第68話「学び舎、開く」
村政総覧が、村の運営を、大きく前進させてから、ふた月ほどが過ぎていた。湊は、二十九歳になろうとしていた。
この間、村には、また、五人の新しい住人が加わっていた。人口は、百六十人になっていた。
ある朝、ケイとシラが、湊のもとを、訪ねてきた。二人の手には、分厚い、書きつけの束が、握られていた。
「湊さん、専門学校の構想が、まとまりました」
ケイが、そう言って、その束を、机の上に、広げた。
湊は、その内容に、じっくりと、目を通していった。医療、農業、土木、金属、漁業、記録――村の主要な分野ごとに、教える内容と、期間、そして、指導にあたる人物が、丁寧に、記されていた。
「よくできている。これなら、すぐにでも、始められそうだ」
湊は、感心した様子で、そう、言った。
「ですが、一つ、問題があります」
シラが、少し、困った表情を、見せた。
「なんだ?」
「場所です。今の学び舎は、子供たちの、基礎的な教育で、いっぱいなんです」
湊は、この指摘に、深く、頷いた。確かに、村の子供の数は、この十数年で、着実に、増えていた。今の学び舎では、これ以上の受け入れは、難しい。
「新しい建物を、建てるしかないな」
湊は、ドウを、呼び出した。
「ドウ、また、頼みたいことが、ある」
ドウは、少し、笑って、答えた。
「湊さんが、そう言うときは、いつも、大きな仕事ですね」
「ああ。今度も、大きい」
湊は、専門学校の構想を、ドウに、説明した。ドウは、その話を、真剣な表情で、聞いていた。
「区画ごとに、部屋を、分ける必要が、ありますね」
「そうだ。医療を学ぶ部屋、農業を学ぶ部屋、土木を学ぶ部屋……それぞれが、独立して、使えるように」
ドウは、しばらく、考え込んだ後、頷いた。
「レンガの生産量が、増えましたから。今なら、いけるはずです」
この建物の建設は、以前の窯の増設で培った、レンガ生産の増強が、大きく、活きることになった。ドウとイワが中心となり、二ヶ月ほどをかけて、これまでよりも規模の大きな、確かな施設が、完成した。
建物は、いくつかの区画に、分けられていた。それぞれの部屋には、その分野を象徴する、イワが彫った意匠が、入り口に、施されていた。医療の部屋には、薬草。土木の部屋には、水路。金属の部屋には、金槌。
開講の日、この新しい学び舎には、村中の若者たちが、集まった。
湊は、その光景を、少し離れた場所から、見つめていた。
「湊さん、挨拶を」
ケイに促され、湊は、集まった人々の前に、進み出た。
「今日から、ここで、みんなに、それぞれの分野を、深く学んでもらうことになる」
湊は、静かに、そう、語り始めた。
「俺は、この村に来て、十三年になる。最初は、たった一人で、骨の針を作ることさえ、できなかった」
若者たちは、真剣な表情で、湊の言葉に、耳を傾けていた。
「でも、ガルに会って、シラに会って、ドウに会って、みんなに会って……一つ一つ、できることが、増えていった」
湊は、集まった若者たちの顔を、一人ずつ、見渡した。
「今、この村にある技術は、全部、誰かが、根気強く、失敗を重ねて、作り上げてきたものだ。誰一人、最初から、うまくできた者は、いない」
湊は、少し、間を置いてから、続けた。
「だから、みんなも、焦らなくていい。失敗しても、いい。ここで、じっくり、学んでほしい」
この言葉に、若者たちの表情が、少しずつ、和らいでいくのが、見て取れた。
その日から、それぞれの部屋で、指導が、始まった。
シラの部屋には、特に、多くの若い女性たちが、集まった。彼女は、薬草の見分け方や、傷の手当ての基本を、実際の薬草を手に取りながら、丁寧に、教えていった。
「これは、熱に効きます。でも、量を間違えると、逆に、体に、悪い」
シラは、そう言いながら、一人一人の手のひらに、薬草を、乗せていった。
「だから、まず、覚えてほしいのは――『わからないときは、使わない』ということです」
この、シラの言葉に、湊は、深い感銘を、受けた。それは、まさに、湊が、これまで、書物に記してきた原則――「わからないことは、わからないと書く」という姿勢と、同じものだった。
ドウの部屋では、測量の基礎が、教えられていた。ドウは、寡黙な性格ながら、この教育の場では、根気強く、繰り返し、丁寧な指導を、行っていた。
「この、三つの数の関係を、覚えておけ。これがわかれば、届かない場所の高さも、計算で、出せる」
タギの部屋では、火の扱いと、金属加工の基礎が、教えられていた。だが、タギが、何よりも、口を酸っぱくして、繰り返し伝えたのは、安全な手順だった。
「俺は、昔、仲間を、一人、失った。窯の事故だった」
タギは、若者たちの前で、静かに、そう、語った。
「だから、俺は、お前たちに、まず、これを、教える。急ぐな。焦るな。危ないと思ったら、必ず、手を止めろ」
部屋の中は、水を打ったように、静まり返っていた。
ミオの部屋では、輪作の概念や、植物の観察の仕方が、実際の畑を使いながら、教えられていた。
「植物は、しゃべりません。でも、ちゃんと、見ていれば、色々なことを、教えてくれます」
ミオは、そう言って、若者たちを、畑へと、連れ出していった。
こうした専門教育と並行して、湊自身は、文字と、基礎的な数の教育――いわば、教養の部分を、ケイと共に、担うことになった。
開講から、ひと月ほどが過ぎた頃。湊は、ある夕暮れ、学び舎の前を、通りかかった。
中からは、様々な声が、聞こえてきた。薬草の名前を、繰り返し唱える声。測量の数字を、確かめ合う声。そして、円盤から流れる、ケイの発音を、真似する声。
湊は、しばらくの間、その場に、立ち尽くしていた。
「湊さん」
背後から、ミオの声が、聞こえた。振り返ると、ミオが、宗の手を引いて、立っていた。宗は、この頃、三歳になっていた。
「終わりましたか」
「ああ。今日も、終わった」
湊は、そう答えながら、宗を、抱き上げた。
「この子が、大きくなる頃には……この学び舎も、もっと、大きくなっているだろうな」
「きっと、そうですね」
ミオが、静かに、微笑んだ。
湊は、宗の顔を、見つめながら、静かに、語りかけた。
「宗、お前も、いつか、ここで、学ぶんだ」
宗は、まだ、その言葉の意味を、理解できていない様子だったが、湊の顔を見て、無邪気に、笑った。
湊は、記録帳に、この日の出来事を、書き記した。
『専門学校、正式に開講。二ヶ月をかけて建設された、新たな学び舎で、各分野の体系的な教育が始まった』
『シラの「わからないときは、使わない」、タギの「急ぐな、焦るな」という教え。技術だけでなく、その姿勢も、確かに、受け継がれていく』
『長男・宗、三歳。いつか、この子も、ここで学ぶ日が来る』
湊は、二十九歳になった。この世界に来てから、十四年ほどが、過ぎていた。
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【第68話 時点 文明発展状況】
湊29歳/漂着後 14年
人口:160人
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ ミオによる専門教育が開始
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ シラによる専門教育が開始
08 住居・建築 ★★★★★ 専門学校の校舎が完成
09 土木・インフラ ★★★★★ ドウによる専門教育が開始
10 火・エネルギー ★★★★☆ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ タギによる専門教育が開始、安全教育を最重視
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 専門学校が正式開講、体系的な人材育成体制が確立
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 技術だけでなく、その倫理や姿勢も継承され始める
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