針を確立』
『留学生への指導を通じて、村の若者たち自身の理解も、深まっている』
『電話交換の仕組みを構築。ふた月を要した。これにより、電話網の拡張が、現実的になった』
『各工房が、分業体制による「工場」へと発展。生産効率が、大きく向上』
夕暮れ、湊は、議事堂の窓から、村を、見渡していた。学び舎からは、外から来た留学生を含む、若者たちの声。工場からは、規則的な、作業の音。そして、交換室からは、線を繋ぎ変える、かすかな音。
湊は、二十九歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、十四年五ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第69話 時点 文明発展状況】
湊29歳/漂着後 14年5ヶ月
人口:164人(留学生3名を含む)
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 留学生への技術移転を開始
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 留学生への技術移転を開始
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★☆ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 分業体制による工場化が進展。技術は非公開を維持
12 製造・工業 ★★★★★ 各工房が分業体制の工場へ発展、生産効率が大幅向上
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 外部留学生の受け入れを開始、教えることで学びも深化
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 技術公開の可否を明確に区分する方針を確立
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 電話交換機の導入により、電話網の本格普及が可能に
19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 軍事関連技術の非公開方針を堅持
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 外部からの学び手を迎え、村の文化が開かれ始める
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