第52話「弾む木の実」
鋼の技術が、レンの手に、確かに根付いた頃。湊は、二十歳から二十一歳になろうとしていた。
湊は、これまで、比較的順調に発展してきた陶器の技術についても、改めて、見直しの機会を持つことにした。ある日、湊は、イワの工房を、訪ねた。
「イワ、これまでの陶器より、もっと、薄くて、水を通さない、しっかりとした器を、作れないだろうか。それと、できれば、管のような、細長い形のものも」
イワの問いに、湊は、頷いた。
「管、ですか。何に、使うんですか」
「これから、色々な用途に、使えると思うんだ。水を運ぶとか、装置の部品とか」
この構想は、これまでの、椀や甕といった、比較的単純な形状の焼き物とは、また違う難しさを伴うものだった。イワは、これまでの経験を頼りに、粘土を、紐状に伸ばしてから、螺旋状に積み上げていく、「紐作り」という技法を、この管作りに応用することにした。
だが、最初の試みは、ことごとく、焼成の際に、割れたり、歪んだりしてしまった。
「なかなか、うまくいきません」
イワが、ある日、湊に、そう、報告した。この課題に、イワは、数ヶ月にわたって、根気強く向き合い続けた。粘土に混ぜる砂の量を調整し、焼成の温度上昇を、これまで以上に、ゆっくりとしたものに変える。
何十回もの失敗を経て、ようやく、ある程度、真っ直ぐで、均一な厚みを持つ、管状の陶器が、作れるようになっていった。この製作には、実に、二ヶ月半ほどが、費やされることになった。
この管状の陶器の完成は、湊に、新たな構想を抱かせることになった。もし、この管を使って、水を、より効率的に、離れた場所まで運べる仕組みが作れれば、村の水利用は、さらに大きく発展するはずだった。
だが、湊は、この構想を実現するためには、もう一つ、決定的に足りないものが、あることに、気づいていた。ポンプだ。
この構想を、湊が、長らく温めていた、ある日。思いがけない発見が、村にもたらされることになった。
南方への探索――ミオが構想していた、新たな作物を求めての調査行が、ようやく実現し、数名の若者が、護衛のガルと共に、村から離れた、未踏の森林地帯へと、足を踏み入れていた。
この探索は、実に、ひと月半ほどの、長い旅になった。探索隊が、村に戻ってきた日、若者の一人が、興奮した様子で、湊のもとに、駆け寄ってきた。
「湊さん、見てください、これ!」
若者が、差し出したのは、これまで見たことのない、乳白色の、粘り気のある樹液を出す、つる性の植物の枝だった。
「その植物が、どうかしたのか」
「はい、実は……この樹液を、木の枝の先に塗りつけて、しばらく放置しておいたら、乾燥した樹液が、驚くほどの弾力を持つ、薄い膜になっていたんです」
湊は、この報告を受け、実際にその樹液――乾燥させたものを、手に取ってみた。指で押すと、確かに、弾力を持って、元の形に戻る。
「これは……ゴムに近い、性質を持つものだ」
湊は、この発見に、大きな興奮を覚えた。だが、同時に、これを、実際に使える素材へと加工することには、さらなる試行錯誤が、必要になるだろうことも、直感していた。
湊は、この樹液を、ミオとタギに託し、その性質を、じっくりと調べてもらうことにした。まず、この樹液が採れる植物を、どうすれば、村の近くで、安定して育てられるかという、農業としての課題があった。同時に、採取した樹液を、どのように加工すれば、実用に耐える、確かな弾力を持つ素材になるのか、という課題もあった。
最初の試みでは、樹液をそのまま乾燥させただけの膜は、時間が経つと、次第に硬く、脆くなってしまうことが、わかった。タギは、この樹液に、煤や、細かく砕いた炭の粉を混ぜ込むという工夫を、試みた。
「これは、以前よりも、少し、長く、弾力が保たれるようです」
タギが、湊に、そう報告した。これは、まだ、完全な解決には程遠かったが、確かな、一歩の前進だった。
この「弾む木の実」の加工技術は、すぐに完成したわけではなかった。安定した品質のものを、繰り返し作れるようになるまでには、さらに、幾つもの季節を、経る必要があった。
この技術発展と並行して、湊は、これまでの石鹸作りについても、より多くの人々の手に届く形に、発展させることを、シラとミオに、求めていた。
「今の石鹸は、まだ、量が、足りない。もっと、多くの人に、行き渡るように、量産の体制を、作れないだろうか」
この量産化には、これまでの、小さな鍋で、少量ずつ煮詰めていた製法を、より大きな窯と、大量の材料を扱える体制へと、改める必要があった。ドウとタギが協力し、大きなレンガ造りの炉と、大量の灰汁と油脂を、一度に煮詰められる、大きな金属の釜を、新たに作り上げた。
この量産体制が整うまでにも、様々な試行錯誤があった。大量に仕込むと、これまでの少量の場合とは、熱の伝わり方や、かき混ぜる力加減が、微妙に変わってしまい、品質にむらが出ることが、しばしば起こった。ミオとシラは、この規模の違いによる変化を、根気強く観察し、大量生産に適した、新たな配合と手順を、少しずつ、確立していった。
こうした、長い試行錯誤の末、ようやく、村のほぼすべての家庭に、石鹸が行き渡るようになったのは、この量産化の構想から、四ヶ月ほどが、過ぎた頃のことだった。
湊はレポート用紙に、この一連の、長い道のりの記録を、丁寧に書き記した。
『管状の精密な陶器の製作に成功。二ヶ月半を要した』
『南方の探索で、弾力のある樹液(ゴムに近い性質)を発見。安定した加工法の確立には、まだ時間を要する見込み』
『石鹸の量産体制を確立。四ヶ月ほどを要した』
湊は、二十一歳になった。この世界に来てから、七年ほどが、過ぎていた。
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【第52話 時点 文明発展状況】
湊21歳/漂着後 7年
人口:99人
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★☆ ゴム樹液の採取植物の栽培化を検討開始
03 畜産・動物 ★★★★☆ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★☆☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 石鹸の量産体制確立、村のほぼ全戸に普及
07 医療・薬学 ★★★★☆ 継続中
08 住居・建築 ★★★★☆ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★☆ 継続中
10 火・エネルギー ★★★☆☆ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★☆ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 管状陶器、石鹸量産体制を確立
13 科学・技術 ★★★★☆ ゴムに近い弾性樹液を発見、加工法は研究途上
14 言語・文字・出版 ★★★★☆ 継続中
15 教育・研究 ★★★★☆ 継続中
16 経済・商業 ★★☆☆☆ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★☆ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★☆☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★☆ 弾む樹液が、子供たちの遊び道具として親しまれ始める
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