第56話「線でつなぐ、符丁で送る」
真空ポンプの完成から、ふた月ほどが過ぎていた。湊は、二十二歳から二十三歳になろうとしていた。
村の暮らしの中に、貨幣――輪は、いよいよ、確かな形で根付きつつあった。湊は、ある日、市場を歩きながら、この変化を、静かに見つめていた。
湊はケイに、貨幣の流通量について、改めて確認した。
「今、村全体で、どれくらいの輪が、出回っている?」
ケイは、これまでの記録を、丁寧に照らし合わせながら、答えた。
「およそ、三百枚ほどが、村の中で、確かに循環しています。多すぎず、少なすぎず、今のところは、うまく回っているようです」
「それは、よかった。多すぎれば、価値が薄れるし、少なすぎれば、取引そのものが、滞ってしまう」
湊は、この均衡を、これからも、注意深く見守っていく必要があると、改めて心に留めた。
貨幣制度が、こうして落ち着きを見せる一方で、湊は、技術の分野でも、これまでの半田付けの技術を、さらに発展させることを、タギに求めていた。
「タギ、もっと、強く、大きな面積で、金属同士を、繋げる方法は、ないだろうか」
「これまでの半田では、限界がありますか」
「ああ。接合したい部分そのものを、高温で溶かして、金属同士を、直接、一体化させる――溶接という方法が、あるはずなんだ」
タギは、この挑戦に、大きな関心を示した。
「接合したい部分を、直接、溶かすほどの熱を、どうやって、狙った場所にだけ、集めればいいのでしょうか」
この問いは、まさに、湊たちが向き合うべき、核心の課題だった。
湊とタギは、この課題に、いくつかの方法を、試していくことにした。最初に試みたのは、送風の技術を、さらに一点に集中させる方法だった。細く絞った送風口から、勢いよく空気を送り込むことで、炭火の、ごく限られた部分の温度を、これまで以上に高めることを、目指した。
この試みは、ある程度の成果を上げた。だが、それでも、金属を、狙った場所だけ、確実に溶かし切るほどの、集中した高温を、安定して得ることは、簡単ではなかった。
「もう少し、火力の強い炭を、使ってみます」
タギは、炭に、より火力の強い、木炭の中でも特に密度の高いものを厳選し、さらに、送風口の形状を、何度も調整した。この試行錯誤には、ふた月ほどが、費やされた。
「湊さん、できました。これなら、狙った場所を、確実に溶かせます」
この溶接技術の確立により、村の金属加工は、これまでよりも、はるかに強固で、大きな構造物にも、応用できる水準へと、着実に高まっていった。
こうした金属技術の進歩と並行して、湊は、あの、まだ実験段階に留まっていた「灯りの玉」の研究にも、再び、力を注ぐようになっていた。
「イワ、真空ポンプができたから、もう一度、灯りの玉を、試してみないか」
真空ポンプの完成により、これまでよりも、はるかに確かな真空に近い状態を、ガラス玉の内部に、作り出せるようになっていた。
この試みは、確かに、これまでよりも、良い結果をもたらした。金属線は、以前よりも、はるかに長く、赤みを帯びた、確かな光を、放ち続けるようになったのだ。
「光っています……! さっきより、ずっと、長い!」
イワが、興奮した様子で、声を上げた。それでも、まだ、実用的な照明として、村の暮らしを、明るく照らすほどの、確かな明るさと、耐久性には、届いていなかった。
「まだ、道半ばだ。でも、確かに、前に進んでいる」
この灯りの玉の研究と並行して、湊は、これまでの村の技術を活かして、もう一つの、これまで温めてきた構想にも、着手することにした。より速く、より確かに、遠くまで、情報を伝える仕組みだった。
「ケイ、電気を、短く送るか、長く送るか。その二つの合図の組み合わせだけで、共通語の、すべての文字を、表現できないだろうか」
ケイは、この構想に、深い興味を示した。
「面白い発想ですね。やってみましょう」
これは、以前の、共通語の音を整理した作業と、どこか似た、根気のいる作業だった。湊とケイは、共通語の主要な音、一つ一つに、短い合図と長い合図の、様々な組み合わせを、割り当てていった。使用頻度の高い音には、できるだけ短い符丁を、というように、効率も考慮しながら、体系を、丁寧に組み立てていった。
この符丁の体系作りには、三週間ほどが、費やされた。
この体系がある程度形になったところで、湊たちは、実際に、電線を使って、この符丁を、送受信する試験に、取りかかった。この受信の仕掛けには、以前研究した、あの、電気による音の発生現象が、応用されることになった。
最初の試験は、村の中の、比較的短い距離――議事堂と、隣接する建物の間で、行われた。湊が、片方の端で、符丁に従って、電気を送ると、もう一方の端で、確かに、対応する「カチッ、カチッ」という音が、鳴り響いた。
「届きました、湊さん! 確かに、聞こえます!」
ケイの声に、湊は、深い興奮を覚えた。まだ、ごく短い距離での、実験に過ぎない。それでも、これは、これまでの太鼓による合図とは、比較にならないほど、豊かな情報を、瞬時に伝えられる、確かな可能性を、示すものだった。
湊はレポート用紙に、この一連の成果を、丁寧に書き記した。
『溶接技術を確立。より大きく、強固な金属構造物の製作が可能に。ふた月を要した』
『真空ポンプを応用し、灯りの玉の耐久性が向上。ただし、実用にはまだ届かず』
『電線を用いた、符丁による通信の、短距離試験に成功』
湊は、二十三歳になった。この世界に来てから、九年ほどが、過ぎていた。
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【第56話 時点 文明発展状況】
湊23歳/漂着後 9年
人口:114人
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★☆ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★☆ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★☆☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★☆ 継続中
08 住居・建築 ★★★★☆ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★☆ 継続中
10 火・エネルギー ★★★☆☆ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 溶接技術を確立、大型構造物への応用が可能に
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 電信の原型による、短距離通信試験に成功
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 符丁による情報伝達という、新たな伝達体系が誕生
15 教育・研究 ★★★★☆ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 貨幣が完全に定着、流通量も安定的に管理
17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 電信技術により、将来的な遠距離通信の可能性が拓かれる
19 軍事・防災・治安 ★★★☆☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★☆ 継続中
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