第49話「捻れる力、洗われる手」
二輪車と人力発電の完成から、ふた月ほどが過ぎていた。湊は、十九歳から二十歳になろうとしていた。
湊は、これまで積み重ねてきた鉄の技術を、さらに一段、確かなものへと高めたいと、考えるようになっていた。ある日、湊は、タギの工房を訪ねた。
「タギ、これまでの鉄は、まだ、品質にばらつきが、あるだろう。もっと、硬くて、粘り強い、鋼という素材が、作れるはずなんだ」
タギは、この話に、確かな手応えを、感じているようだった。
「熱してから、急に冷やすのと、ゆっくり冷やすのとでは、確かに、できあがりの硬さが、違う気がしていました」
湊とタギは、これまでの精錬の記録――ケイが積み重ねてきた、数字による記録を、改めて、見直すことから、始めた。炭の配合量、加熱の時間と温度、そして、冷却の速度。これらの組み合わせを、一つ一つ、丁寧に変えながら、できあがった金属の硬さと粘りを、実際に試し斬りや、曲げ試験を通じて、比較していった。
この試行錯誤は、数ヶ月にわたって、続けられた。
「今度は、割れてしまいました」
タギが、ある日、湊に、力なく、報告した。
「焦らなくていい。少しずつ、掴んでいけばいい」
湊の言葉に、タギは、頷き、また、次の試みに、取りかかった。ある配合では、硬すぎて、衝撃を受けるとすぐに割れてしまう。別の配合では、粘り強いが、刃としての切れ味が鈍い。タギは、根気強く、その中間――硬さと粘りの、絶妙な均衡点を、探り続けていった。
着手から、実に、二ヶ月半ほどが過ぎた頃、タギは、ある特定の炭の配合と、急冷と徐冷を組み合わせた、独自の処理方法を、編み出すことに、成功した。
「これは……いける気がします」
タギが、打ち上げた、その刃を、湊が、試し斬りしてみると、これまでの鉄とは、明らかに違う、確かな強靭さを、持っていた。
「これが、鋼か。すごいな、タギ」
この鋼の完成を受け、湊は、これまで手がけたことのなかった、新しい道具の製作にも、着手することにした。ドリルだ。
「螺旋状の刃を、回転させることで、木材に、穴を穿つ道具、なんだ」
タギとイワは、鋼を、細長く、螺旋状に捻る、という、これまでにない加工に、挑戦した。最初は、単純に、四角い棒をねじるだけの、粗い螺旋しか、作れなかったが、繰り返し、熱しては叩き、冷やしては確かめる作業を、三週間ほど重ねるうちに、徐々に、滑らかな螺旋の刃が、形になっていった。
このドリルの完成は、村の木工と、建築の作業に、大きな変化をもたらした。
湊は、このドリルの技術を、さらに応用できないかと考えた。
「イワ、螺旋の溝を、金属の棒に、刻めないだろうか。ネジっていう、締結の道具に、なるはずなんだ」
この構想は、ドリル以上に、繊細な加工技術を要求するものだった。イワは、細い金属の棒に、均一な螺旋の溝を、根気強く、刻み込む作業を、幾度も繰り返した。同時に、その螺旋に噛み合う、内側に溝を持つ部品――ナットに相当するものも、対で作る必要があった。
この製作には、ひと月ほどが、費やされた。最初のネジは、螺旋の間隔が不揃いで、うまく噛み合わないことが、多かったが、イワは、根気強く、精度を、高めていった。
こうした金属加工技術の進歩は、村の日用品にも、確かな恩恵を、もたらしていった。
「タギ、鍋も、金属で、作れないだろうか。土器だと、急に熱すると、割れてしまうことがある」
タギは、薄く打ち延ばした鉄板を、丸みを帯びた形に打ち出し、継ぎ目を丁寧に鍛接することで、確かな金属鍋を、作り上げていった。同じ技術を応用して、注ぎ口のついたヤカンも、作られるようになった。
金属加工の発展とは、また別の方向で、湊は、この頃、音を伝える仕組みについても、思いを巡らせていた。
「タギ、シラ、もう一つ、試してみたいことがあるんだ。声を、電気に変えて、また音に戻す、仕組みなんだが」
タギとシラは、当初、半信半疑な様子だった。
「音が、電気に変わって、また音に戻る、というのは……」
湊自身、正直なところ、この原理を、完全に理解しているわけではなかった。それでも、可能性を試してみる価値は、あると、湊は、考えていた。
湊たちは、これまでの発電機やモーターで培った、コイルと磁石の技術を応用し、薄く、しなやかな膜に、細い銅線のコイルを取り付け、磁石の近くに配置するという、実験を、始めた。
