第54話「息を吸う筒」
貨幣制度が、村に根付き始めた頃。湊は、二十一歳から二十二歳になろうとしていた。
湊は、これまで温めてきた、あの構想――ポンプの実現に、いよいよ本腰を入れて、取り組むことにした。管状の精密な陶器、板ガラス、そして、あの「弾む木の実」――これまで、別々の文脈で発展させてきた、これらの技術を、一つに組み合わせる時が、来ていた。
湊は、タギ、イワ、ドウの三人を集め、これまでの構想を、改めて、図に描きながら、説明した。
「筒の中を、隙間なく動く、蓋のようなものを、上下に動かす。それによって、下から水を吸い上げ、上から押し出す――そういう仕組みなんだ」
最初の試作は、木製の筒と、ゴムに近い樹液を、革に染み込ませて作った、簡素な「弁」を組み合わせたものだった。だが、この最初の試みは、ほとんど水を吸い上げることができなかった。
「湊さん、木の筒だと、内側の表面が、完全には滑らかにならないみたいです」
イワが、湊に、そう報告した。湊は、この失敗を見て、以前作った、あの精密な管状の陶器を使うことを、思いついた。
「陶器なら、もっと、滑らかに、できるはずだ」
イワは、これまでの管作りの技術を、さらに一段、磨き上げる必要に迫られた。焼く前の粘土の内側を、丁寧に磨き上げる工程を、新たに加えることで、この課題に、応えていった。
筒の内側が、ある程度滑らかになったところで、次に問題となったのが、弁の部分だった。タギは、あの樹液を加工し、筒の内径に、ぴったりと合う、円盤状の弁を、何度も、試作していった。
「うまく、弾力が、保てないんです」
タギが、湊に、そう困った様子で、報告した。最初の弁は、樹液の加工が、まだ十分に安定しておらず、時間が経つと、硬くなって、弾力を失ってしまった。タギは、以前見出した、煤や炭の粉を混ぜ込む工夫を、さらに発展させ、樹液に、細かく砕いた獣脂も、少量加えることで、弾力を、より長く保てる配合を、根気強く探っていった。
こうした、部品一つ一つの改良を重ねながら、湊たちは、何度も、ポンプ全体の組み立てと、試験を繰り返した。この試行錯誤には、実に、三ヶ月ほどの、長い月日が、費やされることになった。
ある日、ついに、それまでとは、明らかに違う手応えが、試験の場に、訪れた。タギが、ポンプの取っ手を、上下に動かすたびに、筒の先から、確かに、水が、勢いよく噴き出したのだ。
「出た……!」
その場に立ち会っていた、湊、タギ、イワ、ドウの四人は、しばらくの間、言葉を失ったまま、噴き出し続ける水を、見つめていた。
「やっと……できましたね」
ドウが、感慨深げに、つぶやいた。
「ああ。三ヶ月、かかったな」
湊は、深い感慨に、包まれていた。これは、単なる、一つの道具の完成以上の、大きな意味を持つ出来事だった。
この水ポンプの完成は、村の水利用に、これから、大きな変化をもたらしていくことになった。まず着手されたのが、井戸の掘削だった。ドウが中心となり、村のいくつかの場所に、地下水を汲み上げるための井戸を、掘り進めていくことになった。
この井戸とポンプの組み合わせは、これまで、川から水を汲みに行かねばならなかった、村の人々の日々の労力を、大きく軽減することになった。
水ポンプの実現に、一区切りがついた頃、湊は、もう一つ、これまで、ずっと頭の片隅にあった、より難しい構想に、思いを馳せるようになっていた。真空ポンプだ。
だが、湊自身、真空ポンプの、より詳細な仕組みまでは、正確に覚えているわけではなかった。
「タギ、イワ、これは、水ポンプ以上に、難しいかもしれない」
湊は、正直に、そう伝えた。だが、タギとイワは、意欲を見せた。
「水ポンプの弁の技術が、応用できるかもしれません」
だが、真空ポンプの試作は、水ポンプ以上に、困難な道のりとなった。空気は、水よりも、はるかに、わずかな隙間からも、漏れ出しやすい。
最初の試作は、ほとんど、目立った成果を上げることができなかった。わずかに、内部の空気が薄まる兆候は見られたものの、それを、確かな「真空に近い状態」と呼べるほどのものには、程遠かった。
湊は、この結果を、決して悲観的には受け止めなかった。
「これは、まだ、始まったばかりだ。水ポンプだって、何度も失敗を重ねて、ようやく形になった。真空ポンプも、きっと、同じように、時間をかけて、少しずつ、近づいていくはずだ」
湊のこの言葉に、タギとイワは、深く頷いた。この真空ポンプの研究は、以降も、村の、長期的な技術課題の一つとして、根気強く、続けられていくことになった。
こうした、技術発展の大きな成果と時を同じくして、村の経済のあり方にも、これまでとは異なる、確かな変化が、訪れつつあった。
物々交換が中心だった頃は、それぞれの家庭が、自分たちの生活に必要なものを、ほぼすべて、自給自足に近い形で賄っていた。だが、貨幣が浸透するにつれ、村の中には、それぞれが、自分の得意な分野に、より深く特化していく、という傾向が、少しずつ、見られるようになっていった。
湊は、この変化を、静かな感慨と共に、見守っていた。これは、村が、単なる、生存のための共同体から、それぞれの個性と才能が、確かに活かされる、より豊かな社会へと、育ちつつあることの、確かな証だった。
湊はレポート用紙に、この一連の発展を書き記した。
『水ポンプの実現に成功。三ヶ月の試行錯誤を経て、井戸の掘削と組み合わせ、村の水利用が大きく改善』
『真空ポンプの研究に着手するも、これは、より長期的な課題として、継続していく必要がある』
『貨幣の浸透により、村の人々が、それぞれの得意分野に特化していく、新たな経済のあり方が芽生え始めている』
夕暮れ、湊は、新しく掘られた井戸のそばで、ポンプの取っ手を、実際に動かしてみた。取っ手を数回動かすと、確かに、清らかな水が、勢いよく流れ出してくる。
湊は、二十二歳になった。この世界に来てから、八年ほどが、過ぎていた。
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【第54話 時点 文明発展状況】
湊22歳/漂着後 8年
人口:107人
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★☆ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★☆ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★☆☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 井戸とポンプの組み合わせにより、水利用がさらに向上
07 医療・薬学 ★★★★☆ 継続中
08 住居・建築 ★★★★☆ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★☆ 井戸の掘削が村内各所で進行
10 火・エネルギー ★★★☆☆ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 水ポンプの製法を確立。真空ポンプは研究継続中
13 科学・技術 ★★★★☆ 密閉・気密という新たな技術課題への理解が深まる
14 言語・文字・出版 ★★★★☆ 継続中
15 教育・研究 ★★★★☆ 継続中
16 経済・商業 ★★★★☆ 貨幣の浸透により、専門特化と交換経済がさらに発展
17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★☆ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★☆☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★☆ 継続中
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