第57話「東からの風」
電信の短距離試験に成功してから、ふた月ほどが過ぎていた。湊は、二十三歳のままだった。
ある朝、河口方面へ交易に出ていたナギの一団が、いつもより早く、村へと戻ってきた。ナギの表情には、これまでにない、緊張の色が、浮かんでいた。
「湊さん、少し、気になることが、ありました」
湊は、ナギを、議事堂へと招き入れた。
「何があった?」
「ヤズの集落で、見慣れない一団を、見かけたんです。青銅の装飾を、身につけていました」
湊は、この報告に、小さな引っかかりを、覚えた。
「青銅、か。それは、俺たちが、まだ持っていない技術だな」
「はい。それに……ヤズたちが、いつもより、緊張しているように、見えました」
ヤズは、これまで何度も接してきた、気さくで抜け目のない商人だった。そのヤズが、緊張を見せるほどの相手――それは、単なる新しい商売相手というだけでは、説明がつかないように、思えた。
湊は、この話を、長老会議で、共有することにした。
「東の方角に、俺たちの知らない、大きな勢力が、あるのかもしれない」
ガルが、すぐに、警戒すべき兆候だという見立てを、示した。
「見慣れない者が、突然、姿を現すときは、大抵、何かがある。狩りでも、同じだ」
一方、ドウは、慎重な意見を、述べた。
「実際に確認するまでは、判断を急ぐべきでは、ないでしょう。ただの、遠方の商人かもしれません」
議論の末、湊は、ヤズの集落へ、改めて使者を送り、直接事情を確認することを、提案した。この役目には、ケイが、名乗りを上げた。
「私が行きましょう。数字と違って、人の様子を読むのは苦手ですが、それでも、何か掴めることはあるはずです」
ケイが出発する朝、湊は、村の門まで、見送りに出た。
「無理は、するな。危ないと思ったら、すぐに、引き返してくれ」
「わかっています。心配は、いりません」
ケイが出発してから、六日後。ケイの舟が、村へと戻ってきた。
その夜、湊は、ケイと共に、集会所で、長老会議のメンバーを集め、報告を聞くことになった。
「ヤズは、最終的に、少しだけ、話してくれました。あの一団は、東方の大国――『アガル』という国から来た者たちだそうです」
湊にとって、その名は、初めて聞くものだった。
「アガル、か。どんな国だ?」
「青銅の技術を核とした、確かな国力を持ち、周辺の集団との交易――時には、より強引な形での関係構築を、進めているようです」
湊の胸に、緊張が走った。
「強引な形、というのは」
「ヤズの言葉では、アガルは、時に、周辺の集落を、自分たちの支配下に、組み込むこともあるそうです」
湊は、この報告を、慎重に整理していった。これまで、村や、周辺の小さな集団が接してきた相手は、比較的、対等な立場の交易者ばかりだった。だが、アガルという存在は、明らかに、これまでとは異なる、規模と意図を持った勢力のようだった。
「アガルの一団は、俺たちの村について、何か話していたか?」
湊の問いに、ケイは、少しの間を置いてから、答えた。
「直接、村の名を出しては、いませんでした。ですが……ヤズが、それとなく、私たちの村のことを、話題に出そうとした様子は、ありました。おそらく、アガルの一団が、何らかの形で、私たちの存在に、興味を示していたのではないかと」
湊は、この言葉に、深く考え込んだ。もし、アガルという勢力が、すでに湊たちの村の存在を、認識しているのだとすれば、いずれ、直接的な接触が生じる可能性は、決して低くないだろう。
「湊、どうする?」
ガルが、静かに、尋ねた。湊は、しばらく、考えを巡らせた後、答えた。
「今すぐ、何かをする必要は、ないと思う。だが、備えは、しておくべきだ。特に、防御の面で」
湊は、この日を境に、これまで、緩やかにしか進めてこなかった、村の防衛体制の整備を、少しずつ、本格的に進めていくことを、決意した。
湊はレポート用紙に、この日の報告を、書き記した。
『ケイの報告により、東方の大国「アガル」の存在が判明。青銅技術を持ち、周辺集団への影響力拡大を志向する国家』
『アガルが、すでに村の存在に関心を持っている可能性がある』
『防御体制の本格的な整備に、着手する必要がある』
書きながら、湊は、これまでの村の発展を、改めて振り返っていた。骨の針から始まり、火、水、農業、鉄、紙、貨幣――一つ一つの積み重ねによって、確かに豊かになってきたこの村。だが、その発展は、これまで、比較的閉じた世界の中でのものだった。
もし、アガルという、より大きな世界の存在が、これから本格的に村と関わってくるとすれば、これまでとは全く異なる種類の課題に、向き合わなければならなくなるだろう。
夜、湊は、議事堂の窓辺に立ち、東の空を、見つめていた。
湊は、二十三歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、九年三ヶ月ほどが、過ぎていた。
---
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第57話 時点 文明発展状況】
湊23歳/漂着後 9年3ヶ月
人口:117人
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★☆ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★☆ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★☆☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★☆ 継続中
08 住居・建築 ★★★★☆ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★☆ 継続中
10 火・エネルギー ★★★☆☆ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★☆ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★☆ 東方の大国アガルの存在を確認、緊張が高まる
19 軍事・防災・治安 ★★★☆☆ 防衛体制の本格整備に着手を決意
20 文化・娯楽・思想 ★★★★☆ 継続中
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




