第63話「託される日々」
アガルとの同盟が成立してから、三ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、二十六歳になっていた。
銀の腕輪を授かったあの日以来、湊は、これまで以上に、村の力を確かなものにすることに、力を注いでいた。防衛体制はさらに整えられ、鉄製の武具の質も、タギの研究によって、着実に、向上していった。
だが、この頃、湊の心には、これまでとは違う、ある感覚が、静かに、芽生え始めていた。
ある朝、湊は、タギの工房を訪ねた。そこでは、レンが、若い弟子たちを相手に、鋼の打ち方を、教えている最中だった。
「炎の色が、こう、少し白っぽくなってきたら、そろそろだ」
レンの、その言葉に、湊は、思わず、足を止めた。それは、かつて、タギが、レンに教えた、まさに、その言葉だった。
湊は、しばらく、その光景を、遠くから、見つめていた。技術が、確かに、次の世代へと、受け渡されている。
「湊さん」
背後から、タギが、声をかけてきた。
「ああ、タギ。いいものを、見せてもらった」
「レンも、すっかり、教える側に、なりました」
タギの声には、確かな、誇らしさが、滲んでいた。
「お前が、丁寧に、教えたからだ」
「いえ……あいつ自身が、根気強かったからです」
湊は、この会話の後、議事堂へと戻る道すがら、ふと、自分の役割について、考えを、巡らせていた。
これまでの十一年、湊は、村のあらゆる分野に、直接、関わり続けてきた。だが、村の規模が、着実に大きくなり、そして、八人の協力者たちが、それぞれ、確かな専門家として、独り立ちしていく中で、湊自身の役割も、少しずつ、変わりつつあった。
この日の夕方、湊は、家に戻ると、ミオが、宗をあやしている姿を、見つけた。宗は、この頃、まもなく、一歳になろうとしていた。
「今日は、どうだった?」
湊の問いに、ミオは、笑って、答えた。
「今日は、ずっと、機嫌がよかったです。それに――今日、初めて、立ちました」
「本当か!」
湊は、思わず、声を上げた。
「ええ。まだ、すぐに、座り込んでしまいますが……確かに、自分の足で、立ちました」
湊は、宗を、腕に抱き上げた。小さな体が、確かな重みを持って、湊の腕の中に、収まった。
「そうか。お前も、少しずつ、自分の足で、立てるようになっていくんだな」
湊は、宗の顔を、じっと見つめながら、静かに、そう、つぶやいた。
この頃、湊は、村の運営における、自分の在り方を、改めて、見つめ直すようになっていた。
ある日の長老会議で、湊は、こんな提案を、皆に、投げかけた。
「これから、俺は、少しずつ、実務から、手を引いていこうと思う」
この言葉に、集会所の空気が、一瞬、張り詰めた。
「湊さん、それは、どういう……」
ドウが、驚いた様子で、尋ねた。
「誤解しないでほしい。村長を、辞めるという話じゃない」
湊は、慌てて、そう、補足した。
「ただ、これまでのように、俺が、すべての分野に、直接、口を出す必要は、もう、なくなってきていると思うんだ」
湊は、静かに、続けた。
「シラの医療も、ドウの土木も、タギの鍛冶も、ミオの農業も、ナギの漁も。もう、俺がいなくても、確かに、回っている。それは、素晴らしいことだ」
ガルが、腕を組みながら、口を開いた。
「じゃあ、お前は、何をするんだ?」
湊は、少し、考えてから、答えた。
「書くことに、専念しようと思う。これまでのことを、もっと、丁寧に、記録に残す。それから、まだ、村にない技術や、まだ、解決できていない問題について、考える」
シラが、深く、頷いた。
「それが、湊さんの、いちばんの得意なことですものね」
湊は、その言葉に、少し、照れくさそうに、笑った。
「そうかもしれない。俺は、力仕事も、狩りも、みんなほど、うまくない。でも、知っていることを、書き残すことなら、できる」
この日を境に、湊は、村の日々の実務からは、少しずつ、距離を置くようになっていった。代わりに、湊は、これまで積み重ねてきた技術や、村の歩みを、より丁寧に、体系立てて、記録に残す作業に、多くの時間を、費やすようになっていった。
ある夜、湊は、書庫となった一室で、これまでの記録の束を、整理していた。骨の針の作り方から始まり、火起こし、水路、鉄、紙、貨幣、そして、電気。分厚く積み重なった、記録の山。
「随分と、増えたな」
湊が、独り言のように、つぶやくと、隣で、記録の整理を手伝っていた、ケイが、答えた。
「これだけのものを、十年ほどで、積み上げたんです。大したものですよ」
「俺が、積み上げたんじゃない。みんなが、積み上げたんだ」
湊は、そう答えながら、記録の一つを、手に取った。それは、あの、紙作りの試行錯誤を、記した記録だった。
「これを、書いていた頃は……まだ、この村が、ここまで来るなんて、想像も、していなかった」
ケイは、その言葉に、静かに、頷いた。
「これから、どこまで、行くんでしょうね」
「わからない。でも、俺がいなくなった後も、この村は、きっと、進み続ける。そう、信じている」
湊はレポート用紙に、この頃の思いを、書き記した。
『実務から、少しずつ、距離を置き、記録と構想に、専念する方針を、長老会議で表明』
『各分野の専門家たちが、確かに、独り立ちしつつある。これこそが、これまで目指してきた形だ』
『長男・宗、まもなく一歳。自分の足で、立ち始めた』
湊は、二十六歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、十一年八ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第63話 時点 文明発展状況】
湊26歳/漂着後 11年8ヶ月
人口:140人
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★☆ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★☆ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★☆☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★☆ 継続中
08 住居・建築 ★★★★☆ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★☆ 継続中
10 火・エネルギー ★★★☆☆ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ レンが、次の世代への指導を担い始める
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 記録の体系的な整理が本格化
15 教育・研究 ★★★★★ 各分野で、二世代目の指導者が育ち始める
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 湊が実務から距離を置き、権限の分散が進む
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 継続中
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