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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第二部 村を築く

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第58話「声を運ぶ管」

 アガルという名を知ってから、三ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、二十三歳のままだった。


 この間、湊は、村の防衛体制の整備を、少しずつ、進めていた。堀と柵の点検、そして、ガルを中心とした、いざという時の集団行動の訓練。だが、湊は、それと並行して、これまでの技術的な探求も、決して、疎かにはしなかった。


 ある夜、湊は、タギ、イワ、そしてシラを、工房に呼び出した。


「電信は、確かに、遠くまで、情報を届けられる。でも、俺が、本当に思い描いていたのは……声そのものを、電気の力で、遠くまで運ぶことなんだ」


 シラが、首をかしげた。


「声を、運ぶ、ですか」


「そうだ。まるで、隣にいるように、遠く離れた場所の人と、直接、話せるようになる」


 タギとイワは、顔を見合わせた。この構想は、これまでのどの技術よりも、繊細な調整を、要求するものだった。


「まず、声――空気の振動を、確かに電気の信号に変える、送話器という仕組みが、必要だ」


 湊は、記憶を頼りに、説明を続けた。


「薄い膜の振動によって、電気の流れやすさが変化する物質――炭の粉を利用するんだ。声によって、膜が振動すると、その振動が、炭の粉の密度を、わずかに変化させて、それが、電気の流れの強弱として、伝わっていく」


 タギとイワは、この仕組みを、根気強く試作していった。薄い膜に、細かく砕いた炭の粉を封じ込め、そこに、電気を通す仕組みを組み合わせる。


「湊さん、炭の粉の粒が、揃わないんです」


 タギが、ある日、湊に、そう報告した。最初の試みでは、炭の粉の粒の大きさが、不揃いで、電気の流れが、うまく声の振動に応じて、変化しなかった。


 この課題に、二人は、幾度も、炭の粉を、より細かく、より均一に砕く工夫を、重ねていった。ふた月ほどの試行錯誤の末、ようやく、声の大小に応じて、確かに、電気の流れが、変化する送話器が、完成した。


 この送話器と、以前作った、電気を音に変える受話器を、電線で繋ぎ、実際に、声を送る試験が、行われた。


 最初の試験では、湊が、送話器に向かって話しかけた声は、受話器の側では、ほとんど、意味のわからない、雑音の塊にしか、ならなかった。


「だめか……」


 湊は、この結果に、落胆しつつも、これもまた、これまでの技術発展と同じように、長い道のりの、最初の一歩に過ぎないのだと、自分に言い聞かせた。


 この電話の研究と並行して、湊は、もう一つ、これまでの電気技術を、根本から、さらに高めるための、重要な課題に、向き合っていた。真空管だ。


「タギ、この、かすかな電気の信号を、もっと、強くする仕組みが、必要だ」


「強くする、ですか」


「ああ。ガラスの管の中に、真空に近い状態を作って、そこに、電気を流すことで、信号を、増幅できるはずなんだ」


 湊は、これまでの、真空ポンプと、灯りの玉の研究で培った技術を、この真空管の製作に、応用することにした。


 イワが、これまでよりも、さらに精密な、ガラスの管を作り上げ、タギが、その内部に、電気を制御するための、複数の金属の部品を、慎重に組み込んでいった。


 この真空管の試作は、これまでの、どの技術よりも、繊細な作業を、要求するものだった。内部の部品の位置が、わずかにずれるだけで、電気の流れは、まったく安定しなくなってしまう。


「また、失敗です」


 イワが、何度も、湊に、そう報告した。何十本もの試作品が作られては、期待した結果が得られず、廃棄されていった。


 湊たちは、この課題に、実に、四ヶ月ほどの月日をかけて、向き合い続けた。


 だが、ある日、ついに、湊たちは、これまでとは、明らかに違う手応えを、感じることになった。試作した真空管に、あの、電話の送話器から拾った、かすかな声の信号を通してみると、これまでは、ほとんど聞き取れなかった信号が、確かに、いくらか、強められて、受話器の側に、伝わるようになったのだ。


「聞こえます……! さっきより、ずっと、はっきり!」


 シラが、興奮した様子で、声を上げた。


 この成功を受けて、湊たちは、複数の真空管を、組み合わせて使う――アンプという仕組みにも、挑戦することになった。この、複数の真空管を組み合わせる調整も、決して簡単なものではなかった。


 ひと月ほどの、さらなる試行錯誤の末、湊たちは、ようやく、送話器から拾った声を、これまでとは比較にならないほど、確かに、明瞭な音として、受話器から響かせることに、成功した。


 最初の、確かな成功を収めた試験の日、湊は、村の反対側の端に、ケイを配置し、自分は、議事堂の一室から、送話器に向かって、声をかけた。


「聞こえるか、ケイ」


 しばらくの沈黙の後、走ってきたケイが、興奮した面持ちで、議事堂に、駆け込んできた。


「聞こえました! 湊さんの声が、確かに、あちらの受話器から、聞こえてきました!」


 湊は、この報告に、深い感慨を覚えた。骨の針一本から始まった、この村の技術は、今、離れた場所にいる者同士の、声そのものを、確かに、繋ぐことができるまでに、育っている。


 湊はレポート用紙に、この一連の、長い研究の成果を、丁寧に書き記した。


『声を電気信号に変える送話器、そして、真空管による信号増幅の技術を確立』

『真空管の完成には、四ヶ月を要した。これまでの、真空ポンプ、灯りの玉、電信の技術が、すべて、この成果に結実している』


 湊は、二十三歳から、二十四歳になろうとしていた。この世界に来てから、九年十ヶ月ほどが、過ぎていた。


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【第58話 時点 文明発展状況】

湊23歳(まもなく24歳)/漂着後 9年10ヶ月

人口:121人

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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中

02 食料・農業    ★★★★☆ 継続中

03 畜産・動物    ★★★★☆ 継続中

04 漁業・水産    ★★★★☆ 継続中

05 狩猟・採集    ★★★☆☆ 継続中

06 水・衛生     ★★★★★ 継続中

07 医療・薬学    ★★★★☆ 継続中

08 住居・建築    ★★★★☆ 継続中

09 土木・インフラ  ★★★★☆ 継続中

10 火・エネルギー  ★★★☆☆ 継続中

11 鉱業・金属    ★★★★★ 継続中

12 製造・工業    ★★★★★ 継続中

13 科学・技術    ★★★★★ 真空管の完成により、電気信号の増幅制御が可能に

14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中

15 教育・研究    ★★★★☆ 継続中

16 経済・商業    ★★★★★ 継続中

17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 継続中

18 外交・交通・情報 ★★★★★ 電話(村内)の実用化に成功

19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 防衛体制の整備が着実に進行

20 文化・娯楽・思想 ★★★★☆ 継続中

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