最初の試みは、まったく、音を発することがなかった。何度も、膜の厚さ、コイルの巻き数、磁石との距離を、三週間ほどかけて、調整していった末に、ようやく、電気を流したときに、膜が、かすかに振動し、ごく小さな、しかし確かな「音」――ぶーん、という、単調な唸り音を発するのを、確認することができた。
これは、まだ、声を再現するには、ほど遠いものだった。それでも、電気の力で、音を生み出せるという事実は、湊たちにとって、確かな驚きであり、これから先の、大きな可能性を、示すものだった。
こうした、精密さを求められる技術発展の一方で、湊は、より身近で、村のすべての人々の暮らしに、直接的な恩恵をもたらす、ある発見にも、心を注いでいた。石鹸だ。
「シラ、ミオ、木灰と、油脂を組み合わせると、汚れを効果的に落とせる、石鹸というものが、作れるはずなんだ」
シラとミオは、これまでの、木灰を使った経験を踏まえ、この新しい試みに、興味深く、取り組み始めた。木灰を水に浸し、上澄みの液――灰汁を取り出す。この灰汁に含まれる成分が、油脂と反応することで、石鹸のもととなる物質が生まれる、という原理だった。
シラとミオは、家畜の脂と、この灰汁を、様々な割合で混ぜ合わせ、煮詰めていく実験を、根気強く、繰り返した。最初の試みは、うまく反応が進まず、脂と灰汁が、分離したままになってしまうことが、多かった。
この試行錯誤には、三週間ほどが、費やされた。試行錯誤の末、二人は、脂と灰汁を、ある程度の時間、丁寧にかき混ぜながら、じっくりと煮詰めることで、少しずつ、白く、とろりとした物質――石鹸のもとが、確かに生まれてくることを、見出していった。
湊はレポート用紙に、この一連の発展を、丁寧に書き記した。
『炭素配合と冷却法の調整により、鋼の製法を確立。ドリル、ネジといった、精密な道具の製作が可能に』
『金属製の鍋・ヤカンが定着』
『電気による音の発生に、ごく初歩的ながら成功』
『灰汁と油脂を用いた石鹸の製法を確立』
夕暮れ、湊は、家族と共に、夕食の後片付けをしていた。この頃、湊は、まだ、独り身だった。だが、村の暮らしの中で、湊は、これまで以上に、多くの人々と、確かな絆を、育みつつあった。
湊は、二十歳になった。この世界に来てから、五年五ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第49話 時点 文明発展状況】
湊20歳/漂着後 5年5ヶ月
人口:89人
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★☆ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★☆ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★☆☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 石鹸の完成により、衛生水準がさらに向上
07 医療・薬学 ★★★★☆ 石鹸による手洗いの徹底で、感染症対策が強化
08 住居・建築 ★★★★☆ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★☆ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★☆ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 鋼の製法を確立、金属加工の水準が飛躍的に向上
12 製造・工業 ★★★★★ ドリル・ネジ・鍋・ヤカン・石鹸と、生活道具が大幅拡充
13 科学・技術 ★★★★☆ 電気による音の発生現象を発見、初歩段階
14 言語・文字・出版 ★★★★☆ 継続中
15 教育・研究 ★★★★☆ 継続中
16 経済・商業 ★★☆☆☆ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★☆ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★☆☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★☆ 継続中
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